第六話 たかが果物
五日後、ロンダール領から二度目のメロンが届いた。
選果室の長卓には、木箱から出された十二玉が並んでいる。ベルナルドとシェリルは一玉ずつ香りと弾力を確かめ、食べ頃を書いた札を添えていった。
今日使えるものが三玉。明日が四玉。残りは二日から四日ほど置く。
同じ日に収穫されたメロンでも、熟れ方は一玉ずつ違う。焼き菓子の試作には少し固いもの、冷たい菓子には香りの上がったものを使う。厨房へ渡す分には、白い紐を結んであった。
「明日はこちらの二玉を使います」
ベルナルドが、白い紐のついたメロンを指した。
「今朝確かめたものより、果汁が多くなると思います。ジュレの量を少し減らしたほうがよいかもしれません」
「では、一玉目で果汁の量を見てから、二玉目を仕込みます」
シェリルは試作表へ書き込んだ。
最初の試食から、厨房では三種類の菓子を試していた。果肉を焼き込んだものは香りが弱くなり、砂糖煮は甘さが重くなった。今のところ、一番評判がよいのは、最初に出した硝子杯の菓子だった。
来月から店で出すなら、毎日何玉を使うのか。食べ頃が一日に集中したときは、どの菓子へ回すのか。傷んだものが出た場合、予約の数を減らすのか。
決めることは、まだいくつも残っている。
「シェリル、ここにいたのか」
選果室の戸が開いた。
アレックが先に入り、その後ろからネリアが顔をのぞかせた。
「まあ、たくさんあるのね!」
ネリアは長卓へ駆け寄った。
「これ、先日のお菓子に入っていたメロンでしょう?」
「同じ果樹園で育てたものです」
シェリルが答えると、ネリアは白い紐のついた一玉へ両手を伸ばした。
「わたくし、あのメロンが欲しいわ」
「ご注文ですか?」
「注文?」
ネリアの手が、網目の入った皮の上で止まった。
「一玉なら、明後日の販売分からお取り置きできます。贈答用の箱もございますわ。お届け先は伯爵邸でよろしいですか」
「そういうことではないの。わたくし、この間お菓子をいただいたでしょう? とてもおいしかったから、お母様にも食べさせてあげたいのよ」
「でしたら、なおさら箱へお入れしましょう。食べ頃を書いた札もお付けします」
「ネリアは、譲ってほしいと言っているんだ」
アレックが間へ入った。
「一玉くらい持たせてやってくれ。伯爵夫人にも味を知っていただけるなら、ライエット家にも得だろう?」
「代金は、アレック様がお支払いになるのですか」
「婚約者同士で、いちいち金の話をするなよ」
アレックは笑い、白い紐のついた一玉を持ち上げた。
「ネリア、一つで足りるか?」
「できれば二つ欲しいわ。一つはお母様に、もう一つは仲のよいお友達といただきたいの」
「では二つだ」
隣に並んでいたもう一玉にも、アレックが手をかけた。
「お待ちください」
シェリルは長卓の反対側から回り込み、二つ目のメロンを押さえた。
「その二玉は、明日の試作に使います」
「ほかにも十個あるじゃないか」
「明日食べ頃になるのは四玉です。そのうち二玉を冷たい菓子に、残りの二玉を焼き菓子に使います」
「なら、別のを使えばいい」
「こちらはまだ香りが上がっていません。今切れば、甘さも足りませんわ」
「一日や二日で、そんなに変わるものか?」
「変わります」
シェリルは、アレックが持ち上げた一玉を木製の輪台へ戻した。
「この一玉を育てるために、畑では余分な花を摘み、実がついてからも形のよいものを選びます。残す実へ十分に養分が届くよう、ほかの実も落とします。雨が続けば水を逃がし、日差しが強ければ葉の向きを直し、地面へ触れないよう一玉ずつ敷物を入れます」
ベルナルドは黙って、紐の緩んだ一玉を結び直していた。
「収穫したあとも終わりではありません。傷のないものを選び、藁を詰めた箱へ一玉ずつ入れます。荷車が揺れれば傷みますから、道を選んで運びます。王都へ着いてからは、毎朝すべての香りと弾力を確かめます。食べ頃が来たものは、その日のうちに使わなくてはなりません」
「だから、二つくらい――」
「その二つを、明日使うのです」
シェリルは試作表を開き、アレックの前へ置いた。
「料理人も菓子職人も、明日の仕込みを決めています。妹たちも試食のために時間を空けています。ベルナルド様には、果肉の固さが違うものを揃えていただきました。二玉なくなれば、同じ条件では比べられません」
「また作ればいいだろう?」
「次に同じ熟れ具合のものが揃う日は分かりません。暑さが続けば一度に熟れます。気温が下がれば数日遅れます。明日必要なものを、明日畑から取ってこられると思っていらっしゃるのですか」
「果物だぞ」
アレックは試作表を指先で押し返した。
「一つ二つ、いいだろう。たかが果物で、そこまで大騒ぎすることか?」
ベルナルドの手から、結び直した白い紐が落ちた。
シェリルはそれを拾い、メロンの蔓へ結んだ。
「今のお言葉を、この実を育てた方の前でもう一度おっしゃってください」
「聞こえているだろう」
「ええ。ですから、ベルナルド様に向かって」
アレックは長卓の向こうにいるベルナルドを見た。
「ロンダール家には、代金を払っている。育てるのが仕事なら、育てればいい」
「アレック」
「はいはい、分かったよ」
アレックは面倒そうに片手を上げた。
「そんなに大切なメロンなら、置いていけばいいんだろう?」
「アレック、わたくし……」
ネリアが、彼の袖をつまんだ。
「お母様に差し上げると、もうお手紙へ書いてしまったの」
「心配するな。今度、南方から届く新しい果物を持ってきてやるさ。メロンより珍しいものなら、伯爵夫人にも喜んでいただける」
「本当?」
「ああ。エンコード家の荷なら、俺が好きにできる」
ネリアはすぐに笑い、長卓から手を離した。
「では、そちらのほうがいいわ。お友達にも自慢できそう」
「決まりだな」
アレックはシェリルを振り返った。
「その新しい果物も、こちらへ少し回してやる。菓子に使えばいい。これで文句はないだろう?」
「今、お話ししているのは、このメロンです」
「二玉とも置いていくと言ったじゃないか」
アレックはネリアの背を押し、戸口へ向かった。
「次の果物を持ってくるなら、それで済む話だ。いつまでも細かいことを言うなよ」
二人が出ていくと、選果室には、荷札を書く音が戻った。
ベルナルドは白い紐の二玉を確かめ、明日使う四玉を木箱へ移した。
「シェリル嬢」
「はい」
「南方の果物が届いたら、保管方法を先に調べたほうがよいでしょう。メロンと同じ場所へ置けるとは限りません」
「……ええ。届けば、ですけれど」
シェリルは試作表を閉じた。
長卓の端では、ネリアが持ち上げたメロンの札が横倒しになっていた。起こして日付を確かめ、白い紐の下へ差し直した。




