第四十二話 証明されしもの - 希望と紋章 -
紋章が掲示され、一週間。
その珍しさから話題となり、
冒険者の大半に知れ渡った。
「そりゃあそうだろ」
バルドゥスの言葉。
「個人が立ち上げた組織で紋章を掲げる奴なんぞ、見たことがねえからな」
やや呆れ気味につぶやいた。
「でもあれ、かっこいいよな!」
リーリスが目を輝かせると、
「ほんとだねえ」
マールが同調した。
「本当におまえさんは、いろいろと驚かせてくれるのお」
会話に混ざったハーサムがそう言うと、
「驚かせすぎです!」
ケイティーが抗議し、
「まったくだ」
レオンが笑った。
【S.O.M.P.O. ジャン】のメンバー全員にバルドゥス、ケイティー、ハーサムも加わり、一行はギルド訓練場のすぐ手前まで歩みを進めていた。
「――で、奴はいま訓練中か?」
バルドゥスの声に、
「はい」
クロードが短く答えた。
「三日前から訓練を認め、今日は朝夕それぞれ十射まで許可しています」
答えるのと同時に、扉に手をかけた。
―― シュッ ――
扉を開けた瞬間、
放たれた矢が空気を裂いた。
―― トスッ
音を立て、的の中心近くに突き刺さる。
「――お見事」
クロードの声に、二人の人影が振り返る。
クロードの姿を確認し頭を下げたのは――
ヒューリとアルシア。
「あと何射残っていますか?」
クロードの問いに、
「あと一射で終わるが……気にせず話を始めてくれ」
弓を置き、ヒューリが歩み寄る。
アルシアもそれに続き、ヒューリの真横に立つ。
「――さて、これで皆さん揃いましたね」
クロードの声に、
「――で、何をやろうってんだ。わざわざ全員を集めて」
バルドゥスの声に、
「確認と承認をもらうためです」
クロードが答える。
「……確認と承認?」
おうむ返しに問うバルドゥスに、
クロードは頷きつつ、ハーサムに視線を移す。
「ハーサム」
「なんじゃ?」
名を呼び、返事をしたハーサムに、
「あの時、ヒューリは間違いなく死んでいましたね?」
あの日、訓練場で起きた四射の出来事。
「……そうじゃの。確かに脈も心臓の鼓動も止まっておった」
その言葉に頷くと、クロードは視線をバルドゥスに移す。
「聞いてのとおり【ヒューリ】は死にました」
言って、バルドゥスを見る視線に力を込める。
「ですから……ここにいる彼に、新しい名を授けることの許可をいただきたい――」
提案したその言葉に、
「……お前……そのために俺たちを集めて……」
「ハーサムをわざわざ別の場所に移動させたのも、確認させるためか――」
この日のための演出と知り、
驚きを隠せないバルドゥス。
「……彼の罪は、命を懸けてもなお償いきれないものです……」
クロードの言葉に、
顔を伏せるヒューリとアルシア。
「ですから……せめて彼の覚悟だけは知っていただきたかった」
それが、あの四射の理由。
沈黙が流れる。
おそらく、十秒ほどの沈黙。
とてつもなく長く感じるその沈黙も、
決断するバルドゥスには短い時間。
「――どうか」
決断しかねるバルドゥスに、
クロードがその頭を下げる。
だが、
「……足りねえ……」
バルドゥスが小さくつぶやく。
「クロード」
「はい」
厳しいまなざしのバルドゥスが名を呼び、告げる。
「お前自身、解ってるからこんな真似をしてるんだろうが、お前の言い分はこじつけだ」
「――はい。もちろんわかっています」
返事をしつつ、クロードは視線を外さない。
そんなクロードに、
「……お前はヒューリを【希望】になり得ると言ったな」
その言葉に、ヒューリが驚きの顔を見せる。
「――はい。その気持ちはいまでも変わりません」
断言するクロードに、
バルドゥスの気持ちも決まる。
「――俺を納得させたいなら……」
「ヒューリ、お前が証明しろ!」
言ってヒューリを見据え、
突き出した腕を的に向ける。
「ここから、残りの一射を命中させろ」
先ほどまで練習していた的よりも、はるかに遠い場所。
距離にして、およそ七十メートル。
練習用の的は、せいぜい二十センチ程度。
「……いや、この状況で一射は無茶だろ……」
レオンがつぶやく。
ただでさえ病み上がりの体。
それをこの緊張感の中一射で当てるのは、
たとえヒューリといえども至難の業。
誰もがそう思っていたその時に、
「――確かに聞きましたよ」
悲観的なレオンの言葉と対照的に、
クロードは笑みすら浮かべ声を上げた。
そう言って、ヒューリの弓と矢を拾い上げ、
ヒューリに手渡す。
そして、
「いまのあなたなら、必ず当たります」
断言した。
その自信の理由が知りたくて、ヒューリはクロードに問いかける。
「……なぜあんたは、俺をそこまで信じられるんだ?」
いままで一度も感じたことのない信頼に、
ヒューリは戸惑いの色を隠さない。
そんなヒューリに、
「意識を失いそうになってなお、アルシアを守るために立ち上がったあなたを――」
「信頼するのは当たり前です」
クロードは心からの言葉を告げる。
その言葉は、ヒューリの心を震わせ、
「――頑張りな、ぼうや!」
アルシアが添えてくれた手の温かさが、
ヒューリの背中を押した。
「――気持ちは固まったな? ヒューリ」
バルドゥスの言葉に、
「――ああ」
ヒューリは弓を構える。
その瞬間――
その場のすべての音が消えた。
誰もが息をのみ、
ヒューリの挙動を見守る。
やがて、
ヒューリは静かに息を整えながら弓を引き絞る。
その音さえ聞こえそうな静寂の中、
緊張に潰されてもおかしくないはずのヒューリの顔に、
(……笑ってる……!?)
ケイティーは確かに見た。
(……どうして、笑えるの……)
その疑問の答えを、知りたかった。
そして――
――ヒュッ!
鋭い音が通り抜けた。
瞬間、全員が視線を的に向ける。
――トスッ!
放たれた矢は――
的の中央を見事に打ち抜いた。
「うわぁ――っ!」
リーリスが歓声を上げる。
「当たった!?」
レオンが続き、
「やったあ!」
ケイティーが飛び跳ねた。
「――これで、証明はできましたか?」
クロードの言葉に、
「……馬鹿野郎、出来すぎだ」
バルドゥスは苦笑いする。
その視線の先には、
「あんた、すげえな!」
ヒューリに駆け寄り、称賛するリーリスの姿。
輝かせたその目を見て、
「……確かに、【希望】になり得るかも知れねえな」
つぶやき、笑みを浮かべた。
それは、静かな“承認”だった。
その言葉にクロードは小さく頭を下げると、ヒューリの元へ歩みを進めた。
「ヒューリ、お見事です」
クロードが笑みを浮かべる。
褒められることに慣れていないヒューリは、小さく照れた。
「――ですが、その名で呼ぶのはそれが最後です」
「……わたしの故郷では、ヒューリという言葉は【恐れ】や【恐怖】を意味していました……」
クロードの告白に、
全員が耳を傾ける。
「ですが、いまのあなたにそれは相応しくない」
そう言って、懐から小さな革表紙の帳面を取り出すと、ヒューリに手渡した。
そこには【S.O.M.P.O. ジャン】の後に、小さく新しい名が書かれていた。
「オーリ?」
となりから覗き込んでつぶやいたアルシアに、
「はい。わたしの故郷でオーリは【わたしはあなたの光】という意味です」
「つまり――【希望】を意味します」
クロードの言葉を聞き、
「……俺が、希望……?」
言われた言葉を自分で繰り返すオーリの頬に、
一筋の涙がこぼれ落ちた。
そんなオーリを抱きしめ、アルシアも一緒に涙を流す。
しばらくその光景を微笑ましく眺め、
やがて、エリナが口を開く。
「はい!それではみなさん、これからオーリとアルシアの歓迎会をはじめます!」
言って、全員を引き連れて移動を始めた。
向かった先は――【銀龍亭】。
エリナの新保険の加入第一号店。
案内されたテーブルは、
個室ではないが他からはほとんど見えない位置。
いまや有名な【S.O.M.P.O. ジャン】。
その中でも、レオンの顔は特によく知られている。
店の配慮に感謝しながら、歓迎会は始まった。
「今日はクロードさんの奢りなので、みんな遠慮しないで飲んでくださいね」
エリナの声に、
「そうとなりゃ、いつも驚かされてる分飲んでやらねえとな」
バルドゥスが皮肉を言い、一気に飲み干す。
「これ、すっごくおいしいです!」
ケイティーが名物の魚料理を褒めちぎると、
「ほんとだねえ、おいしいよ!」
マールも同調した。
しばらくそんな楽しい時間を過ごしていると、
「なんだと!?」
少し離れた席から、男の叫び声。
「……なんだ?」
レオンが目を向けると、
酔った冒険者二人が、険悪な雰囲気を漂わせ睨み合っていた。
「……しょうがねえ、止めてくるか……」
楽しい時間に水を差され憤慨するレオンを、
「――ちょっと待ってください」
クロードが制した。
「なんでだ?」
レオンが問うと、
それにクロードが答えるよりも早く、女将の声が響いた。
「あんたら!」
「これが見えないのかい!」
大声でそう言うと、
店のどこからでも見える場所にある、一枚の紙を指さした。
「――あれは!?」
からんでいた男の顔が青ざめる。
いまやこの街の冒険者なら、だれもが知っている紋章。
「もしうちの店で騒ぎを起こしたらどうなるか……」
「――わかってるんだろうね!」
迫力のあるその言葉に、
【S.O.M.P.O. ジャン】の守護者、英雄レオンの姿が脳裏に浮かんだ。
「いや、すまねえ! これ以上騒がねえよ!」
謝ると同時に支払いを済ませ、
騒ぎを起こした男二人は店を出ていった。
「いよっ! かっこいいな、女将!」
客の一人が声を上げると、
店のあちこちから拍手が起きた。
それにつられて、リーリスとケイティーも拍手を始める。
「……あなたの作った保険が、この店を救いましたね」
微笑むクロードに、
エリナの目に涙が浮かぶ。
自分で作った保険が、初めて誰かを救った。
その瞬間に立ち会い、感動が全身を走り抜けた。
エリナの様子をバルドゥスも温かく見守り、
再びジョッキを空にする。
「……いい人たちだね、ぼうや……」
アルシアの言葉に、オーリは一言「ああ」とつぶやいた。
その時間は、アルシア以外の人々から初めて与えられた安らぎだった。
その様子を見届け、クロードが声をかけた。
「先ほどは言い忘れましたが、実はわたしの故郷ではアルシアという言葉にも意味があります」
その言葉に、オーリが感心を示す。
「どんな意味なんだ?」
問うオーリに、
「――【癒す者】です」
「彼女にふさわしい名だと思いませんか?」
クロードは目を閉じて笑みを浮かべた。
「――ああ……本当に」
すべては、アルシアに癒されることから始まった。
そして心に誓う――
必ず、自分もこの名にふさわしくあろうと。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、新たな名を希望に変える。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、放たれる希望の矢。
それは誰も傷つけることなく、未来を勝ち取る証明となった。
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