第八話 再起の条件 ― 仲間という選択 ―
ジル少年の小さな騒動から、十日。
【S.O.M.P.O. ジャン】の窓口は、
早朝から静かな活気に包まれていた――
石壁の向こうで鳥が鳴き、
扉が開くたび、冷えた朝の空気が流れ込む。
「おはようございます」
通る声だった。
挨拶をしたエリナは、差し出された書類を受け取ると、
慣れた手つきで目を通す。
依頼内容、対象、期間、条件。
復唱し、重要事項を確認し、最後に問いかける。
「こちらの条件で、よろしいですね」
冒険者はうなずき、署名をして立ち去る。
一月前には考えられなかった光景だ。
「よくできています」
背後から、
クロード・ジャン・アルヴェインの声。
評価ではない。
事実の確認だ。
エリナは小さく息を吐き、次の書類を受け取った。
――顔を上げると、若い冒険者が立っていた。
顔立ちは幼く、まだ十五歳くらいに見える。
装備は一通り揃っているが、新しくはない。
「――確認、お願いします」
声に――硬さがあった。
気になったが、エリナは書類を読み上げた。
「お名前はクレインさん。Eランクの冒険者で間違いありませんね?」
少年は頷く。
「依頼は、Eランク魔物の討伐。対象は〈一つ目の地鼠〉」
「活動範囲は北側丘陵――」
そこで、一度言葉を切る。
「――単独行動と記載がありますが」
冒険者は、視線を逸らした。
「……仲間が引退したんで」
若く経験の浅い冒険者のソロ活動。
採取依頼ならともかく、
あまりお勧めはできない選択だった。
できれば思い直してほしいと願いつつ、条件を伝える。
「単独行動の場合、討伐対象の魔物は
同時に二体までの戦闘を許可します」
「それを超える魔物との同時交戦は、保険金支給対象外です」
冒険者は、黙って聞いている。
「撤退基準は、以下の通りです」
エリナは、帳面をなぞる。
「回復手段が、一回以下になった場合」
「装備品の損耗が明らかな場合」
「体力の消耗を、自覚した場合」
「そして、自分のランクより上の魔物を確認した場合」
一つ一つ、確かめるように読み上げた。
「これらの条件を超えて戦闘を継続した場合、事故が発生しても、保険金支給対象外となります」
冒険者は、短く息を吐いた。
「……分かってます」
その声には納得より、諦めに近い色が滲んでいた。
どこか、
自虐的な返答だった。
クレインは顔を上げ、ぽつりと切り出した。
「以前仲間が、条件を守らなかったって言われて、何も出なかったことがあるんで」
口元が、わずかに歪む。
自嘲だった。
エリナは、何も言えなかった。
署名を終え、冒険者は去っていく。
扉が閉じるのと同時に、
エリナは帳面を閉じ、手を止めた。
「……大丈夫でしょうか」
独り言のような声。
クロードは、視線を向ける。
「――判断は、本人がしました」
できることは提案することだけ。
どんなに正しいと思っても、
最後にどう判断するかは本人次第。
その日の夕方。
ギルドの扉が――
勢いよく開いた。
担ぎ込まれてきたのは、先ほどの冒険者クレインだった。
左脚が……
血で濡れている。
「地鼠にやられてた――!」
叫んだのはジル少年。
その傍らには、Eランク冒険者のルーカス。
ジルは採取依頼の帰り道だった。
偶然その場に通りかかったジルは、
迷わずクレインを救出し、肩を貸した。
さらに帰路の途中に出会ったルーカスに助けを求めると、
快く警護を買って出てくれた。
「――行きましょう」
何かを決心したように、
クロードがエリナに声をかけた。
少し驚いたようにエリナが振り返り、
「はい」と返事をする。
エリナはいままでに、
真贋鑑定の場に立ち会ったことはない。
クロードの後をついて治療院へ赴くと、
ちょうどクレインがベッドに横たわるところだった。
治療師が駆け寄り、状態を確認する。
命に別状はない――が、
噛まれたと思われるふくらはぎの傷は、
まだ血が止まり切っていない。
ポーションで回復可能なギリギリと思われる傷。
冒険者自身がもしポーションを持っていれば、
それを優先で使う決まりがある。
そのため、治療師がクレインに確認をする。
「……ありません……」
痛みにこらえながら答えるクレイン。
その一連の行為を確認した後、
クロードが一歩歩み出る。
「保険金不支給と判断された場合、金貨一枚です」
一瞬の沈黙。
「――それでも、使いますか?」
クレインにポーションを差し出す。
「……」
クレインは一瞬思案し、うつむいて首を振る。
「……一般治療を、お願いします……」
元気なく答え、治療師は頷くと治療を始めた。
薬草をすり潰し、
それを塗った布を患部にあてがい、
手際よく包帯を巻いていく。
ポーションは金貨一枚かかるが、
一般治療なら銀貨二、三枚程度ですむ。
一通り治療が終わったところで、
クロードが声をかける。
「――それでは、保険金不支給に同意されたと捉えますが、よろしいですね?」
「……いいよ。どうせ、嘘言ったってバレるんだろ?……」
「はい」
クレインの投げやりな言葉にも、
クロードは変わらずはっきりとした返事を返す。
苦笑いをするクレイン。
「ただし――報告はきちんとしていただきます。そこまでがあなたの義務です」
例え保険金不支給であろうとも、
事故は発生している。
データとして活かさなければ、
その出来事すべてが無意味になる。
だからこそクロードは、
保険加入時に事故報告を義務づけている。
「……最初は順調だったし、条件も守れてた」
あきらめたようにクレインが話し始める。
「でも途中で、持って行ったポーションが、転んだ時に割れたんだよ」
ポーションは引退した仲間から譲り受けたものだった。
保険加入の条件達成のために持って行っただけで、
使うつもりはなかった。
だが、地鼠の攻撃をかわした際にバランスを崩し、
倒れこんだ時に大きな石にぶつかり、割れてしまった。
「ポーションなんて、俺の稼ぎじゃそう買えないし、どうしても損失分を取り返したくて、撤退せずにそのまま討伐を続けたんだ」
幸い今日は、近くに地鼠の巣でもあるのか遭遇率が高い。
ある程度損失は取り戻せた。
疲労で体も重くなり、
そろそろ撤退しようとしたところだった。
「地鼠が同時に三体現れて、このザマさ」
自嘲するように話すと、
クレインは「もういいだろ」と視線をそらした。
「はい、結構です。ただし、あなたにはお話ししなければいけないことができましたので、後日窓口までお越しください」
帳面を閉じ、
クロードは治療院から退出する。
そのあとを、エリナが続いた。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口内部。
何かを考えこむエリナの姿がそこにあった。
「……クレイン少年のことを考えていますか?」
見透かしたようにクロードが声をかけると、
「……はい」
エリナは小さな返事をかえした。
「もっと……私にできることはなかったのでしょうか?」
自責の念に駆られるエリナの姿に、
「ありません」
クロードは短く答え、続ける。
「もし、彼がかわいそうだとポーションを支給すれば、保険の制度そのものが崩壊します」
黙って聞くエリナ。
「保険加入時も同様です」
「危険だからと彼を止めたとして、もし彼と同じ条件の者が保険加入せずに討伐に赴き、そしてうまくいっている姿を見たとしたら、次からは保険を利用せずに討伐に赴くことになるでしょう」
うつむいたままのエリナに、
クロードの言葉はまだ続く。
「彼は自分で判断し、自分でその責任をとった。だからこそ『次』にそのことが活きます。見るべきはその未来であって、今この瞬間だけではありません」
少しだけ、エリナの顔が上を向く。
「だからこそ、もう一度言います。あなたの対応は正しかった」
はっきりと言い切った。
ようやく、エリナの顔にも笑みが浮かんだ。
「それに……もうじきあなたのその感情、晴れるできごとがあると思いますよ」
クロードは予言めいたことをいうと、
帳面を開き、仕事の続きを始めた。
「……どういう意味だろう……?」
聞いてみたい気はするが、
なんとなく答えてはもらえない気がして、
エリナも仕事に戻った。
――翌日の朝。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口。
そこには三人の人影があった。
「あら」
エリナが驚きながら「おはようございます」と挨拶をすると、
「おはようございます!」
元気なジル少年の声が返ってきた。
後ろの二人――
ルーカスとクレインも同様に挨拶をかえした。
「……こいって言われたから」
クレインが小さくそう切り出すと、
奥にいたクロードが彼らを内部へと招く。
受付の裏側には小さな休憩室があり、
そこに三人を座らせる。
「どうぞ」
エリナが三人に果実水をさしだす。
「ありがとうございます!」
元気なジル少年が答え、二人も頭を下げた。
そこで、クロードが切り出した。
「――三人で来たということは、やはりパーティーを組んだのかね」
「えっ!?」
クロードの言葉に、エリナが驚きの声をあげた。
「そうなの?」
「はい!」
嬉しそうにジル少年が答える。
「――言い出したのは、君だろう?」
クロードがルーカスを見据えると、小さく頷いた。
「どうしてわかったんですか?」
エリナが聞くと、
「彼がとても頭の良い、優秀な冒険者だからだよ」
言い切った。
「彼は保険制度開始の最初期から、保険制度を利用しています」
「周りに笑われても、ずっと」
なかなかできることではない。
「私の勝手な想像かもしれないが……条件を逆手にとって、学習していたのでは?」
クロードの言葉にルーカスが頷く。
武器・防具の新調。
パーティーの編成。
撤退基準。
保険料が安くなるということは、
安全性が高いということ。
ならば、どんなことに気を付ければ安全に冒険ができるのか、
その条件から学べるということ。
少し照れくさそうにルーカスは頷いた。
「へぇ――!」
感心したように声を上げるジル少年。
「そんな彼だからこそ、この出会いを逃すことはないと」
クロードは確信していた。
「……すげぇ」
制度を利用し学んでいたルーカスも、
それを見抜いていたクロードも。
「感心している場合ではありませんよ」
クロードがクレインを見据える。
「今日は君に話があるとお伝えしましたが、あなた、自分がなぜ呼ばれているかわかっていますか?」
「え……と」
考えるが、なにも思いつかない。
「……撤退基準を守らなかった、お説教?」
ジル少年が答えるが、クロードは首を振る。
「君なら、わかるのでは?」
クロードはルーカスを見る。
「――多分、ポーション」
ルーカスが小さな声で答えると、
「「ポーション!?」」
ジル少年とクレインの声が重なり、
クロードは笑みを浮かべて頷いた。
「君は、『戦闘中にポーションを割ってしまった』と言いましたね?」
「はい……」
「偶然によるポーションの破損は、補償の対象です。ただし、戦闘中や割れやすい保管状態だった場合、補償は最高で50%まで」
そこまで言うと、
クロードは懐からポーションを取り出した。
「よって、これはその補償分です」
ぽかんとするクレインにポーションを一本渡す。
クロードはエリナに耳打ちし、何かを手渡す。
エリナはそれを嬉しそうに受け取ると、
「良かったな!」と嬉しそうに話している新米パーティーに声をかけた。
「ねぇ、あなたたち。パーティー名は決まったの?」
「はい!」
ジル少年が元気に答えると、
三人顔を見合わせ「にっ!」と笑った。
「ぼくたち、保険の制度がきっかけで出会ったので、それにちなんだ名前にしようって考えて」
ジル少年がそこまでいうと、
クレインがルーカスの背中を叩き、促した。
「――撤退条件を必ず守る。そして、必ずここまで戻るという意味を込めて
【リターン・ライン】にしました」
越えたら退く、越えなければ進む。
この名前の元で活動する限り、きっと彼らは無茶をしない。
「あら、保険にからめてくれるなんて嬉しいわ」
エリナはそこまで言うと、
クロードから預かった品を【リターン・ライン】に手渡した。
「これは、私たちから【リターン・ライン】へ、パーティー結成のお祝いよ」
それは、一本のポーションだった。
「……保険は、一人を救う制度ではありません」
クロードは静かに言った。
「全員を守る制度です」
だからこそ、ルールは絶対。
公平公正でなくてはならない。
クレインはルールを破った。
だから、救われなかった。
「……ありがとう……」
今なら、その正しさがわかる。
こみ上げてくるものが、クレインの瞳を赤くした。
その姿をみて、
エリナも同じようにこみ上げてくるものがあった。
「がんばってね」
「「「はい!ありがとうございます!」」」
頭をさげ、少年たちは採取依頼へと赴いていった。
その後ろ姿が消えるまで、
エリナは目を離さなかった。
保険の制度は厳しい。
一切の言い訳が通用しない。
けれど、だからこそ守られる者がいる。
彼らは小さなミスを体験し、そのことを知った。
厳しさを知ったからこそ、その大切さを理解できたのだ。
エリナは、帳面を閉じた。
そしてもう一度、窓口を見た。
自分のやるべきことを改めて自覚し、
エリナは前を、未来を見た。
その姿を、少し離れたところからクロードが見守っていた。
(……もう、大丈夫でしょう……)
優しすぎるエリナのことを、
クロードは心配していた。
もし死亡案件で保険金不支給だった場合、
その仲間や家族からの罵声、叫びに、
彼女が耐えられるだろうか――
そういった不安が、クロードには常にあった。
だからこのタイミングで、
エリナをクレインの真贋鑑定の場に同席させたのだ。
「ポーション一本でこれだけの人間が成長できるなら、安いものだ」
優秀だが、無口で人付き合いの下手なルーカス。
明るく元気だが、知識や経験の乏しいジル少年。
どこか投げやりなクレイン。
この三人は、
ルーカスが道を示せばきっと良いパーティーになる。
それは、この辺境の街【オーダリー】の安全性の向上につながり、
【S.O.M.P.O. ジャン】の利益向上にもつながる。
そして【S.O.M.P.O. ジャン】の中核となるであろうエリナの成長は、
何物にも代えがたい成果だった。
(……今日は、悪くない日だ……)
帳面を開き、クロードは新しい文字を記載する。
そこには日付と共に、こう記載されていた。
「【リターン・ライン】および【S.O.M.P.O. ジャン】リーダー誕生記念日」
帳面の裏表紙に刻まれた名が、
新たな誕生に一瞬の輝きを見せる。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
新しい決意が芽生えた――そんな一日だった。
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次回更新:4/18(土)20:00予定です。
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