第十七話 南国の珍味
送り状には、南方の港町にある商会の名が記されていた。
品名の欄には、見慣れない文字がある。
「ドリアン、一玉?」
アレックが読み上げると、従僕が木箱を卓のそばへ運んだ。両腕で抱えるほどの大きさがあり、側面にはいくつも空気穴が開けられている。
「先ほど届いたのですが、少々、匂いがいたしますので」
従僕は箱を置くと、すぐ半歩下がった。
「なぜ俺のところへ、こんなものが届くんだ」
「春先に、お前が珍しい果物の見本を求めたのだろう」
父が送り状の下に添えられた手紙を開く。
「王都ではまだ扱われていない品を、何でもよいから送るようにとある」
「そんな昔の話まで覚えていません」
「相手は覚えていたようだな」
父は手紙をアレックの前へ置いた。
南方では珍重される果実であり、独特の香りを持つ。よく熟してから割り、中の果肉を食べるようにとも書かれている。
「御当主様。こちらは倉庫へ運びましょうか」
家令が尋ねた時、廊下の向こうから大きな声が聞こえた。
「離して! アレックに会いに来たのよ!」
足音が近づき、応接室の扉が開く。
息を切らしたネリアが、扉を押さえようとする侍女を振り切って入ってきた。
「アレック!」
「ネリア?」
ネリアは両親やリシャールへ目を向けたものの、挨拶もせずアレックへ駆け寄った。
「ひどいのよ。お父様も夫人も、お母様まで私を責めるの。伯爵家の娘を名乗るなって言われたわ。服も宝石も返して、伯母様の家で働けって!」
「お前も?」
「お前もって、何?」
アレックは卓上の鍵が消えた場所を見た。
「俺も今日、父上から――」
「あら、これ!」
ネリアが木箱へ駆け寄った。
箱の側面には、南国の木々と、大きな果実の絵が描かれている。送り状の宛名はアレックだった。
ネリアの顔が明るくなった。
「私のために取り寄せてくれたのね!」
「待て、ネリア。それは今届いたばかりで」
「マンゴーの次は、もっと珍しい果物を探してくれたんでしょう?」
箱には、蓋を留める金具が二つついていた。ネリアは片方を外し、もう片方へ指をかける。
従僕が慌てて手を伸ばした。
「ネリア様、まだ中を確かめておりませんので――」
「果物でしょう? 見るだけよ」
金具が外れた。
ネリアは両手で蓋を持ち上げる。
箱の中には乾いた葉が敷かれ、その中央に、鋭い棘で覆われた大きな実が収まっていた。
「まあ。変わった形――うっ」
蓋を取り去った途端、匂いが応接室へ広がった。
熟れすぎた玉ねぎと古いチーズを、獣小屋へ詰め込んだような匂いだった。
ネリアは蓋を落とし、両手で鼻を押さえた。
母の扇が勢いよく開く。リシャールは手帳で口元を覆い、父は鈴を何度も鳴らした。
「外へ運びなさい。早く!」
「はい!」
従僕二人が箱を抱え上げた。揺れた拍子に中の果実が転がり、さらに匂いが強くなる。
「何なの、これ!」
「ドリアンという果物らしい」
アレックも袖で鼻を覆っていた。
「南方では珍重されていると――」
「こんなものを私にくれようとしたの?」
「俺はまだ、中身も知らなかった」
「嘘よ! 私のために取り寄せたんでしょう!」
「珍しい果物を送れとは言ったが、これを選んだのは向こうの商人だ」
「人のせいにしないで!」
ネリアは目に涙を浮かべ、後ろへ下がった。
「家から追い出されそうになって、アレックだけは私のことを大切にしてくれると思ったのに。こんな、腐ったみたいなものを用意して笑うつもりだったのね!」
「笑うつもりなどない。手紙には美味だと書いてある」
「サイテー!」
ネリアは身を翻し、応接室から飛び出した。
「待て、ネリア!」
アレックもそのあとを追う。
二人が廊下へ出たところで、玄関のほうから三男のフレドが歩いてきた。学院帰りらしく、制服姿で三冊の本を脇に抱えている。
ネリアが鼻を押さえたまま、その横を駆け抜けた。
「ネリア、待ってくれ! 話を聞け!」
「嫌よ! あんなもの、私に食べさせようとするなんて!」
フレドが応接室を覗き込む。従僕たちが運んでいる箱を見ると、納得したようにうなずいた。
「ドリアンですか」
「知っているのか」
「植物学の講義で聞きました。臭気は強烈ですが、珍味として知られているのは事実ですよ」
「そうだ。ネリア、聞いただろう。あれは腐っているわけじゃない!」
ネリアは玄関扉へ手をかけた。
「そんなの知らない!」
「待て。俺は今日から――」
アレックが腕を掴もうとすると、ネリアは肩を振って逃れた。
フレドが抱えていた本を持ち直す。
「追いかけたいなら、追いかければよいでしょう」
「何だと?」
「兄上はもう自由ですから、お好きに」
ネリアの手が、玄関扉の上で止まった。
「自由って何?」
「俺は跡取りを外された。シェリルとの婚約も終わった。だから、もう家のために結婚する必要はない。俺たちは――」
「知らない!」
ネリアは扉を開け、玄関前の階段を駆け下りた。
「ネリア!」
「ついてこないで!」
門番が慌てて門扉を開く。ネリアは一度も振り返らず、通りへ飛び出していった。
アレックは玄関前で足を止めた。
伸ばした手が、行き場を失って下がる。
フレドは兄の横を通り、屋敷へ入った。応接室から運び出された木箱とすれ違うと、従僕へ声をかける。
「日陰へ置いたほうがよいそうですよ。実が割れると、もっと匂います」
「もっと?」
従僕たちの足が速くなった。
家令が送り状を持って、玄関へ出てくる。
「アレック様。このお荷物は、どちらへお運びいたしましょう」
アレックはネリアの消えた門と、庭へ運ばれていく木箱を見比べた。
返事は出なかった。




