第二十一話 梨の木の下の祝い
それからひと月後、ベルナルドの農園に、大きな果物のタルトが届いた。
両手で抱えるほどの丸い台に、梨、杏、桃、葡萄、木苺が隙間なく並んでいる。焼き込んだ杏の上へ蜜煮の杏を重ね、薄切りの梨は花の形に広げてあった。
「全部載ってるわ!」
エリールが箱を覗き込み、歓声を上げた。
「左側に葡萄が多い」
サミュールは反対側から見ている。
「こちらは木苺が多いから、色の釣り合いは取れているのよ」
マリルが答えた。
「切った時、同じ数にならない」
「そこまで店主にお願いするのは無理よ」
「次は粒を数えておけばいいわ」
「次も作らせるつもりなの?」
「駅の喫茶室で出すなら、大きさを揃える必要があるでしょう」
婚約披露の内祝いだというのに、妹たちは早くも次の商品について話している。
梨の木の下には長い卓が出され、両家の家族と、親しい取引先だけが集まっていた。
ベルナルドは朝から正装している。だが、靴の踵には乾いた土がついていた。
「畑へ行ったでしょう」
隣に立ったシェリルが小声で尋ねる。
「早生の梨を見に行っただけだ」
「今日は人に任せると、昨日おっしゃったわ」
「見ただけで、手は出していない」
袖口には小さな葉が挟まっていた。
シェリルが取ってやると、ベルナルドは周囲を確かめた。
「誰か見ていたか?」
「皆、見ています」
ライエット家の母が笑い、エリールは姉たちへ何か囁いている。ベルナルドは諦めて、シェリルのために椅子を引いた。
挨拶と乾杯が済むと、さっそくタルトが切り分けられた。
焼き上げた台には木の実の香りがあり、その上で果物の酸味と甘みが一口ごとに変わる。シェリルの皿には梨と桃、ベルナルドの皿には杏と葡萄が多く入っていた。
「どう?」
マリルが二人の前へ来た。
「生の梨と焼いた杏を一緒に食べると、おいしいわ。台もしっかりしているから、これだけ載せても崩れないのね」
「持ち帰り用は、もう少し小さくしたほうがよさそうだ」
ベルナルドはタルトの断面を見ている。
「果物が多い分、箱へ入れる時に高さが要る。列車へ積むなら、上から押さえられない箱を考えたほうがいい」
「リシャール様も同じことをおっしゃったわ」
マリルが振り返った。
少し離れた席では、リシャールが菓子店主と箱の蓋について話している。卓上には、二人で書き込んだらしい紙が何枚も広げられていた。
「今日はお祝いにいらしたのよね?」
「ええ。そのはずです」
「楽しそうだから、いいけれど」
マリルが自分の皿へ戻ると、入れ替わりにフレドが一通の封書を持ってきた。
「父上、アレック兄上からです。今月に入って三通目ですね」
「今度は何だ」
父が封を切る。二枚目まで目を通したところで、眉間を押さえた。
「宿舎が狭い。朝の点呼が早い。貨物係の主任が自分より年下なのに、指図されるのは納得できない。王都の本社へ移してほしい、とある」
「先週と同じですね」
リシャールはタルトを食べながら答えた。
「今回は、桃の荷を勝手に開けて叱られた話が増えている。詰め方を確かめたかったそうだ」
「荷主の許可は?」
「取っていない」
「兄上は、まだそこからですか」
フレドが封筒の残りを確かめる。
「父上は、どうお返事を?」
「一年間は異動も援助も認めない。与えられた仕事を覚えろと、すでに伝えてある」
父は手紙を畳み、封筒へ戻した。
「辞めて帰ってきた場合は?」
「屋敷へ入れない」
「では、今度こそ続きそうですね」
アレックの手紙は、祝いの卓の端へ置かれた。誰も続きを読もうとはせず、サミュールが空いた場所へ果実水の水差しを置いた。
「そういえば、ネリア様のお話も聞きましたわ」
マリルが声を落とす。
「アレック兄上と御一緒には行かなかったのでしょう?」
リシャールが尋ねた。
「最初は、地方の鉄道職員の妻になるつもりはないと、お断りになったそうよ。けれど母君からも、屋敷へ戻すつもりはないと言われて、出発の日に駅まで追いかけたとか」
「仲直りなさったの?」
エリールが椅子を寄せる。
「一等客車を用意していない、会社の宿舎に侍女を連れていけないと分かったところで、また喧嘩になったそうよ」
「駅で?」
「乗車口の前で」
マリルが頷く。
「アレック様は、お前が我慢すれば済むと言い、ネリア様は、子爵家を継げないと知っていれば相手になどしなかったとおっしゃったとか。結局、アレック様だけが列車へ乗ったそうです」
「皆に聞こえたでしょうね……」
シェリルが言うと、マリルは果実水を一口飲んだ。
「ええ。ですから、風の噂になるのも早かったのでしょう」
「ネリア様は、今どちらに?」
「母方の大伯母様のところで、話し相手をしていらっしゃるそうよ。手紙を読んだり、衣装箪笥を整理したり、茶会の名簿を清書したり。自分付きの侍女も、お買い物のためのお手当もないそうです」
エリールが帽子の薔薇を思い出したらしく、自分の髪飾りへ触れた。
「新しいお帽子は買えるのかしら」
「欲しければ、いただくお金を貯めるように言われたそうよ」
「では、ずいぶん先ね」
それでネリアの話は終わった。
リシャールは菓子店主と箱の蓋について話し、マリルは駅で売るタルトの値段を書き留めている。サミュールは皿ごとの果物の数を調べ、エリールは一番きれいに見える盛りつけを店主へ教えていた。
婚約祝いの卓は、いつの間にか試食会になっている。
「少し歩こうか」
ベルナルドがシェリルを誘った。
二人は梨の木の間を抜け、農園を見渡せる小高い場所まで歩いた。下では新しい作業小屋の屋根が陽を受け、さらに向こうには、家を建てるために空けた土地がある。
「前に、あなたへ尋ねたかったことがあるの」
「何だ?」
「どんな家に住みたい?」
ベルナルドは空き地へ顔を向けた。
「台所の隣に、菓子を試せる部屋が欲しい。大きな作業台と、果物を冷やす棚を置く」
「ええ」
「書斎には、二人分の机を置こう。窓は農園が見える向きがいい」
「本棚は?」
「壁一面に作る」
「あなたの栽培書だけで埋まりそうね」
「君の本も置く。足りなければ隣の壁にも作ればいい」
「客間は多いほうがいいわ。妹たちは、きっと毎週来ますもの」
「フレド君も来ると言っていた」
「タルトのある日に?」
「果物を切る日にも来るそうだ」
シェリルは空き地を見渡した。窓の位置も、台所から試作室までの距離も、少しずつ形が浮かんでくる。
「ずいぶん前から考えてくださっていたのね」
「君に聞かれた時、答えられるようにしておきたかった」
下の卓から、エリールの声がした。
「お姉様! 早く戻って! タルトの果物がなくなるわ!」
「エリール、婚約した二人へ残しておきなさい」
マリルの声も続く。
二人が卓へ戻ると、最後の一切れが皿へ載せてあった。中央には蜜をまとった梨、その両脇には杏と葡萄が一つずつ残っている。
シェリルはフォークを二本取り、一本をベルナルドへ渡した。
「半分ずつにしましょう」
「梨は君が食べていい」
「農園の女主人の命令よ」
梨を二つに切ると、片方が少しだけ大きくなった。
シェリルは大きいほうをベルナルドの前へ置き、自分の皿には杏を一つ加えた。
END




