第三十六話 希望と絶望 - 許される罪・許されぬ罪 -
時はさかのぼり、
レオンとエリナが長期休暇を終えた翌日。
「――お願いします!」
バルドゥスに詰め寄るエリナの姿があった。
「いや……ありえねえだろ」
呆れた物言いでバルドゥスが答える。
「働き口をもらえるのは願ったりかなったりだがな……」
「なんで自分を襲った加害者の関係者を希望するんだ、お前は?」
「別に関係ないじゃないですか!」
いつもはおとなしいエリナが一歩も引かない。
その様子を見ていたセイバスが右手を口元に当て、
「――本当に愉快なお嬢さんだ」
楽しそうにつぶやいた。
「バルドゥスさま、よろしいのではありませんか?」
「お話をお伺いした限り、その加害者とは繋がりも薄いようですし」
すっかりエリナに興味津々のセイバスが助け舟を出す。
「おまえまで……知らねえぞ、俺は」
本人が希望する以上、強制的に止める理由もなかった。
「ありがとうございます!」
「早速リスリーさんに打診してきます!」
満面の笑顔で部屋を出た。
「全く……何を考えているんだか、あいつは」
呆れ気味につぶやくと、
横でセイバスが「ふふふ」と楽しそうに笑った。
それから数分後、
入れ替わるようにレオンが報告にやってきた。
「街中の喧嘩、収めてきたぜ」
「おう、休暇明けの報告にきただけだったのにすまなかったな」
バルドゥスがそう言って座らせると、
セイバスが飲み物を手渡した。
それを一口飲み、
「いや、近かったしギルドが大げさにするよりも俺が行った方が早いからな」
答えると小さく笑った。
そんなレオンに、
「ところで……お前の嫁、大丈夫か?」
バルドゥスが真顔で言うと、
「なんのことだ?」
レオンが聞き返す。
「なんのじゃねえよ」
「あいつ、リスリーを自分の実家の仕事に雇いたいと言ってきたんだぞ」
「リスリー?」
「……ああ、この前エリナがケリーと話してた時に出てきた名前か」
レオンのつぶやきに、
「ちょっと待て!」
一拍置き、
「ケリーと話してた時ってのはなんだ!?」
前のめりになってバルドゥスが問うと、
「いや、そのケリーって奴、いまエリナの実家のあるミストラ湖の貝捨て場で、強制労働させられてたんだよ」
「なんだと!?」
言って立ち上がった。
「最初から全部説明しろ!」
あまりに訳の分からない状況にバルドゥスが問い詰めると、
苦笑いしながらレオンが全てを伝えた。
「……じゃあ」
「あの娘は加害者の関係者に仕事を与えるだけじゃなく……」
「自分を襲った奴のために……恋仲まで面倒見ようってのか?」
「だと思うぜ」
達観してレオンが答えた。
バルドゥスは口を開けたまま数秒固まり、
「本当に何を考えているんだ、あの娘は!?」
意味不明な行動にバルドゥスは叫び、
とうとうセイバスは口を開けて「はははっ!」と大声で笑った。
「俺に言われてもなあ」
レオンは頭を掻いて答え、
少し間を開けてから続けた。
「……でもあのケリーって奴、大丈夫だと思うぜ」
「スッキリした、いい顔してやがった」
レオンの言葉に、
「――そうか」
バルドゥスは小さく答えた。
「まあ殴ってくれって言うから、背中に真っ赤な“手形”を残してやったけどな」
レオンの言葉に、バルドゥスが笑った。
「……まったく」
「クロードも謎の塊だが、お前の嫁も違う方向で謎だらけだな」
言われて、今度はレオンが笑った。
そして残りの飲み物を飲み干すと、
クロードの元へ行くと告げ出ていった。
クロードの元へ顔を出したレオンは、
ミストラ湖での出来事と、今日のバルドゥスとの会話をすべて伝えた。
「――そうですか……」
「彼女らしいですね」
言って目をつぶり、口角を上げた。
「まあ問題はないでしょう」
もともとは真面目でおとなしい少年。
精神的に成長したのならば、特に警戒すべきこともない。
「それよりも、もう一人の罪人の方ですね……」
クロードのつぶやきに、
「もう一人の罪人……?」
一瞬思案し、
「――ヒューリか?」
「ええ」
短く答え、依頼した資料を確認する。
「彼はケリーと違い重罪人ですから、より過酷な鉱山奴隷に落とされています」
確認しつつ、レオンに伝える。
「基本的に働きの評価によって食事の支給量が変わるようですが、彼は常に最低評価を維持しています」
「……なんでだ?」
レオンの疑問に、
「……彼は目が見えませんからね」
「もちろん作業の配慮はされていますが、周りの奴隷からしたらいいカモでしょうね」
ヒューリの作業は、ひたすら横穴を掘り進めるというもの。
目の見えない彼には、掘り出した土石を運ぶ別の奴隷が付けられているが、その奴隷が仲間と結託し、評価を分け合う光景が容易に目に浮かぶ。
「それにそもそも……彼に生きようという意思が見えないようです」
奴隷には強制労働が義務付けられているが、
働くことを強要している訳ではない。
ただ――
働かなければ、食えずに死ぬだけ。
ヒューリはその不正を訴えるでもなく、
ほぼ作業をしないで死を待っている状態らしい。
「……それが本人の選択なら、いいんじゃないか」
レオンの言葉に、
「……いえ」
「そんな安易な死を――わたしは許しません」
クロードの目が、
いないはずのヒューリを射抜く。
「――今日と明日は戻らないと思います」
「ここで、守りをお願いします」
頷き、引き受けつつ、
「……どうするつもりだ?」
クロードに問う。
「……まだわかりません」
「けれど場合によっては――」
一拍。
「……あなた方に、軽蔑されるようなこともするつもりです」
言って席を立った。
その言葉に驚き、
声をかけたレオンを振り返ることもなく、クロードは出ていった。
その日、
【オーダリー】ならば三の鐘が鳴り響いている頃。
鉱山の洞窟内の様子。
寝そべったヒューリの元に、一人の女性が訪れていた。
「あんた、また食べてないじゃないか」
咎めるような言葉に、
ヒューリは面倒くさそうに顔を背けた。
「そんな態度をとるつもりなら、また“あれ”をやるよ」
その瞬間、
ヒューリの体がピクリと揺れる。
そして憮然とした表情のまま、
無言でゆっくりと上体を起こす。
「そうそう、それでいいんだよ」
ニッと笑い、両手を腰に当てると、
「せっかく集めたこの“虫”も、今日は出番がないみたいだね」
悪びれずに言い放った。
もしヒューリが動かなければ、
昨日と同じようにその虫を、寝そべるヒューリに落とすつもりだった。
「ほら、あんたの食事だよ。ぼうや」
女性――アルシアは、
ヒューリの手に、無理やり小さなパンを握らせる。
「……もういいだろ」
短く、早く消えろと告げる。
死を迎える覚悟はとうにできているが、別に不快な思いをしたいわけでもない。
虫が嫌だからパンを受け取ったが、食べるつもりなど無かった。
「いーや」
「あんたが食べ終わるまではここにいるよ」
アルシアの言葉に、
ヒューリは隠そうともせずため息を付く。
ここ三日ほど、
この調子で食事を強要されていた。
「……なんで俺なんかに構うんだ?」
「俺は何の罪もない女を、何人も殺した重罪人だぞ」
その言葉使いに、かつての面影はない。
「……あんたがガキだからさ」
一瞬だけ詰まり、アルシアが答える。
その答えに、ヒューリは自虐的な笑みを浮かべ、
「俺は病気でな、こんな成りだが三十一だ」
「わかったなら消えてくれ」
言い終えると、足跡が遠ざかるのを待った。
しかし、
「……そうかい」
「でも、あんたはやっぱりガキだよ」
少し驚いたものの、
アルシアは動かなかった。
その言葉の意味が解らずヒューリが不思議そうな顔をすると、
「……歳じゃない。あんたの心がさ」
アルシアはヒューリから視線を外し、
遠い昔を見るように目を細めた。
「……わたしのこどももそうだった」
少し声の調子を落として話し始める。
「悪いことをしていても理解できない」
「理解したら、不貞腐れて極端なことを口走る」
一呼吸置き、
「いまのあんたと一緒さ」
そこまで言ってヒューリを見る。
「……わたしのこどもは、貴族の馬車にひき殺された」
「目の届く範囲にいたのに――助けられなかった……」
後悔を滲ませ、
「だからね……」
「どんな奴でも――こどもは必ず助けるって決めたんだよ」
「……」
その言葉に、
ヒューリはアルシアを説得することを諦めた。
代わりに、
「……一つだけ教えてくれ」
「そうしたらこいつを喰うと約束する」
この無意味な毎日に、
ほんの少しの意味を求めた。
「なんだい?」
アルシアの返事を確認し、
「――あんたはなんで、こんなところにいるんだ?」
ここは重罪人が送られる収容所。
ヒューリの知る限り、この女性には似つかわしくない場所だった。
「……わたしのこどもは即死でね」
一拍置き、
「謝りもせずにさっさとどけというその貴族の従者を――ぶん殴ってやったのさ」
その告白に、
「――はっ!」
「やるなーおまえ!」
ヒューリはそう言うと、約束通りパンを齧った。
その様子に小さくため息をつくと、
「……本当は、その貴族をぶん殴ってやりたかったんだけどね」
ほんの少しの後悔を滲ませた。
「……その貴族ってのは?」
約束外のその質問に、
「デルムンドっていう【ガーラン】の領主さ」
アルシアが吐き捨てるように答えた。
「……おまえ、いつからここにいる?」
ヒューリの問いに、
「そろそろ、ちょうど一年になるよ」
「そうか……」
その言葉にしばし思案し、
「なら、知らないだろうから教えてやるよ」
「何をだい?」
アルシアの返事に、
「デルムンドは……殺されたぜ」
ヒューリの言葉に、アルシアの時間が止まった。
「……本当かい?」
震える声に、
「ああ、ひと月ほど前だ」
「恨みを買っていたんだろうな、それは無残な殺され方だったらしい」
多少の誇張を混ぜて伝えた。
それはこのパンの――
そして、最後に人間らしい生を感じさせてくれた礼だった。
「……そうかい」
「わたしの代わりに、仇を打ってくれた人が……」
ヒューリの耳に、すすり泣くアルシアの声。
それ以上は何も言わず、
ヒューリは残りのパンを齧った。
味などないはずのパンが、なぜかひどく美味しく感じられた。
そして、自分がまだ生きていることを、胸の温かさが教えてくれた。
その頃、クロードはようやく到着したその鉱山で、
バルドゥスから受け取った書状を渡すと控室に案内された。
十分ほど待ち現れた責任者から、
ヒューリの現状を再確認する。
「それでは不正を働いていた運搬奴隷を交代させ、いまはアルシアという女性が後任につき世話を焼いていると?」
クロードの問いに責任者が頷く。
クロードの予想通り、やはり運搬奴隷の不正があった。
「……なるほど」
再度資料を確認し、
「この女性ならば、同じ不正は起きないでしょうね……」
奴隷として送られた経緯を確認し、クロードはつぶやいた。
そして必要な資料を確認し終えると、
「それでは、ヒューリの元へ案内をお願いします」
責任者と共に、現場へ向かった。
風が吹くたび粉じんが立ちのぼり、
空気が白くかすんで遠くが見えにくい。
荒れ果てた山の斜面には、所々枯れた木々が残っているのみで、
緑はほとんど目に入らない。
そんな、過酷な環境。
歩きはじめて五分ほど、
「あそこに見える洞窟の入口が、ヒューリの担当になります」
責任者の声とともに、クロードの視界にそれが映る。
二人通るのがやっとと思える小さな入口に、
申し訳程度の木組みがされている。
クロードの基準からすれば、ほぼ無意味な安全対策。
こんなものだろうと内心ため息をつくクロードの体に、
一瞬の違和感。
風が止んだ。
同時に、
その静寂を破るように、数羽の鳥が一斉に飛び立った。
(……なんだ……?)
今度は、足元の小石がかすかに跳ねる。
その正体は――すぐやってきた。
――ドンッ!ーー
突如突き上げる、地面からの縦揺れ。
「地震だ!」
隣の責任者は声を上げると、
首元にかかる笛を吹いた。
ピ――――ッ!ピ――――ッ!
避難を知らせる鋭い音が響き、
その音に呼応するように、監視者たちがそれに続く。
「――逃げるよ!」
洞窟内で、アルシアが叫んだ。
衰弱したヒューリの手を取り、出口へと急ぐ。
おぼつかない足取りのヒューリの体に、
日差しの温かさが出口を知らせた。
その時――
「あぶない!上だ!」
近くにいた別の奴隷が叫んだ。
アルシアが反射的に頭上を確認すると、
上から枯れた木と石が同時に襲い掛かってきた。
「ぼうや!」
しっかり握ったその手を引き寄せ、
振り回すようにヒューリを投げた。
ガラガラッ!
その瞬間、不快な音だけが耳に入る。
そして見えない目で受け身が取れず、
地面に打ち付けられると一瞬息が止まった。
「カぁツ!」
苦しむヒューリの耳に、
ドスン――!
大木が地面を打ち、
パラッ、パラパラッーー
崩れた石が周囲へ降り注ぐ。
複数の大きな音と風が襲い掛かると、
ピッ!ピッ!ピ――――ッ!
今度は、笛が三回鳴った。
要救助者の発生を知らせる笛だった。
「アルシア!」
ふらつきながら立ち上がり、ヒューリが叫ぶ。
だが、返事はない。
代わりに、
「こっちだ!」
誰かの声が響く。
「喉に木が刺さってるぞ!」
その声に、
ヒューリの何かが悲鳴を上げた。
「アルシア!」
再度叫ぶが、
やはり返事はない。
「どけ!」
ヒューリを払うように押しのけ、
監視者の一人が救助者の元へ走る。
その後を、担架を持った数人が続く。
「……ありゃ助からねえな」
遠くで、また誰かの声が響いた。
「あんなガキほっときゃ助かっただろうに」
その場を見ていた誰かがつぶやいた。
その言葉が、
要救助者がアルシアだと確信させる。
「――抜いてはいけません!」
その時だった。
聞き覚えのある声が、ヒューリに届く。
「今抜いたら大量出血します!」
その声が、再び届く。
「この状態のまま、治療室に運んでください!」
その言葉と共に、ヒューリの横を通り過ぎる複数の足音。
「――保険屋!」
その言葉に、足音の一つが止まる。
それに気づき――
ヒューリが頭を地面に擦り付けた。
その様子に驚きつつ、クロードが声をかける。
「……何の真似です?」
静かなその声に、
「……アルシアを……助けてくれ」
心から願った。
「あなたが……それを願える立場だと?」
自分の安心、満足感のために、何人もの罪のない女性を殺害した男。
その心変わりに驚きはするものの、
その願いはあまりにも身勝手。
それを、ヒューリ自身もよくわかっている。
だが、今のアルシアを助けられる可能性があるのが、
この男しかいないこともわかっていた。
「……おれはどうなってもかまわない!」
「おれが殺した遺族に差し出してもいい!」
一拍。
「アルシアを――助けてくれ!」
だからヒューリは、繰り返し懇願する。
「……あなたが殺した女性たちの遺族には、懇願する時間さえ与えられませんでした」
「それにわたしは、その遺族を犯罪者にするつもりはありません」
きっぱりと否定し、さらに続ける。
「もしこの懇願があなたでなければ……」
「あなたの罪がやり直しのきくものだったなら……受け入れたかもしれません」
「アルシアが死ぬとしたら――」
「あなたのせいです、ヒューリ」
言い放ち、クロードはその場を去った。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、最後の望みを打ち砕く。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、戻れない、過去への後悔。
その罪は許されることなく、永遠に心へ刻み込まれていく。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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※毎週水曜日21:00更新予定です。




