第四十三話 少年の得たもの - 誘引花と未知 -
「――お疲れさまでした」
労いの声をかけたクロードの視線の先には、
出発前よりも少し精悍な顔つきになった少年――ルーカスがいた。
オーリとアルシアの歓迎から五日後の、
ギルド長控室での一幕。
会釈を返し用意された椅子にルーカスが座ると、
ケイティーが飲み物を手渡した。
「ありがとうございます」
一口飲んだルーカスを見届け、バルドゥスが口を開く。
「――で、何かわかったことはあるか?」
その問いに、
「では、まずは噂からですが……」
ルーカスが静かに切り出す。
「領主の代行として、王都から査察官と代官が到着したようです」
「……ようやく来やがったか」
バルドゥスが小さく息を吐く。
領主不在のごたごたで、
【ガーラン】から避難してきた領民たちの流入騒ぎ。
まだどう転ぶかはわからないが、うまくいけば落ち着く可能性もある。
「……それから、デルムンドの死因についてですが――」
「表向きの発表としては、事故死とされています」
ルーカスの説明に、
「まあ原因がなんであれ、発表はそうなるだろうな」
予想通りの答えに、
バルドゥスは興味を示さない。
だが――
「――表向き、ですか……」
クロードは、その一言に引っかかった。
「あなたがわざわざそう言ったということは……裏がとれたのですか?」
その言葉に、ルーカスの表情が一瞬硬くなる。
違和感を覚えたクロードだが、
ルーカスの言葉をじっと待つ。
「……ジルが、酒場で冒険者の話を拾ってくれました」
そう言って、ルーカスはジルが聞き込んだ内容を語り始めた。
「――この前の依頼はおいしい依頼だったぜ」
「どんな依頼だったんだ?」
名も知らぬ冒険者の会話。
「壊れた馬車の回収さ」
「馬車の回収――!?」
「めんどうじゃねえか!」
返す男に、
「いや、それがな――荷物も無いし、妙に木片も少なかったしで、昼前には作業が終わっちまったんだよ」
「へぇ……で、いくらだ?」
少しだけ興味の出た男が聞くと、
「――銀貨十五枚だ」
「本当かよ!?」
危険もなく、半日でそれだけ稼げれば、
確かにおいしい。
そこに――
「――すごい!」
割り込む、まだ少し甲高い少年の声。
「どうやってそんな依頼見つけたんですか!?」
やや興奮気味に話す少年――ジルは、
「あ、お姉さん!」
「こっちにエール三つお願いします!」
男たちの返事も待たず注文する。
「坊主、わかってるじゃねえか!」
話していた男がニマッと笑った。
届いたエールに口をつけると、男はジルの質問に答える。
「おいしい依頼を見つける方法――だったな」
ジョッキをテーブルに置くと、
「それはな、誰も行かないような時間に依頼を探しにいくのさ」
得意げに言って続ける。
「普通の依頼は早朝に全て貼りだされる」
「だが妙な時間に貼りだす依頼は、初めてギルドに依頼を出す相場も分かってねえような奴か“訳アリ”が多い」
ここまで言うと、再びジョッキに口をつける。
そして、
「だから俺は、休みの日も一度はギルドに顔を出してんだ」
言い終えると、一気に飲み干した。
「さすがです――!あ、お姉さん、エールひとつ追加で!」
ジルが感嘆の声を上げ注文すると、
「おめえ本当にわかってんな!」
ジルの肩を二度叩いた。
「よし、何でも聞いていいぞ!」
すっかり調子に乗った男に、
「ありがとうございます!」
「じゃあ……さっきの馬車の話ですけど、その馬車ってどの辺にあったんですか?」
ジルが聞くと、
「ああ、東の森の街道を行くと、少し崖になってるところがあるだろ?」
「その手前の休憩地みたいなところだ」
答えて、またジョッキを傾ける。
いい気分で飲むペースが速くなり、口も軽くなる。
「あー、そうすると歩きで四十分くらいですよね?」
「昼前に終わったって言っていましたけど、馬車の片付けってどこに運んだんですか?」
ジルの質問に、
「そこから四、五分下ったところにゴミ捨て場があってな、そこに運んで、燃やして終わりさ」
答え終わると、いくつかの自慢話を語る。
聞き終え満足したジルは礼を言い――
「――そうだ、教えていただいたお礼に、ぼくも情報提供しますね」
その言葉に、
「うーん?俺の知らないことをおまえが知ってるのか?」
少し馬鹿にしたように男が返す。
「いや、知っているかもしれませんけど、辺境の街【オーダリー】で、いま【保険】っていうのが人気らしいですよ」
その言葉を聞いた途端、
「――坊主!」
叱責するように、だが、静かに顔を寄せる。
「……【ガーラン】で【保険】の名は口に出さねえ方がいい」
打って変わった真顔に、ジルに緊張が走る。
「……どうしてですか?」
小声で聞くと、
「【ガーラン】のギルドが【オーダリー】に冒険者を取られて苛立ってんだ」
「ギルドはその原因の一つを【保険】だと思ってるらしい」
「あーそうなんですね……」
ジルが相槌を打つと、
「特に最近、例の王都から代官がやってきたと噂されたころからは、余計に神経質になってるみてえだ」
「そうだったんですか……いろいろと、ありがとうございました!」
立ち上がり再度礼を言うと、
「おう、がんばれよ!坊主!」
背中をひと叩き――
それが、ジルから聞いたルーカスの報告内容。
「……なるほど」
「しかし――君ならともかく、よくジルがその違和感に気づきましたね」
クロードの言葉に、
「条件が良すぎる依頼や不自然なできごとは、必ず共有しようって決めたんです」
「だから、本当は聞こえたその話だけ持ち帰ってくれれば良かったんですけど……」
言って苦笑いするルーカス。
「ジルはあの調子で警戒させずに入り込むのがうまいので、予想以上にいろいろと聞き出してくれました」
その様子を想像し、クロードも苦笑いした。
「――で、行ってみたんですね?」
「その馬車のあった場所に」
ルーカスが、再び一瞬だけ硬直した。
その理由はすぐに明らかとなる。
「……はい。行きました――」
やや硬い声。
「――もし、デルムンドの死が事故ではないなら……」
言いながら、
「事故死を装うために、使ったかもしれないと思ったんです」
懐から小さな箱を出す。
「この……」
蓋を開け見せたのは、
「赤い花びら……」
一拍。
「――【誘引花】を」
「……そうですか……」
瞳に、暗い影が落ちる。
闇に吸い込まれそうなほど、小さな声。
その声には、抑え込んだ怒りが滲んでいた。
ある程度予想はしていた。
――事故を装うため。
――【誘引花】の効果を確かめるため。
そして――
ルーカスの、一瞬の硬直。
それらがすべて、箱の中身を【誘引花】と結び付けていた。
だから――
滲み出る冷たい衝動は、ほんの数秒で抑えられた。
「――ったくお前は、功労者をビビらせるんじゃねえ」
平静を取り戻したクロードに、バルドゥスが抗議の声を上げる。
もっともなその言葉に、
「そうですね――」
「ルーカス、貴重な情報をありがとうございました」
少なくともデルムンドの死に、
【誘引花】が絡んでいることはわかった。
そして――
王都から来た代官が、現状最も警戒すべき存在であることも……
「今日はゆっくり休んでください」
「そして明日、四の鐘が鳴るころに、ギルド訓練場へパーティー全員で来ていただけますか?」
クロードの言葉に、
「――わかりました」
「それでは失礼します」
理由も聞かずに頷いた。
そして席を立ったルーカスの姿が部屋から消えると、
「【リターンライン】を訓練場に呼んでどうするつもりなんだ?」
バルドゥスがゆっくりと口を開いた。
「――埋め合わせを」
一言で返す。
「埋め合わせ?」
おうむ返しに問うと、
「はい。彼らには貴重な成長の時間を二カ月も調査に使っていただきました」
「その埋め合わせをしたいと思います」
そのクロードの答えに、
「……また例の【もう遠慮はしない】とかじゃねえだろうな?」
嫌な予感が走り聞くと、
「さあ、どうでしょう――」
曖昧に答え、口元に笑みを浮かべた。
「――ったく、俺も行くからな!」
絶対に何か起こる気がしてバルドゥスが告げると、
「わたしも行っていいですか!」
それまでおとなしくしていたケイティーが手を上げた。
【リターンライン】絡みなら、怖い場面はなさそうな気がしたからだ。
「ご自由に」
小さく笑い、クロードもギルド長控室を後にした。
――翌日。
冒険者たちが酒場に足を踏み入れ始めた頃、
ギルド訓練場に七名の人影。
最後に入ってきたのがクロードだった。
「お待たせしました」
手に長い何かを持ちながら、ルーカスの元へと歩みを進める。
全員が見守る中、クロードは包んでいた布を解き、それを見せた。
「――槍……いや、違うな」
バルドゥスが小さくつぶやく。
見たことのない武器だった。
一見槍のようだが、その刃先はやや湾曲しており、剣のようにも見える。
「これは、薙刀という武器です」
クロードの言葉に、
「なぎ…なた……」
繰り返し、
ルーカスはそれを受け取るとじっと眺めた。
「これはわたしの考える、あなたに最もふさわしい武器の形です」
目を輝かせる少年に、クロードが言葉を添える。
そして――
「いまから、この武器の使い方を教えて差し上げます」
その言葉と同時に、布に包んでいたもう一本の同じ形をした木製の武器を握った。
「ジル!わたしと勝負です!」
ジルを名指しし、クロードが薙刀を構える。
「クロードさん、戦えるんですか!?」
驚くジルに、
「お前ら、誰にも言うなよ」
バルドゥスが真顔で伝える。
「クロードは――レオンの戦闘の師だ」
「「「えっ……えぇぇええっ――!?」」」
【リターンライン】の三人の視線が、驚きと共にクロードに集まる。
ケイティーに至っては口をパクパクと開けたまま言葉も出ない。
ルーカスがレオンの顔を見ると、気づいたレオンが小さく頷いた。
「……ジル頼む。あの武器の使い方を見てみたい」
本当なのだと確信し、ルーカスがジルに頼むと、ジルもようやく決心が固まる。
「わかった!」
返事をし、木剣を握ってクロードの前に立つ。
「ルーカス。見てのとおり薙刀は剣に比べて長く、距離を制しやすい武器です」
刃先をジルに向け、解説しながらクロードは動く。
「この薙刀の長さは、あなたの身長に拳一つ分を足した程度」
説明しながら、刃先をゆっくり頭上へ向けていく。
ジルはそれに合わせ頭上からの攻撃に警戒し、ゆっくりと距離を詰める。
「――うっ!」
その瞬間、クロードが薙刀を一気に引くと、柄の末端【石突】をジルの眼前に突き出した。
「薙刀は刃先だけが武器ではありません」
「その全てを武器として使うことができます」
説明しながら、
【石突】を突きつけられ、一歩後退したジルめがけ――
「うわっ――!」
頭上からの刃先の攻撃を加える。
なんとか受けたジルが後方に距離をとった。
「……すごい、下からも上からも攻撃が速い」
未知の武器を前に、ルーカスの胸が高鳴った。
「――行きますよ」
退いたジルに、クロードが間合いを詰める。
薙刀を横から振るい、今度は脛辺りを狙った。
なんとか避けたが、勢いで体勢を崩すジル。
立て直そうとした、その瞬間――
反対側から同じ軌道の一撃が迫った。
「いてっ!」
ジルが小さく悲鳴を上げる。
「見てのとおり、足元の攻撃は防御が難しい」
「それを安全に行えるのが、この武器の強みの一つです」
ジルの体勢が整うのを待って説明を続ける。
「くそっ!」
立ち上がり剣を構えたジルが、意を決して突っ込んでくる。
その進路を、薙刀の刃先が拒んだ。
無理やり前へ進もうと、薙刀の刃先を剣で打ち払うジルを、
今度は薙刀の柄が横から打ち付け、体勢を崩させる。
そこを【石突】で胸を突き、ダメージと同時に足を止めた。
さらに、右足を前に出すと同時に頭上から繰り出した刃先の一撃が、ジルの頭上寸前でピタリと止まった。
「――どうです?」
「まだ基本の基本だけですが、少しはイメージが湧きましたか?」
振り返り、ルーカスに問う。
だが、ルーカスは返事もできなかった。
すると、声を上げたのは――レオンだった。
「なら、俺がもう少し引き出してやるよ」
ジルの代わりにクロードの眼前に立つ。
その目に、明らかな好奇心を宿しながら。
「――いいでしょう」
「ただし、鞭は無しでお願いしますよ。わたしも、手加減ができなくなる」
言って薙刀を構える。
「……勝てないとは言わないんですね……」
ケイティーのつぶやきに、
「――言っただろ。レオンの師だと」
バルドゥスが答える。
が、目はそらさない。
すでに“稽古”は始まっており、籠手を着けたレオンがじわりとクロードに近づく。
しかし、長い武器の刃先が常に眼前に留まり、一定以上の接近を許さない。
「……凄い、戦う以前に勝っている」
距離も、タイミングも、戦いの全てを制している。
力ではないその戦いに、ルーカスの何かが呼び起こされる。
(……これだ)
初めてだった。
力ではなく、“工夫”で強くなれる武器を見たのは。
「――ルーカス。見てのとおり、薙刀は制する武器です」
「一撃必殺を誇るような武器ではありません――」
一拍置き、
「ですが……決して非力な武器でもありません」
近づきあぐねるレオンに、クロードはあえて刃先を上げて誘導する。
一歩踏み込むレオン。
その瞬間に軽く頭上から刃先を振るい、弾かれると同時にさらに速く【石突】を下から眼前まで振り上げた。
「うぉ――っ!」
少しのけ反り避けたレオンに、眼前で止まったはずの【石突】が突きに転じて再びレオンを襲う。
「なっ!?」
大きくバランスを崩しながら避ける。
そこに、クロードが攻撃を畳みかけた。
「くっ!」
振り下ろされた刃先をなんとか籠手で防ぐが、
遠心力の加わった一撃は重く、体が沈んだ。
その後も、あらゆる方向から8の字や円を描いた攻撃が繰り出され防戦一方。
最後には無防備になった左脛に一撃が当たり、“稽古”は終わった。
「……レオンさんが……一方的にやられるなんて……」
信じられないものを見たケイティーの感想は、
【リターンライン】全員の感想だった。
「上には上がいるってこった」
バルドゥスの言葉に、
「いや……さすがにあの人以上の人は考えられないんですけど……」
引きつるケイティーのつぶやきに、
「……たしかに、そう願いたいもんだな」
めずらしくバルドゥスも同調した。
そんな会話もどこ吹く風、
クロードはルーカスに歩み寄る。
「見てのとおり、この武器は非常に戦略の幅が広い」
「頭の良いあなたなら、きっと使いこなせます」
その言葉に頷き、ルーカスは薙刀を手にクロードの動きをまねる。
「――そう、そこで右足を踏み込むと同時に振り下ろす」
感触を確かめながら、訓練するルーカス。
「くそっ!クロード、もう一回だ!」
悔しがるレオンに、
「……仕方のない人ですね」
言って笑い、
「いいでしょう。ジル、クレイン。あなたたちも木剣を持って一緒に来なさい!」
クロードが薙刀を構える。
そして三人を相手にしてなお圧倒するクロードの姿を、ルーカスは脳裏に焼き付けた。
「――あの馬鹿。埋め合わせしすぎだ」
ようやくその言葉の意味を理解し、バルドゥスが笑った。
薙刀だけではない。
位置取りや、足りない部分を補う工夫。
それらを稽古で細かく伝えるクロードに――今日だけは感謝が止まない。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、時の対価を差し出した。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、新たに加わる、未知の武器。
それは少年の未来を切り拓く、貴重な最初の一歩だった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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※次回8月19日(水)21:00更新。
以降、毎週水曜日21:00更新予定です。




