第四十九話 打ち明けられたもの - 影の中の希望 -
ベルゼンの死から一週間が経ち、
早朝のギルド長控室には、六人の男が立ち並んでいた。
その中に混じり、見慣れない女性が一人、静かに背筋を伸ばしていた。
「お前らに紹介しておく」
バルドゥスの言葉に、やや緊張した面持ちの女性が前に立つ。
「Dランク冒険者のアイラです。よろしくお願いします」
名乗り、小さく頭を下げると、
「レオンだ。よろしく頼む」
レオンの挨拶を皮切りに、その場の全員が自己紹介を終える。
バルドゥスは言葉を続け、
「アイラは、クロードの推薦でこの会議に参加してもらうことになった」
その言葉で、アイラへの信頼が一段――いや、二段は上がった。
「【誘引花】についても、すでに説明済みだ」
その瞬間、室内に緊張が走る。
それを受けるようにクロードが続けた。
「レオン。あなたの報告で、洞狼の様子が明らかになりましたが――」
一拍おき、
「【何かに執着するような目】【恐れを感じさせない】で間違いありませんね?」
その問いに、
「ああ、間違いない」
レオンは短く答える。
その答えに頷き、クロードが続ける。
「今回倒した洞狼の胃袋を調べましたが、胃酸は赤く染まり、【誘引花】のものと思われる繊維が見つかりました」
「――なんだと!?」
レオンが叫ぶ。
ベルゼンの死が【シャドウ】がらみだと知り、その拳をきつく握る。
「……【シャドウ】の検証が次の段階に進んだということです」
レオンの握りしめた拳を一瞥し、クロードは静かに続けた。
その不穏さに沈黙が広がる。
そして、沈黙を破ったのもクロード。
「アイラは危険察知能力に優れ、冷静な判断のできる方です。男の我々では気づけない部分を補ってくれるでしょう」
話題を変え、アイラの特徴を端的に説明する。
「ルーカス。彼女を一時的に【リターンライン】に組み入れ、連携を取ってみてください」
クロードの言葉に、ルーカスは静かに頷く。
それを確認すると、
「バルドゥス。洞狼以外に魔物の異常行動は?」
続けると、
「ゴブリンの群れ――といっても五匹程度だが、やはり似たような状態だったとの話を、受付でケイティーが聞いている」
その言葉に、
「……他に無いのであれば、その検証も始まったばかりなのでしょう」
クロードは小さくつぶやき、思考を巡らせた。
「ギルドには、冒険者に対して注意喚起を。受注制限は変えないにしても、ワンランク上の魔物と思って対処するよう警告はしてください」
「わかった。職員への周知徹底を図る」
バルドゥスの言葉に頷き、今度はローデンとトーマスを見る。
「お二人には、同じ状態の魔物を倒した時には胃袋の中を確認していただきたい。ギルドに運び込まれるよりも早く確認することで、【シャドウ】がどの程度の量を与えているのかわかるかもしれません」
クロードの言葉に二人が頷く。
「レオン」
その間も拳を強く握ったままのレオンに、
「……あなたは、しばらくトーマスと一緒に行動しなさい」
その気持ちの向け先を与え、
レオンを良く知るトーマスに一任した。
「わかった……よろしく頼むぜ、トーマス」
「おう!久々に一緒に戦えるな!」
トーマスの笑顔に、ようやくレオンの顔にも余裕が生まれる。
それを確認し、再度バルドゥスに問う。
「代官の……ユーリス・フロイトの動きは?」
今日の本命。
クロードの一番知りたかった情報。
「奴自身に目立った行動はないが、ジルが集めた情報通り【保険】はかなり目の敵にされてるな。保険加入者は依頼を受けられないらしい」
バルドゥスの言葉に、
「なんだと!理由は!?」
トーマスが吠える。
「保険加入者は上位ランクを積極的に討伐しなくなり、その役割を果たしていないというのが奴の言い分だ」
言いながら、バルドゥスは呆れたように笑った。
全くもって見当違い。
「ギルドは独立組織だ。それは各支部ごとにも言える。奴らに文句を言うこともできんが、うちも文句を言われる筋合いはない」
そこまで言って、
「冒険者だって馬鹿じゃない。これでさらに離脱は増えていくだろうな」
自分で自分の首を絞めるような施策に、皮肉めいた笑みを見せる。
だが、クロードに笑みはない。
「あのユーリス・フロイトという男、【狂信者】ではありますが馬鹿ではありません。なにか意図があるかもしれませんので、継続観察しましょう」
その言葉にバルドゥスの表情が締まる。
「……確かにそうだな。奴と奴の周りにいる手下二人、それぞれに冒険者を二人ずつ張り付かせる」
状況と各々の役割を確認し、会議が終わる。
そして、そのまま全員がギルド窓口前へ移動すると、
ケイティーが連れてきていたハンズを、レオンが手招きする。
今日集まった、もう一つの理由のために。
「みんな、聞いてくれ!」
バルドゥスは大声で、窓口に集まっていた大勢の冒険者たちに声をかける。
突然の、それもギルド長からの声に、当然注目が集まる。
「ベルゼンのことは、もうみんな知っているな?」
その言葉に、多くの冒険者の表情が硬くなる。
「洞狼が出たのは、奴の足なら街まで三分ほどの場所だ。もし、ベルゼンが討伐していなかったら、この街でも大勢の犠牲者が出たかもしれん」
その言葉に、また多くの冒険者が頷く。
「しかもベルゼンは、小さな女の子を庇いながら、短剣一本で洞狼を仕留めた」
知らなかった冒険者が、驚きの声を上げる。
「お前らの中で、同じことができるものはいるか!?」
沈黙が広がる。
洞狼はBランクでも上位に位置する魔物。
熟練のパーティーで挑んでも命を落としかねない相手だ。
「ベルゼンは慎重だったからDランクのままだったが、単独で洞狼を倒したことから見ても、その実力はBランクが適正だったと考える」
また多くの者が頷いた。
「その実力と、街を脅威から救った功績を称え、ギルドはベルゼンのランクをDランクからA´(ダッシュ)に変更する。Aランクには半歩届かない。だが、Aランクと肩を並べるに値する称号だ」
そのカードを眼前に掲げる。
「異論のあるものはいるか!?」
ギルド中に響きわたる大声で問う。
見渡し、返事を待つ。
異を唱えるものはいなかった。
「レオン」
バルドゥスはレオンを呼び冒険者カードを手渡す。
レオンは受け取ったその冒険者カードをハンズに手渡した。
「Aランク……父ちゃんが……」
冒険者カードを握る手が震え、その目から涙がこぼれる。
「そうだ、お前の父ちゃんはAランクに相応しい男だった」
レオンがハンズの肩に手を置き、力を込める。
涙をこぼすハンズを見つめ、バルドゥスが静かに口を開いた。
「――みんな、十秒でいい。勇者に敬意を」
バルドゥスは目を閉じ、うつむき、握った右手を胸に当てた。
その場にいた全員が、それにならった。
その光景を、ハンズは生涯忘れない。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、新たな出会いと別れに祈りを捧げる。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、受け継がれるもの。
それは言葉、経験、そして想い。
万年Dランクと呼ばれた男の勇気は、今、確かに受け継がれた。
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