第二十四話 違和感の正体 - 差し出された右手 -
【シャドウ】についての会合から三週間。
発覚した悪意が嘘のように、平和な日常が流れていた。
あの重苦しい会合が、まるで遠い出来事のように……。
「いつもありがとうございます」
その言葉は、隣を歩くエリナからトーマスに向けられたもの。
「いや、俺たちも稼がせてもらっている。気にしないでくれ」
後輩たちに向けるような笑顔をつくり、答えるトーマス。
一瞬エリナに視線を向けるが、すぐに辺りを見回す。
「……こうしてみると、人が増えたな」
トーマスが何の気なしにぼやくと、
「少し前にギルド長に聞いたんですけど、登録者数が五百人を超えたそうですよ」
「そんなにか」
【S.O.M.P.O. ジャン】ができるまでは三百人程度だった。
驚きと同時に、納得もする。
「【S.O.M.P.O. ジャン】のおかげで、みんな無茶をしなくなった」
トーマスがしみじみと声に出す。
「【オーダリー】の冒険者の死亡率が急速に低くなったことは、近隣の街でも噂になっていると俺も聞いたよ」
誰だって死にたくはない。
近くに安全な街があるなら、当然移動を考える。
「……ちゃんと、お役に立てているんですね。私たちの仕事」
嬉しそうにエリナがつぶやく。
「ああ、感謝してるよ」
そのつぶやきに、トーマスは思う。
(……役に立ってるどころじゃない……)
(……俺たちの希望だ……)
声にはしなかったが、その思いを心に刻んだ。
冒険者の死亡率だけではない。
レオンの治療。
復活への道筋。
そして――
折れかけていた、自分の心も救ってもらった。
さらに今度は、【誘引花】の知識共有とスタンピード対策。
数えきれないほどの恩がある。
だからトーマスは、この言葉を追加する。
「【S.O.M.P.O. ジャン】の警護をできることは――俺の誇りだ」
伝えられる言葉で、感謝した。
エリナが照れるように笑顔を見せた。
「ここで最後です」
通知義務忘れをしている冒険者がいないか確認するため、
【S.O.M.P.O. ジャン】では定期的に武器屋を回っている。
いつも最後は、一番の割引率を誇るホークの店。
「こんにちは」
エリナが挨拶すると、接客中のホークが「ちょいと待っててくれ」と片手を上げた。
頷き、トーマスとともに店内の端へ寄る。
「――で、どうだ?」
右手でショートソードを持つ冒険者に、ホークが尋ねる。
(……あら……)
その姿に、エリナが違和感を覚える。
だが――それが何なのか、言葉にならない。
「――ああ、さすがに街一番と言われるだけはある。貰おう」
その違和感の正体がはっきりしないうちに、見慣れないその冒険者は武器を買い、エリナの横を通り過ぎる。
すれ違う、その一瞬――わずかな引っかかりだけを残して。
「おい。通知義務、忘れるんじゃねえぞ」
ホークの声に一瞬怪訝そうな顔を見せるが、振り向きもせず片手を上げると、店を出ていった。
「待たせたな、嬢ちゃん」
ニッと笑うホークに、
「忙しい時にすみません」
小さく頭を下げる。
そのまま通知義務忘れの冒険者がいないか、簡単にすり合わせを行う。
確認も終わり帰ろうとした時、ホークから一本のショートソードを渡された。
「……これは?」
エリナが問うと、
「リーリスの嬢ちゃんの護身用だ。金はもう貰ってるから、わりぃが持って行ってくれ」
ホークの言葉に、
「なら、俺が持って行こう」
トーマスが代わりに受け取った。
そのまま挨拶し店を出ると、エリナとトーマスはまっすぐ【S.O.M.P.O. ジャン】へと戻る。
「おかえりなさい」
迎えたクロードに、
「ホークさんから剣を預かった」
トーマスが剣を見せると、
「リーリス、できたそうですよ」
控室にいるリーリスへ声をかけた。
「ほんと!?」
ほんの数秒で顔を出し、トーマスから剣を受け取る。
嬉しそうに剣を眺め、右手で剣を握ると、軽く体の後方へ腕を引き、バランスを確かめる。
「あっ」
その姿を見たエリナが、小さく声を上げた。
「……どうしました?」
気になったクロードが聞くと、
「あ、すみません。さっきちょっと気になった冒険者の方がいて、今のリーリスの姿で、気になった理由がわかったので、つい……」
少し恥ずかしそうにうつむいた。
確かにエリナは、普段から冒険者の動きをよく観察していた。
だが――クロードには、その言葉の方が気になった。
「……気になった冒険者とは?」
聞くと、エリナがそのまま答える。
「ホークさんのところでショートソードを購入した冒険者の方です」
「ああ、あいつか」
エリナの言葉に、トーマスが記憶を手繰り寄せる。
「その時は、何が気になったのか自分でもわからなかったんですけど、その冒険者の方は、右手で剣を握っているのに、右足を前に出していたんです」
その言葉に、クロードの目が一瞬上がる。
その瞳に、明確な反応が宿る。
見逃さない――という意志が。
「左手もやや後方でしたし、ホークさんが通知義務と言ったのに、理解できない表情でした」
そこまで言って、エリナが推論を口にする。
「多分、普段はレイピアを使っている、南方の冒険者の方なんじゃないでしょうか?」
その言葉に、トーマスとレオンがハッと表情を変え、クロードを見る。
クロードは口元に小さく笑みを浮かべ、頷いた。
「……よく見ていましたね。素晴らしい観察眼です」
普段から多くの冒険者を見てきた彼女だからこその視点だった。
「トーマス――その冒険者の顔、覚えていますね?」
「ああ、はっきりと!」
やや興奮した笑顔で答える。
「――バルドゥスに、報告を」
「わかった!」
色めき立つ男たち。
何が起きているのかわからないエリナが、呆然と佇む。
「……あの……なにが……」
小さな声で聞くと、クロードがレオンを見て頷いた。
「――おまえの観察眼が、数千、数万の命を救うかもしれないって話だ」
言って、
「よくやった」
レオンはエリナを抱きしめた。
それは賞賛であり、同時に――守ろうとする本能だった。
まだ困惑するエリナの姿を眺めつつ、クロードは小さく笑みを浮かべる。
(……真っ暗闇に見つけたこの光明、逃しはしません――)
帳面の裏表紙に刻まれた名が、一筋の光明に照らされる。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、純粋な心が闇を捉えた。
たった一つの小さな灯は、抗う者たちの希望となった。
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