第九話 制度の試練 ― 感情の衝突 ―
――辺境の街【オーダリー】
温暖な気候とは裏腹に、
魔物の多く生息する地だった。
今日はめずらしく天候が崩れ、
さらにめずらしいことに、街を揺らすような雷鳴が轟いていた。
まるで誰かの怒りを――代弁するかのように。
――そんな日の【S.O.M.P.O. ジャン】窓口。
受付にはエリナではなく、
クロードが毅然とたたずんでいた。
その目の前には、
冒険者数名と、一般人らしき女性の姿。
十日前にパーティーを結成したばかりのジル少年がその場面に通りかかるが、
あまりに緊迫した雰囲気に、そそくさとギルド受付へと向かう。
「どうして出ないんだ!」
雷鳴に負けないほどの大声で、
冒険者の一人オーウェンが叫ぶ。
「兄は保険に入っているから、もしもの時はここで保険金をもらえと言っていました!」
つられるように、女性も叫んだ。
その顔には疲れと焦り、
そして未来への恐怖がにじみ出ていた。
彼女の名前はリスリー。
昨日討伐依頼に失敗し亡くなった、
パーティー名【剣の集い】のDランク冒険者、
ザハートの妹。
冒険者たちは、ザハートの仲間だった。
「保険金支給には条件があります」
「あなたの兄ザハートさんは、その条件を破りました」
クロードは静かに、淡々と告げる。
絶望の顔をみせるリスリーの姿を見て、
冒険者たちがさらに詰め寄る。
「条件を破ったって、討伐対象が一体多かっただけだろ!」
「一体も十体も関係ありません」
「条件を破った。それが全てです」
クロードは一歩も引かなかった。
ここは決して引いてはいけない一線。
保険の、生命線。
そして――
後ろでおびえた表情を見せるエリナに、見せるべき姿。
しかし――
「ふざけるなっ!」
雷鳴すらかき消す怒声が響き渡る。
次の瞬間、
激高した冒険者オーウェンが、クロードの胸ぐらを掴む。
――明らかに、
一線を越えた瞬間だった。
「仕方がありませんね」
オーウェンの腕を、クロードが静かに掴んだ。
次の瞬間――
「ぐぁっ!?」
骨の奥に響く衝撃が走り、
オーウェンが悲鳴を上げて倒れこんだ。
何が起きたのかわからない。
そんな表情で自分の腕を見る。
腕の内部が破壊されたかのような、強い衝撃と痛み。
それを、確かに感じた。
だが、今は少し重く感じる程度。
見た目にも、特に異常はない。
「なっ……何をした!?」
後ろで控えていた仲間の一人ケリーが、
怯えたように口を開く。
「教える義務はありません」
意に介さず、
クロードはオーウェンを睨みつけたまま。
その場にいる誰もが同じように理解できず、
ただただざわめきが流れ続けたその時――
その騒ぎを聞きつけ、ギルド長バルドゥスが現れる。
「お前ら、何をしている!!」
怒声に、静まり返る一同。
一瞥し、命令する。
「関係者!全員俺の部屋へ来いっ!」
――数分後のギルド長控室。
そこにクロードとエリナ、
【剣の集い】の関係者とギルド長バルドゥスの姿があった。
「――クロード、説明しろ」
一番冷静そうなクロードに説明を促し、
全てを聞き終えたバルドゥスが【剣の集い】の一同を睨みつける。
「――お前ら、今の説明で間違いないか」
【剣の集い】の一同が顔を見合わせる。
相手は【真贋の宝玉】を持つクロード・ジャン・アルヴェイン。
嘘が通用しないことは、
この辺境の街【オーダリー】で活動する冒険者なら、皆が知っている。
「……はい」
オーウェンが小さく返事をすると、
「この……馬鹿野郎どもがぁ――っ!!」
バルドゥスの怒声が響き渡った。
「で……でも!ザハートは死んでるんですよっ!?」
「それなのに、たった一体魔物が多かったから不支給ってあんまりじゃないですか!?」
怯えた表情のままオーウェンが叫ぶ。
ため息をつくバルドゥスに代わり、クロードが話し始める。
「――ではあなた方は、十日間の護衛依頼を受けて十日目に護衛対象を殺害された場合、九日間守り通したからと、その時に仲間が一人死んだからと、ギルドに報酬を要求しますか?」
「……するわけないだろ。護衛対象を殺されているのに」
「ではなぜ、保険の契約は条件が守られていないのに払うのが当然のような要求をするのですか?」
「それは……」
答えあぐねるオーウェンの代わりに、バルドゥスが話し始める。
「――お前ら、クロードやエリナなら、脅せば何とかなるとでも思ったんだろ」
「そんなことは――」
言いかけて、オーウェンは言葉を止めた。
クロードの視線が、
嘘は許さないと告げていた。
「――お前ら、この街で冒険者を続けたいならきっちり謝罪しろ」
有無を言わさぬ迫力だった。
「オーウェン!お前は迷惑料も払え!二人に金貨一枚ずつだ!!」
バルドゥスの迫力に負けたのか、
【剣の集い】の一同は謝罪と迷惑料の支払いをし、とぼとぼとギルドを後にした。
「……すまんな、クロード」
姿が見えなくなってすぐ、バルドゥスが謝罪の声を上げる。
冒険者の管理責任だけではない。
オーウェンへの罰も迷惑料も、
軽すぎることはわかっていた。
「大丈夫です。金貨二枚は、彼にとっては大金でしょうし」
その心情を察し、クロードは了承した。
「ただし――」
彼らの去った方に視線を向け、
「これ以上何かあれば、容赦はしません」
それは、強者の言葉だった。
その姿に、バルドゥスが僅かに怯む。
「そういえばお前……どうやってオーウェンを倒した?」
Dランクとは言え冒険者。
あの、ざわめきの正体。
しかし――
「秘密です」
クロードは答えなかった。
エリナを連れ、ギルドを後にする。
一人になった控室で、バルドゥスは思う。
「……本当に、謎の多い奴だ……」
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口へと戻ったクロードは、
開始予告時間を掲示すると、エリナを控室に迎え入れた。
さすがにまだ、表情が硬い。
「少し、休憩しましょう」
座るよう促し、クロードは温かいお茶を手渡した。
エリナの震えていた手が、少しずつ落ち着いていく。
「――この仕事を続ける限り、こういったトラブルは避けられないでしょう……」
クロードは静かに語り、エリナを見た。
その目が、それでもこの仕事を続けるのか――と、
問いかけているのがわかった。
「……怖いです……」
エリナは静かに答えた。
素直な感情だった。
「――それでも、私はこの仕事を続けたい」
覚悟を決めた眼差しが、クロードを射抜く。
「――では」
そう言うと、
クロードは懐から小さな箱を取り出した。
中に入っているのは、
トップに小さな青い石がはめられたネックレスだった。
「これは、私が一人前と認めた【S.O.M.P.O. ジャン】職員の証です」
そう言って、エリナに手渡した。
軽い音を立て、小箱の中で石が揺れる。
「もともとあなたには、強い倫理観と責任感があった」
「そして今、覚悟も備わった――」
「資格は十分です」
クロードの言葉を聞き、
エリナはネックレスを握りしめた。
改めて、決意が胸にこみ上げる。
その様子を満足そうに見つめ、
エリナにはお茶をゆっくり飲み干した後に戻るよう伝えた。
そして最後に一言。
「そのネックレス、これからは常に身に纏ってください」
それだけ伝えると、クロードは受付へと向かった。
(――さて、どうなるでしょう……)
一人で開店準備を始め、クロードは思いを浮かべる。
ある、一つの不安に。
それはまだ、未確定の未来。
だが――
きっといつか、訪れる試練。
「……それでもきっと、彼女なら大丈夫でしょう……」
クロードの考える不安が現実になるとしても、
今日の覚悟が、きっと彼女自身を強くする。
受付に立ち未来を見つめるクロードの瞳に、
ギルドの扉から差し込む光が、強く、眩しく輝いた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、喧騒と静寂を受け止める。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
厳しさと覚悟が対峙し、未来へ進んだ一日だった。
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次回更新:4/25(土)20:00予定です。
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