第三十八話 救う者、救われる者 - 思考と感情 -
――激震の一日から三日。
クロードは治療院のベッドの上で、
高熱と戦っていた。
「……無茶しおってからに……」
漏らすハーサムの横には、
レオンとエリナの姿。
「……大丈夫なんですか?」
心配そうにエリナがつぶやくと、
「大事な臓器や血管は傷ついてないようじゃからのう――」
「まあ、あと数日もすれば動けるようになるじゃろ」
その言葉に、ほっと胸をなでおろす。
その隣で、レオンが憮然とした表情のまま、
「……黙ってポーション使っちまえばいいんじゃないか?」
そこそこ本気で言い放った。
その言葉にハーサムが眉間にしわを寄せ、
「わしはこ奴に恨まれたくないわい」
完全に拒絶した。
数瞬遅れて、クロードの目がゆっくりと開く。
「……ありがとうございます」
ハーサムに視線を移しクロードがつぶやいた。
それは、想いを汲み取ってくれた礼。
そして今度は、レオンに視線を移した。
「わたしが怪我をしていること……よくわかりましたね」
穏やかな顔で言った。
「……顔には出していなかったが、弓を引くときに左腕がブレる瞬間があった」
レオンの説明に、
「お見事です」
クロードは素直に称賛した。
そしてすぐに、視線をエリナに移す。
「……つらい体験をさせました」
「申し訳ありません」
クロードの言葉に、
エリナは少しだけ困った顔で、それでも小さく微笑み頷いた。
その顔を確認し、口を開こうとしたクロードが一瞬止まる。
そして小さく笑った後、
一転して表情を引き締め二人に視線を移す。
「お二人にお聞きしたいことがあります」
真剣な顔に、
レオンとエリナが顔を見合わせる。
そして、
「……ヒューリのことか?」
レオンが問うと、
クロードが少しだけ驚いた顔を見せた。
「……俺とエリナだけじゃない」
「ハーサム以外のみんなで少し話したんだ」
レオンの話を、クロードは黙って聞いている。
「なぜ、あんたがあんなことをしたのか」
「なぜ、わざわざそれを俺たちに見せようとしたのか……」
一拍置き、
「あれは、ヒューリの覚悟を俺たちに見せるためだったんじゃないのか?」
レオンの真っすぐな問いに、
クロードは笑みを浮かべたまま口を開く。
「正解です――半分、は」
「半分?」
レオンがおうむ返しに問う。
頷き、
だが何故か視線をレオンから動かすと、誰もいない場所を見つめ――
名を呼んだ。
「ケイティ―」
その場にいないその名を、少しだけ大きく呼んだ。
驚いて振り返るレオンとエリナの目に、
ゆっくりと扉を開けて入るケイティ―がいた。
「こちらへ」
余計なことを付け足さず、クロードが呼ぶ。
その声にややうつむきながら、
ケイティ―は泣きそうな顔で近寄り、
「……すみませんでした」
クロードに謝罪した。
盗み聞きしたこと。
顔を叩いたこと。
数え上げればきりが無い、その全てに。
「謝らないでください」
クロードの言葉に、
ケイティ―の顔が上がる。
優しい笑顔のクロードがそこにいた。
目が合った瞬間
「あなたは正しい」
クロードの口から言葉が紡がれた。
それは、“あの日”聞いた言葉と同じだった。
「ケイティ―」
「……はい」
呼ぶ声に小さく応えると、
「感謝します」
思いもしない言葉。
「……わたしは、感謝されるようなことなんて、何もしていません」
うつむいて返すと、
「いえ……」
「わたしがわたしのままいられるのは……」
「あなたのおかげです、ケイティ―」
想像もしていなかった言葉に、
ケイティ―の呼吸が止まる。
うつむいていた顔が、
ゆっくりと上がった。
理解できずに佇むケイティ―に、
クロードが言葉を続ける。
「……わたしには、すばらしい仲間がたくさんいます」
「……」
ケイティ―は静かに耳を傾ける。
「レオン」
名を呼び、レオンを見る。
「あなたの努力する姿が、生き様が、わたしに人の美しさと希望を信じさせてくれます」
「……」
レオンは言葉を失った。
まさかこの男に、そんな風に思ってもらっていたとは思わなかった。
「エリナ」
その目を見つめ、
「あなたの正しいことを正しく貫ける強さと信頼が、わたしに信念を貫く強さと未来を信じさせてくれます」
「……」
エリナも何も言わない。
だが、その胸がとても熱くなった。
そして最後に、ケイティ―に視線を移す。
「ケイティ―」
「あなたの自分に素直なその行動が、人の正しい感情を教え、わたしを人間のままでいさせてくれます」
「……どうしてですか……?」
唯一ケイティ―だけが、言葉を返す。
その言葉に、クロードはやはり笑みを浮かべる。
そして視線をエリナに移し、言葉を続ける。
「エリナは、すぐに答えを決めません」
「どれだけ苦しい状況でも、きちんと考え結論を出します」
「今回も……考えた上でわたしを信じようとしてくれた」
エリナはその言葉に頷いた。
クロードは満足そうに微笑み、
「そんな信頼があるから、わたしはそれに応えようと行動ができます」
言い終え、視線をケイティ―に戻す。
「あなたは逆です」
「正しいかどうかを、素直な感情で判断し行動ができます」
一拍置き、
「だからわたしは、人の心を忘れずにいられるのです」
「最も人間らしい、あなたという見本がいるから」
「……」
まだ納得しきれないケイティ―に、言葉をさらに続ける。
「わたしには力があります」
「やろうと思えば……大抵のことは成し得てしまえるほどに」
誰も、否定しなかった。
「けれどその力を思うままに振るえば、わたしはその力におぼれ、怪物に姿を変えるでしょう」
その姿を想像し、レオンの背筋が凍る。
先を見通す目。
知識。
財力。
武力。
そして――
先日見せた、謎の力。
少なくとも、レオンにクロードを押さえつけるすべは見当たらなかった。
「誰もが理由を考え動けなかったあの時に、あなたは誰よりも早く動き、わたしに感情をぶつけてくれました」
一拍。
「そんなあなたを見て、感情を揺さぶられたわたしは、自分がまだ人間なのだと思い出せたのです」
「……」
返事はなかった。
代わりに、ケイティ―の頬に涙が伝った。
「……わたしの仲間でそれができるのは、おそらくリーリスだけです」
言われて、エリナが頷く。
「けれど、彼女の精神年齢はまだ子供です」
「マールやエリナと過ごすうちに、きっと考える大切さに目を向けるようになります」
一拍置き、
「大人になるほどに、今ほど感情をぶつけることはできなくなるでしょう」
それはきっと、正しい未来。
言い終え、ケイティ―を見る。
「けれど、あなたは違います」
「すでに大人のあなたは、きっとこれからも自分の心に素直に生きられるはずです」
そこまで言うと、
クロードはいまだ重い体を起こし、
「どうか、これからも今のままであり続けてください。そして――」
「わたしが怪物になりそうなときには、あなたの人の心で、わたしを止めてください」
言い終え、その頭を下げる。
心からの願いだった。
「はい……必ず」
こぼれる涙の中、
なんとかその言葉だけをクロードに届けた。
満足そうにうなずき、クロードがレオンに視線を移す。
「半分――の意味でしたね」
話を戻し、伝える。
「あの場でも言った通り、わたしはヒューリを許すべきではないと考えています」
「……」
レオンは次の言葉を待つ。
「彼は今回のことで、初めて“愛”を知りました。そして――」
「それを失う恐怖もです」
その全てに同意し、頷く。
「これからアルシアと過ごす彼は、人の心を知ることになります」
「そして、知れば知るほど悪夢にうなされ、そのたびに自分の罪に苛まれるでしょう」
それが、クロードの課したヒューリへの罰。
戻らない命に対しての、最低限の贖罪。
「彼には今後、わたしの私兵として働いていただくつもりです」
「レオン、エリナ――許して、もらえますか?」
襲われた彼らに、願いをたて頭を下げた。
「……俺は、その場で仕返しを済ませたんでな」
レオンが答え、
「わたしも……もう彼は大丈夫だと思います」
エリナも同調した。
「ありがとうございます」
礼を言い、無理をしたクロードの体がベッドへ沈む。
「クロードさん!?」
心配したエリナに、
「……大丈夫です」
「今日はありがとうございました」
もう一度礼を言い、目をつぶる。
そして最後に、
「ケイティ―」
「はい」
名を呼び、返事をしたケイティ―に告げる。
「途中から足音を消すと不自然ですよ」
「盗み聞きする時には、最初から消さないと――彼の様に」
言い終え笑った。
振り向くケイティ―の目に、
ギルド長バルドゥスの姿が映り込む。
「……消したってわかってるじゃねえか」
言いながらクロードの状態を確認する。
「帰るぞ」
即決し、促す。
「クロード、治ったら顔を出せ」
短く一言。
返事も待たず部屋を出た。
その気配を感じながら、クロードは皆に感謝し眠りについた。
そして見たその夢は――
様々な可能性が煌めく、クロードが夢見た未来だった。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、色とりどりの花を映し出す。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、交差する心と心。
人の想いは、
武器よりも魔法よりも深く人を縛り――
そして時に、
道を踏み外しかけた者の手さえ、引き戻していく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。
※毎週水曜日21:00更新予定です。




