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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第三十四話 奇跡の目撃者 - 忘れられない約束 -

冒険者遺族や孤児院からの優先的な雇用。

エリナの提案が採用されてから、一週間が経っていた。


カーン カーン カーン


三の鐘が鳴り響いたその直後――


「本当に、ありがとうございました!」


【S.O.M.P.O. ジャン】の窓口で深く頭を下げていたのは、

孤児院院長のフレネだった。


「やったなーお前たち!」


リーリスが採用の決まった三人の頭を撫でる。


「皿洗いと調理補助なら、将来は料理人だな」

「がんばれよ!」


「「「うん!」」」


笑顔で答える子供たち。


その様子を微笑ましそうに見ていたマールが、

受付の前にある箱を持ってフレネの前に立ち、


「これは冒険者からの応援だよ」


そう言って箱を手渡した。


「……応援?」


ジョッキと同じくらいの大きさの木箱で、

上部には小さな長方形の穴が開いている。


ずっしりと重いそれは、

金属が触れ合う乾いた音がした。


「窓口で寄付金を集めているのさ、ほら」


言って、マールが張り紙をフレネに見せる。




【寄付箱】

―― 名も無き英雄たちの忘れ形見へ、あなたのぬくもりを ――

※孤児院へのご厚意は、すべて子らの衣と食に充てられます




「こんな……!?」


思いもよらない支援に、フレネの目から涙が溢れる。


「――マールさん、これを」


クロードがカギと革袋を渡し、

マールが寄付箱の鍵を開ける。


中にびっしりと詰められた硬貨を革袋へと移し、

あらためてフレネに手渡す。


「あんた、今まで本当によく頑張ったね」


まだ涙の止まらないフレネに、


「ひとりで戦い続けたあんたを、私たちはみんな尊敬してる」

「これからは、私たちも一緒に支えていくよ」


マールの言葉に、

【S.O.M.P.O. ジャン】全員が笑顔で肯定した。


「なにか困ったことがあれば、いつでも相談してください」

「どんなことでも構いません」


クロードの言葉に、

フレネが涙のまま頷いた。


今までも、

【S.O.M.P.O. ジャン】からは多くの支援をしてもらっている。


あらためて言葉にしてもらい、

長い間抱えていた孤独と不安が――


今――嘘のように消え去った。


「リーリス、マールさん」

「今日はこのまま上がってもらって結構です」


「孤児院まで、こちらもいっしょに持って行ってください」


言って、今度は大きな革袋を手渡す。


中には衣服が詰められていた。

これも冒険者からの寄付だった。


「よし、じゃあ帰るぞ!」


リーリスが声をかけ、フレネの手を取り歩き出す。

後を追う子供たちとマールの背中を見送り、クロードが視線を移す。


「レオン、エリナ」


その言葉に、二人が振り向く。


「いい機会です」

「あなた方に長期休暇を与えますので、一度故郷へ帰ってゆっくりしたらいかがです?」


「長期休暇?」


レオンが繰り返す。


「ええ、たまにはゆっくりと休んでください」


クロードがやわらかい表情で二人を見る。


とまどう二人に、


「……これから先、激動の日々が始まるかもしれません」

「今のうちに、心と体をしっかり休めておいてください」


その目が、それも仕事だと告げていた。


「――わかった。そうさせてもらうよ」


レオンは答え、エリナの肩に手を置いた。


ようやく納得した顔になったエリナが、


「じゃあ、戻ったらミストラ湖に行きましょうよ」


いたずらっぽい笑顔で言った。


「……ミストラ湖?」


レオンが小さくつぶやく。


「えっ……」


表情を一変させ、レオンを見る。


覚えている様子がまるでないことを確認し、再度問う。


「ミストラ湖よ。私たちの村の名前と同じ、南側にある大きな湖よ」


願いを込めたような言葉。


しかし――


「……すまない。思い出せない」


レオンの答えにハッと我に返り、


「仕方ないわよ」


笑って見せた。


「それに、行ってみたら思い出すかもしれないでしょ?」


エリナの言葉に、クロードが割って入った。


「……期待されているとがっかりするでしょうから、はっきりと言います」


その言葉だけで、エリナが察する。


「記憶が戻ることは……ないんですね?」


エリナのつぶやきに、


「はい……」


クロードが答える。


「記憶は脳に刻まれています」

「彼は死んだ脳を新しいものへと置き換えることで蘇りました」


一拍。


「治ったのではなく、新しいものと取り換えた状態です」

「ですから、死んでしまった部分で記憶されていた記憶は、もう彼の中には存在しません」


論理的な説明に、エリナの表情が一瞬曇る。

それでも、


「――わかりました」

「その分、また新しい思い出を作ってきます!」


すぐにまた笑顔を取り戻し、何事もなかったかのように仕事へ戻った。


「……やっぱり無理なのか?」


エリナの様子を気にしたレオンが問うが、


「……残念ながら」


正直に答えた。


「そうか……」


レオンは小さくつぶやき、

窓口に座り資料を確認するエリナに、そっと視線を移すと、


「……少し、走ってくる……」


居心地悪そうに出ていった。


その後ろ姿を見送り、クロードも窓口に座る。


「……大切な場所でしたか?」


休暇を進めたことが、かえって二人の心の負担を増やしてしまった。

何かできることはないかと思い尋ねてみると、


「……子供の頃に、はじめて“守ってやる!”と言ってくれた場所です」


静かに答えた。


「小さな野鼠が出て私が泣いていた時に、レオンが私の前に立って庇ってくれました」


「その時に言ってくれたんです」


「――俺がお前を守ってやる――って」


笑顔を浮かべながら、少し寂しそうに言った。


「そうでしたか……」


かける言葉が見つからなかった。


そんなクロードを見て、


「気にしないでください」


言って苦笑いする。


「レオンが今、生きてそばにいてくれる――」

「それだけで、本当に幸せです」


心からの言葉だった。


クロードはその言葉を素直に受け取り、小さく頷いた。


それ以上、何も言わなかった。




業務が終了し、レオンの帰りを待っていると、

予想もしていない声が響いた。


「二人とも、お疲れさま!」


「マールさん!?」


エリナが驚いて声を上げると、

続いてリーリスとレオンが姿を現した。


「忘れ物をしちまってね」

「それでこっちに向かってたらレオンに会ったのさ」


いつも通りの笑顔でそう話すと、

マールはその笑顔のままじっとエリナの顔を見る。


「……その様子だと、もう気持ちの整理はついたみたいだね」


言われて、エリナはレオンを見る。


「――話は聞いたよ」

「思い出の場所を、レオンが思い出せなかったんだって?」


マールに言われ、

レオンが自分以上に気にしていることを思い知った。


「……はい」

「でも、大丈夫です。これから新しい思い出を作りますから」


偽りない笑顔を見せた。


「そうかい……」


未来を見る決意を固めたエリナの肩に、

マールは軽く手を置いた。


そして小声で何かを囁くと、

エリナもマールの耳に小さく答えた。


「……なるほどねえ」


マールは小さくつぶやくと。


「まあ、何かのきっかけで思い出すかもしれないし、あんまり気にするんじゃないよ」


今度はエリナだけでなく、

レオンにも聞こえるように普通の声でそう言った。


クロードは何か言おうとして口を開きかけるが、

心配してくれるその気持ちが嬉しかったエリナは、

笑顔と身振りでそれを遮った。


だからマールは気付かず、

レオンにもそっと耳打ちをする。


するとレオンはエリナの前に立ちはだかり、背を向けた。


「レオン」


そのレオンにマールが声をかける。


「あんたは対人特化の戦士だったね」

「もし、魔物がエリナに襲い掛かったら、どうする?」


めずらしく真顔でレオンに突きつける。


「さあ、エリナに誓いな」


その言葉に、レオンも真顔で答える。


さきほどマールに耳打ちされた言葉を、

頭に思い浮かべながら。


「――もちろん」


言って両腕を広げる。


だが――その動きが、わずかに鈍る。


「必ず俺が守って……」


その言葉が、どこかで引っかかった。


胸の奥がざわつき、

頭の奥が焼けるように痛んだ。


そして――

見たこともないはずの景色が脳裏に浮かび、レオンの言葉が止まる。


「……レオン?」


その様子の不自然さに、エリナが声をかける。


だが、レオンは答えない。


代わりに、頭をほんの少し下げた。


「……いや……」


かすかに眉を寄せる。


「黄色い花が……どこまでも咲いていた」


その言葉に、エリナの体が一瞬揺れた。


「風もないのに花が揺れて……悲鳴が聞こえた」


ゆっくりと、


「だから俺は……近くの木の棒を拾って」


一つひとつ、思い出を手繰るように語る。


「お前の前に立って……両腕を広げたんだ」


そこまで言うと、レオンが両拳を握った。


「……あの時に、初めて言葉にして誓った」


そして顔を上げる。


「俺がお前を、守ってやる!」


振り向き、エリナを見る。


その顔に、涙が溢れていた。


同じように涙をにじませたレオンが、続ける。


「これからも、ずっとだ」


一歩、また一歩と歩み寄り――


そっと、エリナを抱きしめた。




「……ありえない……」


クロードの口から驚愕の言葉が漏れた。

それは、人の記憶に関する常識を超えた光景だった。


「……いったい……何を耳打ちしたんですか?」


抱き合う二人を呆然と眺めるクロードが、

マールに問う。


「あたしはただ、湖と小さい頃のエリナを思い浮かべたまま答えなっていっただけさ」


やさしい笑顔を浮かべたまま、マールが答える。


「それだけですか……」


いまだ呆然とするクロードの答えに、


「あんたも人間だったんだねえ」

「あたしは安心したよ」


言ってにんまりと笑った。


「……わたしは人間ですよ」

「彼らより少し、人生経験が多いだけの」


そう言って、クロードもようやく笑みを浮かべる。


「まあ、あんたのその驚きを見るに常識では考えられないできごとなんだろうけど」


マールは優しい笑顔のまま、

見守るような眼差しで二人を見る。


「あの二人なら――どんな奇跡を起こしても、驚きゃしないよ」


確信に満ちたその言葉に、


「……やはりあなたは凄い人です。マールさん」


その心の強さに、クロードはただただ感心し、再び二人に視線を戻した。


その姿は――

もはや驚きではなく、希望に見えた。




帳面の裏表紙に刻まれた名が、常識を覆す。


――S.O.M.P.O. ジャン


剣と魔法の世界に、持ち込まれた数多の知識。


そのすべてを超えて――


人は、奇跡を起こす。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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※毎週水曜日21:00更新予定です。

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