9話 王妃の散歩道
ギリギリのところで「エイダン」の生まれ変わりである「エイデン」と再会することができたが、肝心の呪いを解く方法がいまだに見つかっていない。
(エイデンは相変わらず人に感謝されまくっているし!)
つまり毎日死にかけている。不幸中の幸い……というと少し語弊があるが、最近はちょっと打ち解けて、私が常に側にいることに対してムッとしながら文句を言う頻度がグッと下がったので、思う存分彼を守ることができている。
しかし、これは同じく私が彼の思うまま出歩くことに文句を言わないからでもあるわけで……。
(神経使う~!)
できるだけ彼を守っていることを悟らせないよう気を遣ってもいた。残念ながら全て上手くはいかないが、十回あれば七回くらいは成功していると思う。残り三回は嫌そ~な顔をしたり、ムッとした表情で自分は大丈夫だと呟いた後、バツの悪そうな顔をして礼を言うのだ。
(確かに勘もいいし……どうも今世も戦闘に関しては天賦の際があるみたいなのよねぇ。これも因果かしら)
勝手にやっていることなので、お礼なんて求めていないが、それはそれとして死にかける頻度、どうにかして欲しいんだけど!? こんなに人って他人に感謝されることあるんだっけ!?
(防御魔術の範囲を王都全体に広める? いやいやいや、流石にそれはキャパオーバー……)
やはり一刻も早く呪いを解くしかない。
こんな私の悩みを打開してくれたのは、まさかの兄嫁——現王妃様だった。
人となりは賛否両論なこの王妃。博識で融和的だと評する人がいる一方で、傲慢で品がないと嫌な噂も聞いた。
「ロイメイア様が!? 私に会いに!? 私に!? エイデン様じゃなくて!? え? なんで? え?」
突然私達の暮らす離宮にやってきたロイメイア王妃。彼女も近隣の小国からデュカリア王国へ若くして嫁いできた女性だ。彼女の祖先には英雄パーティの一員である、神官ネイヴァン・シルスの弟がいる。どうもこの国は私も含め、英雄の血縁者を集めたがっているようだ。
「お散歩ついでに寄ってみちゃった! ガルディスタ王国の美味しいお茶をいただきながら、嫁いで来たもの同士、ゆっくりおしゃべりしたくって……ああそんな! 気を遣わないでちょうだい!」
なんて言われてもそういうわけにもいかないので、大慌てで温室にテーブルをセッティングするよう指示を出す。
(いったいなんで……? ハッ! まさかエイデンが王位を狙っているかどうか探りに!?)
まさかそんなことを疑われて暗殺者でも雇われたらたまらない。また『死の呪い』の死に方バリエーションが増えてしまうぞと、焦りに焦っていたのだが、彼女は本当に私と親睦を深めたいだけだった。
「あの堅物エイデン様をモノにするなんて本当にすごいわっ! ……あらやだごめんなさい……つい……! ほら、エイデン様は女性嫌いで有名だったし……彼は絶対に何があっても結婚する気はないのだと、本当は皆諦めていたのよ」
前王も現王も頑なに婚約者すら拒絶するエイデンに頭を悩ませ、私が彼を見つけたパーティを最後に彼の嫁探しを諦めるつもりだったそうだ。
(なるほど、最後のチャンスだと思ったからスムーズに結婚までできたのか)
私と彼の結婚はかなりの勢いを持って進められた。こちらとしては願ったり叶ったりだったが、エイデンの気が変わらないうちにと、デュカリア王国側がかなり頑張ってくれていたということか。
それから彼女は自分のこと、生まれ育った国のこと、夫のこと、この国の今の流行りのことなんかを話した後、
「レクシア様は魔術がお得意だとか!」
私への質問タイムへ突入した。
「ええ。独学ですが……特に賢者グラディアの魔導書を参考にしております」
最近、宮廷魔術師が私の魔術に興味を持ち、どうも古い体形のものばかりということに気づいたようだったので念のため先手を打って伝えておく。妙な探りを入れられても厄介だし。
「まあ! では王家の書庫はもうご覧になりました? 賢者グラディアの写本が何冊か……ああでも、魔導書ではないようだと誰かが……」
「……!!?」
知らなかった! 魔導書の所蔵については確認済みだったが、そのほかの書物までは目を通していなかった。
(エイデンにつきっきりだったからなぁ)
まさかこんなところにあるとは! 呪いを解く方法がこれでわかるかもしれない。
(先生が残した日誌かも!)
嬉しそうに目を輝かせていた私を見て、ロイメイア様は嬉しそうだ。
「では今度こちらにお持ちしますわ!」
「そ、そんな! 王妃様にそのようなことをしていただくわけには!」
「気になさらないで! 私も嫁いでしばらくはどこにいてもジロジロと見られて……やれ歩き方が田舎くさいだの、訛りが取れていないだのって……本当に嫌だったの」
フンッと鼻を鳴らして、
「もちろん今は違いますよ! きっちりその場で言い返すようにしたら、もう誰も何も言わなくなりました。まあ、今では私は王妃ですしね」
すぐに優しい顔になって、フッと私に笑いかけてくれた。私があまり華やかな王宮に姿を出さない理由を考えた末、かつての自分と重ねてしまったようだ。私とエイデンの結婚反対派の声を聞いたからかもしれない。
(あああ……エイデンの呪いが解けたら反対派を使って離婚しようと思ってたけど……)
罪悪感でうまく笑えない。そのせいかロイメイア様、自分の予想が確信に変わってしまったようで、
「な~んてね。本当は私もたまに王宮から出たくなってしまって……ここはいい所ね。落ち着くし、何か優しいものに守られている気がするわ……ああこれが、レクシア様の魔術なのね」
おどけるように大袈裟に肩をすくめた。
こういう風に気にかけてくれる人がいると、心の奥底からグッと温かなものが込み上げてくる。彼女がエイデンだったら間違いなく『死の呪い』が発動しているに違いない。
目をゆっくり閉じた後、空中に小さな魔法陣を書き、浮かび上がった金色の光をクルクルとかき混ぜる。
「まぁ! こんな魔術見たことがないわ!」
温室内に鮮やかな色の花びらと風が舞い上がり、私の黒髪と王妃の黄金色の髪、そして緑の葉を穏やかに揺らした。
「賢者グラディアの魔術の一つです。……きっと彼女も同じように弟子とのお茶会を楽しんでたんでしょうね」
「ふふっ! まるで見てきたようにおっしゃるのね」
見てきたどころか当事者だ。魔王の恐怖が蔓延る中、ささやかな……本当にささやかな楽しみだった。
「勇気を出して来てみてよかった」
王妃は照れたようにそう言って、ガルディスタ産の紅茶をゆっくりと口に含んだ。




