第十四話 した事は消えるわけではない
「結局、父上はリシャールを選ぶのですね。昔から、真面目で言いつけを守る弟でしたから」
「リシャールも失敗している」
父は末席へ目を向けた。
「倉庫の品数を読み違えたこともある。届け先への連絡が遅れたこともある。本人から報告を受け、その都度叱った」
「なら、なぜ俺だけが跡取りから外されるのです」
「リシャールは、誰が困ったかを聞いた。自分で詫びに行き、次に使う確認表へ項目を足した。お前は、誰が私に知らせたのかを聞いた」
リシャールの指に、インクの黒ずみが残っていた。
「その下の子供たちも同じだ。皆、同じ家庭教師に学び、同じ食卓で礼儀を教わった。家の仕事も年齢に応じて見せてきた。叱られたことも、一度や二度ではない。それでも、注意を受けた時の返し方は、お前と違った」
「同じように育てたなら、俺だけが悪く育ったと言いたいのですか」
「同じように育てたつもりだった」
父の手が、鍵の消えた卓上へ戻った。
「実際には違った。お前は長男だった。最初の子として、私たちはお前へ最も長く期待し、最も多くの機会を与えた。失敗した時にも、次があると言い続けた。リシャールたちには、先に手順を教え、守れなければ仕事を任せなかった。お前には、任せながら覚えればよいと言った」
母が扇を畳んだ。
「あなたが幼い頃、何かを思いついて先に動けば、わたくしたちは頼もしい子だと喜びました。弟や妹が同じことをすれば、兄を見習って、よく考えてから動くようにと言いました」
「母上まで、そのような昔の話を」
「昔に始めたことを、今日まで改めなかったのです」
母は扇を卓へ置いた。
「ネリア嬢とのことも、わたくしは知っていました。親しくする姿を見ても、幼馴染だからと許しました。婚約が決まり、式の日が近づけば、あなたも自然に節度を持つと思っていました」
「ネリアとは、ただ――」
「二度口づけをしたのでしょう」
母の指が扇から離れた。
「シェリル嬢なら、仕事も家のことも分かる。あなたを支えてくれると考えていました。わたくしたちが教えきれなかったことまで、妻になった方へ引き受けさせるところでした」
「俺は、妻に世話をしてもらおうとしたわけではありません」
「先ほど、自分で話したではありませんか。シェリル嬢には家と店を任せる。あなたはネリア嬢と会う。子供はシェリル嬢との間に作る。あなたの予定には、妻の仕事ばかり入っていました」
アレックは卓の下で手を握った。
父が婚約の覚書へ触れた。
「私も、ライエット家との婚約に期待した。商いのつながりが深くなり、お前も落ち着く。シェリル嬢がそばにいれば、大きな間違いは起こさないだろうとな」
覚書が、マンゴーの受取状の上へ重ねられた。
「人の娘に、お前の後始末をさせようとした。ライエット子爵が婚約解消を申し入れた時、私はようやく、それを認めた」
「では、父上と母上にも責任があるのでしょう」
「ああ。ある」
アレックは両親の顔を順に見た。
「それなのに、罰を受けるのは俺だけですか」
「私も受ける」
父は家令が残していった鍵の目録を引き寄せた。
「後継者を見る目がなかったと、親族にも、商会の者にも説明する。長男を外す理由を問われれば、私が育て方を誤り、誤りに気づいたあとも決断を延ばしたと答える。ライエット家との婚約を進めた責任も、私が負う」
「それで父上は、何を失うのです」
「信用だ。お前が持ち出した六つのマンゴーより、取り戻すのに時間がかかる」
父は目録の下へ署名をした。
「だが、私の失敗があるからといって、お前のしたことが消えるわけではない。成人したお前には、自分が受けた注意を聞き、行いを改める機会が何度もあった。そのたびに、お前は自分が楽になる説明を選んだ」
「俺は家のために働いてきました」
「ならば、今日までお前を支えた者の名を挙げてみなさい」
「何です?」
「倉庫長。買い付けをする者。荷を運ぶ者。店でお前の客を迎えた者。書類を直した者。お前の代わりに謝った者。そのうち、何人の名を知っている」
アレックはリシャールを見た。
弟は手帳を開いていた。答えを助ける様子はない。
「名前を覚えることだけが、仕事ではないでしょう」
「そうか」
父は目録を二つに折り、家令を呼ぶ鈴を鳴らした。
「お前が家のために何をしてきたかは、これから一件ずつ確かめる。お前が進めている取引は、すべて私とリシャールで引き取る。相手先にも担当の変更を知らせる」
「リシャールに、俺の仕事が分かるのですか」
「分からないことは尋ねるだろう。それだけでも、お前より先へ進める」
リシャールが顔を上げた。
「父上。私は、まだ後継者になるとお答えしていません」
「それでよい。引き受ける仕事と責任をすべて聞き、そのあとで答えなさい。長男だからという理由で決めた失敗を、次男だからという理由で繰り返すつもりはない」
「はい」
短い返事のあと、リシャールは手帳へ何かを書き加えた。
アレックは椅子の肘掛けを掴んだ。
「俺は、どうなるのです」
「エンコード家の息子であることは変わらん。暮らしも当面は保障する。商いを続けたいなら、倉庫か支店へ入ってもらう。担当者の指示を受け、品の数え方から学び直しなさい」
「今さら、倉庫の下働きをしろと?」
「嫌なら、商いから離れて暮らせばよい。個人の収入で賄える範囲なら、好きにしなさい」
「ネリアとのことまで、口を出すおつもりですか」
母が扇を取り上げた。
父は卓上の目録へ目を落とした。
「跡取りを外されたと聞いて、最初に心配するのがそれか」
「彼女には、いずれこの家を継ぐと話しています。急に事情が変われば、不安に思うでしょう」
「自分で説明しなさい。今度は、誰にも後始末を頼むな」
扉が叩かれ、家令が入ってきた。
先ほど廊下にいた従僕も一緒だった。手には、荷物の送り状がある。
「旦那様。若旦那様宛てのお荷物ですが」
父は目録を家令へ渡した。
「呼び方を改めなさい。正式に決まるまで、リシャールはリシャール様。こちらはアレック様だ」
家令は一度頭を下げ、従僕から送り状を受け取った。
「アレック様宛てのお荷物について、御相談がございます」
送り状がアレックの前へ置かれた。
若旦那様、と書かれた箇所には、すでに細い訂正線が引かれていた。




