13話 呪いの使い方②
「魔獣を呼び寄せる……?」
キシュケルは何を言っているのかと言いたげだったが、エイデンはとりあえず私の話を信じることにしたらしい。
「……レクシアはどうすればいいと考えているんだ?」
「取り急ぎ、我々の到着は住民に秘密にするよう伝令を出してください。というか人払いを。それから到着場所はできるだけ見通しのいいとことで。まずはそこで何体か迎え撃ちましょう」
「ど、どういうことですか!? まさか今この馬車を狙っている魔獣が!?」
焦っているキシュケルの肩に手を置き、
「俺は何をすればいい?」
こちらをまっすぐに見つめるエイデン。すでにやる気満々だ。
「いつも通りのあなた様でいてください」
にっこりと笑顔で答える。本当にそれで大丈夫だという確信があった。
到着した小さな街の広場は、指示通り開けた場所だ。これで上下左右、不意打ちは防げる。
(さて、後は呼び寄せるタイミングね)
誰かがエイデンに感謝した瞬間、それはやってくる。これまで散々呪いが発動してくれたおかげで、ある程度方式が見えてきたのだ。
(魔獣が近隣にいる時は必ず魔獣が出てくる……これはきっと魔獣を生み出したとされる魔王の黒魔術の影響だわ)
早い方がいい。さっさと倒してしまえばそれだけ早く人を呼び寄せて街を立て直すことができる。
エイデンへの感謝は誰もしなければ私がすればいいので、難しいことでもない。
(ほ~ら早速、馬車を降りるために手を貸してくれようとしているし)
じゃあすぐに戦闘開始ねぇ~ってアレ?
少し離れたところに、十数名の兵と身なりのいい男性が一人待ち構えていた。私達が馬車から降りたのを見計って、身なりのいい——おそらくこの街の代表であろう男が近づいてくる。
(人払いしてって言ったのに)
まあいいや。タイミングは変わらない。
「エイデン様。すぐに魔獣がやってきます。合図したら即座に馬車の後方に飛んでいただけますか?」
「……わかった」
「私ではなく今からやってくる彼と一緒に」
「え?」
眉を顰める元英雄。その時、
「殿下!! わざわざこのようなところまでお越しいただいて……!! 何と感謝したら良いか……!!」
「今っ! 飛んで!!」
私が言った通り、エイデンは身なりのいい男を抱き上げ、馬車の後ろへと飛び上がった。
「ほーら来た!!!」
地面が不自然にボコボコと泡を立て始めたのだ。
予測が当たると気持ちいい。最近は予想外のことばかりだった。
「魔獣だー!!!」
兵達もすぐに臨戦体制に入る。
「報告にあったサンドワームです!!」
「おい! あっちを見ろ!! キラービーだ!!」
こんなところにサンドワームにキラービー……ほんと、どうなってるんだか。それこそサンドワームは乾燥地帯にいるし、キラービーは森を縄張りにしている。王都近くで見かけるなんて、それこそ百五十年前くらいのはずだ。
「輪切ね」
筒状の口をめいっぱい広げて飛び出して来たサンドワーム(もちろんエイデンの方へ向かっている)を綺麗にカッティングし、大きな羽音をたてながら高速で近づいてくるキラービーを燃やし尽くす。
「次が来るわよ!!」
なんせ現在進行形で、
「あああ! 何と! 何とっ! エイデン様が私のような者をお助けくださるとは……ありがとうございます! ありがとうございます!!」
と言う声が馬車の後ろから聞こえてきたからだ。
「上空からハーピー接近!!」
兵の声と同時に獲物を睨みながら怪鳥が垂直下降で勢いよく落ちてくる。
(これでおしまい!!)
上空に大きな魔法陣が広がり、ハーピーを包み込んだ。そして、
「花火だ」
綺麗さっぱり魔獣は弾け飛んだ。
「お見事」
ポッと頬を赤く染めた男性を地面に下ろしたエイデンが、なんだか面白いものを見るように微笑んだまま声をかけてきた。兵達は興奮気味に私への称賛を口々にしながら、魔獣の後処理を始めている。
「エイデン様のご期待に応えられ光栄にございます」
土埃で汚れてしまったドレスをつまんで、大袈裟にカーテシーをしてみせた。どうだすごいだろう! という意識を前面に向ける。ははっと声を上げて笑うエイデン。離れたところにいる彼の従者も声を出して驚いていた。
「ではエイデン様。さっそく他にやるべきことをやりましょう!」
キシュケル~! と、勝手に私が呼び寄せこれからのことについての相談だ。うっとりと王弟に視線を向ける街の代表に三度目の感謝の言葉を告げられる前に、どんどん話を詰めていこう!
元々急ぎの視察だ。街を周り、瓦礫を撤去しつつ、怪我人の治療を行い……もちろん私はエイデンの側を離れない。私の魔術もフル活用。宣言通り、私は十分に役に立った。こういう時、前世の記憶が……いや、前世の価値観を引き継いでいてよかったと思う。ドレスが汚れようが、顔が汚れようが特に気にならないのだ。私は。周囲をアワアワと慌てさせるのは申し訳ないが……。
「明日には追加の支援物資が届きますし、一番の恐れておりました魔獣の討伐が済んでおりますのであとは何とか……これほど早く助けにきていただけるとは思ってもおらず……本当に……ううぅっ本当にありがとうございました……!」
作業が終わった頃にはもう月が昇っていた。帰り際、涙ながらの代表の謝辞にもちろんエイデンの呪いが発動したが、今回もタイミングは読めていたので、風に舞って勢いよく飛んできた鋭利な瓦礫片の数々を、同じく強風を魔術でまとめ上げ回避する。
帰りの馬車は私とエイデンだけ。キシュケルはニヤニヤと気を使ったように別の馬車へと乗り込んでいた。
「はぁ~流石に一日でこれだけのことしたら疲れますね」
街の規模がそれほど大きくなかったからギリギリ日帰りできた。いいことをした満足感と共に早く離宮に戻りたい。
「……呪いは……俺に呪いがかけられているというのは本当なのだな……」
窓の外を見ながら、向かいに座っているエイデンは、自分に言い聞かせるように呟いた。今回の件で、信じる信じないというものではないとわかったようだ。
「ご心配なく。私が必ず守ります。そして必ず呪いを解いてみせますから」
私は姿勢をただし、キッパリと言い放つ。
(そのために生まれ変わったんだから)
何がなんでも。
彼が気づかない内に全てを終わらせられなかったのは残念だ。
「レクシア。君は何者だ? なぜ俺を助ける? 夫婦だからか? 両国のためか?」
エイデンも背筋を伸ばしこちらに向き直った。負けじとこちらも姿勢を正す。
「私はレクシー・アスメリアの生まれ変わり。これは恩返しです」
そう。あなたが私を助けてくれたように、今度は私があなたを助ける。
恩返しという単語にエイデンは瞬間的に眉を顰めたが、有名な英雄伝説にエイダンとレクシーの関係は書かれている。彼が幼い頃から勇敢で、多くの人を救っていたと。魔術師レクシー・アスメリアもその中の一人だ。
「俺も君も転生者というわけか」
「まだ信じられませんか?」
呪いの件は実際体感したから受け入れられたようだが、転生に関しては証拠は出せない。エイデンには前世の記憶がないのだ。
「そうだな……信じられないが、俺はレクシア、君のことは信じている。だから、君が言うならそうなんだろう」
「へっ!?」
変な声が出た。だって急にこんな……え? つい最近まで愛するつもりはないとか、君のことが嫌いだとか言ってたのに!?
(そうだ……エイダンってこういう人間だったわ……)
大事なことを言わず、余計なことを言う男……。そうしてこんなセリフを恥ずかしげもなく言っちゃうんだこれが……。かつての仲間達も度々面食らっていた。
いつの間にか彼の中で好感度が上がっていたのだろう。思い当たる節はたくさんある。
「もう少し聞きたいことがあるんだが」
「あ、どうぞどうぞ」
予想外の言葉に私が赤面して(そりゃするでしょ!)固まってしまっていた。
「呪いは伝承通り、ティアルネ王女からのものか? 君の話だと、呪いを解く方法もあるようだが……そもそも呪いの影響が出るタイミングがわからない」
「一つずつお話ししましょう」
私は事細かに百五十年前の出来事から現在に至るまで順に話をした。私に都合の悪いことは除いて。エイデンはただじっと聴いている。
「……というわけで今ここに私がいるわけです」
「そうか。ありがとう。よく理解できた」
驚くでもなく、慌てるでもなく、ただエイデンは頷いた。
「では戻ったら賢者グラディアの原書を確認するところから始めよう」
今度は私が何度も頷く。今回は呪いの発動のタイミングが予想しやすかったので危険度も低かったが、いつもはそうじゃないのだから。
「そうだ! 呪いを解くことができたら私はサクッとガルディスタに戻るのでご安心くださいね!」
「は?」
急に表情が変わった? 眉間に皺がさらによって目つきが悪くなっている。
「えーっと。エイデン様、自覚がないようですが、そもそも呪いが発動するキッカケはエイデン様の恋心なんです。ということは、私がいると邪魔なんですよ」
わかります?
「それに関しては唯一納得できていない。そもそも俺は現在誰にも恋はしていないし、呪いの発動条件が恋なんて曖昧な事柄、黒魔術とはいえ可能とは思えないが」
「無自覚なのでしょう。それに黒魔術は複雑難解故に大概のことは可能にしますから」
「それじゃあ君は、ただ恩返しをするために人生を賭けているということか?」
「ええそうです。ただの自己満足ですね」
前世のあなたもそう言って世界を救ってましたよ。
と言うと、明らかに不機嫌になっていく。どうやら回答がお気に召さなかったようだ。
(自分は平気で自己犠牲精神発揮するのに、仲間がそうするのは嫌がってたもんね~)
たまにはそっち側の気分も味わうといいわ! こっちは前世でいつもモヤモヤしてたんだから。
「そんなに簡単に離縁はできないぞ。なんせ両国との関係もある」
「その辺はお気になさらず。手立てはいくらでもあります」
こちとら賢者グラディアの弟子なもんで。色々と方法は考えていたが、病気でもなんでもでっち上げて『最期は祖国で……』とでも同情を引けば何とかなるだろう。ありがたいことに……というか常に私がくっついているせいか、私達夫婦の仲の良さは知れ渡っているので、円満離婚を疑う者も少ないはずだ。
「っ……後から離縁は嫌だと言っても知らないからな!」
「えぇ!?」
ふん! と、まるで拗ねた子供のような態度になった後、
「寝る! 君も寝た方がいいぞ!」
と言って本当に寝てしまった。
(びっくりした……)
結局私は彼の反応に面食らったまま、離宮に着くまでエイデンの寝顔を眺めているのだった。




