12話 呪いの使い方①
「何を言っているんだ……!」
しばらくの沈黙の後、なんとか言葉を出したエイデンだったが、深夜にギャアギャアと騒いでいたせいか警備兵達が大慌てで集まって来たのでこの話は一旦中断となった。というのも、
「し、失礼しました!!」
兵達はエイデンが私を抱きしめ、見つめあっている姿を見たのだ。逢瀬を邪魔したと勘違いし、頬を染めてアワアワとしている。
「エイデン様。今日は一旦帰って眠りましょう。私、少々疲れてしまって……」
兵士の手前しおらしい態度を取ってみる……というか実際私は疲れている。飛行、探索、隠密魔術を立て続けに使ったのなんて久しぶりだ。
(そもそも深夜だし)
心構えもなく急激に魔力を消費するとこういった反動がある。魔王討伐の旅をしていた時はこんなこと滅多になかったが、やはり現役時代と全く同じというわけにはいかないらしい。それに加え、真実を話し気が抜けたのか久しぶりにどっと疲れが出て来ていた。
「……そうだな。続きはまた明日」
ドギマギとしながらエイデンが私の腰に手を添えたまま体を離した。兵士がその言葉を別の意味で勘違いしたようで、
「女性嫌いで有名なあのエイデン様が……!」
「お噂は本当だったのか」
と言ったようなことをコソコソと話しているのも聞こえたが、あれこれ訂正する気力もないので放置する。
「エイデン様。お願いですからこれから私が起きるまで離宮にいてくださいませ」
それから続きを話しましょう。
「約束しよう」
その後の記憶は曖昧だ。彼は約束は守る男。強烈な眠気と共に離宮へと戻り、私はそのままぐーすかと深い眠りについた。
◇◇◇
扉の向こうから時々妻の小さな寝息が聞こえてくる。
(俺が呪われている?)
レクシアはその呪いのせいで俺が毎日死にかけていると言っていたがそれは本当か?
思い起こせば、確かに彼女と結婚した辺りから突発的に剣に手をかけることが増えた気がする。魔獣との遭遇率も高い。
(いやでも魔獣の件は、王都近郊全体で起こっていることでもある)
最近そういう報告が増えていた。偶然の可能性はまだ捨てきれない。
(俺の前世があの英雄だって!?)
あのエイダン? 確かにエイダンは王女に呪いで殺されたと聞いている。王女自身の命を使った黒魔術によって。ガルディスタ王国出身の彼女がそれを知っていたのは意外だが、彼女の生まれはガルディエール公爵家。少なからず王家に近い家柄だ。魔術師レクシーの弟も後にガルディエール家の一員となっている。真実の歴史をどこかで知った可能性も十分考えられるだろう。
(俺が呪われた英雄の生まれ変わりなら、彼女はなんだ? いつ俺の呪いについて知ったんだ? 結婚後か? それとも俺の呪いを知って、そんな俺を助けるために結婚したのか?)
だからこの離宮には厳重な防御魔術を? 俺を守るために?
次から次に疑問が湧いてくる。だが、すやすやと眠っている彼女を起こすのは可哀想だ。
(何を真面目に考えているんだ馬鹿馬鹿しい……)
いくらなんでも突拍子がなさすぎる。レクシアが俺の気を引くために嘘を言っているに違いない。俺に恩を売れば、関係を変えられると考えたんだろう。俺が彼女を愛するようになると。
(……違う。俺は最初から彼女が俺と結婚した動機を疑っていたじゃないか)
俺からの愛も、王弟妃という肩書きも望んでいるようには感じなかった。そういうフリをしているだけじゃないかと。
(その理由がコレだったのか)
ストンと型がハマった瞬間だった。彼女は俺の呪いを解くために結婚したのだ。強引に。
(なぜ?)
これはいくら考えてもわからない。
いつもなら考えても仕方ないことは考えない主義なのだが、どうも考えることをやめられず、気がつけば朝になっていた。
◇◇◇
「んん~! よく寝たー!」
ベッドの上で背伸びをする。昨日は色々あったが、やはり睡眠は大事だ。何より、これから隠すことがなくなったという開放感で満たされている。
「起きたか?」
小さなノック音とほぼ同時にエイデンの声が聞こえた。
「起きた起きた! ごめんねぇ昨日は中途半端なとこで~……おっと失礼しました……」
真実を話したという記憶が強く残っていたのか、ついエイデン相手にエイダンに向けた口調を向けてしまう。
「ってうわぁ! 大丈夫ですか!!?」
慌てて覗いた扉の向こう側に、明らかに疲れた顔の夫がぬぼ~っと立っていた。
(まさか気になって眠れなかった!?)
これはちょっと予想外。エイダンは考えても仕方ないことに思い悩むことはなかった。今回のことで言えば、前世がどうこう、呪いがどうこう、黒魔術がどうこう。
「レクシアと出会ってからのことを思い出していたんだ」
ボサボサ髪のままぽそりと呟いたかと思うと、
「確かに魔獣遭遇率が格段に上がった。それも遭遇だけでなく明らかにこちらに敵意を向ってくる個体ばかり。君が使った防御魔術の回数も数えてみた。騎士団魔術部隊の一ヶ月の平均使用回数より多い。それに加えて俺自身が剣に触れた回数を思い出してみると……」
これまでにない早口でよどみなく話し続ける。だが結局のところ、
「悪いが、もう少し詳細な情報がなければ信じることができない」
ということだった。
「ではもう少し詳細な情報をお話ししましょう。朝食の後で」
私の方も気持ちの立て直しが必要だ。正直なところ、『そんな話、信用できるか』と一蹴されるかと思っていた。
だが、朝食の後でとはいかなくなる出来事が。
あの後すぐに従者がエイデンの部屋へやって来て、慌ただしく準備を始めたのだ。
「陛下のところへ行く。レクシアも付いてくるなら準備を急いでくれ」
ひょこっと扉から顔を覗かせた私の方を見ることもなく、深刻そうな表情で着替えている。
「今からですか!? い、急ぎます!!」
王都近郊に魔獣の大群が押し寄せて来たのだ。小さな村や街が点在しているような地域で、周辺住民はその前に避難が済んでおり人的被害こそなかったが、農作物や家畜がやられてしまった。
エイデンは王の補佐役の一人——特に防衛関係では頼りにされているのだと結婚前には聞いていたが、こう言う時真っ先に動く役割のようだ。
「すでに討伐隊によって制圧しておりますが、一部取り逃した魔獣が……」
「数と種類はわかっているのか?」
「はい」
王宮へ行く道すがらにキシュケルから報告を聞く。
王宮内も慌ただしく、私が場違いであることがすぐにわかったので、指輪を介してエイデンに防御魔法を送り続け、私は控えの間でおとなしく待つ……こともなく、エイデンはすぐに王の執務室から出てきた。息つく暇がないので、なかなか昨夜の続きの話ができない。
「国内のあちこちで似たような被害が多発していると報告が入ってきているそうだ」
そう話すエイデンの額に汗が滲んでいる。
「レクシア……君の言う呪いは俺以外の人間も巻き込むものか?」
慌ただしく来た道を引き返しながら耳元で心配そうな声が聞こえてきた。
「いえ。むしろエイデン様以外に降りかかる予定の死がエイデン様へ向かうようです」
これはおそらくとしか言えないが、どうもそうなんじゃないかと私も最近考えていたことだ。これまでエイデンに向ってきた大概の呪いは、彼がいなければ他の誰かが死んでいる。
「……そうか」
あからさまにホッとしているが、別にホッとするようなことじゃないからね!? 毎度毎度、あなたは死にかけてるからね!?
というか、こんなことを聞いてくると言うことは呪いの件、信じてるのでは?
「これから被害状況の確認とはぐれ魔獣の討伐に向かう」
「わかりました。では私もご一緒させてくださいませ」
「……」
ここまできたら止めても無駄だと私もわかっている。同じくエイデンも私についてくるなと言っても無駄だということもわかっているのだ。
結局そのままバタバタとしたまま、当たり前のようにエイデンの馬車に私も乗り込む。流石に御者からも彼の部下からもさらにキシュケルにまで止められたのだが、
「自分のことは全て自分で面倒を見ます。どうか私にもお手伝いさせてくださいませ」
と、私がうるうる瞳を震えさせたことに加え、
「本人がそう言っているのだから好きにさせてやれ」
王弟の一声で異例の王弟妃を連れての視察となった。
「わかっていると思うが、本当に……」
「ええ。役に立って見せます」
今回エイデンがここまであっさり私を連れて行ったのは、本当に私が役に立つと思ってのことだろう。彼は合理的な人間だ。魔術が使える人間は多い方がいい。壊れた柱を持ち上げるのも、怪我人を治療するのも、魔術師がいるのといないとでは雲泥の差だ。
「現地の状況はすでに先行部隊が確認しておりますが、逃げた魔獣の痕跡がなかなか見つからないようです」
キシュケルの報告を馬車の中で聞きながら、エイデンは難しい顔をしていた。
「心配で住民が元の土地に戻れないと言うことか」
「はい。特に中型の魔獣は餌場を覚えると何度も戻ってくることが多いですし」
今すぐ魔獣探索部隊を編成して……等々男性二人が話しているところに割り込む。
「それに関しては心配いらないと思います。魔獣であれば簡単に呼び寄せることができますから」
そう、エイデンがいればね! という視線を本人に向けると、一瞬だけ目を見開いていた。察しがついたようだ。
(こうなったら呪いの有効活用よ!!)




