第十二話 再起の誓い ― 護衛の契約 ―
――治療院での再会から十日。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口へと向かうエリナの隣には、
マスクをし、フードを目深にかぶった男が寄り添うように歩く。
「――リハビリが終了するまでは、あなたの正体を隠しておいてください――」
クロードから告げられた言葉に従い、
レオンは顔を隠し生活していた。
命の恩人の言葉であり、
レオン自身の希望でもある。
打ち明けるならば、
今の心配されるような状態ではなく、万全な状態でみなに打ち明けたい。
警護に見える距離を保ち、歩調を合わせる。
人の流れ、路地の影、背後――
視線だけが忙しなく動く。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」
やや呆れ気味に笑うエリナ。
しかし、つい最近ナイフで襲われそうになったと聞いているレオンは、
とても警戒を解く気にはならなかった。
(……今の俺では、守れないかもしれない……)
警戒しながらも、その思いが頭を離れない。
むしろ、日を追うごとに大きくなっていく。
最近になって、ようやく体がまともに動くようになってきた。
だが――
使っていたはずの剣は重たく、まだまともに振ることさえできない。
養われているだけの今の自分が、
どうしようもなく情けなかった。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口までエリナを送り届けると、
レオンは陰鬱な気分のままギルド長控室へと向かった。
今日は、
命の恩人三人との面談日。
「おぅ、忘れずに来たな!」
入るなりバルドゥスの大きな声。
「ふむ、記憶力に問題はないようじゃの」
冷静に観察するハ―サム。
「どうぞ」
クロードに促され、レオンは椅子に腰かける。
「さて、まずはわしからじゃの」
ハ―サムは立ち上がり、レオンの体を確認する。
致命傷をうけたあたりを丹念に触診し「やはりの」と小さくぼやく。
「クロード、予想通りじゃ」
「わかりました」
二人だけで完結し、特に説明はなし。
苦笑いするレオンに、
ハ―サムは「いたって健康、心配はいらんよ」と意地の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ、次は俺の番だな」
一瞬の間も置かず、
バルドゥスは一枚の紙をレオンに手渡す。
「――これは?」
失われた記憶はあるが、
幸い家族や仲間達のことは覚えている。
言葉や文字も、ほぼ問題ない。
そして、
これがギルドの依頼書だということも判断はつく。
「見ての通り、依頼書だ」
淡々と答え、続ける。
「依頼主は【S.O.M.P.O. ジャン】および【オーダリー】ギルド」
「護衛対象は【エリナ・ハルツ】」
「護衛期間は――無期限だ」
そこまで告げると、
バルドゥスはレオンを見据えた。
「【S.O.M.P.O. ジャン】窓口が開設してまだ一年もたたねぇが、冒険者の死亡率や重傷率が格段に減っている――」
「これは、ギルドとしても見過ごせねぇ」
「【エリナ・ハルツ】はいまや、ギルドにとっても重要人物だ」
数瞬間を開け――
「護衛は――お前がやれ、レオン」
「……」
思いもしない依頼に、
レオンの心が揺れる。
確かに、
常に傍にいられる自分が、最もこの依頼にふさわしい。
しかし――
その思いを見透かしたように、クロードが言葉をかける。
「――条件を、よく読んでください」
優しさと厳しさを合わせた、不思議な声に導かれるように、
レオンは依頼書に目を通す。
依頼料は一日銀貨五枚。
駆け出しの冒険者レベル。
それは、
いまの自分の立ち位置を突きつける数字だった。
しかも、妙な特記事項がある。
「――これは、本気なのか?」
「もちろん、本気です」
レオンの問いかけに、クロードは即答した。
特記事項にはこう書かれている。
――護衛者は、クロード・ジャン・アルヴェインの訓練を義務とする――
「あんた……戦えるのか?」
「ええ」
再び即答するクロード。
驚くレオンに、クロードはさらに続ける。
「――守る自信が、ないのでしょう?」
「――!」
いきなり核心をつかれ、言葉を失った。
「今のあなたは、駆け出しと同レベル。確かに、護衛としては心もとない」
「……」
「今から鍛えたとしても、あなたが冒険者として活動するなら、数年鍛えてようやくDランクといったところでしょう」
その推測は、
レオンが思っていたのと同じ推測だった。
この弱った体を元に戻すのに数カ月。
魔物に対しての知識や経験を得るのに数年。
トーマスたちの元へ戻るには、
そのさらに上の年月がかかる。
記憶を失ったことが、
レオンの自信を奪い去っていた。
「――ですが護衛としてなら」
「一年ほどで自信を取り戻して差し上げます」
クロードの自信にあふれた言葉に、
レオンはクロードを見る。
「……本当に……?」
(……あいつを、守れるのか……?)
いや――守りたい。
その決意を胸に、問う。
「ええ――必ず」
短いが、魂に響く言葉。
信じるのに、十分だった。
「――この依頼、受けさせてくれ!」
頭を下げるレオンに「早くサインしろっ」とバルドゥスが笑う。
ほんのわずかな時間で、
レオンの人生が大きく変わった。
「訓練は、いつから始めますか?」
クロードは答えのわかっている質問をした。
だから、答えを聞くよりも先に口元が緩む。
「――今すぐに!」
少し前まで震えていた悩みが、嘘のように消える。
レオンは確かな力を込めて両拳を握った。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、未来への希望を受け止める。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
生まれ変わる決意を――その拳に、確かに宿した一日だった。
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