第五十一話 希望の定義 - ささやかな光 -
正式な仲間として迎えられたその日、
アイラとクレインはギルドの窓口を訪れた。
「パーティー登録をお願いします」
クレインの言葉に頷き、
「では、こちらにご記入をお願いします」
書類を差し出したのはケイティーだった。
「アイラさん、よかったですね! いいパーティーに入れて!」
満面の笑みで言うケイティーに、
「ああ、本当に運が良かった」
書く手を止めずに、しみじみと答えた。
その言葉を、
「……運なんかじゃないですよ」
アイラの斜め後ろから、クレインが否定する。
「危険察知能力の高さに、正確な狙い。何より、ぼくたちみたいな大人未満のパーティーでも対等に接してくれるその人柄」
真剣な言葉を伝え、
「全部、実力です。運がよかったのは、ぼくたちの方ですよ」
笑みを浮かべた。
「――だ、そうですよ」
にっこりと笑うケイティー。
称賛に慣れないアイラは居心地悪そうに頭を掻く。
「でも、こんなにきれいなお姉さんが入ったら、みんな緊張しちゃうわね」
ここぞとからかうケイティーに、
「六つも下の子に何言ってんだい。かわいそうだからおやめよ」
可愛げなどないことは、自分が一番わかっている。
冒険者になると決めた時から、そんなものは捨て去った。
アイラのその思いに反し、
「そうですね。でも、みっともないところを見せないように頑張れます」
真顔で返すクレイン。
「ほらっ! アイラさんも恋愛しましょうよ!」
ひとり盛り上がるケイティーに、
「……冒険者の女は、恋なんてできないんだよ」
少しうつむきがちにアイラが答える。
「――どうしてですか?」
その姿にクレインが聞くと、
「……考えてもごらんよ。妊娠して、子供を産んで、育てながら冒険者なんて……」
少し悲しげな顔で、
「そんな甘い仕事じゃない」
きっぱりと言い切った。
その現実を、
「大丈夫です!」
ケイティーは何かを思いついたように目を輝かせた。
「少し付き合ってください!」
アイラに告げるのと同時に、
「すみません! 領主代行陳情所に行ってきますので、窓口お願いします!」
一方的に宣言し、アイラの書いたパーティー加入届を同僚に手渡すと、
二人を連れてギルドを後にした。
「……あんた、大丈夫なのかい?」
ギルドを出てすぐ、アイラが心配すると、
「大丈夫です! 冒険者のサポートをするのが私たちの仕事ですから!」
説得力のあるようなないような答えが返された。
「さあ、こちらですよ」
ほんの数分で着いたその場所は、アイラの訪れたことのない建物だった。
中に入るとギルドのような受付があり、個別に担当者と話ができるようになっていた。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件ですか?」
入るなり対応されとまどうアイラの代わりに、
「育児所について説明をお願いします」
ケイティーが答えた。
「承知いたしました」
気持ちの良い返事と共に、説明が始まる。
「育児所は、お子様をお預かりする場所になります。利用は一時間で銅貨三枚。食事や定期的な投薬などの事情がある場合は別途料金をいただいております」
「子供を預かる!?」
「それも……たった、銅貨三枚で!?」
驚くアイラに、説明が続く。
子供の面倒を見るのは、自分も小さな子供がいる若い主婦と、年老いて体力はないが知識の豊富な女性たち。
若い主婦は自分の子供の面倒を見る時間をここで仕事とし、給料の他に、休みの日には無料で子供を五時間まで預けられる特典があるとのこと。
「……凄い……」
預ける側にも、預かる側にも得がある。
「ねっ。これなら子供ができても、冒険者が続けられると思いませんか?」
確かに子育ての時間を考えなくていいなら、不可能ではない。
出産の前後数カ月程度は無理だろうが、妊娠初期なら採取くらいの仕事はできるかもしれない。
それでも――
「確かに女性でも続けられそうだということはわかったよ……」
アイラの表情には否定が浮かぶ。
「それでもわたしには無理だ。わたしはクロードさんの言うように、女性冒険者の希望になりたい」
活躍し、女性冒険者の希望になる。
それはもはやクロードの願いではなく、自分自身の願いだった。
その思いを、再度ケイティーが打ち崩す。
「もう……仕方ないですね」
ため息をつくように言うと、
「だったら、もう一人だけ話を聞いてください」
一転して笑顔を見せ、
「【S.O.M.P.O. ジャン】窓口に行きますよ!」
アイラの手を掴んで歩き出した。
有無を言わさぬケイティーの迫力に押されてついていくと、
窓口に着くなりケイティーが吠えた。
「クロードさん! アイラさんに何言ってるんですか!」
憤慨するその態度に、
「あなたは相変わらずですね」
呆れ顔の中に笑みを浮かべ、控室に案内する。
通された控室でケイティーが事情を説明すると、
「ああ、そういうことですか」
ようやく事情を理解したクロードが、もう一度笑った。
そして、立ちすくむアイラを見る。
「あなたは、なにか勘違いをしていますね」
その目は責めるではなく、優しい眼差しだった。
「たしかにわたしは、あなたに女性冒険者の希望になってほしいと願いました」
アイラは静かに聞いている。
「でもそれは、困難な道を歩いて強者となり、英雄になってくれという意味ではありません」
クロードの言葉に、
「……それじゃあ、希望というのは?」
その答えが、知りたかった。
「簡単です――ただ、幸せであればいい」
思いもかけない言葉に、アイラは立ち尽くす。
「……それだけ?」
ようやく紡ぎだしたその答えに、
「ええ、それだけです。必要なのは、ほんの小さな光です」
クロードはそう答え、優しく笑った。
「あなたが笑っていれば『女性冒険者でも幸せになれるんだ』と、多くの女性が気づきます」
「そうですよ!」
クロードの言葉にケイティーも同調し、アイラの両肩を軽くつかんだ。
そして同時に、クレインが一歩前に出る。
「それじゃ……アイラさんが恋をするのは何の問題もないってことですよね?」
問うクレインの真剣な眼差しに、
「もちろんです」
クレインの思いに気づきながらも、あえて触れず、
クロードがきっぱりと答える。
クレインは小さく息を吸った。
そして、決意するように拳を握る。
「だったら――」
一拍置き、
「振り向いてもらえるように頑張ります」
アイラの目を見つめてクレインが宣言した。
「ええ――っ!? ちょ、ちょっと待っておくれよ」
そこにいたのは、もう子供の目をした少年ではなかった。
アイラは一瞬、息をのむ。
「ふぅ…… じゃあ――そのときを楽しみにしてるよ」
ようやく笑みを浮かべ、アイラが返事を返すと、
クロードは視線をケイティーに移す。
「これで、満足しましたか? ケイティー」
皮肉な笑みを浮かべ問うと、
「はい! 大満足です!」
最上の笑みを浮かべて両手を広げた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、希望の文字を読み返す。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、ささやかな幸せの時間。
希望は、高く遠い場所に輝くものだけではない。
すぐそばにあるからこそ、何よりも眩しい光となる。
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