第三十五話 託された想い - 贖罪に宿る光 -
辺境の街【オーダリー】の北東。
馬車で一日近くかかる場所にある、比較的大きな村――ミストラ村。
村の営みの多くは、
同じ名を持つミストラ湖に支えられている。
渡し舟や小型の船の貸し出しもあり、
魚や貝といった名物もある。
観光客の姿もちらほらと見える、活気ある村だった。
「いまごろおいしいもの食べてるのかな?」
リーリスがつぶやき、背中を伸ばす。
昨日から、レオンとエリナは七日間の休暇を取っている。
「案外、いろいろと手伝わされてるんじゃないのかい?」
マールが答えると、
「エリナならあり得る!」
リーリスが笑った。
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口での、つかの間の休息と会話。
その会話が――
現実となっていた。
「エリナ!そこの砂抜きした貝、全部むいてちょうだい!」
「内臓や砂袋の部分は取り除くのよ!」
母親の指示に従い手を動かしながら、
「いつからこんな仕事を始めるようになったのよ!」
魚の干物だけしか作っていなかったはずの実家が、
いつの間にか新しい商品を作っていた。
「あなたがレオン君と一緒に村を出て間もないころだから、三年前くらいよ」
「ほら、お食べ!」
答えつつ、完成品の貝の燻製を娘の口に放り込む。
「なに、これっ!?」
味わったことのない味と香りが五感を駆け巡った。
「ちょっとしょっぱいけど、凄く美味しい!」
エリナが素直な感想を漏らすと、
「スープに入れたり、刻んで他の料理に混ぜても美味しいわよ」
自慢げに説明した。
「それにとっても日持ちするの」
「あなたが今食べたのは一年ものよ」
「一年!?」
「干し肉だって一カ月くらいでしょ!?」
以前に一度だけ旅行で滞在した王都近郊の街でさえ、
そんなものは見たこともなかった。
「誰が考えたの!?」
少なくともこの村に、
こんな斬新なものを作り出せるような人の心当たりがなかった。
「実は、旅人に教わったのよ」
母の告白に、
「教わった!?」
信じられなかった。
どう考えてもこの製造方法は秘匿して独占販売を進めるべき価値がある。
「……まあ、あなたが信じられないのも無理はないわよね」
母も同感らしい。
「でもね、その旅人が言ったのよ」
「この食べ物で救われる人がいます」
「わたしは他にやらなければいけないことがあるので、ぜひこちらで製造して世に広めてくださいって」
「――救われる人?」
エリナが聞き返すと、
「とても体に良い食べ物なんですって」
「それに味がわからない病気になってしまった人には薬になるって言ってたわよ」
母の言葉に、さらに広がる疑問。
「……いったいどんな人なの?」
「料理にも医学にも詳しいなんて……」
エリナの疑問に、
「そうね、三十代くらいだったかしら」
「とても丁寧な言葉づかいで礼儀正しい、いい男だったわよ」
言って笑う。
「まあそれは冗談としても、信頼はできる人だったわよ」
「できたら買わせてもらうからって、製造方法を教えてくれた後に購入代金も金貨で五枚先払いしてくれたしね」
母の言葉に、一瞬脳裏に浮かぶ影。
「……その人の名前は?」
「それがね……“旅人さん”で良いですよって笑って答えたから、それ以上無理に聞かなかったのよ」
「……そうなんだ」
答えつつ、
(……まさかね……)
(……でも、金貨五枚を先に払うような人って……)
頭の奥に浮かぶ人物の輪郭が、少しだけ鮮明になった。
「でも、信じて正解だったわ!」
「今じゃ大人気になって、毎月王都から仕入れの馬車が来るほどよ!」
それが、この忙しさの原因。
「……ねえ、これ私が帰ったら手が足りないんじゃないの?」
「大変なら、働き手紹介するわよ」
エリナの提案に、
「本当!?」
「助かるわ!」
目を輝かせて喜ぶ。
「教えてもらう条件に“他の人には教えないこと”っていうのがあったから、うちで作るしかなかったのよ」
「……世に広めてほしいって言ったのに?」
エリナの疑問に、
「広まりすぎれば、今度は貝が獲れなくなるからって」
「……そうなんだ」
未来を見通す目に、
その姿にいよいよ“色”が付き始めた。
だからエリナは、
それ以上考えないことにした。
「……わたしの使ってた離れを使ってもらって構わないから、お母さん――」
「無理しないでね……」
「ありがとう、エリナ」
言われてエリナは照れくさそうに顔を背けると、
「この貝殻、貝捨て場に捨ててくるね!」
背負い籠にいっぱいの貝殻を背負い、外に出た。
「エリナ、俺も持っていく」
外に出るときは声を掛けろと言われていたのでレオンの家に行くと、
レオンが代わりに背負い籠を背負ってくれた。
厚意に甘えまかせると、
エリナはもう一度家に戻り、もう一つの背負い籠を背負い家を出る。
「出店が増えたな」
レオンがつぶやく。
久々に歩く故郷は、以前よりも活気に満ちていた。
王都で貝の燻製が評判となり、
観光客も増えているらしい。
「その製造法を教えてくれた旅人ってやつに感謝しないとだな」
レオンの言葉に、
「……そうね」
複雑な感情で答える。
どうしても、その“影”が頭から離れない。
「あそこか」
そんな気持ちに気づかないレオンの視線の先に、
白い山が映り込んだ。
「そうよ」
答え、一直線に進む。
「すみません、これもお願いします」
そこで働くひとりの男に声をかけ、背を向ける。
「わかりました、お預かりします」
男は答えて背負い籠を持ち、
エリナが腕を抜くのを手伝い、貝殻を地面に捨てる。
「ありがとうございます」
礼を言うエリナに、
男が硬直する。
そして――
深く頭を下げた。
「あの時は……本当に申し訳ありませんでした!」
突如謝られ困惑するエリナの横に、
レオンが立つ。
その気配に男はまっすぐ顔を上げ、
長くなった前髪を後ろに流した。
「……ケリーさん?」
驚くエリナに、
再びゆっくりと頭を下げる。
そのまま、数秒。
下げられたままの頭がようやく上がると
「それから……ありがとうございました」
感謝の言葉を口にした。
「ありがとう?」
エリナが疑問を口にすると、
「……連行されるときに、声をかけてくれたことです」
透きとおった目だった。
「あれから……」
「たとえ報われなくても、彼女のためにできることを考えられるようになりました」
別人のように、毅然とした態度。
「……よかったわ」
「あの時、あなたに言ったこと……ちゃんと届いていたのね」
短い言葉。
でも、優しい笑顔でエリナは返した。
「すみません、少しだけ待っていてください」
そう言うとケリーは走り出し、
監視官らしき男の元へ向かい頭を下げる。
そしてどこかへ向かうとすぐに戻り、
監視官と一緒に戻ってきた。
「あなたがこいつの被害者ってのは本当ですか?」
監視官の言葉に、
「はい」
「でも、何も実害はありませんでしたよ」
エリナの言葉に、
隣にいたレオンが苦笑いをする。
「こいつが、あなたにこれを渡したいそうです」
そう言うと、二か所に穴があけられた、大きな貝殻を手渡した。
「きれいね」
光をかざすといろいろな色に変わる、
とてもきれいな貝殻だった。
「穴をあけてありますので、良かったらひもを通して使ってください」
手に持ったそれは、どこを持ってもとがった場所がなく、丁寧に削られていることがわかる。
「……これ、リスリーさんに渡したくって作ったのでは?」
エリナの問いに、一瞬詰まる。
何かを買う金などない。
だからせめて、
怪我をしないよう貝殻同士をこすり合わせて滑らかにした。
選んだ貝は、彼女の人生に光があるように。
暗い光が、明るくなるように祈って選んだ。
「……どうせリスリーには会う機会なんてありませんから」
少しだけ寂しそうに、でも笑顔で答えた。
「……ありがとう、貰っていくわね」
素直に受け取り、エリナも笑顔で返した。
それを満足そうに確認し、
ケリーはレオンに向き直る。
「……あなたの奥さまに、怖い思いをさせました」
「本当に、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた後、両目を閉じる。
「……何の真似だ?」
レオンの問いに、
「殴ってくれとさ」
監視官が答える。
「……本気か?」
「――はい」
「……殴られて当然のことをしました」
目は閉じたまま、
まっすぐ前を向いて本気を伝えた。
「……この後の作業に、支障がない程度に頼むぜ」
監視官の言葉に、レオンは小さく頷く。
エリナが止めようとするが、
レオンは引かなかった。
「よし、じゃあ、歯を食いしばれ」
レオンが言うと、ケリーが全身を緊張させる。
「行くぞ!」
言って大きく手を振りかぶり
――バチンッ!!
鈍く、重い音が響く。
平手で背中を、思いっきり打ち付けた。
「――ぃっツ!!」
予想外の背中を叩かれて痛がるケリー。
「――どうだ!痛いだろ!」
その様子を見て喜ぶレオン。
ようやく片目を開けたケリーの目に、
上着を脱いだレオンの姿が映し出される。
「エリナ、俺にもよこせ」
レオンが言うと、
エリナが思いっきりレオンの背中を平手でたたく。
「もう、何やってるのよ!」
――バチンッ!!
レオンの半分ほどの音が響いた。
「――いってぇ!」
のけぞり、笑った。
そしてケリーと目を合わせると、
「――これで、気は済んだか?」
言葉でケリーに問いながら、
笑みを浮かべた横顔で「これで終わりだ」と告げる。
だがケリーが答える前に、
「……この村の子供たちの、喧嘩した時の仲直りの儀式なのよ」
エリナの説明が先に入った。
お互いに言い分がある時の決まり事。
背中を一発ずつ、平手打ち。
それでお終い。
持ち越さない。
「――そう言う訳だ」
「もう、謝罪はいらないぜ」
痛みとは違う涙をこぼし、
ケリーが三度目の頭を下げた。
だが、
「――ありがとうございます!」
今度は、謝罪ではなかった。
感謝の言葉を伝えると、
ケリーは監視官にも礼を伝え、作業に戻った。
「……ぜんぜん犯罪者に見えないな、あいつ」
「本当は……ずっとぶん殴ってやりたいと思っていたんだが」
レオンのつぶやきに、
「もともとは優しい子なのよ……」
「ただその方向を、間違ってしまっただけの」
つぶやきは空気に溶け、
二人はその背中が見えなくなるまで見送った。
――一か月後のミストラ湖。
数日前から、ケリーはふと辺りに視線を移すことが多くなった。
(……気のせいか……)
なんとなく違和感を覚えるが、その正体がわからない。
そして、その原因――
木陰から、変わらずまじめに働くケリーを見つめる人影がそこにあった。
左手に握られたそれに、さらに力を入れて握ると、
人影は、最初の一歩踏み出す。
そこでいったん立ち止まり一呼吸いれると、
再度前を向き歩き出す。
「貝殻を捨てるのは……ここでいいのかしら」
背を向けて話しかける女性。
「はい、お預かりします」
背負い籠を両手で支え、腕を抜く手伝いをする。
「――ありがとう」
礼を伝えた女性に返事をしようと顔をみたケリーが固まる。
おそらくは、ほんの一秒ほど。
だが、ケリーには永遠にも感じる一秒だった。
「……リスリー……」
「……どうして、ここに?」
問うケリーに、
リスリーは左手のそれを突きつけた。
「これは……!?」
エリナに渡したはずの貝殻。
細い革の紐を通され、首にかけられるようになっていた。
「……あなた、誰か他の女性に渡すはずだったものをエリナさんに渡したんですって?」
リスリーが目を合わせずに話し始めた。
「女性に失礼なことするわね!」
「……」
「……わたしがエリナさんの家のお仕事をさせていただくことになったから、代わりに返してくれって言われたのよ」
言って、貝殻ごと左手を差し出す。
差し出されたそれを、
ケリーはほぼ無意識に受取ろうと、ゆっくりと右手を動かし――
ほぼ同時に、リスリーの左手が引き戻された。
「……やっぱり、やめた……」
一拍。
「……どうせこれ、誰も使わないんでしょ?」
「だったらこれ……わたしが貰ってもいい?」
あいかわらず目を合わせずに、リスリーがつぶやく。
「――ああ」
「使ってくれ……」
ケリーの目から、涙がこぼれた。
「――なによ、最近ずっとしっかりしてたのに!」
言って口元を押さえる。
「……ずっと?」
「……」
リスリーは数秒口ごもる。
「……わたしは十日前から働いているのよ」
「あなた……ちゃんと前を向けるようになったのね」
真面目なところは変わっていない。
けれど、いつも下を向いていたケリーが、しっかり前を見て働いていた。
「これからも……さぼってないか確認しにくるから、しっかり働きなさいよ」
言って右手を差し出し、握られたそれをケリーに手渡す。
「これは……」
小さな貝殻がそこにあった。
小さな穴が一つ空けられており、すでに紐も通されている。
ケリーが渡したものの半分の大きさもないが、
真っ白なきれいな貝が、光を反射して煌めいた。
「許可はもらっているわ……貰ったこれのお返しよ」
そう言ってリスリーは、ケリーの目を見つめる。
「それじゃ……またね」
言って振り返るリスリーに、
「……ああ、待ってるよ」
ケリーの返事に後ろを向いたまま笑みを浮かべ、
リスリーは仕事に戻る。
その後ろ姿を見送る右手の貝殻に、
涙が一滴落ち――静かに光を揺らした。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、贖罪を受け入れ、その輝きを増す。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、生まれた、たった一つの贈り物。
その想いは、誰かの人生を変え――
また別の誰かの手の中で光を宿し、新たな未来を照らしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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※毎週水曜日21:00更新予定です。




