第四十五話 導きの糸 - 悩み人と罪人 -
聞こえるのは鳥のさえずり。
感じるのは、ほんのわずかな空気の流れ。
(……今度こそ……)
しっかりと握った弓で、
三十メートル先の山鳥に狙いを定める。
(……いまだ!……)
矢を離し、その行方を追った視線の先には――
飛び立つ、山鳥の姿。
「くそっ!」
小さく叫び、クレインが天を仰ぐ。
(……どうしても上達しない……)
独学で弓の練習を始めてから半年弱。
クレインは大きな壁にぶつかっていた。
とぼとぼと歩き外した矢を回収し、
次の獲物を捜し歩く。
(……ルーカスとジルは合同訓練で頑張ってるのに……)
クレイン自身も時々剣の訓練で参加させてもらう予定だが、
弓使いは対人戦で技量が上がるわけでもなく、そもそもその数が少なく教えを乞うのも難しい。
(……ふぅ……)
ため息をつきつつ歩き回っていると、
(……いた!……)
再度見つけた山鳥に、クレインは背後に回ろうと場所を移す。
そこに、
(……あぁ、だめか……)
すでに別の誰かがおり、山鳥に狙いを定めようとしていた。
しかし――
(……無理だろ……)
その距離、およそ五十メートル。
しかも、射手はまだこどもだった。
(……えっ……)
だが弓を引くその姿に、クレインは目を奪われる。
あまりに美しいその立ち姿に見とれていると、
いつ放ったかもわからない、静かな動きで矢が放たれた。
(……当たる……)
放たれた瞬間、なぜかそう思った。
そして――その予感は的中した。
(……凄い……)
山鳥を回収に歩くこどもの姿を自然と目で追い、
無意識にその方向へ歩みを進めていた。
「――誰だ?」
声を掛けられ、自分のことだと気づくまでに二秒ほどかかった。
クレインはほぼ無意識に口を動かす。
「俺は、Dランク冒険者のクレイン……」
そう名乗ると、
「俺に、弓を教えてほしい!」
深く頭を下げた。
唐突な申し出に、こども――オーリが戸惑いを見せる。
「……俺のは自己流だ。手本には向かんと思うが」
その容姿に似合わぬ言葉に、クレインは気が付かない。
そしてこのこどもが、
かつて人質となっていたところを、自分が救出したことも覚えていない。
あの時もいまも、顔や言葉を気にする余裕がないほど必死だった。
自分の両手を見ながら、
「さっきの、構えから放つまでを見せてもらった……」
「とても――美しいと思ったんだ」
「……」
オーリはただ聞いている。
「まるで全ての時間が止まっている中で、弓と矢だけが生きているようだった」
そこまで言うと顔を上げ、
「俺も……あんなふうに射れるようになりたい!」
輝く目がオーリを捉える。
「……教えるかどうかは別として、まずはこいつを処理させてくれ」
山鳥を持ち上げると、オーリは川辺へと歩き出す。
無言でついてくるクレインに、
「……おまえ、なんでこんなところで山鳥を狙ってたんだ?」
ギルドからなら、もっと近い場所で山鳥を狩れる場所もある。
念のための確認。
「保険屋のクロードさんという方に、ここで練習した方がいいと勧められたんだ」
「保険屋!?」
とたん、オーリの目の色が変わる。
(……そういうことか……)
小さく笑みを浮かべ、
「クレイン……と言ったな?」
「はい」
緊張したその眼差しに、
「教えてやった日に獲った獲物を、全部よこすなら教えてやってもいい」
「――どうだ?」
あえて告げる、簡単な条件。
願ってもない条件に、
「お願いします!」
クレインは飛びついた。
「そうか……なら、今日は代わりにこいつの処理を頼む」
川までたどり着くと山鳥をクレインに渡し、
「俺はオーリだ。十分ほどで戻る」
そう言うと、来た道を引き返していった。
(……やった!……)
心の中で両手を握り、クレインは山鳥の腹から胸にかけて羽をむしる。
そこにナイフを入れると内臓を取り出し、
血と汚れを手早く流し、大きな葉で包んで吊るした。
ちょうどそこまで終わったとき、オーリが戻ってきた。
その手に、さらに一匹の山鳥を携えて。
「こいつも頼めるか?」
「もちろん!」
快諾し、クレインは処理を進める。
その間に、オーリは処理された山鳥を確認し、
(……ほう……)
正しく丁寧なその処理に、クレインの人柄を見る。
(……なるほど……)
すでに処理された山鳥と同じ手順で作業を進めるクレインに、
オーリは今日の方針を決めた。
「家にこいつを持って帰ったら、今日も少しだけ見てやる」
「少し歩くがついてきてくれ」
「わかりました!」
嬉しそうに返事をするクレインに、
「……おまえ、俺みたいな“こども”によくそんな敬語が使えるな」
苦笑いをしながらオーリが聞くと、
「いや……だって師匠だし……」
一拍置き、
「それに……なんか年上みたいな雰囲気があるから……」
素直に答えた。
「そうか……なら一応伝えておくが」
先を歩き、顔を見せずに、
「俺はこう見えても三十を超えている」
その告白に、
「……えっ!?」
クレインの小さな驚き。
「ついでに言うと、保険屋は俺の知り合いでもある」
さらにたたみかけた。
「――えぇぇ!?」
さらに驚くクレインの様子を面白がりながら、オーリは歩みを進める。
しばらくして着いたのは教会。
そこに隣接して建つ孤児院だった。
「こいつを頼む」
出迎えた女性に山鳥を渡すオーリ。
「さすがだね、オーリ」
受け取った女性――アルシアが満面の笑みを浮かべる。
オーリの名を与えられた次の日から、
アルシアとオーリは、孤児院でフレネの手伝いをしながら住み込みで暮らしていた。
子供を大切にするアルシアにとって、ここはまさに天職。
そして、女子供ばかりの場に、オーリは貴重な護衛担当となった。
貧しいながらも、そんな幸せな毎日を過ごすアルシアが、
オーリの後ろにたたずむクレインに気が付いた。
「おや、その子は?」
その問いに、
「さっき弟子にしてもらいました。冒険者のクレインです」
自ら挨拶をした。
「弟子!?」
驚き、アルシアはクレインとオーリを交互に見た。
少し照れくさそうなオーリの表情に、
「……そうかい。それじゃあこれからも、二人でいっぱい獲物を獲ってきておくれよ」
優しい笑顔で言い、
「ここには腹をすかせた孤児がたくさんいるからね」
責任感と悲しさを漂わせた。
「……わかりました」
獲物をよこせと言ったオーリの言葉の意味を知り、
クレインに新たな動機とやる気が生まれた。
その様子にオーリは口角を上げ、
「よし、それじゃ約束通り今日も少し見てやる」
クレインに告げ、
「アルシア、ちょっと出てくる」
そう告げて辿り着いたのは、徒歩で三分ほどの広場だった。
孤児院の子供たちが外で遊ぶ時によく使う場所だった。
「この時間なら人が来ることはない。あの木に向かって射ってみろ」
言われて頷くと、クレインはいつも通りに構え弓を引く。
距離は五十メートル程。
狙いは、木の皮が剥がされた部分。
弓を動かさないようしっかりと握り、弦を引く右腕に力を込めた。
慎重に狙いを定めパッと離した矢は、
狙っていた場所よりもかなり逸れて木に刺さった。
その結果にがっかりとし顔を伏せるクレインに、
「――なるほどな」
オーリはその理由を悟り、クレインに告げる。
「これから俺の言うことを聞くなら、おそらくすぐにでも上達の道は開ける――」
「やるか……?」
答えはわかっていた。
だからオーリは背負った革袋を開ける準備をし、
「お願いします!」
その答えを聞くと、オーリは革袋から矢柄を取り出した。
「ここに、まだ矢尻をつけていない矢柄がある。これをできるだけ早く、休みなく全部射るんだ」
(……休みなしで、全部!?……)
少なく見積もっても五十本以上。
やや怯みながらもクレインは頷き、矢を射りはじめる。
「――もっと早くだ」
「はい!」
五本、十本と進めるたびに、疲労が積み重なっていく。
「どうした、まだ二十本だぞ?やめるか?」
「やります!」
明らかに鈍くなった動作。
それでもクレインはやめようとしない。
三十……四十……
そして五十本目を射った頃には、姿勢は崩れ狙うどころではない状態だった。
「残り二十本!」
すでに肩で息をしているクレインに、“終わり”を教え意識を保たせる。
「あと十本!」
ようやく見えた明確なその終わりに、
クレインは最後の力を振り絞る。
「これで……終わりだ!」
最後の一本を放ち終え、クレインは大の字に倒れこんだ。
「よくやったな」
そんなクレインを上から見下ろし声をかけると、
オーリが矢柄ではなく、一本の矢をクレインに手渡した。
「疲れているだろうが、その一本を俺の言うとおり、丁寧にきっちり狙って射ってみろ」
何かを確信したその目を見て、
クレインは疲労で満足に動かない体を無理やり起こした。
「よし、まずは足を肩幅に開け」
「つま先と膝の向きをそろえて、片足だけねじらないようにしろ」
言われた通りに体を動かし、
「そうだ。そのまま、背筋を伸ばしたら弓を構えろ」
従おうと左手に力を込めるが、疲労でうまく握れない。
「――それでいいんだ。握るな、軽く添える程度でいい」
「よし、そこで大きく息を吸って――」
「今度は小さく吐きながら弦を引け」
しかし、ここでも右手に力が入らない。
「それでいい。腕ではなく、背中で引け。肩甲骨を寄せるんだ」
言われた通りやると、いつもと違う感覚で弦を引けた。
「よし、狙いを定めたらパッとは離すな。力を抜くように離せばいい」
オーリの言葉に、クレインは素直に従った。
(……あっ……)
自分でもいつ放ったのかわからない矢が飛んでいた。
(……なんて静かな世界なんだ……)
命中するかどうかよりも、どう射ったかが心に残っていた。
そして――
――ドスッ
短い音を残し、矢が木に突き刺さった。
立ち尽くしてその光景を見るクレインに、
「どうだ、少しは役に立ったか?」
オーリが尋ねると、
「……はい……」
希望が見え、目にうっすらと涙が浮かんだ。
「……お前は、真面目で一生懸命すぎたんだ」
そんなクレインにオーリが声をかける。
「ブレないように目いっぱい握り、威力を増そうと右腕でいっぱいに引く。一見正しいが逆だ」
その言葉を、クレインは静かに聞いている。
「それだと離れた瞬間弓がブレ、矢が散る」
「引くのは背中、左手は添える程度でいい」
一拍置き、
「放つときも同じだ。“離す”と意識すると腕や指が動き矢がブレる。抜くように、いつの間にか飛んでいくくらいでちょうどいい」
説明を聞き終え、クレインは先ほどの連射の意味を悟る。
疲れた体で射ったこの感覚が、これから身につけるべきものだった。
「おまえなら、後は一人でも練習できるだろう」
「まあ……壁にぶつかったら、また顔を出せ」
クレインの放った矢柄を回収し、オーリは孤児院へと戻っていった。
「――ありがとうございました!」
その背中に感謝を告げ、クレインは見えなくなるまで見送った。
――それから五日後。
再び〈黒牙の石叩き猿(クラッグ=エイプ)〉の討伐に訪れた【リターンライン】。
前回と同じ作戦で、今回も無事に討伐を終える。
だが――
クレインの動きには、明らかな変化があった。
「――クレイン」
ルーカスの呼びかけに顔を向けると、
「なんだか今日は……とても自然だった。何かあった?」
その疑問に、
「師匠を見つけたんだ」
少し照れくさそうに答えた。
そしてオーリとの出会いをすべて話すと、
ルーカスはその話をクロードに伝えた。
「そうですか」
聞き終え小さく笑みを浮かべると、クロードは金貨を四枚ルーカスに手渡した。
「三枚は孤児院への寄付です。食料を買って届けてください。あなた達も、一度顔合わせしておいた方がいい」
一拍置き、
「残りの一枚は“この依頼”の手間賃です。三人の食事代にでもしてください」
頷いて去っていくルーカスを見送り、クロードの笑みはさらに大きくなる。
(……またひとつ、繋がりができましたね……)
輝く星が一つ、また一つと増えていく。
それは、クロードの願いそのもの。
自身の力がなくとも成長していく世界を思いながら、クロードは窓辺へ歩みを進め、空を仰ぐ。
天にもまた、小さな輝きが増し始めていた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、努力の汗を受け入れる。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、光る、一途な思い。
少年は理を知り、罪を背負う者は、静かに贖罪の道を歩み始めた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、
評価やブックマークをいただけると励みになります。
※毎週水曜日21:00更新予定です。




