第五十三話 告げられたもの - 悪意と覚悟 -
【ユーリス・フロイト】来訪の翌日。
早朝の【S.O.M.P.O. ジャン】控室で、その知らせは届いた。
「……御者の男は死んだ……」
バルドゥスの報告に、クロードの目から色が消える。
一緒に聞いていたレオンが、静かに問う。
「……死因は?」
「窒息死だ」
無念を滲ませ、バルドゥスが続ける。
「水に濡らした布を、木製スプーンを使って喉に押し込みやがった。おまけに、自分で戻せないよう両拳を破壊してな」
凄惨な死に様を思い浮かべ、クロードとレオンの顔が歪む。
「……狂信者の部下は狂信者か」
その異常な死に方に、レオンはそう吐き捨てた。
だが、クロードはそこに意味を求めた。
「……なぜ、わざわざこんな方法を選んだのでしょう?」
小さくつぶやく。
「死に方が気になるのか?」
レオンの問いに、
「はい、気になります。もしわたしなら、こんな苦しむ方法ではなく、折って尖らせたスプーンで喉を突きます」
言われ、
「そうだな、他にももう少し楽な死に方はいくつもあるだろう」
バルドゥスも同調した。
「俺たちに対する、最後の嫌がらせみたいなものじゃないのか?」
レオンの言葉に、
「……そうかもしれません。ただ、どうしても引っかかります」
答えながらも、クロードの思考は止まらなかった。
ミスを犯し、捕まった己への罰。
あるいは、内通者へ向けたメッセージ。
その様子を眺めつつ、
「結局……名前ひとつ聞きだせず、共同墓地に奴の遺体が増えただけだ」
バルドゥスが口を開く。
一歩前進したかと思えば、また道が閉ざされる。
その現実が、思考を重くする。
「朝から暗い話ですまなかったな。そろそろ営業時間だろう?」
バルドゥスは立ち上がり、
「まあ、何か気づいたなら報告してくれ」
いまだに思案し続けるクロードに声をかけ、ギルドへと戻っていった。
なんともすっきりとしない時間が続き、
一日があっという間に過ぎていく。
そろそろ営業を終了しようかというそのとき――
カン!カン!カン!カン!カン!カーン!
カン!カン!カン!カン!カン!カーン!
カン!カン!カン!カン!カン!カーン!
早鐘が六回ずつ、三度にわたって鳴り響いた。
「南門方向で魔物発生の合図です!」
クロードの言葉に、【S.O.M.P.O. ジャン】に緊張が走る。
「マールさん、リーリス! 重症者に備え、ミドルポーションを十本用意してください!」
二人は頷き、保管場所へ急ぐ。
その姿を確認すると視線を移し、
「エリナ、あなたにはこの場の指揮をお願いします」
その大役を託した。
「えっ……」
一瞬耳を疑う。
通常時ならばともかく、この非常時に指揮を任されるとは思っていなかった。
しかし、クロードは本気だった。
その証拠に、
「これを、あなたに託します」
手渡したのは、
「【真贋の宝玉】……」
まだ木箱の中、布に包まれた状態。
それでもその“重さ”に、心が悲鳴を上げる。
その心情を読み取り、クロードはエリナに語りかける。
「大丈夫ですよ」
一言。
優しく、絶対的な自信に満ちた眼差し。
見覚えのあるその顔とセリフに、“あの日”の記憶がよみがえる。
レオンが初めて鞭を手にし、英雄となった――あの日と同じ顔だった。
「あなたはもう、わたしなどいなくても【S.O.M.P.O. ジャン】をまとめられるだけの能力を持っています」
クロードの表情は、ずっと優しいまま。
エリナはそんなクロードの言葉を、一言も聞き逃さないよう耳を傾ける。
「通常業務も非常時も、やるべきことは変わりません。あなたが正しいと思ったことをやればいい」
だから、その言葉が素直に沁みる。
「――できますね?」
クロードの言葉に、
「――はいっ!」
エリナの目が、ようやく光を宿し、前を見た。
クロードは満足そうに頷き、言葉を続ける。
「二人が帰ってきたら、最悪の場合はここに泊まることも考えて、食料など必要なものを買い出してもらいましょう」
「負傷者が出たとしても、ここへ運ばれてくるまでには、まだ三十分ほどあるはずです」
そう言って、金貨を十枚手渡す。
「わかりました」
受け取り、クロードを見るエリナ。
「それで……クロードさんはどうするんですか?」
この非常時に、離れる理由が知りたかった。
「わたしはギルドに行って、バルドゥスと合流します。魔物発生の原因を調べ、再発を防ぎます。保険の責任者として、事故を未然に防ぐのがわたしの役目です」
「わかりました。わたしも、自分の務めを果たします!」
それぞれの戦いが今、始まった。
「クロードさん!」
ギルドの窓口に着くなり、ケイティーの声が響く。
「バルドゥスの居場所と状況は!?」
端的に聞くと、
「ギルド長はまだ控室にいます! 南の共同墓地に、魔物の群れが“発生中”です!」
“発生中”という言葉に違和感を覚えながらも、クロードは頷き、ギルド長控室へ向かった。
「来たか、クロード!」
ロングソードと帳面一式を携え、今にも部屋を出る勢いのバルドゥス。
「これから馬車で現場に行く! 来るか!?」
「もちろん!」
応え、後に続く。
馬車に乗り込むと、
「――やはり、例の遺体がらみだと思うか?」
バルドゥスが口を開き、
「間違いないでしょうね」
クロードが答え、続ける。
「わたしからもお聞きしたいのですが、ケイティーから魔物の群れが“発生中”と聞きました。“発生中”とはどういう意味でしょう?」
その問いに、
「言葉のとおりだ。最初は墓地に地鼠が二匹。それを見た一般人が通報するため街へ戻り、Dランクパーティーが派遣された」
淡々と答える。
「だが、到着したときには十匹を超え、さすがに手に負えないと引き返し、CランクとDランクのパーティーに応援を頼むが、戻ったときには他の魔物も入り乱れ、その数は二十をゆうに超えていたそうだ」
その異常な魔物の行動に、クロードの脳裏に“あの花”が浮かんだ。
「ちなみに、あの鐘が鳴ったときには、さらに倍の数が確認されている」
「そこまでですか……」
予想よりも多い数。
「それで、こちらの戦力は?」
「確認できている限り、Dが六、Cが三、Bが一。今もCランク以上のパーティーに応援要請を続けている」
増え続けることを考えると、いささか心もとない数。
「ちなみに……そのBとCランクに“彼ら”は?」
クロードの願いともとれる質問に、
「ああ、いるぞ。もちろんレオンもだ」
ようやくバルドゥスに笑みがこぼれる。
「そうですか」
なによりの朗報に、クロードも小さな笑みを浮かべる。
それでも、まだ油断できる状況ではない。
おもむろに立ち上がり、クロードは揺れる馬車の中で着替え始めた。
「急にどうし……た……」
突然の行動に、その理由を問いかけようとしたバルドゥスの口が、開いたまま止まる。
全身黒に統一されたその服には金の刺繍がちりばめられており、その顔にも同じ色の仮面がつけられる。
その意匠はまるで、黒龍が翼を広げたかのよう。
目元から鼻先までを仮面で覆い、雰囲気まで一変したその姿に、正体を知るバルドゥスでさえ、クロードとは思えなかった。
「必要と判断したときには――わたしも出ます」
すっかり別人のような存在感を放つクロードに、
「――いいのか? おまえは、直接手を出さないものと思っていたんだが……」
バルドゥスの言葉に、
「……たしかに、そのつもりでした。彼ら自身の力で無意味な死を防げるようになるために、わたしの力は妨げになると思ったからです」
その理由を説明し始める。
「けれど、“あの花”が絡むならば――わたしも遠慮はしません」
瞳に、決意を宿す。
「あってはならない力で攻めてくるならば、あるはずのない力を使うことを、もう、ためらいません」
バルドゥスに誓う。
「……そうか」
その誓いにバルドゥスも立ち上がり、動きの止まった馬車の扉を開け、再びクロードを見る。
「ならば、その力でやつらを……いや、この街を救ってくれ」
ギルド長として、そして領主代行としてその頭を下げた。
「――必ず」
返事と共に、クロードは馬車を降りる。
雄たけびと土煙の立つ大地に今――【仮面の英雄】が降り立った。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、鐘の音に導かれ、姿を現す。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、仮面の英雄が舞い降りる。
その一歩が、悪意との戦いを静かに告げた。
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