第五十二話 打ち破るもの - 幼い記憶と新たな希望 -
「――休みなさい」
ギルド訓練場で発せられたクロードの言葉。
昼前の眩しい日差しの中、
心当たりのあるレオンは、下を向き口をつぐむ。
「ベルゼンの死から、一日も休んでいないとトーマスから聞いています」
すでに十日。
それを本人がわかっていることは、クロードも承知していた。
しかし、
「苛立ちをぶつけたくて、追い込まずにいられないというなら止めません」
一呼吸置き、
「しかし、強くなり、ベルゼンや大勢の仇を取りたいと思うなら休むことです」
その選択を問う。
「……ふぅ……」
下を向いたまま息を吐き、
「……わかった、休むよ」
なんとか自分に折り合いをつけ、無理に笑みを浮かべた。
そんなレオンの様子にようやく厳しい表情を解き、
クロードは懐に入れたそれをレオンに手渡す。
「……これは?」
手のひらに置かれたのは、金貨が三枚。
「孤児院への寄付です。ハンズとルルーを連れて、買い物にでも行ってきなさい」
最初からそのつもりだったと知り、
感謝を告げてレオンは孤児院へと向かった。
その日の午後。
塊となって歩くのは、レオン、クレイン、アイラ、オーリ、ハンズ、ルルーの六人。
クレインとアイラは、練習でとれた山鳥の寄付のために訪れており、
オーリは買い物の帰りに、ハンズとルルーを守る護衛として同行していた。
「すまないなオーリ。帰りもきちんと送るつもりだったんだが」
「いや、たまには街をゆっくり歩くのも悪くない」
普段あまり街を歩かないオーリが、警戒を怠らずに街並みを楽しむ。
広い通りに出て何を買おうか迷っていると、
「おにいちゃん……つかれた」
ルルーが立ち止まり、声を上げた。
「よし、じゃあおぶってやるよ」
ハンズはルルーをおんぶし、しっかりとした足取りで歩き出す。
すっかり兄妹のようになった二人を、微笑ましく思い歩いていると、
――――!
今度は、アイラが立ち止まった。
そして、何か恐ろしいものでもいるかのように、勢いよく背後を振り返る。
「――どうした?」
特に危険なものは見当たらない。
レオンが声をかけると、
「……あの馬車……なんだか、すごく嫌な感じがする……」
アイラの顔に脂汗が滲む。
「馬車?」
見ると、たしかに馬車が一台、後方から近づいてくる。
全員が馬車へ視線を向けるが、豪華なつくり以外に特に特徴があるわけでもない。
それでも、
「――アイラさんは、危険察知能力が異常に高いんです。何かあるのかも……」
クレインはそのことを知るだけに、馬車を見る目が真剣だった。
そして、次に声を上げたのは、
「……おうまのおじさん……」
ハンズの背中で怯えるルルーだった。
「おうまのおじさん? ……あの御者のことか?」
オーリが聞くと、小さく頷く。
「あいつがどうしたんだ、ルルー?」
しがみつくルルーにハンズがやさしく聞くと、
「……あのおじさん……おうまにのって、すごいはやさではしってきたの……」
「となりまできたら、ばしゃに“おみず”かけて……そうしたら、おおかみが……」
言って顔をさらにふせる。
その言葉に――レオン、オーリ、アイラの顔色が変わる。
【誘引花】を知る三人は、御者の行為を“洞狼”の誘導と結び付けた。
「オーリ、子供たちを頼む。俺たちは、あの馬車を追う」
レオンの言葉に頷き、
「――気をつけろよ」
一言告げ、子供たちの手を引き歩き出す。
オーリは高鳴る鼓動を抑え、平静を保ちつつ、
すれ違った際に御者の顔を見る。
さらに、
(……後ろ向きの席に座るあの男……)
馬車の中にいる三人の男のうち、馬が急に止まった時に危ない進行方向ではなく、
安全な後ろ向きの席に座る男を脳裏に焼き付けた。
同様にレオンたちもその顔を確認し、
馬車の後を追跡する。
揺れを気にしているのか、馬車の速度も速くない。
おかげで、怪しまれない程度の速さで追跡できている。
そして、クレインがあることに気づく。
「――レオンさん。あの馬車……たぶん【ガーラン】で見かけたことがあります」
その言葉に、
「……なら、決まりだな」
ベルゼンの死の背後に【シャドウ】がいると知り、
レオンが両の拳を握りしめる。
「クレイン。この方向なら、おそらくギルドだ。先回りして、バルドゥスとクロードに報告してくれ」
その言葉に頷き、クレインはわき道に入り走り出した。
「俺たちはこのまま追跡を続ける。奴らの目的地が違ったら報告に行ってくれ」
アイラは頷くが、
いまだ表情に不快感を浮かべたまま。
「……大丈夫か?」
あまりの憔悴ぶりに、心配するレオン。
「……ええ。動けはするけれど……嫌な感じはずっと続いてる」
「それに……」
言いかけて淀む。
「匂いがあるわけじゃないのに……なにかの香りが漂っているような気がして……」
その言葉に、
「香りだと!? ……まさか……」
一瞬頭に過った推測に、レオンの顔色が再び変わる。
だが、今度のそれは――希望の光。
そのとき、
「左に曲がった! やっぱり……」
アイラの声があがる。
「ああ、ギルドだな」
気づかれないよう慎重に追跡を続け――
やがて、その視界にギルドが入る。
「――アイラ。おまえはあいつらに顔がばれないことを最優先にしてくれ。これから先、顔を知られていないやつが必要になるはずだ」
レオンの言葉に頷き、アイラは馬車を見渡せる店へと入る。
そしてレオン自身は、ギルドへ入る前に装備を取り出し、身に着ける。
それは、リハビリの訓練中につけていたあのマスクとフード。
急いでクロードの元へ向かうと、
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口前に、先ほどの男たちが三人。
窓口には、クロードが一人だった。
変装したレオンの姿を確認したクロードは、
一切表情を変えることなく男たちを見据えている。
「わからん奴だな、出せと言っている」
馬車の後ろ向きの席に乗っていた男が、高圧的な言葉でクロードを脅す。
「渡す理由がありません。お引き取りを」
まったく相手にせず落ち着いた態度を見せるクロードに、
「貴様、平民の分際で逆らうつもりか!」
御者だった男が激高する。
それでも、
「ほう、ギルド総本部の副ギルド長……現在は【ガーラン】の領主代行でしたか。そんなお方が個人の所有物を、なんの理由もなく権力を使って取り上げると?」
クロードの対応は変わらない。
わざと大きめな声でクロードが答えると、
近くの冒険者がざわめきはじめた。
(……やはり、あいつが【ユーリス・フロイト】か……)
レオンが名前と顔を一致させる。
「――ちっ!」
あからさまな舌打ちをし、御者だった男があたりを見回す。
ひきかえ、ユーリスは表情すら変えず、
「理由ならある。【真贋の宝玉】は、個人の手にあるべきものではない。ギルド総本部で活用すべきものだ」
公的な活用を理由とした。
それでも、
「そう思うなら、わたしよりも高額で購入されればよろしかったのでは?」
クロードの答えは変わらない。
さすがに、一瞬表情が変わる。
数秒の静寂が流れるが、
クロードはさらに続ける。
「――そもそも、あなたは今どの立場でお話をされているのか?」
「【ガーラン】の領主代行としてですか? それとも、ギルド総本部の副ギルド長としてですか?」
たたみかける質問に、
「……どちらでもない。わたし、ユーリス・フロイトとしてだ」
無難な答えを返す。
立場を明言すれば、もしもの時、その任命者に迷惑がかかる。
「お話になりませんな。お引き取りを」
全く動じないクロードを目の当たりにして、
ユーリスの表情が氷のように冷たく固まる。
対照的に、
御者の男が再度激高する。
「貴様! さっきからふざけたことを!」
今にも剣を抜きそうな御者の声に、
「さっきからうるせえな」
御者の男の背後から、荷物を持ったバルドゥスがやってきた。
「おれたちの街で、ずいぶん好き勝手なことをやってくれるな」
低く鋭い声で御者を射抜く。
そして視線を、ユーリスに移し、
「【真贋の宝玉】はこいつのものだ。おまえに取り上げる権利はねえだろ」
その言葉に、委縮していた御者の男に再び火が付く。
「さっきからえらそうに! なんなんだお前は!」
吠える御者の男に、
「おれはこのギルドの長だ。いまはこの街の領主代行でもある。そいつと立場は変わらんと思うが?」
極めて冷静に真実を告げる。
さすがに相手が悪いと悟り、おとなしくなる御者の男。
代わりに、ユーリスが口を開く。
「“取り上げる”とは言っていない。国のため、有効に使えるギルド総本部に“差し出せ”と提案しているだけだ」
「“国のため”だと? おまえらが都合よく使うためじゃねえのか?」
バルドゥスの言葉にわざとらしいため息をつき、
「……まあいい。その決断を、後悔するなよ」
引き返そうと背を向ける。
そこへ、
「――ああ、お待ちを。帰る前に、そこの御者のあなたには聞きたいことがあります」
クロードが声をかけた。
「あぁっ? 貴様、俺に言ったのか?」
対等の立場で口を開くクロードに、嫌悪感を隠さず振り返る。
ユーリスと、もう一人の一言も発していない男も同様。
それを意にも介さず、
「ええ、あなたですよ。あなた、この街が十日前“洞狼”に襲われたことはご存じですか?」
質問を始める。
唐突なその質問に、
「……知らんな」
一言答える。
微妙なその回答までの一瞬のずれに、クロードはさらに続ける。
「本当ですか? “洞狼”に襲われた馬車に乗っていた乗客が、あなたの姿を見たと言っています。十日前、“洞狼”を引きつれ、馬車に擦りつけませんでしたか?」
核心を突き、その表情を確認する。
「知らんと言っている! 気安く話しかけるな!」
遮ろうと言葉を荒げる御者の男に、
「――そうはいかんな」
それまで黙っていたバルドゥスが声を上げる。
「おまえが“洞狼”の事件にかかわっているとわかったからには、拘束していろいろ聞かせてもらうぞ」
「――はぁっ!? 知らんと言っただろう!」
バルドゥスの言葉に声を荒げる御者の男に、
「言ったな、確かに。だからそれが答えだと言っている」
言いながら、荷物から何かを取り出す。
そして、“それ”をユーリスに見せつける。
「……なぜ、それを貴様が持っている……」
明らかに予想外といった態度を見せながら、バルドゥスの持つ“それ”を見る。
「もちろん、真実を暴くためだ」
ユーリスの質問に答え、濁って光を失っている【真贋の宝玉】を、本来の持ち主へと手渡した。
「あなたが嘘をついたことは証明されました」
【真贋の宝玉】を見つめ、クロードが口を開く。
「わたしは保険屋です。命に値段をつける仕事をしています」
一拍。
「だからこそ――故意に命を危険へ晒した者だけは、見過ごせません。」
強い口調と共に、御者の男を目で射抜く。
「“洞狼”を引きつれて街を襲わせ、死者を出した――その罪、贖うと共に白状してもらいますよ、どんな手段で“洞狼”を引きつれたのかも」
あえて【誘引花】のことを知らないふりをして問い詰めるクロード。
何も言い返せなくなった御者の男に代わり、
「――やれやれ。すっかり敵対されてしまったようだ」
おどけた表情でユーリスが手を広げ、
一言も発しないもう一人の男から小樽を受け取る。
「素直に【真贋の宝玉】を差し出せば、【ガーラン】特産のワインをくれてやろうと持ってきたが、無駄になったようだ」
その言葉に、
「金貨四千五百枚の【真贋の宝玉】の代わりが、ワインの小樽一つか……とんだ物々交換だな」
呆れ顔でバルドゥスが返す。
「金貨四千五百枚の価値は、ギルド総本部で使ってこそだ。こいつが使うなら、その価値はこいつで十分さ」
負けじとユーリスも返し、
「どちらにせよ、このワインは無駄になったようだ……」
言葉と共に、御者の男を見る。
「どうせこいつは死刑だろ? 最後の晩餐に飲ませてやってくれ」
小樽を渡した男から、空のジョッキを受け取る。
「勝手なことをするんじゃねえ!」
一喝し止めるバルドゥス。
「なんだ、毒でも入っていると思っているのか?」
小さく笑うと、空のジョッキにワインを満たす。
そして、赤くきらめくそのジョッキの中身に視線を移し、
「こいつに毒なんか入っちゃいない」
半分ほど、一気に飲み干した。
「――ふぅ。悪くはないが、俺はやっぱり白だな」
飲み干した分を継ぎ足す。
それを見たバルドゥスがクロードを見る。
【真贋の宝玉】は、濁らずに澄んだまま。
「……その一杯だけだ」
バルドゥスの言葉に再度おどけた表情を見せると、
「頭の固い奴だ」
笑いながら、ジョッキを御者の男に手渡した。
「まあ、家族の心配はするな。食うのに困らないくらいは支援してやる」
ユーリスの言葉に頷き、御者の男は最後のワインを口にする。
やがて飲み干したのを見届け、
「――帰るぞ。馬車に乗ったら白を出せ。やはり、俺の口には白が合う」
中身の減った小樽をもう一人の男に持たせ、ユーリスはその場を後にした。
「さて――」
その姿を見送ったバルドゥスが、視線を御者の男に移す。
「お前にはいろいろと吐いてもらうぞ」
低い声で告げ、連行させる。
そこへ、姿を現さずにいたレオンが加わる。
「――話がある」
端的に伝え、【S.O.M.P.O. ジャン】控室に移動した。
開口一番、レオンは二人の認識を確認する。
「クレインからの報告の内容は?」
その真剣な眼差しに、
「アイラが嫌な気配を感じ取り、その馬車に男が四人。ルルーが御者を見て、“洞狼”に襲われた時にその顔を見ており、馬車に何かをかけたと聞いています」
クロードが聞いたことすべてを答える。
「その認識で間違いない。が、クレインがいなくなった後の、アイラの言葉が気になっている」
レオンの言葉に、
「……その言葉とは?」
クロードが返す。
そして――レオンが告げる。
「匂いがあるわけじゃないのに……なにかの香りが漂っているような気がする――だ」
「なんだと!?」
バルドゥスが立ち上がり叫んだ。
対照的に、クロードはただ唖然とし、
「……まさか……あの花に反応できる人間が存在するとは……」
小さくつぶやくと――やがて小さく笑みを浮かべる。
「彼女はたった今、この街の最重要人物になりました。【リターンライン】がそばにいられない場合は、あなたかオーリ、どちらかが護衛についてください」
頷き、レオンはアイラの元へ向かう。
闇の中に咲く真っ赤な花に、一条の光が差し込んだ。
その事実に、クロードとバルドゥスは笑みを浮かべる。
しかし――
闇はまだ、その足元で増殖を続けていた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、悪意の匂いに振り返る。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、立ち込めるワインの香り。
それは別れの盃とともに、迫りくる戦いの序章となった。
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