第十話 感情の暴走 ― 代償の顕現 ―
辺境の街【オーダリー】
冒険者ギルドを中心として発展したこの街は、
中心から離れるほど賃料は安く、
比例するように、治安は悪化する。
Cランク冒険者だったレオンの収入は、
オーダリーの標準よりも、やや上程度。
街の中心と外壁、
そのちょうど中間あたりの区画に家を借り、生活していた。
「おはようエリナちゃん。いってらっしゃい」
「おはようございます、マールさん。いってきます!」
近所は同じように冒険者の家が多い。
レオンのことも、皆が知っている。
結婚してまだ一年と少しだったエリナのことを、
気にかけてくれる者は多かった。
特に隣に住む、母親と同じくらいの年齢である一人暮らしのマールは、
気にしてよく声をかけてくれた。
(……あの声を聞くと、落ち着くのよね……)
【剣の集い】の一件があってから一週間程度。
あまり気持ちの良い出来事ではなかったため、
今はその声が特にありがたかった。
幸いエリナは今、
レオンとほぼ同額の収入を得ることができている。
だから、彼女はレオンとの思い出があるこの家に、
今も住み続けている。
ギルドまでは、徒歩で三十分ほど。
もともと森だった場所を切り開いてできたこの街は、
一気に開拓された街ではない。
中心部から離れるほど建物は乱立し、
まるで、迷路のよう。
(……そろそろ並木道ね……)
エリナは――この並木道が嫌いだった。
大通りに出る手前のこの道は、
両側に高い木々がそびえたっているため、暗く、道幅も狭い。
馬車が走ることもないため、
足元もほとんど整備されていない。
加えて、
冒険者が顧客である【S.O.M.P.O. ジャン】の仕事は朝が早い。
エリナが出勤するこの時間は、
いつも一人だった。
――今日を除いて。
(……ここで向こうから人が来るなんて、珍しいわね……)
大通りの方向から、人影が揺らいだ。
フードを被っているためはっきりとはわからないが、
やや小柄な、おそらくは――男性。
一抹の不安を覚えつつも、平静を装いながら歩く。
しかし――
すれ違ったその時だった。
「あいつも……同じ思いをすればいい!」
突如、フードの男が叫んだ。
声には、怒気をはらんでいる。
反射的に振り向いたエリナが見たものは、
木漏れ日を反射した、細い刃の光。
そして――
一直線に迫る、男の影。
「――――――!?」
声が出ない。
息が、止まる。
それでも本能だけが叫び、
エリナは咄嗟に顔を背けた。
刃が、届く。
触れる。
その――直前。
――世界が、一拍だけ遅れた――
空気が軋む。
視界が、わずかにずれる。
そして空間そのものが――
耐えきれず歪んだ。
「がぁっ――!?」
衝撃。
フードの男の体が、横殴りに弾き飛ばされる。
――どん!!という鈍い音をたて、
大木へ叩きつけられた。
今度は、悲鳴はなかった。
「――な、なにが――!?」
理解が追い付かない。
混乱し、足が震え、呼吸が浅くなる。
それでも落ちていたナイフが目に留まり、
反射的に拾いあげた。
「――行かなきゃ!」
エリナは自分に言い聞かせるように呟き、ギルドへと走った。
報告を受けたクロードは、
すぐにバルドゥスの元へ向かった。
五名の部下を引きつれたバルドゥスは、
クロードとエリナを同行させ、現場へと向かう。
そこに、確かに倒れこんでいる男が一人。
「縛り上げろ!」
意識のない男を後ろ手に縛り終えると、
仰向けにさせ、フードを外させる。
「――ケリー……さん?」
それは先日死亡したザハートの仲間、
ケリーだった。
苦い顔をしたバルドゥスが近づき、
ケリーの状態を確認する。
大きな怪我はなく、気絶しているだけ。
バルドゥスはケリーの頬を数回張り、
強制的に目覚めさせた。
「――お前、今の状況はわかるか?」
ぼんやりとした頭の中に男の声が響き、
次第に視界がはっきりとしてきた。
目の前にはギルド長。
周囲には部下と【S.O.M.P.O. ジャン】の二人。
そして、拘束された両腕。
「……はい……」
完全に状況を把握し、ケリーはうなだれた。
「――なぜ、エリナを襲った?」
かまわず、バルドゥスは問い詰める。
すでに目的は果たされることはなく、
嘘は通用しないとわかっている相手。
ケリーは最後の抵抗と言わんばかりに、話し始める。
「――お前たちが金を払わなかったせいで……」
「リスリーは泣いていた!」
死んだザハートの妹、リスリーの名。
保険金不支給に抗議していたが、
支払われないと知り絶望の表情を見せていた。
「クロードが説明したはずだ。こいつらに責任はない」
「責任なんて関係ない!!」
「こいつらが払ってさえいれば、リスリーは泣かずに済んだ!!」
バルドゥスの言葉を遮るように叫ぶケリー。
もはや、理屈ではなかった。
絶望に涙するリスリーを見ているのがつらく、
胸が痛かった。
だからこそ、
この痛みを思い知らせてやろうと思ったのだ、と。
「……お前が誰をどう思おうが勝手だが、やった責任はとってもらうぞ」
バルドゥスの言葉に正気を取り戻したのか、
一瞬体がビクンと揺れる。
「殺しは重罪だ。未遂とはいえ、覚悟はしておけ」
「――こ、殺す気なんてなかった!ちょっと痛い思いをさせようとしただけだ!」
必死に訴えるケリー。
助け船は、意外なところから出た。
「――その通りだと思いますよ」
興味なさそうに視線も合わせず、
クロードはエリナの隣に立った。
「剣ではなく小さなナイフを用意していますし、毒も塗っていません」
「なにより、彼にそこまでの度胸は無いでしょう」
【真贋の宝玉】を使うまでもなかった。
「……もちろんそれでも罪は重いが、いいのか?」
わざわざ助け船を出したクロードを訝りながら、バルドゥスが聞く。
「ええ、もちろん。それが真実ですから」
そこまで言って、
クロードはようやくケリーを見据える。
「――ただし、弁償はしていただきます」
「「弁償?」」
バルドゥスとケリーの声が重なった。
「ええ、弁償ですよ」
そう言うと、
クロードはエリナに耳打ちをし、ネックレスを外させる。
「これのね」
エリナから受け取ったネックレスを差し出すと、
受け取ったバルドゥスが驚きの表情でクロードを見る。
「……お前ってやつは……」
あきれるようにため息をついた。
「な、なんだよ!それっ!?」
嫌な予感が走りケリーが叫ぶと、
バルドゥスが静かに答えた。
「これは……おそらく結界石だ」
「そうだろ、クロード?」
「さすが、よくご存じで」
笑みを浮かべるクロードにあきれつつ、
バルドゥスが続ける。
「この結界石はな、身につけた者が命の危険を感じると結界をはるってぇ、とんでもない代物なんだよ」
「それこそ、Sランク冒険者や王侯貴族が身に着けるような、な」
結界は、ネックレスを中心に半径二メートルほど。
装着者が命の危険を感じた瞬間、
そのイメージを受け取った石が、即座に結界を展開する。
それこそが――
ケリーを弾き飛ばした、見えない力の正体。
「結界石の発動は一度きり」
「こいつはもう――ただの石だ」
バルドゥスの言葉に静寂が広がる。
「べ、弁償って……」
一人青くなるケリーが、
それでもなんとか言葉を紡ぎ出す。
「そうですね――」
抑揚のない声でクロードが答える。
「王都のオークションくらいでしか手に入りませんので、運が良ければ金貨三百枚」
「高い時で五百枚程度ですかね」
「ご、ごひゃ……く……」
絶句するケリーに、
「まあ、あなたにそこまで求めていませんので、金貨三百枚で結構ですよ」
クロードは淡々と告げた。
金貨三百枚など、今の彼に支払えるはずもない。
襲撃の罪が多少軽くなったところで、
彼のこれからの人生が、この上もなく厳しいものになることは間違いない。
ケリーに対してやるべきことはやった。
クロードは振り返ると、エリナの前に立った。
「――それでは、これを」
懐から小さな箱を取り出し、エリナに手渡す。
見覚えのある箱に、エリナの手が震えた。
「――おい!まさか!?」
察したバルドゥスが驚愕の声を上げ、
呼応するようにエリナが箱を開ける。
現れたのは――ネックレス。
クロードが一人前と認めた【S.O.M.P.O. ジャン】職員の証――【結界石】
「こ、こんな高いものいただけません――!」
恐縮するエリナに、
「言ったはずです」
「これは私が一人前と認めた【S.O.M.P.O. ジャン】職員の証だと」
そう言って箱からネックレスを取り出し、
エリナに手渡す。
それでもなお躊躇うエリナに、
「義務だと思って、つけてくださいね」
そこまで言われてようやく観念し、身に着けた。
「……お前ってやつは……」
あきれるバルドゥスが、
クロードの顔を見てつぶやいた。
同時に、
視界の端で呆然自失となっているケリーが入る。
「……連れていけ」
ギルドへ連行するよう指示をだす。
いまだ呆然とするケリー。
焦点の合わない目で歩くケリーに、
エリナがためらいがちに声をかけた。
「……あの……どうして、私を傷つけようとしたんですか?」
「……言っただろ」
「……リスリーを泣かせたあんた達に、同じ痛みを味わわせたかったって……」
答えたケリーに、エリナは首を振る。
「そうじゃなくて……」
「どうして、リスリーさんを守るための行動をしなかったんですか?」
「……リスリーは、俺のことなんてなんとも思っちゃいないよ……」
自虐的につぶやくケリーに、エリナはもう一度首を振る。
「それでもあなたがするべきことは、彼女のために力を尽くすことのはずよ」
「本当に、彼女のことが大切だったのなら」
「……」
言われて、言葉に詰まる。
そして、頬を伝う涙。
「……リスリー……」
かすれるような、小さな声。
おそらく本人さえも、
意図せずにつぶやいた名前。
それを最後に、ケリーはもう何も言わなかった。
うつ向き促されるまま、ギルドへと連行されていった。
「……なぁ、クロード」
その様子を黙って見ていたバルドゥスが、クロードに声をかける。
「なんです?」
「お前なら、あんな風に声をかけられるか?」
「自分を襲おうとした相手に……」
「無理ですね」
「俺もだ」
ギルド長となり、
何人もの強者を見てきたバルドゥスが感嘆の声を上げる。
自分たちとは違うベクトルの、その強さに。
「なぁ……ちょうど頃合いなんじゃねぇか?」
「――私も、そう思います」
何かを決心した二人が、
真剣な眼差しでエリナを見据える。
「明日、決行しましょう」
「――わかった」
頷き、バルドゥスがギルドへと向かう。
その後ろ姿を見送っていると、
ケリーを見送っていたエリナがクロードの元へ戻ってきた。
「私たちも、行きましょう」
「はい」
二人は並んで歩き、途中、クロードが口を開いた。
「――今回のことで、この仕事を辞めようとは思いませんか?」
答えのわかっている質問だった。
「辞めたい――と言うと思いますか?」
「いえ、全く」
二人は同時に笑った。
「……確かに、とても怖かったです……」
真剣な表情でエリナが話し始める。
「でも今は、少し悲しく思います」
ケリーの想いが切なかった。
きっと、ほんの少し歯車がかみ合っていたならば、
心の優しい少年のままいられたと思う。
「人は、理屈だけで行動しません」
感情は、何よりも強い行動動機。
今後、第二第三のケリーが必ず現れる。
「今日のような事態を防ぐため、あなたに会っていただきたい方がいます」
クロードが真剣な表情でエリナに告げた。
「明日は休んでいただいて構いませんので、午前中だけ時間をください」
「わかりました」
あまりに真剣な表情に、
エリナはそれ以上何も言えなかった。
いつもなら、窓口で受付をしている時間。
朝日がいつもより高く、眩しい光で二人を照らす。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、未来への希望を照らし出す。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
武力とは違う、もう一つの強さを見せつけた朝だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第10話は「感情と制度の衝突」がひとつの形になった回でした。
次回は――その先にある“結果”が描かれます。
※この先に、どうしても描きたかったシーンがあります。ぜひご覧ください。
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次回更新:5/2(土)20:00予定です。




