11話 これはもう話すしかない②
(……エイデンどこいった!?)
深夜、私もぐっすり就寝中、突然指輪が反応したのだ。エイデンにあげたものと対になるこの指輪には、守る対象者が枠外に出た場合にのみ発動する魔術をかけていた。
「やっぱりいない!!」
空になった隣の部屋のまだ暖かさの残るベッドも確認し、私はナイトドレスのまま部屋の窓から飛び出した。まだあまり遠くまでは行っていないはず!
足元に風の渦を纏わせ、空中を駆け抜けていく。指輪が対になる存在の方向を教えてくれた。
(本当にあの男はーーーーーっ!!!)
いや、油断した私が悪い。相互理解が進んで、きっと彼はどこへ出かけるにしても私に声をかけてくれるだろうと思っていたのだ。結婚してこの方ずっとことあるごとにそうお願いしてきたのだから、と。
だけど……そもそも彼は自分に死の呪いがかかっていることを知らない……。
(こんな真夜中だし、人助けなんてしてるとは思えないけど……)
はい。もちろんそんなことはありません。ありませんともっ!
(どこどこどこどどこ行ったーーーっ!!!!!)
警備兵をかわしながら偵察魔術を駆使してエイデンの居場所を探る。これがまた神経を使うのだ……なんたってここは王宮からそれほど離れてはいない。宮廷魔術師だってそれなりに城を護るために魔術を凝らしている。
(偵察魔術に隠密魔術を重ねがけって……魔王戦を思い出すわ~)
これはあまり思い出したいものではない。その時の緊張まで蘇ってゾゾっと寒気がする。
「——っ!」
ブルっとした震えと同時についに見つけた。
(まっっっっった人助けしてるっ! こんな時間にっ!!)
息つく暇なく厳戒態勢をとる。暗闇の中、明らかに妙な煙が彼らの後ろをつけていたからだ。
庭師の男と共に、重そうな植木鉢を運んでいる元英雄。こんな時間に何してるんだとか、王弟に手伝わせるなよとか、いやどうせエイデンが有無を言わせず手伝ったんだろうなとか、あらゆる言葉を押し込めて、二人の後ろに飛び込んだ。
「レクシア!?」
「そのまま動くなっ」
両手を叩き手を大きく広げると、目の前に水鏡が現れる。その一秒後、鏡は半透明なエイデンを映し出した。
——キィィィィィ……
鳴き声のような音と共に、エイデンだったそれはただの煙に戻り逃げ出した。
「ヒィ! スモークゴースト……ッ!」
庭師が悲鳴を上げて腰を抜かし、慌てて口を塞いでいる。ソレが口から体内に入って来ることを彼は知っているのだ。
スモークゴーストは人間の体を乗っ取る性質を持っている。ほとんど気配を感じることもなく、たとえ城内に防御魔術を施してあっても魔獣として感知されることが少ないほど弱い存在だが、それ故に厄介なのだ。
(まあ完全に乗っ取られる前に弱点である鏡を使ったり、聖魔術使えば簡単に追い払えるんだけどっ! けどッ!!)
今の私は完全に怒りで頭がいっぱいなっていた。自分に対する怒りとエイデンに対する怒りなのでそりゃあもうパンパンになっている。
「どうしたんだレクシア。そんな格好で」
危機感など全くなく、心底不思議そうな元英雄の声を皮切りにそれは決壊した。
「あ! の! ねぇ!! それはこっちのセリフなんですが!!? 今何時かおわかりになります? それに王弟がこんなとこで護衛も連れず何してるんだって話なんですがぁ~!?」
「ヒィ」
私の形相を見て本日二度目のヒィな庭師。彼は巻き込まれた立場なのは間違いないので、私達のことは気にせずするべきことをするように伝えると、勢いよく鉢植えを抱えて逃げ去っていった。
「ちょっと城の離れにある温室に行こうと……例の食用バラをここでも栽培できないかと言っていた庭師がいたことを思い出してな……途中、夜行草を植え替えに行くという庭師にちょうど会って……こんな深夜でないと根が張らない植物があるなんて知っていたか? 面白そうだ思って手伝ってみたいと頼み込んだんだ……」
目を逸らしバツが悪そうに口をへの字にしている。本人もこれが怒られ案件だということがわかっているのだ。懐かしい表情だが、今日ばかりは絆されるわけにはいかない。
(ちょっと! 呪いが……薔薇の花が開いてない!?)
以前はまだ蕾のような形だった。彼の呪いが濃くなっているのだ。より禍々しくなっている。いつの間に……! これはどう考えてもいい傾向ではない。
(こりゃもうダメだ。ハッキリ伝えるしかない)
じゃないと命がいくらあっても足りなくなる。彼の命を守ることが何よりも大事なのだ。
「……エイデン様。ここ数ヶ月、ご自身の身に不審なことが続いているとお気づきになられませんでしたか?」
ナイトドレスが夜風に揺れる。彼の目がそれを追っいるのがわかった。
この調子じゃ遅かれ早かれ気づくだろう。なんだかやたらと死にかけるなと。
(すでに何か察してるかもしれないし)
理由もわからなければ不安にもなる。わかれば対策も立てられる。生き残るために。
……と思ったのだが……、
「なんの話だ?」
本当になんの話かわからないといった風な態度に、
(あんなに散々身の回りでトラブルが起きまくってるのに!? そんなことありえる!?)
という気持ちと、
(いや~私結構頑張ってたもんな。できる限り彼がいつも通り暮らせるように)
という気持ちが同時に現れる。
「えーっとですね……例えば結婚式に裏社会の大きな抗争が起こったり、やたら王都で魔獣に襲われたり、とんでもないところから木がまるまる一本飛んできたり、さっき見たいに脈略なくスモークゴーストが現れたり……エイデン様の身がやたら危険な目にあうことです」
「それはレクシアも同じだろう」
何をいっているんだ? と険しい表情になったのはエイデンだ。
「俺ではなくレクシアの身に危険が迫っているのではないか?」
ハッとした後、とんでもないことに気がついたとばかりに目を大きく見開き、慌てて周囲を警戒しながら私を抱き寄せた。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!」
いやいや! 違う! いや間違ってはないけど違うっ!!
(やばい緊急性が全然伝わってない!)
エイデンの胸元に顔を押し付けられているが、そこにあるのは呪いの痣。
(えぇー!! なんかさらに呪いの花が大きくなってない!?)
この短期間で呪いが成長している。どうしよう……!!
(このままじゃエイダンが本当にまた呪いで死んじゃう!!)
いつもなら、こんな考えなしな行動はとらない。なのにこの時の私は完全にパニックに陥っていた。
「エイデン様! ハッキリ申し上げます! あなたは……あなたは呪われているんです!!」
「……どういうことだ? 俺は王族の一員だ。定期的にそういった魔術がかけられていないか確認が行われている」
「ええそうでしょう! 普通の魔術ではありませんから!」
そう。通常の魔術では到底この呪いを認識することはできない。
「魂が呪われているんです! 黒魔術によって! あなたが死ぬように!!」
「魂!?」
「なんなら毎日死にかけてますからね!」
「!!?」
ビックリしたエイデンの顔と、自分が叫んだ声によってようやく私は我に帰った。
(言っちゃった……!!)
けどどこかホッとしている自分もいる。抱えていたものを少しだけ下ろせたような気分だ。
認めよう。やはり一人でこの呪いを解くのは不可能。先生もネイヴァンもオグマもいない。けど、エイダンはいる。
「いやしかし……黒魔術は禁忌中の禁忌だ。そもそも誰かが使えば瘴気が現れすぐにバレてしまう。この国では少なくとも五十年、黒魔術は確認されていない」
明らかにエイデンは戸惑っていた。俄かには信じがたいと表情で語っている。
「ええその通りです」
これから私が話すことを彼が受け入れてくれるか、信じてくれるかはわからない。だが正直なところ、これで楽になる。これでもう、あれこれ隠れて魔術を使うことも、何かと理由を作って彼にべったり着いて回る必要もなくなる。
「エイデン様の呪いは百五十年前にかけられました」
そっと彼の胸元に浮かぶ呪いに触れる。
「あなたの前世はエイダン・グランフォード。あなたは英雄の生まれ変わり」
エイデンの瞳の奥が震えるのが見えた。




