第三話 サイテーですわ
扉が閉まるなり、エリールが匙を置いた。
「サイテー!」
「ええ、最低ね」
マリルは記録用紙の端へ、ネリアの感想を小さくまとめた。
「婚約者の家へほかの娘を連れてきて、婚約者が用意した菓子を食べさせて、自分はその娘を送っていく。どこを取っても最低だわ」
「呼ばれたのはアレック様です」
サミュールは傾きかけた自分の硝子杯を見ていた。
「ネリア様が増えて、アレック様がいなくなりました。試食する人の数は同じですけれど、意味がありません」
「しかも、珍しい果物を好きなだけ食べられるって何ですの? うちは無料の菓子屋ではありませんわ!」
エリールの声が廊下まで届きそうになり、シェリルは人差し指を唇へ当てた。
「扉の向こうに侍女がいるわよ」
「侍女だって、きっとサイテーだと思っていますわ」
返事の代わりに、廊下で衣擦れの音がした。そこにいたらしい。
「それに、ネリア様はこれで三度目でしょう?」
マリルが数え始める。
「春の苺の選別に一度。先月、王都の菓子店と打ち合わせたときにも一度。今日で三度目」
「市場の視察にも来ました」
サミュールが加えた。
「では四度ね」
「毎回、どうしてあの方を連れてくるのかしら。幼馴染だからって、仕事の場へ入れていい理由にはなりませんわ」
ネリアは、アレックが幼い頃を過ごしたエンコード領の町で一緒に育った娘だった。母親と二人暮らしていた当時から、二人は互いの屋敷を行き来していたという。
その後、ネリアは伯爵の庶子として認知された。今では「伯爵家の娘」として王都の社交にも顔を出している。
アレックはその身分をことあるごとに持ち出した。
伯爵家の方なら流行を知っている。王都の令嬢の好みも分かる。意見を聞いて損はない。
けれど先ほどの感想は、甘い、おいしい、もっと欲しい、で終わった。
「ねえ、お姉様とアレック様は、家の商売をつなぐために婚約したのでしょう?」
エリールが頬を膨らませた。
「ええ、そうよ」
ライエット家が育てた果物を選別し、菓子や加工品に仕立てる。エンコード家が保管場所と荷車を手配し、王都や大きな町へ運ぶ。
両家が共同で扱う品が増えた頃、互いの跡取りを婚約させようと父親同士が決めた。
シェリルも、家業を支える相手になると思って受け入れた。
「だったら、今日の試食こそアレック様のお仕事ですわ。なぜネリア様が食べて、アレック様がいなくなるの?」
「そこが分かっていたら、あんなことはしないでしょうね」
マリルは用紙をシェリルへ返し、自分の杯を引き寄せた。
「さあ、わたくしたちは続きをしましょう。せっかくのメロンがぬるくなるわ」
「もう傾いています」
サミュールが砂時計を起こした。
「十二分で、こちら側の焼き菓子が沈みました。ジュレも流れ込んでいます」
「果肉の置き方を変えたほうがよさそうね。丸いものを三つ載せると、片側へ重さが寄るわ」
シェリルは匙を底まで差し入れた。果汁を吸った焼き菓子は、形こそ崩れかけていたものの、香ばしさを残している。冷たいジュレと混ざると口当たりもよかった。
「わたくし、崩れたあとのほうが好きですわ」
エリールも底から大きくすくった。
「見た目は悪くなるけれど、メロンの果汁が全部染みていますもの」
「店で出して、すぐ食べていただくなら問題なさそうね。持ち帰り用には別の菓子を考えましょう」
「焼いたものなら運べます」
「熟れた果肉を使うなら、ジャムかしら。値段を考えると贅沢だけれど」
「皮に近いところを使えば?」
話しながら食べ進めるうちに、四つの杯も底が見えてきた。
侍女が冷えた銀皿を運んできた。今朝切ったメロンの残りが、細い舟形に切って並べてある。クリームもジュレも添えていない、果肉だけの味を見るための皿だった。
シェリルは種に近い部分を一口食べた。
やわらかな果肉から、たっぷりと果汁が出る。甘さは強いが、喉に残らない。皮に近い部分にも青臭さが少なく、最後まで香りが続いた。
「こちらも甘いですわ!」
エリールが二切れ目へ手を伸ばす。
「端まで使えるなら、取れる量も増えるわね」
マリルは果肉の厚みを確かめ、サミュールは皿に残った果汁の量を見ている。
取引先の農園から届いた、今年最初のメロンだった。今日切った一玉だけで決めるつもりはなかったが、厨房では朝から三玉を確かめている。どれも熟れ方が揃い、傷んだ部分もほとんどなかった。
「やっぱり、今年のメロンはいいわね」
シェリルが言うと、三人の妹がそろってうなずいた。
「次は焼いたお菓子も作るの?」
「明日、厨房で試してもらうわ」
「わたくしも試食します!」
「値段を先に出してね」
「焼く時間も測ります」
三人の声が重なる。
シェリルは新しい用紙を一枚出し、アレックのために空けてあった欄へ、次の試作品を書き込んだ。




