第四十話 託された証 - 箱の無いネックレス -
「マールさん、申込書、こちらに入れておきますね!」
今日も元気なケイティーの声が響く。
クロードの退院から一週間。
【S.O.M.P.O. ジャン】の窓口に立つケイティ―の姿も、
少しずつ馴染んできていた。
「だいぶ、慣れてきたようですね」
クロードの声に嬉しそうに笑みを浮かべるケイティ―。
「この娘は飲み込みが良いよ」
「基本的なことだけなら、もう一人でこなせてる」
マールの報告に、クロードも納得して頷いた。
夕方のピークを一人で捌けるなら、十分な戦力。
「それでは、このままお願いします」
「わたしはギルドに顔を出してきます」
言ってクロードはギルドへ向かう。
バルドゥスの待つギルド長控室に入ると、エリナの姿がそこにあった。
「お待たせしました」
クロードが声をかけると、
バルドゥスは軽く右手を上げ、エリナは小さく頭を下げた。
「――それで、どうです?」
聞いたのは、【シャドウ】の動き。
「いまのところ、はっきりとした動きはねえな」
伝え、続ける。
「ただ、この嬢ちゃんが指摘した“変化が無い”という【異変】はやはり気になる」
「同感です」
相槌を打ち、
「よく、気づいてくれました」
「あなたのおかげで、早い段階で調査を始めることができました」
エリナに礼を言うと、小さく微笑んだ。
クロードとバルドゥスは顔を見合わせ、
「――そろそろ、区切りをつけるか」
「そうですね。いい頃合いかと」
言って、エリナに視線を戻す。
「交換留学ですが、今日をもって一旦終了とします」
「わかりました」
そんな予感のしていたエリナは驚かず、静かに受け入れた。
「嬢ちゃん……」
「いや――エリナ」
バルドゥスに名を呼ばれ、驚いて振り向くエリナ。
「感謝する」
「また必要な時に、お前の力を貸してくれ」
言い終えると、深々と頭を下げた。
「そんな……頭を上げてください!」
恐縮するエリナの声に、バルドゥスは頭を上げると
「お前の気づきが、この街全員の命を救うかもしれねえ――」
「俺の頭ひとつくらい、いつだって下げるぜ」
笑顔の中、目だけは真剣だった。
「そんなことしなくても、いつでも協力します!」
純粋なその心に、ふたりの男が楽しそうに笑った。
「――でしたら、その時はこちらも代わりをお願いしますよ」
冗談めかしてそう告げると、バルドゥスも小さく笑って肯定した。
その様子に、クロードも安心したように目を細める。
話がまとまったことを確認すると、クロードはエリナを連れ、
【S.O.M.P.O. ジャン】へと戻っていった。
「おかえりー」
リーリスに迎えられ、クロードは笑顔で頷く。
「あれ、エリナさんも一緒なんですね」
ケイティ―が気づき、声をかける。
「あ、そっか。そろそろ帰る時間ですもんね」
勘違いをしたケイティ―に、
「ケイティ―」
「話があるので、窓口を閉めたらみんなで集まるようにお願いします」
「わかりました!」
その返事を受け、クロードとエリナは控室へ向かう。
この後の予定をエリナと確認し十五分ほど過ぎると、
控室に全員が集まった。
「みなさん、この度はご迷惑をおかけしました」
長期の不在を、クロードが詫びた。
「元気になって良かったよ」
マールの笑顔と、
「あんたでも怪我したりするんだな」
リーリスの冷やかし、
「とくに大きな事件も事故も無かったしな」
そして、レオンの相槌。
「――わたしは、良い仲間に巡り合えて幸運です……」
それらすべてに、感謝を告げた。
そして、
「――マールさん、リーリス」
「こちらへ」
名を呼ぶと、近寄った二人に、
「――いまも、結界石を身に着けていますね?」
尋ねるクロードの顔が、少しだけ真剣になった。
「ああ、もちろん着けているよ」
「あたしも着けてるよ!」
二人はそう言って、ネックレスを着けたままクロードに見せた。
「ありがとうございます」
感謝の言葉を述べ、続ける。
「この結界石のネックレスは、わたしが一人前と認めた職員への証です」
「今回あなた方二人には、マダガスの件で緊急措置としてネックレスだけお渡ししていましたが――」
そこで言葉を区切り、懐から箱を二つ。
「本日をもって、正式に授与したいと思います」
告げると同時に、箱を二人に手渡した。
「――おめでとう!」
エリナが声をかける。
マールとリーリスは顔を見合わせ、
「……じゃあ、あたしは一人前って認めてもらえたの!?」
リーリスのつぶやきに、
「はい」
クロードは短く肯定した。
「あなた方の個人の資質は、元々申し分ありませんでした。今回お任せしたケイティ―の仕事ぶりを見て、確信しました」
そう言って二人を見る。
「資格は、十分です」
その言葉に、マールとリーリスの顔に笑顔がこぼれた。
喜ぶ二人を見守りながら、
「クロードさん、そろそろ行かないと」
エリナがクロードに声をかけた。
「そうですね」
小さく返し、
「みなさん、今日はご迷惑をおかけしたお詫びに、食事を奢らせていただきます」
「ついてきてください」
その言葉に、皆が立ち上がる。
だが、正式な職員でないケイティーだけは、戸惑ったように席を離れられなかった。
察したエリナが、
「さあ、行きましょう」
ケイティ―の肩を軽く叩き促した。
「……わたしも、いいんですか?」
遠慮するケイティ―に、
「もちろんです。行きましょう」
クロードも後押しし、皆で移動する。
数分も歩くと、
「ここは……!」
レオンが思わずつぶやくと、
この店を選んだエリナが、いたずらな笑みを浮かべた。
【白猫亭】
ふたりにとって、忘れられない思い出の店。
「さあ、行きますよ」
心中を察しながら、クロードは中に入る。
予約をした部屋は、今回も個室。
「さて、話が途中で終わってしまいましたので続けさせていただきます」
全員が座るなり、クロードが話を続ける。
「ケイティ―」
「はい?」
突然名を呼ばれ戸惑っていると、
「あなたの交換留学は、今日までで一旦終了となりました」
クロードから、予想もしていなかった言葉を告げられた。
「えっ――……」
「……あ……はい」
現実感のない返事をすると、ケイティ―の顔が静かに沈む。
そして、思い知らされる。
(……ああ、そうか……)
(……わたしは、この仕事も好きになり始めてたんだ……)
ギルドの窓口は憧れだった。
いまでも、その思いは変わらない。
けれど、知ってしまった。
あの涙を――
あの充実感を――
うつむくケイティ―に
「……あなたは本当にわかりやすいですね」
その“らしさ”に小さな笑みを浮かべると、
「ケイティ―」
名を呼び、顔を上げさせた。
まだ落ち込んだ顔をするケイティ―に、
クロードは懐から、箱の無いネックレスを取り出し――
「えっ――」
呆然とした表情になったケイティ―の首に、
静かにネックレスをかけた。
トップに小さな石の嵌められたそれを、
ケイティ―が信じられないといった表情で見つめる。
そんなケイティ―にクロードは、
「……あなたはまだ、一人前とまでは言えません」
小さな声で、囁くように言った。
「けれど、【S.O.M.P.O. ジャン】の仲間としての資格は十分です」
言って全員の顔を見る。
「ほら、ごらんなさい」
ケイティ―にも見るよう促す。
全員、笑顔で肯定していた。
「……」
感情が、声にならない。
ケイティ―の目に、涙が浮かぶ。
「それに交換留学が終わっても、今後も必要な時はお互いの人材を貸し借りできるようバルドゥスと話はついています」
「ですから、たとえ普段違う場所で働いているとしても、あなたはわたし達の仲間です」
その言葉に、浮かんでいた涙が頬を伝った。
同時に、クロードが懐へ手を入れる。
取り出したのは、マールとリーリスに手渡された、あの空箱だった。
「……ネックレスは仲間の証として。この箱は、一人前になった日にお渡しします」
「その日を――待っていますよ」
「……はい!」
何とか紡ぎだしたその言葉に引き寄せられるように、
ちょうど食事が運ばれてきた。
新鮮なサラダ。
ボア肉の香草焼き。
色とりどりの豪華な料理に、リーリスだけでなく、皆の笑顔がはじけ輝いた。
その輪の中に、
涙を浮かべたケイティ―も、確かに溶け込んでいた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、求めた証を身につける。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、認められる仲間の証。
それは力でも知識でもなく、誰かを想い、涙を流せる心だった。
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