第十一話 応接室で待っていたもの
西の応接室には、両家の者が揃っていた。
正面の長椅子に父と母。向かいにはライエット子爵夫妻が座り、その隣にシェリルがいる。
マリル、サミュール、エリールの三人も同席していた。末席ではリシャールが手帳を開いている。
卓の中央には、見覚えのある書類が置かれていた。
婚約が決まった時、両家で交わした覚書だ。
「来たか。座りなさい」
父に促され、アレックは一人掛けの椅子へ腰を下ろした。
婚礼の日取りを決めるにしては、妹たちまでいる。リシャールが呼ばれているのも妙だった。
もっとも、シェリルは新しい店の準備を妹たちにも手伝わせている。店と婚礼、両方について確認することがあるのかもしれない。
「皆様をお待たせしたようで、申し訳ありません」
「急に呼び止めたのはこちらだ」
ライエット子爵は挨拶を返し、娘の前に置かれた紙へ目を落とした。
シェリルは淡い青のドレスを着ていた。髪も普段どおりに結われている。
アレックが入ってきた時、一度こちらを見た。今は卓上の覚書を見ている。
「アレック」
父が一枚の紙を取り上げた。
「数日前、王都倉庫から南方産のマンゴーを六つ持ち出したな」
やはり、その話か。
リシャールが父へ告げたのだろう。融通の利かない弟らしい。
「持ち出しました。先方への贈り物に使いました」
「先方とは誰だ」
「ネリア・オルコット嬢です。御家族や御友人にも召し上がっていただきました」
母の扇が、膝の上で閉じた。
「六つすべてを差し上げたのですか」
「ええ。とても喜んでいました。珍しい果物ですから、よい宣伝にもなったでしょう」
「宣伝?」
父は紙を裏返し、アレックの署名がある箇所を卓の中央へ向けた。
「オルコット家から注文が入ったのか」
「これから客になっていただけるかもしれません」
「購入したいとの申し出は?」
「今はありませんが、気に入ってもらえました。次に人を招いた時にも話題になるでしょう」
「誰に、どの品を、いくらで売るための宣伝だ」
「そこまでは、まだ」
「ならば、お前が個人的な贈り物へ使っただけだ」
「いずれ商いにつながる可能性はあります」
「商いにつなげるための話を、誰かとしたのか」
アレックは父の顔を見た。
「贈り物とは、そういうものでしょう。受け取ったその場で注文を求めるものではありません」
「宣伝だったと言い出したのは、今だな」
「父上」
「マンゴー六つは、新しい取引先へ見本として届ける品だった。先方は料理人まで呼び、受け取りの支度をしていた」
父の指が、受取状の届け先を叩いた。
「今期の入荷分から、同じ熟れ具合のものは揃えられん。倉庫長が代わりの品と詫びの品を持ち、先方へ頭を下げに行った」
アレックは隣に座るリシャールへ顔を向けた。
「次の船便で補えばいいだろう。なぜ父上を騒がせた」
「次の船便は三週間後です」
「三週間くらいなら、先方にも待ってもらえる」
「兄上が先方へ伺って、そう話すのですか」
リシャールは手帳を閉じた。
「珍しい果物を見本として届けると約束した日に、品が届かなかったのです。三週間後に同じものを持っていけば、約束を守ったことになるとお考えですか」
「一度の手違いを大げさに扱いすぎる」
「倉庫の手違いとして処理されたからです。持ち出しの書類には、贈り先も目的も書かれていませんでした。兄上から事情を聞ける者もいませんでした」
「俺の署名は残した」
「署名だけで、行き先まで分かりますか」
「もうよい」
父の声で、リシャールは口を閉じた。
「マンゴー六つの代金、先方へ届けた代替品、その日の輸送費、詫びの品。すべて、お前の個人勘定から引く」
「マンゴーを買い取ったと思えば構いません」
「買い取りの手続きは、持ち出す前にするものだ」
父は受取状を重ね、脇へ置いた。
「金を払えば、無断で持ち出した事実まで消えると思うな」
「故意に損害を出したわけではありません」
「その品を使えば誰が困るか、考えずに持ち出した。その結果を話している」
アレックは背もたれへ寄りかかった。
マンゴーの代金を払えば、この話は済む。父も商売に関わることには細かいが、損害を埋めたあとまで長く責める人ではない。
シェリルが手元の紙を一枚取った。
「アレック様。わたくしにも、珍しい果物を持ってきてくださるとおっしゃいましたわね」
「もちろん覚えているよ。今回は数が足りなかった。次の便で――」
「六つありました」
「だから、今度は君の分を取っておく」
「わたくしは、何が届いても試作できるよう、厨房の棚を一つ空けました。料理人にも予定を変えてもらっています。予定の日を過ぎたため、ベルナルド様を通じて王都倉庫へ問い合わせました」
「そこまで頼んだ覚えはないよ」
「持ってきてくださると伺ったので、受け取る支度をしました」
「君は仕事熱心だからな。準備しておくのは悪いことじゃない」
エリールが椅子の肘掛けを掴んだ。
隣のサミュールが、その手へ自分の手を重ねる。
シェリルは卓上の紙へ一行書き加えた。
「分かりました。アレック様のお言葉を、予定を変えるほどの約束として受け取ったのは、わたくしの判断だったのですね」
「そこまで言っていない。届かなかったなら、次を待てばいいだろう」
「いつ届くかは、わたくしが倉庫へ問い合わせるのでしょう。料理人の予定も組み直し、空けた棚もそのままにする。次も届かなければ、また問い合わせます」
「店を任されるなら、その程度のことは自分で判断してくれ」
「店を任される?」
ライエット子爵夫人が、娘の書く手元を見た。
「アレック様は、御結婚後のお二人について、そのようにお考えなのですか」
「シェリルは店の仕事が好きです。好きなことを続けられるようにしたいと思っています」
「あなたは、何をなさるの?」
「エンコード家の取引を広げます。店へ客を紹介することもできます」
「今回のように、店へ入る品を先に御友人へ贈るのですか」
アレックの返事が遅れた。
「マンゴーの件については、もう父上から注意を受けました。同じことを繰り返すつもりはありません」
「では、次のお話へ移りましょう」
マリルが手帳を開いた。




