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婚約者がまた幼馴染を連れてきました――「一玉くらい」?メロンはただではありません  作者: さんけい


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9/21

第九話 書き留められたこと

 妹たちが戻った時、シェリルは店の奥にある小応接室で、翌日の試作表を直していた。

 卓には四人分の茶器が用意されている。市場視察から帰った妹たちと、買ってきた菓子を分けるつもりだった。

 入ってきたのは、妹三人とリシャールだった。

 マリルが抱えた籠には、きれいに包まれた焼き菓子が入っている。けれど誰も、その包みを開こうとしなかった。


「お姉様。先に、お話があります」


 マリルは手帳を卓へ置いた。


「アレック様についてです」


 シェリルは試作表の上へ吸い取り紙を載せた。


「座ってちょうだい。リシャール様も」

「失礼します」


 リシャールは扉に一番近い椅子を選んだ。帽子を膝へ置き、潰れた縁を指で直している。

 エリールはシェリルの隣へ座り、サミュールは水差しの近くに手帳を広げた。マリルは向かい側で、自分の記録を開く。


「順番に伺います」


 シェリルは新しい紙を一枚取り出し、日付を書いた。


「最初から、見たことだけを話してください」


 リシャールが、王都倉庫からマンゴー六つが持ち出された経緯を話した。

 昨日届いたばかりの品で、新しい取引先へ見本として渡す予定だったこと。持ち出しの書類にはアレックの署名があり、用途は贈答品。相手の名も届け先も書かれていなかった。


「倉庫の者が、今朝こちらまで運んでいます。市場の青果店で箱を替え、籠へ詰め直しました」

「ライエット家へ届ける指示は?」

「ありませんでした」


 シェリルは、紙へ一行書き加えた。

 エンコード家王都倉庫。マンゴー六つ。アレックの署名。贈答品。届け先空欄。


「六つすべてを、アレック様がお持ちになったのですね」

「はい」

「代わりの品を、取引先へ回すことはできますか」

「入荷数が少なく、同じものは揃いません。父か倉庫長が、先方へ事情を説明することになります」

「そうですか」


 シェリルの筆が止まった。

 アレックは、南方の新しい果物を持ってきてやると言った。

 その言葉を受けて、シェリルは保管場所を空けた。ベルナルドを通じて王都倉庫へ問い合わせ、届く果物の種類と状態を確認しようとした。料理人には、香りの強い果物にも対応できるよう、砂糖の量を決めずに待ってほしいと頼んである。

 持ってきたマンゴーは六つ。

 一つも、ライエット家へは届かない。


「それから、リシャール様を市場で見つけたの」


 マリルが続きを話した。


「リシャール様が青果店の御主人へ尋ねると、籠を持ったアレック様は、若い御婦人と花冠亭へ向かったと言われました」

「花冠亭ですか」

「ええ。わたくしも一緒に行きました」


 マリルの記録には、通った道と時刻まで書かれていた。

 青果店を出た時刻。花冠亭へ着いた時刻。エンコード家の馬車を見つけた場所。庭園の通用門が見える公園の長椅子。


「こちらが、わたくしが書き留めたものです」


 マリルは手帳を半分回し、シェリルの前へ押し出した。

 細かな字が、頁の下まで続いている。

 花冠亭南側の公園。正午前。

 薄桃色のドレス。胸元に赤い花。腕に布をかけた籠。籠の隙間からマンゴー二つを確認。


「ネリア様でした」


 マリルが言った。


「リシャール様も、お顔を御覧になっています」

「間違いなく、ネリア嬢でした」


 リシャールが答えた。

 シェリルは手帳へ目を戻した。

 アレックはネリアの腰へ手を添えていた。ネリアは彼の腕へ自分の腕を絡めた。

 会話も、覚えている限りそのまま記されている。

 今日はずっと一緒にいてくれると思った。

 シェリルのところへ行くのか。

 今日は行かない。あそこへ行くと、果物の話ばかり聞かされる。

 珍しい果物をくれるのか。

 お前は喜んでくれるから。


「マンゴーは、ネリア様のお母様と御友人へ差し上げるそうです」


 マリルが頁の一行を指した。


「残りも明日届けさせると、アレック様がおっしゃっていました」

「残りは四つね」

「はい」


 シェリルは自分の紙へ、二つ、残り四つ、と書いた。

 筆先にインクが溜まり、四の字の最後が太くなった。


「まだ、続きがあります」

「伺います」


 マリルが一度、リシャールを見た。

 リシャールは椅子へ座り直した。


「ネリア嬢が、兄とシェリル嬢が結婚したあと、今までどおり会えるのかと尋ねました」

「アレック様は?」

「何も変わらない、と」


 リシャールの手が帽子から離れた。


「シェリル嬢には家と店のことを任せる。自分が誰と会うかまで、口を出させるつもりはないと話していました」


 シェリルは、その言葉も書いた。

 家と店のことを任せる。

 任せる。その短い言葉の中に、果物の仕入れも、店の改装も、厨房との打ち合わせも、売れ残った品の始末も入っているらしい。

 アレックは、店へ来ても試作表を見ない。果樹園の者の名前も覚えない。ネリアが欲しがれば、明日使うメロンを持ち帰ろうとする。

 その人が、家と店をシェリルへ任せると言った。


「両家が決めた婚約で、自分が決めたものではないとも言いました」


 マリルの声が少し早くなった。


「それから、ネリア様には、自分が会いたくて会っていると」


 エリールが、シェリルの袖を掴んだ。


「もうよいでしょう。お姉様、ここから先は――」

「最後まで聞きます」


 掴まれた袖を押さえ、エリールの手を包んだ。


「マリル、続けて」

「アレック様は、ネリア様がお好きだとおっしゃいました」

「ええ」

「そのあと、口づけを」


 マリルの指が手帳の端へ移った。


「一度目は短く。二度目は、ネリア様がアレック様の首へ腕を回していました」

「二人とも、その場で見たのですね」

「見ました」

「はい」


 マリルとリシャールが続けて答えた。

 サミュールが、自分の手帳へ二人の名を書いた。


「証言者は、マリル姉様とリシャール様。場所は花冠亭南側公園。時刻は正午前。お二人の位置は、池の東側の長椅子です」

「そうよ」

「会話を聞き取れる距離でしたか」

「ええ。池へ向かう小道を、こちらへ歩いてきましたから」

「服装と持ち物も、両方の記録に残しましょう。リシャール様、アレック様は何をお召しでしたか」


 サミュールの問いに、リシャールが上着や帽子の色を答えた。

 エリールは途中で立ち上がり、冷めた茶を新しいものへ替えるよう侍女へ頼んだ。戻ってくると、今度はシェリルの向かいへ座る。


「お姉様」

「なあに」

「アレック様を、まだ庇いますの?」


 シェリルはマリルの手帳を最初から読み直した。


「幼馴染だから、親しく見えることもあると思っていました」

「お姉様が、そう思おうとなさっていたのでしょう?」


 エリールの言葉に、シェリルは頁をめくる手を止めた。


「ネリア様を試食へ連れてきても、御友人だから。メロンを欲しがっても、御家族に食べさせたいから。アレック様がネリア様ばかり御覧になっていても、昔からの付き合いだから。お姉様は毎回、理由を探していらしたわ」

「婚約を続けるなら、必要なことだったのよ」

「どうして、お姉様だけが続ける努力をしなくてはいけませんの?」


 侍女が新しい茶を運んできた。

 卓へ置かれたカップから、湯気が上がる。シェリルは礼を言い、皆へ勧めた。自分のカップにも一度手を伸ばし、代わりにマリルの手帳を引き寄せた。

 ベルナルドのことは、もう諦めたつもりだった。

 アレックとの婚約が決まってから、そうするしかないと自分へ言い聞かせてきた。

 ベルナルドと果物の話をする時間は楽しかった。どの実を残し、いつ収穫し、どうすれば一番おいしい時に客の前へ出せるのか。彼の話なら、何時間でも聞いていられた。

 それでも、ベルナルドと過ごす時間へ別の望みを持ち込んだことはない。

 ライエット家の娘として、決められた婚約を守る。

 アレックと家を作る。

 店の仕事を整え、エンコード家との取引を育てる。

 そのために、諦めた。

 自分が選んだことなら、納得もできた。

 ところがアレックは、両家が決めた婚約だと言い、自分の望みはネリアへ向けていた。シェリルが手放したものの上へ立ち、家と店の仕事だけを渡すつもりでいる。

 紙の上には、今日の出来事が順番に並んでいた。

 マンゴー六つ。

 届け先空欄。

 ネリアへ二つ。残り四つも届ける。

 家と店はシェリルへ任せる。

 誰と会うか、口を出させない。

 ネリアが好きだ。

 口づけ、二度。

 シェリルは最後の行まで読み、手帳を閉じた。


「リシャール様」

「はい」

「この内容を、御両親の前でも証言していただけますか」

「もちろんです」

「御家の取引に関わるマンゴーの件も?」

「父には、私から報告します。持ち出しの書類も倉庫に残っています」

「分かりました」


 シェリルは試作表を脇へ重ね、机の引き出しから一通の書類を取り出した。

 アレックとの婚約が決まった時、両家で交わした覚書だった。紙の角が傷まないよう薄布で包み、長く同じ場所へしまってあった。


「お姉様?」

「お父様とお母様をお呼びして」


 エリールが立ち上がる。


「今すぐでよろしいの?」

「ええ」


 シェリルは薄布を解き、覚書を卓の中央へ置いた。


「婚約解消のお話をします」



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