第二十七話 追加された席 - 引き返せない役割 -
辺境の街【オーダリー】の冒険者ギルドには、
現在五百五十名を超える冒険者が登録をしている。
だが――ギルド長控室に足を踏み入れたことのある冒険者は、
ほんの数名。
職員でさえ、来客を告げるために扉を開くことはあっても、
中に入ることは稀だった。
「――ケイティー」
「椅子を用意しろ。三つ追加だ」
そのギルド長控室に呼ばれたケイティーは、
バルドゥスの指示に身を正し、
「はい!」
元気よく返事をする。
三日前に大目玉をくらったケイティーは、
なんとか挽回しようと一生懸命だった。
すぐに用意に向かうケイティーの背中を見送り、
バルドゥスが心の中で苦笑いした。
(……タフな奴だ……)
最悪なシーンを見てしまったケイティーを、
バルドゥスは心配していた。
心が壊れてもおかしくない惨劇。
説教した日は大泣きをしていたが、
翌日には普通に勤務していて、かえって驚いたくらいだ。
そんなことを思っていると、
「――入るぜ」
レオンの声が響き、
続いて複数の足音。
「早えな、お前ら」
バルドゥスの目に、レオン、クロード、トーマスの姿が映る。
数分遅れて、ローデンとルーカスも続いた。
さらに数分遅れて、
ケイティーが椅子を抱えて中に入る。
「お待たせしました」
足りない分をそれぞれに渡し、
余ったひとつを壁際に置く。
仕事を終え帰ろうとしたケイティーに
「――待て」
バルドゥスが一言。
「はい、なんでしょうか?」
新たな指示かと伺いを立てると、
「――お前の席だ」
「座れ」
余った椅子を指差し、
短く答えた。
「……えっ……」
理由がわからず立ち尽くすケイティー。
「ここに座れと言ったんだ」
「早くしろ」
お構いなしに急かすバルドゥス。
見かねたクロードが椅子を移動させ、
「どうぞ」
着座を促した。
もはや断れない状況と悟り、
ケイティーは無言で腰を下ろした。
「……さて、全員集まったことだし始めるぞ」
バルドゥスが切り出し、
会議が始まる。
「レオンが捕まえた【レイピアの男】だが、名前はスレイド」
「元Bランクの冒険者だ」
全員が神妙な面持ちで聞き入っている。
「そのスレイドからの情報だが――」
「指示を出したのは……」
「【ガーラン】の領主――デルムンドだ」
「「「――!?」」」
一瞬、全員が声を失う。
「――冗談だろ!?」
それでも、すぐにレオンが叫ぶ。
クロードから、
可能性の話として候補には挙がっていた。
だが、
その中でも最悪に近い相手。
「……間違いないのか?」
ローデンが疑問を口にする。
「念のため【真贋の宝玉】で確認しました」
「少なくとも、嘘はついていません」
これ以上ない方法だった。
これでスレイド自身が騙されていない限り、
デルムンドが【敵】であることは間違いない。
重苦しい雰囲気になり、空気がよどむ。
誰も、すぐに口を開こうとしなかった。
耐えられなくなったケイティーが、
そっと手を上げる。
「……どうした?」
バルドゥスが問う。
「あの……」
「なんだか、凄くとんでもないお話をされているようですが……」
「なぜ、私はここにいるんでしょうか……?」
片手を上げたまま、
視線を床に落としてケイティーが話す。
あまりの内容に、
怖くてみんなの目を見る気にならなかった。
「なぜって、おまえ……」
「まだ……死にたくはねえだろ?」
わざと、
さも当然のように話すバルドゥス。
「――!?」
突然【死】などという言葉がでて、
ケイティーは混乱して言葉が出ない。
「……この件は極秘に対策を進めているんですよ」
「【敵】の切り札の存在を、誰にも知られないために」
クロードが切り出す。
「そのために街道を封鎖して人除けまでしたのに……」
「あなたは関わってしまった」
何も言い返せないケイティー。
「――ちなみに」
「ここにいる全員、誰かに秘密を漏らした場合、その相手と自分の命が奪われることに同意しています」
聞いて硬直する。
「……要するに知っちまったお前はな、協力するか殺されるしかねえんだよ」
呆れたように説き伏せる。
「そういうことです」
「もちろん、あなたにも同じ条件を守っていただきます」
クロードが笑顔でダメ押しをする。
もはや何も言い返せることもなく、
「……わかりました」
泣きそうな顔で返事をする。
その瞬間から、
自分が普通の職員ではなくなったのだと思い知らされる。
「さて――」
目的の一つを果たし、
クロードが話を戻す。
「情報のすり合わせをしたいのですが、デルムンドについて知っていることを教えていただけますか?」
その提案に最初に答えたのはバルドゥス。
「まあ、ここの領主とそう変わらねえよ」
「自分のことしか考えない、碌でもねえ領主だ」
その言葉に頷き、
続けたのはローデン。
「俺の印象も同じだ」
「情報源は【ガーラン】からきた冒険者からの話だがな」
「やはりそうですか……」
二人の話を聞いて考えこむクロード。
「……どうした?」
「何が気になる?」
それを見てバルドゥスが問う。
「……おそらくですが」
少しだけ自信なさそうに切り出し、
「デルムンドも本当の黒幕ではないと思います」
クロードが答えると、
「どうしてなんだ?」
レオンが声を上げる。
「デルムンドごときが【誘引花】に辿り着けるとは思えません」
クロードが真顔で言った。
(……この人、領主を“ごとき”って言った……)
あまりの会話の内容に、
ケイティーの常識が崩れ去っていく。
「――確かにな」
バルドゥスがクロードの意見に同意する。
「おいおい……」
「じゃあ黒幕ってのはもっと大物なのか?」
トーマスがさも嫌そうに聞くと、
「そうでしょうね」
クロードが淡々と答える。
「――そうなると、まずは【ガーラン】で情報収集ですか?」
ルーカスが聞いた話から推測すると、
クロードが頷き、続ける。
「そうですね」
「本当の黒幕がどう動くのか【ガーラン】での情報収集は必須と考えます」
「誰が行く?」
バルドゥスの問いに
「――お願いできますか?」
「ルーカス」
クロードが真っすぐルーカスを見る。
「おいおい、いくらなんでも危なくないか?」
トーマスが心配するが、
「――いえ、行きます」
「ぼくたちなら、敵に怪しまれることもないでしょうから」
ルーカスが引き受ける。
「じゃあ、俺たちはどうすればいい?」
ローデンの問いに、
「あなた方には【ガーラン】付近の魔物の遭遇率などに異変がないか、確認をしていただきたい」
言ってクロードは、
ローデンとトーマスを見る。
二人は顔を見合わせ
「わかった」
短く返事をする。
それを確認し、
「あなたは変わらず警護です、レオン」
「了解」
クロードはレオンに指示を出す。
「なら俺は【オーダリー】全域の魔物の分布図や遭遇率に異変がないか確かめさせよう」
聞いていたバルドゥスが自ら提案した。
クロードは頷くと
「それでは私から、エリナとギルド職員の交換留学を提案します」
そう切り出した。
「交換留学?」
意味が分からずバルドゥスが聞くと、
「一時的に、職員を互いの職場に派遣し学ばせることで、成長を促す試みです」
クロードが答える。
「ですがエリナの派遣に関しては、ギルド職員には無い視点で異変を発見することに期待をしています」
「なるほどな」
「確かに、今回あの嬢ちゃんの観察力で“こと”が動いたからな」
バルドゥスがその提案を了承する。
それを確認して、クロードがケイティーを見る。
「――そういうことで、その間あなたには【S.O.M.P.O. ジャン】で働いてもらいますよ」
「ケイティー」
「わたしですか!?」
完全に油断していたケイティーが驚きの声を上げ、
おずおずと質問をする。
「……ちなみに、拒否権は?」
「もちろん、ありません」
「残念ながら」
にこやかに笑うクロードに、
ケイティーは深いため息をつく。
「……わかりました……」
こうして、会議は終了した。
――三日後。
【リターンライン】が【オーダリー】を出発し、
【ガーラン】へと向かった。
さらにその二日後。
エリナとケイティーの交換留学が始まる。
「本日よりお世話になります!」
ほぼやけくそで元気に挨拶するケイティー。
「ああ、よろしく頼むよ!」
「よろしくな!」
応えるマールとリーリス。
「それでは、受付はお二人にお任せします」
「何かあったら控室までお願いします」
クロードの言葉に
「わかったよ」
マールがにこやかに答える。
「さあ、あなたはこちらで保険の勉強です」
言ってケイティーを控室へと手招きする。
これから始まる未来にややめまいを覚えながら、
(……怖いけど……)
(……それでも、やるしかない……)
どうせやるなら、
完璧にこなして見返してやる。
妙な反抗心で“怖い”と思う自分を納得させ、
ケイティーは覚悟を決めた。
その覚悟の日から、さらに三週間。
受付に立つようになったケイティーの元に、
慌てた様子のルーカスが現れる。
「あら、たしかルーカス君よね?」
ケイティーの言葉に無言で頷き、
「……クロードさんはいますか?」
そう聞くと、
ケイティーはルーカスを控室へと案内する。
「……どうしました」
書類の整理を止め、
何かを察したクロードがルーカスに聞く。
一瞬の沈黙を置き、
ルーカスが答える。
「デルムンドが……」
答えるルーカスの声が震える。
「――死にました」
帳面の裏表紙に刻まれた名が、悪意の匂いにざわめき立つ。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、闇から延びる影。
見えないその手は、すでに次の一手を打っていた。
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