第十話 届いた荷物
それから数日後、アレックが王都の屋敷へ戻ると、玄関を入ったところで家令に呼び止められた。
「若旦那様。旦那様が、あとでお話があるとのことです」
「父上が?」
「本日は、御用が済むまで屋敷でお待ちください」
アレックは外套を脱ぎながら、階段の上を見た。
「今すぐではないのか?」
「お支度が整い次第、お呼びになるそうです」
「ずいぶん大げさだな」
外套を家令へ渡し、帽子をその上へ重ねる。父に呼ばれる理由を考えたものの、すぐには思い当たらなかった。
マンゴーの件なら、リシャールが騒いだのかもしれない。
取引先へ回す予定の品を使ったところで、次の船便はいずれ来る。珍しい果物を気に入ってもらい、新しい客を増やすのも商売のうちだ。ネリアの母や友人が喜んだと聞けば、父も最後には納得するだろう。
あるいは、シェリルとの結婚についてか。
婚約してから長い。店の準備が進んだことで、ライエット家が日取りを決めたがっている可能性もある。
「父上は書斎か?」
「ただいま、執事と打ち合わせをなさっています」
「母上は?」
「奥様も御一緒です」
両親が揃っているなら、やはり婚礼の話だろう。
「分かった。部屋にいる」
「お茶をお持ちいたします」
自室へ向かいながら、アレックは今日のネリアを思い出していた。
午後、二人で新しい菓子店へ寄った。ネリアは焼きたての小さな菓子を半分に割り、中の蜜が服へ落ちそうになって慌てていた。
アレックが布を差し出すと、恥ずかしそうに笑った。
今日は髪に白い花を挿していた。先日の赤い花もよく似合ったが、白もよかった。
どちらが好きかと聞かれ、選べないと答えると、ネリアは次から左右に一本ずつ挿そうかしら、と笑った。
シェリルなら、花の種類と値段を先に確認する。
ネリアと過ごす時間には、果物の仕入れも、店の売り上げも、翌月の予定も出てこない。彼女はアレックが贈ったものを喜び、アレックの話を楽しそうに聞いた。
結婚しても、こうして会えばよい。
シェリルには家と店がある。やりたい仕事を任せれば満足するはずだ。ネリアも、シェリルの邪魔をしたいわけではない。二人が張り合う理由など、どこにもなかった。
そのうちシェリルも、ネリアの素直なところを気に入るかもしれない。
ネリアを屋敷へ招き、三人で茶を飲む。シェリルが新しい菓子を作り、ネリアが最初に味見をする。アレックが店へ客を連れていけば、シェリルも喜ぶ。
そうなれば、今よりずっと上手くいく。
部屋へ入ると、アレックは襟元を緩めた。茶を運んできた従僕へ、時刻を尋ねる。
「南方船の荷は、まだ来ていないか?」
「若旦那様宛てのお荷物でしょうか。今のところは」
「今日届く予定だ。来たらすぐ知らせてくれ」
「かしこまりました」
「いや、そのままネリアの屋敷へ届けてもいい。俺からの贈り物だと伝えるように」
従僕は盆から手を離し、扉のそばで止まった。
「本日は、屋敷でお待ちになるよう旦那様から申しつかっておりますが」
「俺が出かけるわけじゃない。荷を届けるだけだ」
「では、届きましたら改めてお伺いいたします」
従僕が出ていくと、アレックは茶を飲みながら、ネリアの喜ぶ様子を思い浮かべた。
注文したのは、一玉だけだった。
少し前、シェリルが南方の果物について話していた時に、珍味として名高く、熟したものは美味だと口にした。扱いが難しいとも言っていた気がするが、アレックが覚えているのは、美味というところだけだった。
それほど珍しい果物なら、ネリアも食べたことがないだろう。
菓子店でその話をすると、彼女はすぐに身を乗り出した。
「どんなお味なのでしょう」
「今日届く。夜には届けさせるよ」
「まあ。わたくしのために注文してくださったの?」
「ああ。お前に食べさせようと思ってね」
ネリアは両手を合わせ、届いたらすぐ知らせてほしいと言った。
あの顔をもう一度見られるなら、高い代金も惜しくない。
アレックは二杯目の茶を注いだ。
窓から見える前庭には、出入りの馬車が一台もない。婚礼の話なら、ライエット家の者も来るはずだ。父が先にアレックの考えを聞きたいのかもしれない。
日取りは、秋の終わりで構わない。
シェリルも店の準備を終えたいだろうし、アレックにもネリアと相談しておきたいことがある。結婚後にどのくらい会えるのか、先に決めておけば彼女を不安にさせずに済む。
住む屋敷についても考えておこう。
シェリルはライエット家の店に近い場所を望むだろう。アレックが王都へ出やすく、ネリアの屋敷からも遠くない場所なら、どちらにも都合がよい。
頭の中で王都の地図を広げていると、窓の下から車輪の音が聞こえた。
幌を張った荷車が門を入り、玄関脇の荷受け口へ回っていく。荷台には、二人がかりで運ぶほどの木箱が一つ載っていた。
アレックはカップを置き、窓を開けた。
「バルテ商会か?」
荷車の男が帽子を上げた。
「エンコード家のアレック様へ、南方からのお品です!」
「今行く」
階段を降りると、木箱はすでに荷受け口へ下ろされていた。
箱全体を厚い布が覆い、その上から何重にも縄が巻かれている。隙間には乾いた藁が詰められ、蓋の四隅には鉄の留め具まで打たれていた。
「ずいぶん厳重だな」
「船から降ろした時のまま、お持ちしました」
商会の男が受取状を差し出した。
「食べ頃を迎えております。こちらの札に、扱い方が――」
「届け先を変える。ネリア・オルコット嬢の屋敷へ運んでくれ」
「このままですか?」
「贈り物だ。俺からだと言えば分かる」
商会の男は木箱を見下ろした。
「先方には、開ける場所を――」
「若旦那様」
家令の声に遮られ、アレックは振り返った。
「旦那様からの御指示です。そのお荷物は、屋敷から動かさないようにと」
「父上が?」
「若旦那様には、西の応接室へお越しいただきます」
「話なら、もう始めるのか」
「皆様がお揃いになりました」
「皆様?」
問い返しても、家令は応接室の方角を手で示すだけだった。
アレックは従僕へ木箱を預けた。
「荷受け室へ入れておけ。話が終わったら、俺が届ける」
木箱が二人がかりで運ばれていく。
縄の下に挟まれた小さな札には、赤い字で注意書きが並んでいた。最後の一行だけが、歩くたびに布の端から出たり隠れたりしている。
本日中に開封のこと。




