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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第三十一話 守るべきもの - その手に残ったもの -

――【弓使い】捕縛の日から十日。


崖の近くを流れる美しい川を、

森の端に潜み、静かに眺める四人の影。


ローデンがリーダーを務めるBランクパーティー【緑の息吹】。


大盾使いのローデン。

剣士のゲイン。

魔法使いのフィリー。

回復役の神官パルム。


バランスの取れた構成と堅実な戦術で、

辺境の街【オーダリー】では上位に君臨するパーティー。


「……行くぞ」


小さな声でローデンが合図をする。


眼前に現れたのは、

討伐依頼のCランクの魔物三匹。


名は〈青眼の霧纏い狐(ミスト=ヴォルペ)〉


霧の発生する場所を好み青白い毛並みを持つ、

狐に酷似した魔物。


美しい見た目とは裏腹に、

素早い動きを駆使し突撃を繰り返す、好戦的な魔物でもある。


「――いいよ」


普段はあまり使わない小型の盾を用意し、

回復役の神官パルムが隣の魔法使いフィリーに合図を出す。


左右に分かれたローデンと剣士のゲインも、

位置につくと手を振って合図を出した。


それを確認したフィリーが小声で詠唱を始め、

最大火力の火魔法を解き放つ。


ボォフゥッツ――! 


直撃はしない。

だが熱風が霧を焼き払い、視界が開ける。


「――今だっ!!」


ローデンが大声で叫び飛び出し、

ゲインもそれに続いた。


魔法の着弾地点から数メートル程度だけだが、

霧は吹き飛び視認が容易。


額の角にさえ気を付ければ、

その他の攻撃は大したことはない。


ゲインは剣でガードするように突進を交わすと、

すれ違いざまに滑らせるように剣を立て【霧纏い狐】の後ろ足を斬りつけた。


バランスを崩し倒れこんだその場所に、

ローデンが力づくで弾き返した個体も、ほぼ同じ場所に吹き飛ばされる。


「終わりだ!」


その二匹にゲインがとどめを刺したとき、


「お願いします!」


神官パルムから、

声が上がる。


「「今行く!」」


二人の声が重なり、同時に駆け出す。


見ればパルムが盾で直撃をさけながらフィリーを守り、

右手の杖で攻撃というよりは、突進させないようけん制していた。


背後からの敵を感じ取った【霧纏い狐】が振り返り、

さすがに逃走を図る。


「――行け!」


そこに、詠唱を始めていたフィリーの一撃が命中した。


「――キュアッツツ!」


耳慣れない悲鳴が上がり、

動かなくなる。


「――よし!」

「よくやった!」


ローデンが仲間の奮闘を称える。


嬉しそうに顔を見合わせる仲間達。


いつもの通り、

綿密に打合せされた通りの戦闘。


こうして【緑の息吹】は経験値を蓄え、

少しずつ成長してきた。


今ならば、

ローデンなしでもBランクパーティーを名乗れるほどに。


「さあ、討伐証明を回収して帰ろう」


証明部位の角を切り取り、

比較的ダメージの少ない二匹を解体し、毛皮を剝ぐ。


〈青眼の霧纏い狐(ミスト=ヴォルペ)〉の毛皮は人気で、

それなりの金額で取引されているためだ。


すべて終わり、

帰路についた【緑の息吹】だが、途中であることに気づく。


「……確かこの近くでBランクの〈砕殻の岩歩き亀(グラン=テスタ)〉の討伐がありましたよね?」


ゲインの言葉に、


「……そうだな」

「無事だといいんだが……」


実は気になっていたローデンが小さくつぶやく。


〈砕殻の岩歩き亀(グラン=テスタ)〉は鈍重だが、

非常に防御力が高く、しつこい性格。


一度狙いをつけると、見えなくなるまで追い続けてくる。


「……あいつは確かに鈍重だが、巨体だからな」


動き自体は確かに遅い。

だが巨体な分、実は人間の早歩き位の速度はでている。


「怪我でもして動けないやつが一人でもでるとヤバい相手だ」


「お前らももし遭遇したら、慌てず視界から外れるように逃げるんだぞ」


ローデンの説明に、小さく頷く仲間達。


そんな話をしながら歩みを進めると、

足音が一つ。


急ぐような乱暴なその足音が、

ローデンの心をざわつかせる。


「――助けてくれ!!」




息を切らせてやってきたのは、

Cランクパーティー【風狼】の斥候シューウェット。


「――状況は?」


息を切らせて先頭を走るシューウェットに、

ローデンが聞く。


「斧が折れて……」

「仲間の一人が……」

「怪我をして……動けないでいる」


息も絶え絶えに、

何とか説明する。


「残りの二人が……」

「なんとか近づかせないよう……」

「けん制しているけど……」

「一番足の速い俺が……」

「助けを……」


「――わかった」

「もういい」


これ以上は負担が大きすぎるとみて、

ローデンが制止する。


走り続けること約五分。


「――まだ遠いのか?」


ローデンの問いに、


「いや……もう……近い……」


限界に近いシューウェットが絞り出すように答える。


その時だった――




――キィン!




金属がなにか硬いものを叩く音が小さく聞こえた。


「シューウェット!」

「方向は!」


「――あっちだ!」


震える手で左前方を指さす。


「先行する!」


「シューウェット!」

「お前は少し回復してから来い!」


強く命令すると、シューウェットはその場に倒れこむ。


「ゲイン!」

「何分行ける!」


ローデンの問いに、


「……全力で、三分」

「時間稼ぎなら――五分!」


もともとの討伐での疲労に加え、

全力に近い移動の影響が濃い。


ローデン自身も似たようなものだった。


「救出が最優先だ!」

「討伐は二の次で良い!」


全員が頷く。


「フィリー!」

「可能なら要救助者と【巨亀】を魔法で分断してくれ!」


「――わかりました!」


返事を確認し、続ける。


「パルム!」

「隙を見て要救助者の回復を頼む!」


「了解です!」


役割分担を確認し終えると、

ようやく〈砕殻の岩歩き亀(グラン=テスタ)〉の姿が目に入った。




(……この状況は、なんだ……?)


ローデンの目に映ったのは、

〈砕殻の岩歩き亀(グラン=テスタ)〉の後ろ姿。


時折攻撃を仕掛ける冒険者を鬱陶しそうにはするものの、

ひたすら岩壁に向かって突進を繰り返している。


ドォォォオオンーー


響く鈍い音と共に、

岩壁が少しずつ削れていく。


「――まさかっ!?」


ローデンの脳裏に嫌な予感が走る。


「シューウェットの要請を受けてきた!」

「要救助者はどこだ!」


ローデンの声に、

【巨亀】に攻撃を仕掛けていた冒険者二人が同時に振り向く。


「――奴の先だ!」


疲労困憊の様子で答えるが、

それでも攻撃の手は止めない。


(……くっ!……)


嫌な予感が的中し、

ローデンが渋面を作る。


要救助者は岩壁の凹凸の隙間に逃げ込んでいた。


【巨亀】はその巨体ゆえに入り込めていないが、

このまま突撃を繰り返されれば、岩壁が崩れ――やがて届く。


「ゲイン!」

「全力で後ろ足を削れ!」


「わかった!」


時間は無い。


おそらく――

あと十分ほどで岩壁が崩れる。


その時、

あの中の男は確実に、死ぬ。


位置関係から救助は不可能。


できることは、

移動させるか……倒すのみ。


「――くっ!」

「硬いっ!!」


岩のような甲羅だけでなく、

生身のはずのその足が、剣を弾く。


ゲインの言葉に、

絶望の色が広がる。


この場に、

ゲイン以上の剣士はいない。


シューウェットの仲間達は、

どう見ても力押しを得意とするタイプではない。


斧が折れてケガをした要救助者が、

おそらくは主力。


(……だから攻撃の手を少なくしてまで助けを求めたのか……)


打つ手が見つからず立ち尽くしていると、

シューウェットがやってきた。


疲労困憊で動けなくなった仲間からメイスを受け取り、

代わりに攻撃を始める。


「ドイル!」

「必ず助ける!」


非力な腕で、

それでも懸命にメイスを振るう。


その姿に、

ローデンは不意に過去の出来事を思い出す。




――十二年前。


ローデンは長剣を振るう剣士だった。


「よし!いこうぜ!」


全員剣士という力押しのパーティー。


まだ十八歳だったローデンだが、

パーティーでは最年長だった。


一つ下の弟分カールとチェイス。

三つ下のネレード。


いつも四人で、

討伐数を競っては楽しい毎日を送っていた。


「なあ、次はこれ行かねえか?」


カールが指さしたのは、

Bランクの魔物〈崩壁の岩巨人(グラン=ロック)〉。


「おもしれえ!」

「囲んでぶっ倒してやろうぜ!」


ローデンは快諾した。


最速でCランクパーティーまでたどり着いたと噂され、

怖いものなど何もなかった。


「行こうぜ!」


そうして向かった先で出会った【岩巨人】は、

想像以上に手ごわい敵だった。


「いっってえ!」


力任せに切りつけた剣を弾き返され、

チェイスが呻く。


「岩肌の部分は避けて関節を狙え!」


ローデンの叫びに応え、

カールがひざ裏を斬りつける。


「よし!」

「浅いけど通った!」


それを機に、

同じように皆が隙間を狙う。


だが動いている敵に、それはかなりの難易度。


「くそっ!剣が欠けた!」


カールが叫ぶ。


「俺もだ!」


ネレードも続いた。


【岩巨人】の足からは確かに血が流れているが、

討伐に至るまでには程遠い。


撤退の二文字は、誰の頭にも浮かんでいた。


だが――

それを最初に口にする者は、いなかった。


「おい、あれ!」


カールが指さすと、そこに野ネズミの集団が姿を現す。


「くっ……なんだこいつら!?」


突然現れた十匹前後の野鼠に混乱し、

体勢が崩れるチェイス。


「――いってえ!」


足を噛まれたが、

何とか剣で仕留める。


しかし、すぐに二匹目、三匹目が襲い掛かる。


必死に身を守り剣を振るおうとしたその時、

チェイスの意識が急に途切れた。


「チェイス!」


叫ぶローデンが見たものは、

斜め後方に吹き飛ばされるチェイスの姿。


野鼠に意識を持っていかれ、

【岩巨人】の大振りの拳を避けられなかった。


「退くぞ!」


ローデンがようやく叫ぶが、

すでにカールとネレードも野鼠に囲まれていた。


「くそっ!」


まずは野鼠から片付けようと近づくが、

【岩巨人】が間に立ちふさがる。


「どけっ!」


目いっぱいの力で剣を振るうが、

表面を浅く薙ぐだけ。


しかも反転し、狙いをネレードに絞る。


「逃げろ!」


叫ぶローデンの声に、

すでに血まみれのネレードが顔を上げる。


「あ……」


気付いた時には、

拳が眼前にあった。


「ネレード!」


すぐ後ろの木に叩きつけられ、

ネレードが崩れ落ちる。


そこに群がる野鼠。


喰われる仲間を助けようと、

カールが血まみれの腕で剣を振るう。


ローデンも加わり、

野鼠の数を減らしていく。


だがその間も、

【岩巨人】の攻撃が止むことはない。


ローデンは剣で必死に受けるが、

すでにその剣もぼろぼろ。


それでもようやくカールが野鼠の最後の一匹を倒すと、

ほぼ同時に【岩巨人】の拳がカールを狙う。


「させるか!」


なんとかその軌道を変えようと、

ローデンが全力で剣を振るう。


手の甲あたりを直撃したその瞬間――


欠けていた中央辺りから剣は折れ、

【岩巨人】の拳がカールの鳩尾に食い込んだ。


「カール!」


カールは後ろに飛ばされることなく、前のめりに倒れこんだ。


時折ピクピクと体が震えるが、

やがて動かなくなる。


それを見て満足したのか、

【岩巨人】はネレードの元へ移動し座り込む。


そしてこともあろうに、

すでに事切れているネレードの体を持ち上げると、その脚に噛りついた。


あまりの光景に、

反射的に折れた剣を【岩巨人】に投げつけると、

カールの剣を拾い突進した。


「死ねぇぇぇえええっ!!」


スピードと体重、そして全ての想いを乗せた突きは、

座ってあらわになった固い喉元の皮膚をも突き破る。


【岩巨人】が突き刺さった剣を抜くと、

大量の血が噴き出し、一分と経たず絶命した。


辺り一面が血の海となり、

生きているのはローデンだけだった。


その日以来――

ローデンは剣を捨てた。


折れることのない盾で、

仲間を守ることだけを考え生きてきた。


しかし今、

盾では守れないこの状況が、ローデンに選択を迫る。


(……そうだ、俺は守るために盾使いになった……)


(……それなのに……)

(……また、見殺しにするのか……?)


(……ふざけるな!……)

(……守るためならば、何だってやる!……)


自分のちっぽけな意地で、

命を見捨てる愚かな選択はできない。


そもそもその意地は、

命を守るための意地。


「――くっ……ドイルっ!」


すでに握力もなくなり、シューウェットの顔に絶望が浮かぶ。

その声に導かれるように、


「――シューウェット」

「それを貸せ」


ローデンはへろへろのシューウェットからメイスを奪う。

そして――大盾を捨てた。


「ローデンさんが――武器を握った!?」


いままで何度も武器を持つことを、

ゲインは提案してきた。


だが、ローデンは頑なにそれを拒んだ。


だからゲインにとってこの光景は、

信じられない光景だった。


しかも、

口調まで変わっている。


「こっちを向きやがれ!亀野郎!」


叫び、全力の一振り。

それが【巨亀】の後ろ右足首、関節部を打つ。


「グゴォォアアアッ!」


地響きのような悲鳴があがり、ほんの少しだが体が沈む。


さすがに無視できないのか、

【巨亀】は標的をローデンに変えた。


突進してくるその右前足が着地したのと同時に、

ローデンの二回目の全力が再度装甲の無い足首に直撃する。


「ゴォォアアアッ!」


右前足と後ろ足の足首を打たれ体重を支えきれなくなり、

伏せるように動きを止めた。


「今だ!救出しろ!」


ローデンの声に、

ハッと目が覚めたようにゲインとパルムが走る。


「――フィリー!」

「放て!!」


ようやく誰も巻き込まない状態ができ、

詠唱を始めていたフィリーが渾身の火魔法を放つ。


それが装甲のない顔面に直撃し、

首が力なく地面へと垂れた。


そこをローデンが滅多打ちにする。


「――すげえ……」


そこにいる全員が呆然と眺めていた。


鈍い音が幾重にも響き、

血しぶきが舞う。


「――ローデンさん!」


ゲインが叫び、

ローデンの動きが止まる。


もう――

〈砕殻の岩歩き亀(グラン=テスタ)〉が動くことはなかった。




神官のパルムが要救助者だったドイルを治療し、

なんとか歩けるようになるとギルドへと全員で戻った。




――翌日。

【風狼】からは謝礼として金貨十枚が贈られた。


ゲインからはその金で武器を買うことを勧められたが、

ローデンはその提案を断り、全員で均等に分けた。


そして今日は休みとし、

ローデンはゲインから剣を預かり【S.O.M.P.O. ジャン】へ足を運んだ。


目的は、ゲインの剣の保険金請求。


「それでは、経緯をお願いします」


クロードの言葉に、

ローデンはありのままを話す。


当然、

【真贋の宝玉】は曇らない。


「――なるほど」

「この戦闘はやむを得ないものと判断し、支給対象とします」


言って現在のゲインの剣の価値を材質と使用期間から計算し、支払いをする。


満足そうに受け取ったローデンに、

クロードは声をかけた。


「――ローデン」

「【S.O.M.P.O. ジャン】発足当初、わたしがあなたに聞いたことを覚えていますか?」


めずらしく話しかけてきたクロードに少し驚きつつ、

ローデンは答える。


「確か……保険に入る理由だったな」


「――そうです」

「その時あなたは“聞かない方がいい”と言いました」


クロードの言葉に、


「よく覚えているな」


ローデンが返すと、


「思い違いかもしれませんが……」

「……もう、過去に縛られているようには見えません」


核心をついた。


「……なんでわかったんだ?」


実際、

ずっと晴れなかった心が、昨日からは軽くなっていた。


「あなたの表情と右手です」


「右手?」


言って自分の右手を見る。


「いつもとは違う、おそらくは棒状の武器でも使ったのでしょう……」

「大盾ではできない、普段とは違う豆ができています」


クロードの言葉に、


「……すごいな」


あまりの観察力に舌を巻いた。


「……しかし、そうですか」

「ようやく武器を握る気になりましたか」


そう言うと、

クロードは控室へ行き、布にくるまれた何かを持ってきた。


「――ローデン」

「これは、先日の協力の礼です」


一拍。


「いつか渡せる日が来るかと用意していました」


言って、手渡す。


「――これはっ!?」


包みを開けると、

先日使ったメイスよりも、

はるかに出来のいいメイスがそこにあった。


「……別に盾を捨てて使えとは言いません」

「でもいざという時、持っていれば仲間を救えるかもしれません」


クロードの言葉が染みた。


確かに、その通りだった。


武器を使って命を救えたいま、

これ以上意地を張るつもりはなかった。


「……ありがたく頂戴するよ」


これからも、

守れなかった命に悔やむ日々は終わらないだろう。


けれど今は、

守れる選択肢が増えたことが嬉しかった。




帳面の裏表紙に刻まれた名が、過去との別れを静かに告げる。


――S.O.M.P.O. ジャン


剣と魔法の世界に、守り続けてきたもの。


それは盾ではなく、誰かを守るための決意だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


※以降毎週水曜日21:00更新予定です。

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