第三十二話 過去を断つ者 - 従う者の終わり -
辺境の街【オーダリー】の冒険者ギルドには、書庫室がある。
過去の文献はもちろん、重要な資料も保管されており、
縦長の二部屋に分かれた奥の部屋に入るには、
ギルド長の許可と専用の鍵が必要。
その部屋には四脚の椅子と小さなテーブルがあり、
そこでセイバスは、着任から三日間ずっと資料の確認をしていた。
「――よぉ、調子はどうだ?」
黙々と資料を確認するセイバスに声をかけたのは、
ギルド長のバルドゥス。
「……バルドゥスさま」
書類からいったん目を離し、
「あのクロードという男……」
「何者ですか――」
静かな、
しかし全身から沸き立つような驚き。
「……やつか」
「謎の塊だな」
簡潔に、
そして間接的に把握できていないことを伝える。
「わたしには……」
「この資料が真実だとはとても信じられません!」
「【真贋の宝玉】を個人所有しているだけでも信じられないというのに……」
「結界石を職員に配り、さらに――」
「ハイポーションまで常備している、と……?」
一瞬、言葉が途切れる。
「……そして極めつけが――」
「英雄レオンの、戦闘の師……!?」
セイバスの静かな叫びを聞き、
バルドゥスも苦笑いする。
「……まあ、信じろって方が無理だろうな」
しかし、
その言葉が逆に、セイバスにそれが真実だと直視させる。
「ついでだから伝えるがな……」
バルドゥスの言葉に、
セイバスはごくりと唾をのむ。
「奴は医学にも精通している」
「そして――俺よりも政治・戦術・組織運営に長けている」
「――!?」
言葉が出なかった。
おそらく十秒ほど硬直し、
ようやく次の言葉を紡ぎ出す。
「そんな人間が……この世に……」
「存在するのでしょうか……?」
セイバスの言葉に、
「……現実として存在している」
「おまえも奴と対峙したなら、真実だとどこかで理解しているだろう?」
言われ、あの時の視線を思い出す。
(……確かに……)
再び黙り込むセイバスに、
「まあ幸い、奴は味方だ」
「こちらが奴の信念の邪魔をしない限りは、敵になることはないだろう」
バルドゥスの言葉に、
「――その信念とは?」
今考えるべき、最重要事項だった。
「そうだな……」
「一言でいうなら――」
一拍間を置き、
「不幸を減らすこと――だな」
「……不幸を、減らす……」
バルドゥスの言葉をなぞる。
その信念に、私欲は全くない。
ヘイルズとのあまりの違いに、涙が出そうになる。
「だが――それがいかに難しいことか、お前ならわかるだろ?」
「……そうですね」
「それをやり遂げるには、社会を根本から変える必要があります」
そのために【S.O.M.P.O. ジャン】を立ち上げたのだと、
セイバスは今理解した。
「――確かに、彼の試みは成功しつつあると思います」
資料を手に取り、続ける。
「わずか二年足らずで、冒険者の死亡率は激減」
「街中での死者も、減少の一途をたどっています」
保険金が貧困を防ぎ、
周りまわって全体の不幸を減らしている。
そして思う。
「……本来なら、領主や国がやるべき仕事です」
自身を恥じ入り、下を向いた。
「――セイバス!」
うなだれるその姿に、バルドゥスは一喝した。
セイバスはビクッと体を硬直させ、
バルドゥスを見る。
「過去に縛られてる暇はねえ!」
「――今、ここで何を選ぶ!お前の最善はなんだ!」
言われ、思う。
今まではヘイルズの元で選べなかった最善が、
ここでなら叶えることができる。
「……知識のある人材が足りません」
「可能であれば、わたしの伝手で人を集めてもよろしいでしょうか?」
顔色をうかがうように、
しかし、真っすぐバルドゥスを見る。
ようやく見れたその姿に、
「必要なだけ集めろ」
「条件も任せる」
ニッと笑みを浮かべ、答える。
あまりに簡潔な答えに驚き、
「承認は!?」
聞き返すセイバスに、
「いらん」
「任せられねえ奴なら、最初から選ばねえ」
一拍置き、
バルドゥスは少しだけやわらかい表情で続ける。
「――好きにやれ」
その言葉に、
意図せず涙が溢れた。
「――バルドゥスさま」
「少し、外に出ます」
その顔が、その目が――
迷いなく前を向いていた。
「必ず人材を集め――この街を変えます」
決意を伝え、続ける。
「……これまでのわたしは、誰かに仕えていただけでした」
「ですが――」
「これからは自分で選びます」
小さく、だが確かに言い切る。
決意は――確かに伝わった。
「おう、任せた」
そう言って部屋を後にしたバルドゥスの背中に、
セイバスは深く一礼した。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、不遇の時を吹き飛ばす。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、老齢の賢者が初めて剣を抜いた。
それは、誰かに仕えるためでも、過去に縛られるためでもない。
この街の不幸を、断ち切るために振るわれる剣だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。
※毎週水曜日21:00更新予定です。




