第四話 結婚はしてやる
「ねえ、アレック。わたくし、何か悪いことをしたかしら」
ライエット家の玄関を出たところで、ネリアが振り返った。
「妹さんたち、ずっとこちらを睨んでいたわ」
「気にするな。姉妹そろって、菓子のことになると大げさなんだ」
アレックは玄関前に停めてあった馬車へネリアを案内した。
「一杯食べたくらいで、あの騒ぎだ。あれなら厨房に、まだいくらでも残っているさ」
「でも、シェリル様は怒っていたでしょう?」
「あいつは昔から堅いんだよ。決めた通りに進まないと、すぐ細かいことを言い出す」
ネリアが差し出した手を取り、馬車の踏み台へ乗せる。淡い黄色のドレスがふわりと揺れた。
ネリアは小柄で、何を着ても可愛らしい。今日の帽子にも、小さな白い花がいくつも飾られていた。笑うたびに巻いた髪が頬の横で揺れる。
シェリルの服は、いつもきちんとしていた。果樹園や厨房へ行く日は飾りを減らし、試食の日には汚れても困らない色を選ぶ。髪型も途中で崩れないことが一番らしい。
婚約したばかりの頃には、もう少し可愛げがあった気もする。
もっとも、あの頃のシェリルは十六歳だった。アレックが訪ねていけば嬉しそうに茶を用意し、贈った花も部屋へ飾った。
最近では、顔を合わせるなり荷車の台数や倉庫の空きを尋ねてくる。
今日だってそうだ。
久しぶりに訪ねた婚約者へ、最初に言った言葉が「また、ですか」だった。
「あんな言い方をされたら、もう伺うのが怖いわ」
馬車へ乗ったネリアは、座席の端に身を寄せた。
「あなたが連れてきてくれたから、わたくしも皆さんと仲よくなれると思ったのに」
「シェリルたちが子供っぽいんだ。客が増えたなら、菓子を追加すればいいだけだろう?」
「わたくし、伯爵家で出されたものを残すと叱られるの。それで急いで全部いただいたのよ」
「ああ、分かっている」
「感想だって、ちゃんと言ったわ。とてもおいしかったもの」
「菓子なんて、おいしいか、まずいかが分かれば十分だ。シェリルは難しく考えすぎる」
甘くて、もっと量が欲しい。
客の感想として、これ以上何が必要なのか。
売るなら甘くして、たくさん出せばいい。女や子供は綺麗な菓子を並べておけば喜ぶ。妹たちが夢中で食べている様子を見れば、誰にでも分かることだった。
「それに、ネリアの意見なら役に立つ。王都の伯爵令嬢が喜んだとなれば、宣伝にもなるからな」
「まあ。そんなふうに考えてくださっていたの?」
ネリアの顔が明るくなった。
「それなら、今度はもっと詳しく感想を言うわ。今日は一種類だけだったから、あまり比べられなかったけれど」
「次は何種類か用意させよう」
「本当?」
「ああ。果物も好きなだけ食べていい。どうせライエット家には毎日たくさん届くんだ」
ネリアは両手を合わせ、嬉しそうに笑った。
やはり可愛い。
シェリルも、こうして素直に喜べばいいのだ。せっかく婚約者が訪ねているのに、果肉の熟れ方だの、焼き菓子が沈む時間だの、そんな話ばかりしている。
「でも……」
ネリアが笑みを引っ込め、膝の上で指を組んだ。
「わたくしが何度もお邪魔したら、シェリル様に悪いわ。お二人は結婚なさるのでしょう?」
「俺はシェリルと結婚してやるんだ。それで十分だろう」
「してやる、だなんて」
「事実さ。両家の父親が決めた婚約だ。シェリルは俺と結婚すれば、いずれエンコード子爵夫人になれる。ライエット家の果物も、うちが王都まで運んでやる。あちらにとって悪い話じゃない」
「そうかもしれないけれど……わたくしと親しくしていたら、嫌がるのではなくて?」
「結婚する前に誰と茶を飲もうが、シェリルに口を出される筋合いはないよ」
アレックは御者へ、ネリアの伯爵邸まで出すよう告げた。
先ほどシェリルには、すぐ戻ると言った。ネリアを一人で帰せば、また機嫌を損ねる。婚約者なら事情を分かって当然だ。
結婚したあとは、シェリルが家の仕事を手伝い、跡取りを産む。ネリアとは幼馴染として付き合えばいい。幼い頃から続いてきた仲を、婚約したからといって捨てるつもりはなかった。
「では、シェリル様より先にわたくしと知り合っていたことも、話してあるの?」
「もちろんだ。昔から仲のよい幼馴染だと教えてある」
「全部?」
ネリアが小首を傾げた。
「全部話す必要があるか?」
「ないわね」
二人で笑ったところで、馬車が動き出した。
ライエット家の正門を出ると、ネリアが窓の外を指した。
「あちらに、新しい菓子店ができたの。冷たいクリームを果物に添えてくださるそうよ」
「寄っていこうか」
「でも、シェリル様がお待ちでしょう?」
「少しくらいいいさ。妹たちと菓子を食べていれば、機嫌も直る」
アレックは御者に行き先を告げ直した。
馬車は伯爵邸へ続く道を外れ、新しい菓子店のある大通りへ曲がった。




