第十一話 奇跡の代償 ― 再会の涙 ―
――ケリー襲撃の翌朝。
クロードから休暇をもらったエリナは、
約束通りいつもと同じ時間に【S.O.M.P.O. ジャン】窓口へと顔を出す。
「お待ちしていました。行きましょう」
クロードはそう言うと、
窓口をあとにして歩き出す。
(……会うのは、ここではないのね……)
会わせたい人がいると言っていた。
てっきり窓口内で会うのかと思っていたエリナだが、
何も言わずクロードの後を追いかける。
向かった先は、治療院だった。
「よお、クロード」
そこには、ギルド長バルドゥスの姿があった。
クロードは軽く会釈で返すと、
バルドゥスと共に治療院の中に入る。
「ハ―サムの爺さん!いるか!?」
入るなり、バルドゥスの声が治療院に響く。
「朝っぱらからうるさい奴じゃのう……」
顔をしかめ、ハ―サムが奥の方から歩いてくる。
その視線が、
バルドゥスからエリナにうつる。
「――そうか……今日なんじゃな」
しかめた顔が、瞬時に変わった。
「ええ」
ハ―サムの言葉にクロードが短く答える。
「――ならば、こっちへおいで」
ハ―サムは来た道を引き返し、三人を手招きする。
そこは治療院の奥にある、簡易な宿泊施設。
入院中の家族のそばにいたいという者のために用意された、
三部屋の個室の内の一つ。
部屋の中には、やや小さなテーブルと簡易な椅子が四つ。
そしてベッドが見えないように配慮された、
大きめなつい立て。
それだけの、無機質な部屋。
外からは様子のうかがえないこの部屋に、
なぜか集まっている高位な責任者たち。
「もう少し待ってくれ、そろそろ来るはずだ」
バルドゥスがそういうと、
「それじゃ、あったかい茶でも用意するかの」
ハ―サムが部下に茶の用意を指示する。
指示された部下が温かいお茶をテーブルに置くと、
全員が口にする。
ほんの一口二口を口に運んだその時、
コツコツと固い足音が複数響き、三人の男たちが現れた。
「あら」
エリナの見知った顔がそこにあった。
レオンのパーティーメンバーだった三人だ。
「久しぶりだな」
トーマスが声をかけ、
一緒にいたルーウェンとゼンティスがお辞儀をする。
「合わせたい人って、あなた達だったのね」
エリナの言葉に、
「――いえ」
クロードが小さく首を振り、
ハ―サムに目配せをした。
「それじゃあ、ちょっとわしの話を聞いてもらおうかの――」
言って、ハ―サム・バルドゥス・クロードの三人が立ち上がり、
【守護者の願い】のメンバーとエリナを椅子に座らせる。
まるで状況の呑み込めない四人は、
ただただ成り行きを見守った。
「【脳死】という言葉を知っておるかの?」
「【脳死】?」
若いゼンティスが聞き返す。
聞き覚えのない言葉だった。
他の三人も、同様だ。
「ふむ。【死】とは心臓が止まった状態じゃ。
だが【脳死】は違う――心臓が動いていても、脳が死んでいる状態じゃ」
説明してもやや怪訝な顔を浮かべる四人。
「……まあ、体が生きていても、魂が死んでしまったようなものじゃよ」
ようやく少しだけ納得したような顔をする。
「で、じゃ。この【脳死】になるのは、脳に直接ダメージを負った場合や、大量出血で脳に血液がまわらないことで脳がダメージを負う場合になる」
説明し「ここまでは良いかの?」と四人を見る。
「……レオンがそうだった、と?」
トーマスが声をあげた。
あの時、レオンはえぐられたような傷から大量出血していた。
このメンバーが集められたのなら、レオンのことしか考えられなかった。
「そうじゃ」
ハ―サムが頷き、続ける。
「あの時奴の体が負った傷は、ミドルポーションを使ってもなお、完全に治りきらないものじゃった」
ハ―サムの説明にあの時の光景を思い出し、
エリナの顔が険しくなる。
「命をつなぎとめる方法が、あの時の我々には何もなかった。だから、治療師たちは首をふったのじゃ」
沈黙が広がる。
破ったのはバルドゥス。
「――そこで、俺が伝手を頼った」
一同がバルドゥスに視線を移す。
「そいつは得たいは知れないが、可能性を感じさせてくれる奴でな。状況を覆す手段を持っていないか相談をした」
誰も、言葉を発することができなかった。
その沈黙だけが、状況の重さを物語っていた。
「病室に来て状況を確認したそいつは、俺に――ハイポーションを渡しやがった」
「ハイポーション!?」
驚き、声を上げたのはトーマス。
部位欠損すら直すといわれるポーションだ。
道具屋に並ぶことはなく、入手は非常に困難。
現代技術では製造不可能で、
古代遺跡の遺物として発見されるのを期待するしかない。
王都のオークションにかけられることになるが
金額は少なく見積もっても金貨数百枚――
場合によっては、千枚を超えることもある。
「……で、使ったのか。そのハイポーションを?」
トーマスの問いに、
「あぁ、使った。傷は見る間に全快した。が、ポーションは血液までは再生しちゃくれねぇ。それは知ってるな?」
バルドゥスは答えた。
トーマスは頷く。
「――あの――」
そこでエリナが口をはさんだ。
確信に近い予想が、頭から離れない。
「……その治療師は……クロードさん、なのでは……?」
エリナの言葉に、
【守護者の願い】のメンバー全員がクロードを見た。
「――確かに、私です」
短く返事をし、クロードは言葉を続ける。
「私の手持ちとあの状況では、可能性があるのはハイポーションくらいしかありませんでした」
「そして、そのハイポーションを使ってもなお、助けることはできないという意見で、我々は一致しました」
誰も口を開かず、ただクロードの言葉に耳を傾けている。
「使っても助からず、あなた方に負担だけを残すくらいなら――使わない方がいい。そうも考えました」
「……」
「それでも――
その選択だけは、どうしてもできなかった」
可能性は限りなくゼロに近い――が、ゼロではない。
事前に相談すれば、
エリナや【守護者の願い】のメンバーが使ってくれということはわかっていた。
だからこそ、あえて相談はしなかった。
本来なら存在しないはずの賭け。
それも、勝ち目のほとんどない無謀な賭けだ。
そんな賭けに、
半ば強制的に参加させるわけにはいかなかった。
最悪踏み倒されても構わない――
三人の意見は一致した。
「……そんなことがあったのか……」
退出させられた時の、あのわずかな時間。
思いもよらない彼らの葛藤に、トーマスは感謝した。
同じ思いが、静かに広がっていた。
「――ありがとうございます」
静寂を破ったのはエリナだった。
「使っていただいたハイポーションの代金は、私が一生をかけてでも必ずお返しします」
心からの言葉だった。
「――俺も、手伝わせてくれ」
トーマスも、同様。
クロードは小さく笑みを浮かべ、
決意を固めるエリナを見つめ言葉を続ける。
「――あなたに、尋ねたいことがあります」
それは――
エリナがクロードと出会ってから、一番真剣な眼差しだった。
言葉が出ず、小さく頷いた。
「――もし、あなたが脳死と判断された者の家族だとして――」
クロードが淡々と語りかける。
「――もし、その者が長期にわたってポーションを投与され、奇跡的に脳が回復したとして――」
一定のリズム。
抑揚もないのに、魂に響く。
「――もし、命は助かったものの、記憶の一部が消えてしまっているとして――」
そのリズムが、有無を言わさずエリナの心を支配する。
「――もし、その者が冒険者で、戦闘技術を失い、養われる側になるとして――」
何も考えられないのに、涙があふれてくる。
それでも――
心の奥で「何かが待っている」と告げていた。
そして――
……カタッ……
――静寂の中で、その音だけが、異様に大きく響いた。
「「「「 ――――!? 」」」」
――今、確かに……音が鳴った……。
鳴ったのは、衝立の向こう。
(((( ――誰かいる―― ))))
みながそう思った瞬間――
パンッ!!――
手を鳴らすクロード。
全員がクロードに注目した。
それを確認するとうつむき、目をつぶる。
そしてふたたび顔を上げエリナを見つめると、
最後の言葉を――
ゆっくりと、紡ぎだした。
「――あなたはその者を、迎え入れますか――?」
それは、
限りなく優しい問いだった。
その問いに、返事はない。
代わりに、大粒の涙をいっぱいにこぼし、
衝立の向こうへとエリナが駆け寄る。
封印していた、一番大切な言葉を叫びながら――
「――レオン!!」
「……嘘だろ……」
トーマスの視線の先に、
上半身だけをベッドから起こしたレオンがいた。
その腕の中で――
いつもはおとなしく理性的なエリナが、いまは人目もはばからずに泣いている。
大声をあげ、しがみつくように抱きついたまま――
トーマスに気付いたレオンが、照れくさそうに笑った。
トーマスの瞳からも、こらえきれず涙が零れた。
みながその光景に見入っていたが、ハ―サムはニヤッと笑い、
「こうなると思って、奴の体は毎朝綺麗に拭き上げておいたんじゃ」
クロードに小さく耳打ちし、自慢げに胸を張った。
「さすがは院長。今日は――全員奢りますよ」
クロードはそういうと、みなに退出を促した。
他に伝えるべきことは、いつでもかまわない。
最後に振り返り、クロードはエリナに声をかける。
「今日はお伝えした通り、あなたは休暇です――」
聞こえているかはわからない。
それでも伝えたかった。
「――良い休暇を――」
帳面の裏表紙に刻まれた名が、
涙にぬれて浮かび上がる。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
大粒の涙とともに幸せを――
心から噛みしめる一日だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。
※次回より、コンテスト応募条件達成のため、
6月13日(土)までは下記の通り週2回更新となります。
毎週水曜日 21:00更新
毎週土曜日 20:00更新
※以降は毎週土曜日20:00更新予定です。




