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婚約者がまた幼馴染を連れてきました――「一玉くらい」?メロンはただではありません  作者: さんけい


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20/21

第二十話 農園の女主人

 婚約解消の話し合いから数日後、シェリルはベルナルドの農園を訪ねた。

 案内されたのは、農園の事務所ではなく、梨の木の下だった。九歳のシェリルが枝へ手を伸ばし、十一歳のベルナルドに梨のもぎ方を教わった場所である。

 木陰には小さな卓と椅子が用意されていた。卓上の籠には、今朝採れたという李が盛られている。


「急にお訪ねして、ごめんなさい」

「かまわない。出荷の打ち合わせも、ちょうど終わったところだ」


 ベルナルドは向かいの椅子へ腰を下ろした。袖には乾いた葉が一枚ついている。シェリルが指で示すと、慌てて払い落とした。


「それで、今日は何があった?」

「婚約は無しになりました」


 ベルナルドの手が膝の上で止まった。


「正式に?」

「ええ。両家の話し合いも済んでいます。アレック様は跡取りを外れ、婚約を続ける理由もなくなりました」

「そうか」


 それだけ答えると、ベルナルドは籠から李を一つ取った。熟れ具合を見るように指で触れ、同じ場所へ戻す。


「それで、あの家とは?」

「エンコード家との御縁ですか?」

「ああ。君の御両親は、縁を切りたくないと考えていたはずだ」

「よく御存じね」

「昔、手紙に書いてあった」

「果物以外の話も、覚えていてくださったのね」


 シェリルは籠の中から、赤く熟れた李を選んだ。


「両親も、今はそれほど心配していません。どうも最近、マリルがリシャール様と何度かお会いしているらしくて」

「リシャール殿と?」

「菓子店で果物のタルトについて話したり、ドリアンを菓子に使えないか相談したりしているそうです」

「ずいぶん変わった逢瀬だな」

「本人たちは、果物とお菓子の話をしているだけだと申しております」

「それで済むなら、君の婚約もあそこまで長引かなかっただろう」


 シェリルは李を持ったまま笑った。


「マリルは、リシャール様と話していると食べたいお菓子が増えるそうです。リシャール様も、次に会う店を探していらっしゃるとか」

「では、家同士の縁は二人がつなぐのか」

「まだ決まってはいませんけれど、両親は期待しているようです。マリルも嫌がってはいません」


 ベルナルドは籠の李をもう一度並べ直した。大きな実を奥へ、小さな実を手前へ移していく。


「安心なさいました?」

「少し」

「私が次の縁談を急がずに済むから?」


 小さな李を持ち上げた手が止まった。


「もう、お話は来ていますよ」

「早すぎる」

「婚約が無くなったと聞いた方々から、父のところへ幾つか」

「受けるのか?」

「私一人では決められません」

「君は、どうしたい」


 シェリルは李を卓へ戻した。


「その前に、一つお願いしてもよろしい?」

「ああ」

「昔のように、名前で呼んでください」


 ベルナルドが顔を上げた。


「シェリル嬢ではなく?」

「九歳の頃は、シェリルと呼んでくださったでしょう。私も、ベルナルド様とは呼びませんでした」

「あの頃とは立場が違う」

「婚約中は、そうでしたわね」


 梨の葉が風に揺れ、卓の上へ細かな光が落ちる。


「今は、もう婚約者がおりません」


 ベルナルドの指から李が滑った。実は籠の中へ落ち、隣の李にぶつかって止まった。


「……シェリル」

「はい」

「本当に、次の縁談が来ているのか」

「ええ」

「どこの家だ」

「お教えしたら、どうなさるの?」

「断ってくれと言いに行く」

「先方へ?」

「君の父上へだ」

「父は、理由を尋ねますよ」

「理由ならある」


 ベルナルドは椅子を卓から離し、シェリルの正面へ向き直った。


「シェリル。俺は君を、ほかの誰かに取られたくない」


 ようやく出てきた言葉に、シェリルの口元が緩んだ。


「それで?」

「うちの農園の女主人になってくれないか?」


 シェリルは笑いをこらえようとして、結局、小さく吹き出した。


「すまない。何か、おかしなことを言ったか?」

「いいえ。あまりにもベルナルドらしい求婚でしたから」

「求婚だとは分かったのか」

「『好きだ』も『妻になってほしい』も抜かして、いきなり農園の女主人ですもの。ほかに受け取りようがありません」

「俺は、君ならこの農園を任せられると思っている」

「ええ」

「果物のこともよく知っている。出荷先の菓子店にも詳しい。客の好みを見て、新しい食べ方を考えるのも得意だ」

「まだ続くの?」

「農園の女主人を頼むんだ。きちんと説明する必要がある」

「それでは、雇い入れの相談ですわ」


 ベルナルドは口を閉じた。籠の中では、先ほど落とした李が一つだけ横を向いている。


「……好きだ」


 シェリルが笑うのをやめた。


「昔から、君から手紙が来るのが楽しみだった。花の話も、本の話も、君が考えた果物の菓子も、全部だ。婚約してから手紙が短くなるたび、返事へ何を書けばよいか分からなくなった」

「私も、書きたいことをずいぶん削りました」

「これからは削らなくていい。毎日でも聞く」

「毎日?」

「同じ家に住むんだから、手紙より早いだろう」

「それも、ずいぶんベルナルドらしいわ」

「今度は何がおかしい」

「まだお返事をしていません」


 ベルナルドの口がわずかに開いた。

 シェリルは椅子から立ち、彼の前へ手を差し出した。


「ずっと待っていたのよ。ベルナルド」


 伸びてきた彼の手には、指先まで土がついていた。途中で気づいたベルナルドが手を引こうとする。

 シェリルは先に、その手をつかんだ。


「農園の女主人になるのでしょう。これくらい、気にしていられませんわ」

「では、引き受けてくれるのか?」

「ええ。喜んで」


 ベルナルドは握った手を確かめるように、もう一度尋ねた。


「本当に?」

「お返事は一度で聞くものよ」


 今度はベルナルドが苦笑し、シェリルの手を握り直した。


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