第二十九話 外された安全装置 - 闇の代償 -
――賑わいを見せる街並みを、
リーリスが陰鬱な表情で眺めていた。
「あぁー疲れたぁー」
今日の仕事を思い返し、思わずつぶやく。
「ほんとだねえー」
それを聞いたマールも同調する。
エリナは交換留学でギルドへ派遣。
クロードとケイティーは領主の所へ出張。
早朝の受付を二人で回すしかなく、
【ガーラン】から流入した冒険者の対応で、目の回る忙しさだった。
午後は多少落ち着いたものの、
クロードは相変わらず走り回っている。
「ギルドの方も大変ですよ」
エリナがその会話に参加する。
「私は資料の確認がメインで仕事量は変わりませんけど、受付の方はみんなぐったりしていました」
「わたしだって大変でしたよ!?」
クロードの命令でマールのところに居候をはじめたケイティーが、
自身の不遇を強調する。
「関係ないのに、領主のところへ同行させられたんですよ!?」
「しかも、クロードさん領主相手にとんでもないことしでかすし!」
その場にいる全員が憐憫の目でケイティーを見る。
「……あんたもあの男に関わっちまったんだねえ」
マールの言葉に、
ケイティーは深いため息をついた。
ここにいる全員、自分よりも長い間彼と一緒に過ごしている。
これが日常茶飯事なんだと思い知らされた。
「……まあ、今日はゆっくり休もうぜ」
慰めにもならない慰めをレオンがした時、
エリナがあることに気付く。
「レオン!」
視界の右端に映る親子連れと、
それに絡んでいる二人の男たち。
「――お前ら、何をやってる!」
レオンが叫ぶと、二人組の男は横へと逃げる。
追いかけるため斜めに移動したレオンが近くまで迫ると、
男たちは逃げることを諦め剣を抜く。
「させるか!」
男たちが動くより早く、
レオンの鞭が男たちの手を打ち付ける。
パァン、パァンッ。
破裂音が続けて響くと、
男たちの手から剣が落ちる。
「ぐッあ゛ぁっ!!」
そして響く、
二つの悲鳴。
近くにいた通行人数名が、
何事かと振り返る。
うずくまり戦意を失った男たちを後ろ手に縛りあげると、
レオンの視界に何かが動いた。
「――!?」
「逃げろっ!!」
その叫び声にとっさに反応したエリナが、
隣にいたケイティーを庇うように飛び込んだ。
「きゃぁああ!」
「ぁああっ―!!」
突然のことに訳が分からず悲鳴を上げたケイティー。
だが、すぐに理解する。
「エリナさん!」
左足のふくらはぎ辺りに突き刺さる一本の矢。
気付いた瞬間駆け寄っていたレオンが、
エリナの隣に立つ。
「くそっ!」
守れなかった自分がふがいない。
「なんで結界石が発動しなかったんだい!?」
マールが叫ぶ。
「……エリナはケイティーを庇おうとした」
「助けることだけに集中していたから、自分の身の危険なんて考えなかったんだ」
悔しそうにレオンが答える。
「マール、これを周辺に半量程度かけてくれ」
視線は矢の飛んできた方向へ向けたまま、
マールに一本の瓶を手渡す。
受け取ったマールが指示通りにかけると、
エリナの呼吸が整っていく。
「……痛く……ない?」
ようやく声を出せるようになったエリナが言うと、
「……麻痺毒だ」
「これから矢を抜く。見るな」
言って、
今度はマールにミドルポーションを手渡す。
「抜いたら、かけてくれ」
レオンの言葉に「わかったよ」と小さく答える。
「ふん!」
嫌な感触を手に感じながら、
レオンは矢を引き抜いた。
すかさずマールがミドルポーションをかけると、
見る間に肉が盛り上がっていく。
その様子を、少し離れた場所から眺める影があった。
「へぇー」
「いいもん持ってるじゃない」
楽しそうに声を上げたのは、こどもだった。
「子供だと油断していた女が絶望する顔を見るのって最高でさあ」
「人って壊れる瞬間が一番綺麗なんだよ?」
言ってうっとりするような表情を浮かべる。
「だからさあ、もう一回やっていい?」
「……お前が【弓使い】か」
襲われていると思っていた親子連れのこども。
気付かなかった自分に腹が立つ。
いつの間にか、
弓使いの周りには、先ほどまではいなかった男たちが六名立っていた。
「いやー、仕事なくなっちゃったんだよね」
「結構便利な駒だったんだけどなー、あのおじさん」
芝居がかった口調で【弓使い】が話す。
「……これはその意趣返しってことか?」
「うん、そうだよー」
「それにしても、お兄さん強いねー」
そこまで言うと、少しだけ表情を変え、
「……ちょっとその武器怖いから、こっちに投げてもらっていいかな?」
勝手な注文をする。
「手放すと思うか?」
レオンの言葉に、
「――思うよ」
短く一言口に出すと、
弓使いは矢を放つ。
「うぁっあああ!」
その矢が、
何の関係もない通行人の足に突き刺さる。
「貴様!」
レオンの叫びを無視し、
【弓使い】はうずくまる通行人に向け弓を構える。
「お兄さん、この街の英雄さんなんでしょ?」
「見捨てられないよねー」
確信した口調でレオンに促す。
「……」
何も言い返さずレオンはうつむき、脳内でこの数分の出来事を振り返る。
エリナの血。
通行人の悲鳴。
そして、目の前で笑うこどもの姿をした悪魔。
――許容限界を超え、
レオンの中で何かが弾け、“線”が切れた。
無言で鞭を放り投げると、
部下らしき男がそれを拾い、弓使いに手渡す。
「へえー」
「こんなので戦えるんだー」
興味深そうに鞭を握ると、
部下と共にレオンに近づき、剣のように振り下ろす。
「あれー?」
全く使い方のわかっていないその攻撃を、
レオンは軽くかわした。
そして、
引くことさえしないその鞭の先端を足で踏みつけると、口を開いた。
「……お前、俺の武器が怖いんだったな?」
「なら、これも捨てた方がいいか?」
言って、縄を入れていた袋を見せる。
「――はっ?」
意味が分からず声を上げる【弓使い】。
お構いなしに、レオンが続ける。
「じゃあ、これはどうだ?」
今度は、
マントから鞭の持ち手部分だけに見えるものを取り出した。
「……ふざけてんのか?」
さすがに馬鹿にされて頭に来たのか、
【弓使い】の声が低くなる。
「ふざけてなんてないさ」
「よく見ろよ」
言って、持ち手を前に突き出す。
「……それからな」
「俺がさっき手放したのは武器じゃない」
「はぁ?」
「――安全装置だ」
一拍。
誰も、その意味を理解できなかった。
【弓使い】は苛立ちの表情を見せる。
「まあ怒らずよく見ろよ」
「これがなんに見える?」
レオンの問いに、
ようやく【弓使い】が答える。
「……お前の武器の持ち手だろ」
凝視するが、そうとしか思えない。
「……いや、違う」
言って、
その持ち手を斜め後方にひく。
「これは――」
「お前が最後に目にするものだ」
言い終えるのと同時に、
持ち手を振るう。
ヒュッ!
空を切る音が耳につく。
それは、誰も気付けないほど細い鋼線が風を裂く音。
次の瞬間、
悲鳴が夜に裂けた。
「つ――ぁあああ!」
突然顔を押さえてうずくまる【弓使い】。
全員の視線が集中する。
押さえる指の隙間から、
溢れ出す血液。
「め……目がぁ……あああぁっ!」
のたうち回る。
ようやく【弓使い】の部下たちが状況を理解する。
あの瞬間に、
攻撃され目をつぶされたのだと。
「動くな」
声に、感情は一切乗っていなかった。
「一歩でも動いたら、お前らも光を失う」
未知への恐怖が、
男たちを支配する。
そのあまりの恐怖に、武器を落とす者さえいるほどに。
だが母親役だった女は混乱し、
恐怖から駆け出した。
ヒュッ!
再び空を切る音が耳につく。
「――ぁあああ!」
顔を押さえて倒れ込む女。
「……運が良かったな」
目はつぶれていないが、
鼻と両耳を一直線につなぐように血が溢れる。
「次はないぞ」
その言葉に、
動ける者はもう、誰もいなかった。
襲撃犯を全員拘束し、
襲われた通行人の治療を済ませる。
近くの民家に協力を依頼し男たちの監視を任せると、
レオンは仲間を連れギルドへと急いだ。
報告を受けたクロードとバルドゥスが驚きの表情を見せ、
部下を引きつれて現場へと向かう。
その間、エリナは念のため治療院で検査をし、
マールとリーリス、そしてケイティーも一緒に残ることとなった。
「……レオン」
向かう道中、
まもなく到着するかという頃にクロードが口を開いた。
「すみません」
「私の認識が甘すぎました」
エリナの怪我、
そしてその不始末をさせてしまったレオンに謝罪する。
「仕方ねえよ」
「俺だってこのタイミングで襲ってくるなんて思ってなかった」
デルムンドの死で指揮系統が混乱している今、
命令なしに襲撃してくる輩がいるとは思っていなかった。
「いえ、人の感情を頭に入れていなかった私のミスです」
「もう……」
わずかに間を置き、
「私も遠慮するのは止めにします」
言ったクロードの目が怪しく光る。
「――今まで遠慮してたのかよ、あれで」
バルドゥスが苦笑いする。
ほぼ同時に、
松明を持った人だかりと、拘束された者たちが目に入る。
辺りはもう、すっかり闇に染まっていた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、仲間の悲鳴に浮かび立つ。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、外された安全装置。
その代償はまだ――支払われていない。
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