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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第二十六話 正しさの代償 - 守るための罪 -

いつも寄せ付けがたい雰囲気を醸し出していたギルド長が、

こんなに笑うようになったのはいつからだろうか。


「おはようございます」


「おう」


機嫌よさそうに返事を返すギルド長――バルドゥスに挨拶をしたのは、


ギルド職員として働き始めて三年目。

事務兼受付担当として働くケイティーだった。


(……今日は、いつにも増して機嫌が良いわね……)


その背中を軽く見送りながら、

ケイティーは思う。


ギルドでの仕事は緊張の連続だったが、

ここ最近はその緊張が和らいでいる。


その原因は――


「おはようございます。ギルド長はいらっしゃいますか?」


この男。


【S.O.M.P.O. ジャン】創設者――クロード・ジャン・アルヴェイン。


「たった今戻られたところです。確認してまいりますので少々お待ちください」


言ってケイティーはギルド長控室へと向かう。


「失礼します」


「ケイティーか、どうした?」


まだ椅子に座りもせず、

何かの資料を手にしたギルド長の姿。


「クロード様がお見えですが、お通ししてよろしいでしょうか?」


「きたか……すぐ通してくれ」


少し神妙な顔で答えるギルド長に、


(……いつもはクロードさんが来ると笑顔が多いのに……)


ケイティーは少し不思議に思いつつ、


「承知いたしました」


変わらぬ声で返事をした。


「――クロード様、お待たせいたしました」

「ギルド長控室までお願いいたします」


「わかりました」


いつも変わらず礼儀正しいクロードに、

ケイティーは好感をもっていた。


なぜか男性として惹かれるわけではないが、

人間としては、尊敬しているといってもいい。


「失礼します。クロード様をお連れいたしました」


「おう、すまなかったな」

「……クロード、入れ」


ケイティーへの挨拶は軽やかな声だが、

クロードへの声はやや重かった。


(……なにか、重要な問題があるのね……)


クロードが部屋へ入ったのを見届けて、

ケイティーは好奇心を抱えたまま扉を静かに閉めた。


そして思い至る。


(……三日前の、あの人たちからしら……)


英雄レオンが連行してきた三人の男。


ギルド長からは、

大量虐殺を企む集団の一味と聞いている。


あまりに不穏なその言葉に、

ケイティーだけでなく、ギルド職員全員がその行方に注目していた。


だから――


ケイティーは好奇心に勝てず、そっと聞き耳を立てる。




「まず判った情報から伝える」


ギルド長の声。


「【レイピアの男】の名はスレイド。元はBランク冒険者だが、三年前に資格を剥奪されていた」


「……となると、犯罪を犯して奴隷落ち。それを誰かが“買った”ということですね?」


「だろうな」


話の内容は、

やはり三日前に連行された男たちのようだ。


「部下の二人は簡単に口を割ったが、やつらは何も知らねえな」


「……ということは、スレイドとやらは口を割らないと?」


クロードの言葉に、

バルドゥスが渋い顔をする。


「……ありゃあ、主人のためとかじゃなく保身だろうな」

「まあ……【事】が起きたときに、上手くやれば逃げられるとでも思ってるんだろうよ」


(……やっぱり、尋問うまくいっていないのね……)


ケイティーの思いは、クロードも同じだった。


「……そうですか」


つぶやき、

数秒ほどの沈黙ののち、口を開く。


「――私に、任せませんか?」


熱のない声だった。


ケイティーには、

その声がいつもの礼儀正しいクロードから発せられたとは思えないほどに。


「……何をやるつもりだ?」


察したギルド長が問いただす。


「――あなたにはできないこと……いえ」


一呼吸置き、


「あなたには――して欲しくないことをです」


中の様子は見えない。


それでもケイティーには、

冷たくまっすぐな目でギルド長を見据えるクロードの姿が、

くっきりと脳裏に浮かんだ。


「……俺がそれを、お願いしますと言うと思うか?」


「いえ……」

「ですがそれでも……スレイドを連れ出すのを見逃していただきたい」


わずかな沈黙。


「――わたしはもう……」

「“あの惨事”を目にするつもりはありません」


冷たいが熱い、

有無を言わさぬ叫びだった。


今度の沈黙は、

数十秒続いた。


「……ふぅ」


折れたのは、

ギルド長だった。


「――諦めろと言っても、引く気はねえんだろ?」


「ありません」


即答だった。


「……ったく」


数秒の沈黙。


「――猶予は一日だ」


「それからな……何をするのかは言え」


クロードの目を見つめ、


「俺も、背負う」


覚悟を決めた声だった。


「ありがとうございます」


同じくらい、

敬意のこもった声だった。


(……すごい、この人たち……)


覚悟の仕方が、

常人とはかけ離れている。


ケイティーの鼓動が高鳴る。


「……その前にすみません。もう一つお願いがあります」


クロードの声に、


「なんだ……まだあるのか?」


少し警戒するようなギルド長の声に


「スレイドが持っていた剣をいただけませんか?」

「彼に……ホークの作った武器は相応しくありません」


「あぁ……そんなことか。好きにしろ」


安堵と面倒が入り混じったような声で答える。


「ありがとうございます」


感謝を述べ、

言葉を続ける。


「それでは――」


そこで区切ると、

やや大きな声でこう言った。


「スレイドの持っていた武器を、ホークの店まで届けていただけますか?」

「――ケイティーさん」


「「なっ――!?」」


ギルド長と自身の声が重なる。


これ以上ない心音の高鳴りを感じつつ、

ケイティーは扉をゆっくりと開く。


観念して一歩足を踏み入れると、

目を閉じ楽しそうに口角を上げるクロードと、呆れ顔のギルド長がいた。


「……ケイティー、お前なぁ……」


ギルド長のその声に、

どう反応してよいかわからず立ち尽くしていると、


「好奇心旺盛なのは悪くねえが、過ぎると身を滅ぼすぞ」


怒る――というよりは、

言い含めるような声で言われた。


その様子を変わらず楽しそうに見ていたクロードが、

笑顔のままケイティーに声をかけた。


「ホークには、できれば有望な若者に安く売ってやってくれと伝えてください」

「お願いしますね。ケイティーさん」


ここから逃げ出す言い訳を渡すと、


「はい!申し訳ありませんでした!」


深々とお辞儀をし、

ケイティーは逃げるようにギルド長控室を後にする。


――だから、

ケイティーは知らない。


彼らの、

この後の会話を――。




(――やってしまった!――)


クロードのおかげでギルド長に大目玉を食らわずに逃げ出せたが、

目を付けられたことは間違いない。


せめて言われた仕事はきちんとこなそうと、

ケイティーはスレイドの武器を保管庫から持ち出し、ホークの店へと急ぐ。


「こんにちはー」

「ホークさん、いらっしゃいますかー」


扉を開けケイティーが声をかけると、

店の奥で作業をしていたホークが顔を出す。


「おぅ、珍しいな!ギルドの姉ちゃんじゃねえか!」

「今日はどうした?」


ちょっと機嫌のよさそうなその声に内心ほっとしつつ、

ケイティーは布にくるんで持ってきた剣を、そのまま手渡した。


「クロードさんに頼まれて、お持ちしました」


「クロード?」

「クロードの頼みを、なんで……」


言いかけて言葉が止まる。


布の中から現れた剣に、

見覚えがある。


「三日前に、レオンさんが捕まえてきた男が持っていた剣です」


不思議そうに聞き返すホークに、

ケイティーが事情を説明する。


「実はその男、かなりやばい集団の一人なんです」

「それで、クロードさんがその男にホークさんの武器は似合わないって」


説明する間に、

ホークの顔が次第に真顔になっていく。


「これはホークさんに差し上げるので、良かったら有望な若者に安く売ってやって欲しいとのことです」


「……そうか」

「そこまで――」


それ以上、

言葉はなかった。


「――ホークさん?」


まだ感情の機微に疎いケイティーは、

目を見開いたまま剣を見つめるホークに問いかける。


「いや、すまねえ……」


「“わかった”――と伝えてくれ」


視線を動かすことすらなく、

返事をするホーク。


さすがにこれ以上言葉をかけるのは適切ではないと悟ったケイティーは、


「わかりました。それでは失礼します」


と言い、帰路につく。


(……クロードさんに関わった人って、なんだかみんなあんな目をするのよね……)


ホークの目が脳裏に焼き付いて離れない。


大切な何かを見据えるような、

そんな真っ直ぐな目。


(……わたしも、いつかあんな目をする日が来るのかしら……)


怖いような、羨ましいような、

不思議な気持ちだった。


無意識に、

空を見上げる。


気付けば、

陽はだいぶ高く上がっていた。




――ギルドへの帰り道。


ケイティーの目に、

ギルドの方向からやってくる一台の馬車が映り込んだ。


(……あれって、ギルド所有の馬車よね……)


馬車の後ろには、

護衛をするかのような冒険者が二人。


そのためか、

馬車のスピードは、ほぼ徒歩と同じ。


(……なにかしら……)


なんとなく気になり、

ケイティーは物陰に隠れ、馬車が通るのを待った。


ようやく肉眼で御者の顔が判別できるようになった時、

馬車の中にクロードがいることがわかった。


(……なんでギルドの馬車にクロードさんが……)


その疑問が頭を駆け巡り、

ケイティーは無意識に後をつけた。


やがて、護衛の冒険者二名が交差点で道を塞ぐように立ち

馬車だけがその先に向かう。


(……この先って、例の場所よね……)


そこは、マダガス殺害現場兼スレイド捕縛現場。


帰らなければいけないと頭ではわかっているのに、

体は歩みを止めずにいた。


「この先は今日、一般人の立ち入りは禁止だ」

「悪いが、右の道から回ってくれ」


冒険者に止められ促されると、

ケイティーはとっさにこう言ってしまう。


「クロードさんに報告があるんです」


ほぼ無意識に出た言葉。


嘘ではなかった。


「……まあ、ギルドの人間なら一般人ではないか」


顔を見合わせる冒険者の二人は、やがて頷き、


「この道からは逸れるなよ」


「……はい」


ケイティーは通行を許された。


(……あぁ、またやってしまった……)


興味があると、

無意識に動く口と体。


今日ほど恨めしいと思ったことはなかった。


今さら嘘でしたとも言えず、

ホークの件を報告しようと歩くケイティーの目に、広がる草原。


普段から人通りはほとんどない道だが、

今日はおそらく反対側の道も同じように規制されているためか、

誰一人通ることはなかった。


だから、百メートル近く離れているこの距離でも、

クロード達の会話がぎりぎりだが耳に入った。


「知らねえって言ってるだろう!」


後ろ手に縛られ、首輪を嵌められ木に繋がれているスレイドの声は、

怒鳴っているせいか良く聞き取れた。


逆に冷静に落ち着いた声で話すクロードの声は、

少し聞こえはするものの、はっきりと単語がわかるほどではなかった。


やがてクロードは、

一本の剣をスレイドのそばに突き立て振り返り、スレイドから離れてこちらへと歩みを進める。


「待て!」


スレイドが叫ぶが、クロードは振り返らない。


とうとうケイティーの隠れる木まで残り十五メートル程の位置まで来ると、

スレイドの方へ向き直り仁王立ちした。


(……一体、なにがはじまるの?……)


数秒が数分に、

数分が数十分にも感じる静寂。


完全に時間の感覚が狂いだしたとき、

それは起こった。


(……なっ!?)


地面が――わずかに蠢いた。


静寂。


風すら、止まったように感じた。


次の瞬間。


土を割って現れたのは、

三匹の地鼠。


肉を裂くために進化した前歯。

なにかに反応する異様な動き。


「――お、おい!助けろ!」


しかし、

クロードは動かない。


(……な、なんで!?……)


ケイティーが目を疑う。


「や、やめ――」


スレイドの言葉は、

最後まで続かなかった。


響き渡る悲鳴。


そして――




悲鳴は、

絶叫となった。




「いやぁぁああ――っ!!」


魂に響くような絶叫に、

ケイティーは隠れていることも忘れ悲鳴をあげた。


驚いたように振り返るクロードの姿も、

目を閉じ、両手で耳を塞ぐケイティーには入らなかった。


「――困った人ですね……」


呆れたような声で言い、

クロードはケイティーの肩を軽く叩く。


ビクッと体を震わせ、

ケイティーがクロードを見る。


まるで、

何も起きていないかのように普段通りの彼の目がそこにあった。


「……ど、どうして助けないんですか!?」


辛うじて出た声は、

やはり無意識に出た言葉だった。


その声にクロードは顔だけスレイドの方へ向けると、

静かに説明を始めた。


「自分が何をしようとしていたのか――理解させるためです」


その説明に、

ケイティーの思考が一瞬止まる。


「人は、自分が体験して初めて本当の意味で理解します」

「……もっとも、一度で理解できるなら、の話ですが」


そこまで言うと、

クロードの目が鋭く細まる。


「彼は、魔物を使ってこの街を襲わせようとしていたんですよ」


衝撃の告白だった。


大量殺戮を企てる集団とは聞いていた。


だが、魔物を使い人々を襲うなどとは想像もしていなかった。


それでも――


「だからと言って、これは――!」


声を上げる途中で、

クロードの指がそれを制止する。


「――そうです……許されるはずがありません」

「あなたが正しい……」


そう言う彼の目は、

いつの間にか優しく、透き通っていた。


「……けれど、彼の口から首謀者が語られなければ――」

「今あなたの見ている惨劇が、あなたの住む街で起きるかもしれません」


「……」


職場の仲間。

友人。

家族。

それらが魔物に襲われる。

想像するだけで恐ろしい世界だった。


「……納得してもらおうとは思いません」

「それでも、わたしも引くわけにはいきません」


語る彼の目が、

徐々にまた鋭くなる。


「実際の光景は……あれよりももっとおぞましいものです」


悲鳴を上げ続けるスレイドを眺め、

それでも彼は断言した。


「申し訳ありませんが、彼が首謀者を白状するまでは、あなたにもここで待機してもらいます」


そう言って、

クロードは自分の首につけていたネックレスをケイティーにかける。


「……これは?」


ケイティーの問いに、


「あなたの身を守るものです」


簡潔に答え、続ける。


「一応安全は確認していますが、念のためです」

「敵の中には、凄腕の弓使いもいますから」


ふたたび優しい目に戻り、


「離れるのはかえって危険なので、ここにいてください」


というと、スレイドの元へと歩いて行った。


ケイティーはもう、目が開けられなかった。


(――あれが、“正しい”の……?)


その自問に、答えは出なかった。


ただ一つだけ、確かなことがあった。


もう――


以前と同じ目では、

クロードを見ることができない。


(……あの人は)

(人を守るために、人を壊せる人だ)


(でもそれは――本当に正しいの……?)


葛藤。


少し間を置き、

地鼠の悲鳴らしきものが聞こえた。


さらに間を置き、

スレイドの驚愕の声が響く。


「な、なんだこれは!?」


体の傷が、治っていた。


だが――

スレイドは震えが止まらない。


傷は治っても、

その体験が脳裏に焼き付いて離れない。


その問いにクロードが答えているらしいが、

やはりクロードの声も小さくて聞き取れない。


スレイドの叫びの中で、

ケイティーが聞き取れたのは、

「ハイポーション」という単語だけだった。


そこでようやく目を開けると、

体は血でぬれているのに、怪我などないかのようなスレイドの姿があった。


そして、

そのスレイドに、クロードが何かを見せる。


その瞬間――


「や、やめてくれ――っ!!」


スレイドの懇願の声。


その後の会話は一切聞き取れなかったが、

しばらく後、スレイドを連れてクロードが歩いてきた。


「――目的は果たしました」

「帰りましょう」


変わらぬクロードの姿と、

打って変わって怯えたスレイドの姿。


ケイティーはもう一言も発さず、

ただ、クロードの後について行った。




ギルドに到着したのは、

それから三十分ほどしてからだった。


クロードと一緒にギルド長控室に入ったケイティーに待っていたのは、


「……こ…の……大馬鹿野郎がぁぁああっ!!」


バルドゥスからの大目玉だった。


「だから言っただろうが!」

「好奇心もほどほどにしねえと身を滅ぼすと!」


その言葉に、

ケイティーはただただ涙をこぼした。


叱られたことではない。


あの光景が、頭から離れなかった。


「……もういい」

「今日は帰れ」


「……はい……すみませんでした……」


消え入るような声で辛うじて返事をし、

ケイティーは出ていった。


それを確認し、


「……わたしの不注意でした」

「申し訳ありません」


クロードのその謝罪を、

バルドゥスは手を振って突っぱねた。


「悪いのはあいつだ、気にするな」

「それより……」


「ええ……」

「――わかりました」


意図を察し、

クロードが答える。


「黒幕かどうかまではわかりません」


一拍置き、

バルドゥスを見据える。


「ですが、スレイドに命令していたのは――」


「デルムンド――【ガーラン】の領主です」


その名を聞いた瞬間、

空気が、凍りついた。


本来なら敵対するはずのない、“上”の存在。


もはや、

個人でどうにかできる相手ではない。


それが敵だという事実は――


戦いの次元が変わったことを意味していた。




帳面の裏表紙に刻まれた名が、影の中に浮かび上がる。


――S.O.M.P.O. ジャン


剣と魔法の世界に、忍び寄る影と打ち払う光。


決して交わることなく、静かに互いを侵食し始めていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


※※※ << 緊急告知 >> ※※※


6月19日まで、毎日21:00更新いたします!


※以降は毎週水曜日21:00更新予定です。

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