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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第十三話 努力の先にあるもの ― 未知の戦士 ―

――辺境の街【オーダリー】。

森を切り開くように開拓されたこの街は、周囲が高い壁で囲まれている。


どこまでも続く外壁を見上げ、レオンは一つ息を吐いた。

いまの自分には――まだ遠い距離だった。


訓練が始まってから一週間。


エリナを【S.O.M.P.O. ジャン】窓口まで送ると、

レオンはすぐに壁に沿って歩き始める。


半分ほど歩き終えた頃には、

足は棒のように重く、呼吸も浅くなっていた。


――それでも、

止まらなかった。


ようやく一周して戻ると、昼をだいぶ過ぎていた。


「まず数週間は、急激な動きを禁止します」


訓練初日のクロードの言葉だ。


ハ―サムの触診の結果、どうやら自分の体には強い筋肉と弱い筋肉があるらしい。


ポーションは肉体の再生をしてくれるが、

それは産まれた直後の赤子と同じく、やわらかく、弱い。


急激な動きや強い負荷をかけると、そのつなぎ目で切れてしまうと、

クロードが目の前で一本の紐を使って実演してみせた。


「あなたの訓練は、まずは心との戦いです」


レオンに課されるのは、単調で、地味で、そして――

不安と戦う、苦しい訓練。


「……本当にこんな訓練で、強くなれるのか?……」


焦りが、レオンの心を締め付ける。


今日の訓練ノルマはほぼ終わり。

あと残っているのは


(腹筋に力を「入れるだけ」で動かさない)

(5秒力を入れて、10秒休む)

(1日数回、疲れない範囲)


これだけだ。


だがその一方で、クロードへの信頼も溢れている。


「……あの男が、俺を陥れるはずもないのに……」


冷静な思考と、沸き立つ感情のせめぎあい。


「確かに【戦い】――だな」


帰路につき、レオンは両の拳を握る。

いつか目いっぱいの力で、この拳を握る日を信じて――




――焦りと単調さを積み重ねる日々が過ぎ、訓練開始から二カ月。


レオンは川の中にいた。


水深は胸よりやや下。

流れに逆らうように、一歩、また一歩とゆっくりと進んでいく。


両手はやや開き気味。

位置は腰付近。

常に負荷がかかっている状態。


「――ふぅ――」


静かに、ゆっくりと動く。

今の生を、噛みしめるように――


周りにあるのは水音だけ。

世界に自分一人しかいないような錯覚すら覚える。


だが時折――

なぜか水音が一切消え、鳥の鳴き声だけが聞こえる一瞬がある。


不思議な――感覚。


――カーン――

――カーン――


訓練に没頭するレオンの耳に、二の鐘が響く。


辺境の街【オーダリー】では、一日に四回鐘が鳴る。

朝一番の、一の鐘。

そこから三時間ごとに、二の鐘、三の鐘、四の鐘と続く。


(……約束の時間だな……)


川から上がり、レオンはギルドへと向かう。


今日は、治療院へ顔を出す約束の日。


いつも通り変装して歩くレオンの眼差しは、まっすぐ、前だけを見ていた。

不安に押しつぶされ、うつむいていた彼は――もういない。


本人すら気付いていない、訓練の効果。


「よくきたのぉー」


治療院に入りいつもの個室へと向かうと、そこにはハ―サムとクロードの姿。


あいかわらずのとぼけた笑みを浮かべると、ハ―サムは有無を言わさず触診を始めた。


「……ふむ……」


しかし、始めた途端にその表情が曇る――

というより、静かな驚愕が広がっていく感じだった。


「――お前さん……いったい何をやらせたんじゃ?」

「こんな体は……見たことがない!」


レオンに説明もなく、クロードに問い詰める。


「必要な休息と【適度な】運動ですよ」


嘘はなかった。

だが、この世界では異端ともいえる思考。


「――お前さんならもしやとは思ったが……まさかこんなに早くここまでくるとはのぉ」


全身の筋肉が、均等に鍛えられている。

固いというよりも――しなやか。


ほとんどの冒険者の体は、

ガチガチに膨れ上がった筋肉で覆われている。


だが、レオンの体は筋肉の強度を保ったまま、

柔軟性すら両立していた。


――異質だった。

この世界の常識から、明確に外れていた。


こんな体の持ち主を、

経験豊かなハ―サムですら知らなかった。


もはや、別人。

数カ月前の面影は一切ない。


ハ―サムの感嘆に、レオンが顔を上げる


それを見たクロードが短く相槌を打つ。


「どうやら、リハビリの第一段階は終了のようです」


その言葉にレオンの顔に笑みがこぼれ、

「――よし!」と両の拳を握る。


(――ようやく始まる――!)


ハ―サムの評価から、

自分がいかに特別な回復をしたのかが理解できる。


理屈も理由もわからない。


それでも、

今のレオンには未来に希望しか見えなかった。


「それでは第二段階に入ります。覚悟は――よろしいですね」


「――よろしく頼む!」


新たな決意を固めるレオン。


小さく頷くと、クロードは歩き出す。


その道は、

【S.O.M.P.O. ジャン】の完成形に、不可欠なワンピース。


(――必ず、作り上げて見せます――)


新たな希望――レオン。


その姿に、

クロードは誓いを立てる。


それは静かに、深く、どこまでも深く――

魂へと刻み込まれた。




――それからさらに三カ月が過ぎ、レオンの姿はギルドの訓練場にあった。


相変わらずの変装で顔は見えない。


しかし、

その瞳は不思議な輝きを放っている。


「――きたなっ!」


ニヤッと笑い、レオンを見るバルドゥス。

その周りには、若い冒険者たちの姿。


「おい、リンゲル!こっちにこいっ!」


呼ばれて駆け寄ってきたのはEランク冒険者のリンゲル。

手には、布を何重にも巻いた木剣が握られている。


「こいつは元Cランクの病み上がりだ。勝てたら、ポーション一本やるぞ」


「ほんとっすか!?」


バルドゥスの言葉に、

笑みを浮かべレオンを一瞥すると、


「やりぃーもうけたぜ!」


すでに勝ちを確信したように、

近くの冒険者たちにむけて剣を掲げる。


たいして太くもない脚や腕。

明らかに、力は自分の方が上。


それがリンゲルの、レオンに対する評価だった。


「じゃあ、やるんだな」


「もちろん!」


バルドゥスの言葉に即答し、リンゲルが剣を構える。


「だ、そうだ。それじゃ、先に倒れた方が負けだ。いいな」


双方が頷く。


かたや笑みを浮かべ、かたや無言で――。


「おい、あんた。木剣がないなら誰かに借りな」


リンゲルの言葉に首を振り、

レオンは拳に布を巻きながら、腕に装着した籠手を見せる。


それはクロードから渡された籠手だった。


着けていることを忘れるほど、軽く、強固なその材質を、

レオンは怖くて聞けていない。


手首部分にやや盛り上がった部分があり、

肘の部分はなだらかなカーブを描いている。


「俺の武具はこれだけだ」


その言葉に、リンゲルから笑みが消えた。


剣がいらない。

それは彼にとって、侮蔑以外のなにものでもない。


顔が紅潮し、眼光が鋭くなったのと同時に、

バルドゥスの合図がかかる。


「はじめ――っ!」


怒りのままに、

合図と同時に切りかかるリンゲル。


レオンはそれをかわし、

または籠手で軽く流していなす。


何度かそれを繰り返し、やがて正面からまっすぐ降ろされた剣を、

レオンが腕を交差して籠手で挟むと、右腕一本で振り払い体制を崩させる。


さすがに油断できないと悟り、

リンゲルがいったん距離をとると――


「……なんだ、あれ……!?」


――ざわめきが起こった。


今まで受け身だったレオンが、

突如動きをかえた。


左足を前に出した、半身の構え。


顎を引き、視線は常にリンゲルを捉え、

両腕を顔の前に上げ、小刻みに揺れる体――


見たことのない、

独特のリズム。


それはまるで――

獲物との距離を測る獣のようだった。


「――くっ!」


困惑するリンゲル。


それでも一撃を加えようと剣を振りかぶり構える。


それを見たレオンが、

さらに変化をつけた不規則な移動でゆっくりと距離を詰める。


「くそっ!」


動きが読めない。

狙いがつかない。

リンゲルの焦りが――最高潮に達した。


目の色でそれを察したレオンは、

リンゲルの間合いの外ギリギリの位置まで辿り着くと――


一気に距離を詰めた。


「――!」


あまりのスピードにリンゲルの体が一瞬硬直し、

中途半端に剣をふるう。


籠手を使う必要すらなく、

レオンは軽くかわすと、スピードをのせた左拳を繰り出した。


一瞬消えたかのように見えたその拳が――

音もなくリンゲルの顎先を正確に貫く。


――その瞬間、

時間が止まったように見えた。




「……えっ……?」


周りの冒険者から、再びどよめきが起こる。


レオンの拳が届いたからではない。


ごく軽く突き出しただけに見えたその拳で、

リンゲルの体が一瞬揺れ、


そして――


崩れるように……地面に倒れた。




「――勝負あり!」




バルドゥスの声に、

どよめきが、静寂となる。


それがやがて――


歓声にかわった。


「――すげぇ!なんだ、あれ!?」

「素手でリンゲルに勝っちまった……」


若い冒険者たちの興奮がやまない。


対照的に、

呆然と自分の拳を見つめるレオン。


「……勝った……のか?」


心臓の音だけが、やけに大きく響く。


まるで手ごたえがなかった。

相手としても、

貫いた拳の感触も――


今までは、力の限り拳を叩きつけていた。

それでも、一発で相手を昏倒させたことなどない。


それなのに、ほんの軽く突き出しただけの拳で

いまだにリンゲルは昏倒したまま――


(……信じられない……)


そう思うのと同時に、

(……あの男のやることだからな……)という思いが交錯する。


喧騒と、

倒れているリンゲルの姿。


それが徐々に、

レオンの心を少しずつ躍らせていく。


「――よくやった!」


バルドゥスがレオンの背中を叩く。


「最近奴は調子に乗ってやがったからな、いい薬になっただろうよ」


いいように利用されたのだと知り、

レオンは苦笑いを浮かべた。


「これなら、冒険者に復帰できるんじゃねぇか?」


そのバルドゥスの言葉に――


「無理ですよ」


即座に返される、クロードの言葉。


「彼の戦いは、対人間に特化したものです。少なくとも――今は、ですが」


含みをもたせるが、断言した。


レオンの動きは、この世界ではまだ名前すら与えられていない

【人】を壊すために計算された格闘技。


クロードが選択した【最初】の未知。


レオン自身も、

拳では魔物の頑丈な体を貫くことはできないと理解していた。


だが――

今日の戦いで確信したこともある。


自分はまだまだ、強くなれる。

この男の元でなら、間違いなく――




――その夜、

最近評判の店【白猫亭】に、レオンとエリナの姿があった。


辺境の街【オーダリー】には珍しく、

個室があるのも人気の理由の一つ。


すでに運ばれている料理も、

見た目美しく、見るからに豪華。


「……ここって、高いんじゃないの?」


心配するエリナに、


「大丈夫だ。金はもう払ってあるらしい」


レオンが笑う。


「今日は、ご褒美だそうだ。二人でゆっくり食事でもしてこいってさ」


言って、今度は苦笑いする。


「――あの男、こんな店まで詳しいんだな」


料理だけでなく、姿を隠している自分でもゆっくり食事ができるよう、わざわざ個室の店を選んでいる気遣いに、レオンは感謝と同時に呆れさえ感じていた。


そして同時に、

実感がわく。


「エリナ……俺、勝ったよ……」


うつむきながら、

噛みしめるようにつぶやくレオン。


まだ事情をよく知らないエリナも、

何かを感じ取った。


「――おめでとう――」


小さな声だったが、

とても優しかった。


この声を、

これからも自分の力で守れるかもしれない。


「――さあ、せっかくだ。食べよう、エリナ」


「そうね。いただきましょう」


――きっと、今日のこの時間が、力になる。


食事を楽しみながら、

レオンは未来を見据える。


高く、どこまでも高いレベルの、

未来の自分を――




帳面の裏表紙に刻まれた名が、新しい仲間に歓喜する。


――S.O.M.P.O. ジャン。


剣と魔法の世界に、


未知の戦士――そして新たな可能性が、この世界に刻まれた一日だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


※コンテスト応募条件達成のため、

6月13日(土)までは下記の通り週2回更新となります。


毎週水曜日 21:00更新

毎週土曜日 20:00更新


※以降は毎週土曜日20:00更新予定です。

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