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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第二十八話 問われる者たち - 追記された一文 -

【ガーラン】領主デルムンドの急死。


その一報は、

静かに辺境の街【オーダリー】の均衡を崩し始めた。




「どうしてこんなことになったんだ!」


【オーダリー】領主――ヘイルズの叫びが、

屋敷中に響きわたる。


机いっぱいの嘆願書や申請書の山に、

ただただ、頭を抱える。


「なんなんだ、これは!?」


その一枚を手に取り、

軽く目を通す。


「【ガーラン】から冒険者が流れ込んできて宿屋が足りんだと!?」

「知るかそんなこと!」


言って、書類を放り投げる。


そしてすぐさま違う書類を手に取り、

同じように目を通す。


「物資が足りない!?」

「そんなものは自分たちでなんとかしろ!」


また同じように投げ捨てる。


その様子を見ていた執事のセイバスが、

無言で落ちた書類を拾い上げ机に戻す。


(……この方は、何も変わらない……)


内心ため息を付きつつ、

セイバスが主に進言する。


「――ヘイルズ様」

「ギルドへ委任なさったらいかがでしょうか?」


したくもない無責任な提案だが、

それがセイバスのできる最善の仕事だった。


「――そうか?」

「まあ、おまえがそういうなら仕方がないよな」


責任はおまえにあると言わんばかりの返答も、

セイバスは想定済み。


(……このお方は、いつもこうだ……)


とにかく、責任を取ることを嫌がる。


内心呆れつつ、


「ありがとうございます」

「それでは、早速ギルドに使いを向かわせます」


一礼し、セイバスは部屋を出る。


扉を閉め、ため息を一つ。


軽く上を向き、

廊下の天井を見上げる。


(……ギルドの長が優秀なのが、唯一の救いだ……)


今後の展望にめまいを感じながら、

セイバスは使者を立てるため執務室へと歩みを進めた。




バルドゥスの元へ使者が訪れたのは、

セイバスが執務室へ戻った二時間後。


「断ると伝えてくれ」


使者から手渡された書類を一瞥し、

バルドゥスは興味なさげに付き返した。


「困ります!」


悲壮な表情で縋る使者。


【S.O.M.P.O. ジャン】控室での、

クロードとの会談中のできごと。


「行ってあげたらどうです?」


楽しそうにクロードがからかうと、


「興味もねえしそんな暇もねえ」


「そこをなんとか!」


なお食い下がる使者に、渋面をつくる。


「ほら、可哀想じゃないですか」


「クロード、お前なあ……」


無遠慮なからかいに内心心地良さを感じながら、

あることを思いつきニヤッと笑う。


「よし……そこまで言うならお前もこい!」

「行くなら、それが条件だ!」


さすがに想定していなかった言葉に、

珍しくクロードの表情が乱れる。


「……そんな暇はありませんよ」

「何より、領主が一般人の同行など許さないでしょう」


苦言を呈するも、


「大丈夫です!」

「必ず私が説得します!」


藁にも縋る思いの使者が、

必死に説得をする。


さすがにあからさまに嫌な顔をするクロード。


逆に珍しいものが見れたと笑みを浮かべるバルドゥス。


「決まりだな」


言ってチラッとケイティーを見る。


「ついでだ、お前もこい」


「はっ!?」

「なんで私が!?」


ただ休憩していただけのケイティーが

抗議の声を上げる。


「バランスと見た目だ」

「お前みたいなのがいた方が、交渉がしやすい時があるんだよ」


バルドゥスはさも当然のように言い含めるが、


「別に私じゃなくてもいいじゃないですか!」


絶対に領主の元へなど行きたくないケイティーが食い下がる。


「そうは言うがな」


一呼吸置き


「ギルドの連中は今忙しくて手が離せねえ」

「それにお前、まだ補助なしで受付に立てねえんだろ?」


「――うっ!」


エリナは交換留学でギルド職員として働いている。

マールとリーリスのどちらかがいなくなれば、【S.O.M.P.O. ジャン】は回らない。


「そうなると、お前しかいねえんだよ」


何も言い返せず、

絶望するケイティー。


「おい、行くのはこの三人だ」


言って使者を見る。


「行ってやるから必ずお前が説得しろ」

「失敗したら、二度と行かねえ……いいな?」


脅すような低い声。

「――はい!」


緊張した甲高い声で短く返事をし、

使者は出ていった。


「……ったく」

「セイバスの野郎だな、ああいう手合いを使者に選んだのは……」


偉そうに命令する感じを出す者や、

理詰めで来るやつなら遠慮はしない。


だが、

弱々しいものに泣きつかれるのは苦手だった。


「……誰です?」

「そのセイバスというのは?」


クロードが興味を持って聞くと、


「領主の執事だ」

「無能のヘイルズが今までやってこれてるのは、奴の手腕だな」


「ほぅ……」


少し思案し、


「……性格は?」


「野心家ではねえな」

「できないことをできるようにつき進むというよりは、できる中での最善を探すタイプだ」


「なるほど……」


領主への同行に陰鬱としていたクロードの顔に、

笑みが浮かんだ。




迎えの馬車が来たのは、

三日後の朝だった。


「……何をそんなに緊張してるんだ、お前は?」


体を強張らせ、ガチガチになっているケイティーに、

バルドゥスが呆れたように言う。


「だって、領主ですよ!?」

「普通に生活してたら絶対に会わない人ですよ!?」


ただでさえギルド長やら【S.O.M.P.O. ジャン】の責任者やら、

一番下っ端の職員である自分が一緒にいる人物ではないというのに、気が重いことこの上なかった。


「――“普通”にしていなかったから、こんな目に遭っているんですよ」


クロードが目を閉じたまま楽しそうに言う。


「うっ……」


クロードの後をつけ見張りを騙し、

見てしまったあのシーンが脳裏に蘇る。


ケイティーは改めて、自分の好奇心の強さを強く呪った。


「……大体な」

「そんなに緊張する価値もねえんだよ、ヘイルズなんか」


バルドゥスの言葉に、

使者の顔が引きつる。


「無理です!!」


ケイティーの叫びは虚空へ消え、

馬車はやがて領主の屋敷へと辿り着く。




「――特異な理由により混乱する状況を打破するため、下記の通りギルドに一部権限を委譲する」


書面を読み上げた執事――セイバスが、

バルドゥスの元へ近づき机の上へ無言で置く。


それを一瞥し、

バルドゥスが口を開く。


「断る」

「それはあんたの仕事だ」


簡潔に答え、

席を立つバルドゥス。


習うようにクロードとケイティーが続く。


「――待て!」


予想していないその行動に、

とっさに声を上げる領主――ヘイルズ。


「……あんたも知ってのとおり、ギルドは独立組織だ」

「顔を立て一度は足を運んだが、命令に従う義務はない」


きっぱりと言い放つ。


「……第一、俺たちギルドは魔物を倒す、いわば【剣】だ」

「全体を俯瞰し能力を引き出す仕事は、領主の仕事だろ?」

「【剣】に考えさせてどうする?」


言葉を失うヘイルズ。


「……まだまだ混乱は始まったばかりだ」

「これから仕事は数倍忙しくなるだろうが、まあ、頑張ってくれ」


言いたいことを言い終えると、

バルドゥスは部屋を出ようと扉へ向かう。


「……さらに……数倍……!?」


絶望の表情でうわごとの様につぶやくヘイルズ。


すると、

扉の前にセイバスが立ちふさがり頭を下げる。


「……おっしゃることはごもっともです」

「ですがそれでも、ご再考いただきたい」


直接的な表現は無いが、

この領主では対応不可能とその姿で告げる。


その行動に怒るでも諫めるでもなく、

ただハラハラと状況を見守るヘイルズの姿を見て、クロードが口を開く。


「――領主さまもお困りのご様子」

「お引き受けしたらいかがです?ギルド長」


予想もしていないクロードの言葉に、

バルドゥスの表情が引きつる。


(……またこいつは、何か良からぬことを考え付きやがったな……)


それが楽しみでもあり、恐ろしくもあり。


それでも次の言葉を期待する自分に辟易しながら、

バルドゥスは成り行きを見守る。


「……とはいえ、この内容では後に考えの行き違いがあるかもしれません」


言ってクロードは書面に追記を始める。


「こちらの内容で正式な書面を交わし、事態が収束するまではセイバス様にギルド付きになっていただくということでいかがでしょう?」


書き終えた書類をセイバスに手渡す。


「――これは!?」


確認を終えたセイバスの表情が驚愕に満ち、

クロードを見る。


そこにあったのは――

覚悟を問う視線。


(……この男が【S.O.M.P.O. ジャン】創始者……)


合理だけではない。

だが、理不尽でもない。


(……この選択は……街の未来を変える……)


セイバスの中の何かが、大きく揺れた。


その正体がなんなのか、

自分でもわからないまま、セイバスは書面をヘイルズに手渡す。


「……いかがでしょう、ヘイルズ様」


受け取ったヘイルズが、

追記部分を確認する。


丁寧に追記した理由まで記載されており、

中でもその一文にヘイルズの目が留まる。


「セイバス!」

「この内容で構わん!急いで正式書面を交わせ!」


気が変わるのを恐れ、

急がせるヘイルズ。


「……承知いたしました」


力ないその返事にヘイルズが気付くことはなく、

会談は終わりを告げた。




「――お前、やりやがったな……」


帰りの馬車の中、

バルドゥスが呟く。


「この街にとっての“最善”を選んだだけです」


悪びれもせず、

クロードが答える。


「なんのことですか?」


二人の会話の意味が分からず、

ケイティーが口を挟んだ。


「お前も追記を読んだんだろ?」


「はい」

「特におかしいところは無いように思いましたけど……」


ケイティーの言葉に、


「大ありだ」


異論を呈した。


「こいつはな、ヘイルズの承諾を得るために、最初にあの一文を入れやがったんだよ」


「最初のって……」

「確か、領主の生活費は前年通りを補償するっていうやつですよね?」


ケイティーの返答に、


「そうだ」


短く答え続ける。


「生活費ってのはな、最低限だ」

「贅沢品なんざ入ってねえ」


言ってクロードに視線を向ける。


「こいつはそれがわかった上で、ヘイルズの野郎を騙しやがったんだよ」


「領主を、騙すぅっ!?」


ありえない行動に、

ケイティーが驚きの目でクロードを見る。


「ヘイルズの野郎はそこだけで満足して、おそらくその後のことなんざ上辺だけしか読み取れていねえよ」


バルドゥスの言葉に、


「……ということは、その後のことも何か裏の意味があるんですか?」


恐る恐る聞くと、


「簡単に言えば、ヘイルズの生活費を除いた全ての税収を、俺たちがすべて自由に使える契約だな、ありゃあ」


「なっ――!?」


再び驚きの声を上げる。


「で、でも――」

「確かセイバスさんの了承が必要とか書いてありませんでした!?」


ケイティーの疑問に、


「あったな」

「でも、こいつはもうセイバスを落としてるぞ」


「なっ――!?」


いくら驚いても足りない。


「……セイバスは優秀だからな」

「あの追記を見た瞬間に、こいつの意図を読み取った」


「で、主人の反応を見て見切りをつけたんだ」

「最後まで自分のことばかりで、領民のことを考えない領主だと」


バルドゥスの言葉に、

今度はクロードが口を開く。


「普段ならともかく、この非常時にギルドの協力が得られなければ、この街は崩壊します」


「優秀な彼は、我々の要求を呑むしかなかったのですよ」


淡々と言うクロードに、

ケイティーは再び畏怖を覚える。


(……この人は、自分の信念のためなら平気で領主さえも陥れるのね……)


ケイティーには信じられない感覚だった。


「……とにかく」

「これからさらに忙しくなるぞ、こいつのせいでな」


バルドゥスの皮肉に、


「よろしくお願いしますよ、領主代理」


楽しそうに答えるクロード。


呆れたケイティーが外を見ると、

日差しがだいぶ高くなっていた。


空を飛ぶ鳥を見て、ケイティーは思う。


(……わたしも、空を飛んでここから逃げ出したい……)


必ず来るであろう激動の日々にため息をつくと、

通りを歩く、子連れの親子が目に入った。


(……でも、守るためには必要なのよね……)




帳面の裏表紙に刻まれた名が、新たな一文を静かに見つめる。


――S.O.M.P.O. ジャン


剣と魔法の世界に、書き加えられた責任。


その一文は契約であり、覚悟であり、そして――


未来への宣言だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


※※※ << 緊急告知 >> ※※※


6月19日まで、毎日21:00更新いたします!


※以降は毎週水曜日21:00更新予定です。

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