第二十三話 陰謀の検証 - それぞれの誓い -
――マダガスの死から五日後。
ギルド長控室に呼ばれたクロードは、
レオンを伴い中へ入る。
扉を開けると、椅子に座るバルドゥスの両隣に、
トーマスとローデンが佇んでいた。
軽く会釈をかわすと、
待ちきれないようにバルドゥスが話し始める。
「まず見えない敵についてだが、毎回そういうのも面倒だからな。仮に【シャドウ】と呼ぶことにした」
頷くクロードとレオン。
「マダガスの屋敷を捜索させたが、【シャドウ】に繋がる明確な物証は出てこなかった」
「……やはりそうですか」
口封じを徹底するような敵。
証拠を残しているとは思えなかった。
「だが従業員の証言で、【シャドウ】の従者の一人がレイピアを持っていたことがわかった」
「レイピアですか……そうすると、考えられるのは南方ですね」
クロードの言葉に頷くバルドゥス。
大型の魔物には通用しないが、
防御力が低いゴブリンやコボルト相手だと好まれる武器。
比較的弱い魔物の多い南方では、
使われることが多い。
「それと【誘引花】だが、一樽ぎっしりと詰め込まれたものが発見された」
その報告を聞いた瞬間、
クロードの目から熱が消えた。
一瞬、
場の雰囲気が凍り付く。
その静寂を破ったのはバルドゥスだった。
「……念のため、検証はしておいた」
言ってトーマスを見る。
バルドゥスは信頼できる冒険者二十名を集め、
口外禁止を条件とした依頼を出した。
表向きの依頼は【魔物の異常発生原因調査】だが、
実際には【誘引花】の効能確認。
そのことを知る冒険者は、二十名中二名のみ。
トーマスはその内の一人だった。
「……正直俺は、怖いと思った」
その時の状況を語る。
「俺たちが持って行ったのは、ジョッキ一杯分程度。それでも遭遇率は……普段の二倍、いや三倍はあった」
その告白に、レオンが驚愕の表情を浮かべる。
逆にクロードは、
一切表情を変えなかった。
「だが、本当に怖かったのは遭遇率じゃない……」
思い出し、うつむきがちに続ける。
「一切の迷いがなく、一直線に襲い掛かってくる魔物が……あんなに怖いものだとは思わなかった……」
経験豊富な中堅のトーマスが、
下位ランクの魔物に恐怖した。
その事実が、
【誘引花】の恐ろしさを物語る。
「――俺の印象も同じだ」
ローデンが短く語る。
再び訪れる静寂。
「……そこで聞きてえ、クロード。お前なら……この花がどんな目的で使われようとしているのか、見当がついてるんじゃねえか?」
バルドゥスが問う。
「……そうですね」
クロードは一度だけ、
ゆっくりと瞬きをした。
そして、
「それを詳細にお伝えすることはできます。ただし――」
一拍。
「誰であろうと、口外した場合にはその者と、聞いた者……全員を殺します」
言って視線を動かす。
「――レオン。例えあなたや……エリナでもです」
本気の目だった。
「それでも……聞く覚悟はありますか?」
淡々とした声で問う。
誰も、
すぐには答えなかった。
息をする音さえ、
やけに大きく聞こえる。
その沈黙を破ったのは、
「……俺は立場上、知らないわけにはいかねえからな」
まずバルドゥスが名乗りを上げた。
「……俺もだ。知らなければ、守れないかもしれない」
次にレオン。
その言葉に、トーマスとローデンが顔を見合わせ頷く。
「……わかりました。お話ししましょう」
クロードも意を決する。
「情報を整理すれば、いくつかの条件が見えてきます」
「【誘引花】の大量確保、証拠の徹底排除、そして口封じ――」
「これらはすべて、長期的かつ広域的な結果を前提とした動きです」
言い終え、
クロードは静かに目を閉じた。
「長期的はわかるが……広域的な結果ってのはなんだ?」
バルドゥスの問いに、
クロードはゆっくりと目を開く。
その視線は、誰も見ていない場所を見ていた。
そしてそのまま、静かに告げる。
「おそらく【シャドウ】の最終目的は――」
一拍。
「人為的なスタンピードを引き起こすことです」
「――なっ!?」
絶句する三人。
しばし沈黙したあと、
ローデンが問う。
「……何のために?」
「もちろん、利益のためです」
即答するクロード。
「……利益?」
レオンが口を挟んだ。
「ええ。【シャドウ】が国や領主ならば領土拡大。貴族や何らかの組織なら、略奪ですね」
一呼吸置き、続ける。
「人を動かさず、魔物を誘導するだけで街一つ簡単に壊滅させられます。その上、魔物は人を食べても、貴金属や貴重品は持ち帰りません」
その言葉に温度はなかった。
言葉が、
出ない。
「……手段は?」
バルドゥスがつぶやく。
「確かに魔物を引き寄せる効果は確認できた。だが、スタンピードを起こすほどの効果があるとは思えねえ」
「おっしゃる通り、このままではそこまで効果はありません」
言うと、クロードはバルドゥスが持つ【誘引花】をひとつまみし、
入れてもらったお湯の入ったジョッキの中にそっと入れた。
「――これは!?」
バルドゥスが小さく叫び、
全員が息をのむ。
【誘引花】がお湯に溶け出し、
鮮血のような色へとゆっくりと変貌していく。
それはまるで、
誰かの命が溶け出しているかのようだった。
「これが【誘引花】の効果を最大限に引き出す方法です。その効果は……そのままの状態のさらに数倍になります」
全員の体に、
冷や汗が流れる。
「あとはこれを樽に詰め、目標の場所から全方位に向けて馬車を走らせ、垂れ流していけばいいだけです」
その光景を、
みなが想像する。
まるで赤い蜘蛛の巣に捕まえられ、
捕食されるのを待つ獲物のようだった。
「……どうすりゃ防げる?」
バルドゥスの問いに、クロードは首を振る。
「完全には無理でしょうね……方法が簡単すぎる」
何度目かの沈黙。
「……ただし、気付くきっかけは掴めるかもしれません」
「――なんだっ!?」
クロードの言葉に、バルドゥスが食いつく。
「おそらくですが……私の言った通りの方法で実行するならば、【シャドウ】はギルドに依頼を出すはずです」
この言葉に、ローデンが気付く。
「……俺たちに荷運びを依頼して、使い捨てってことか……」
クロードが静かに頷く。
「【誘引花】の液体を垂れ流す馬車は、最も危険な場所です。しかし冒険者を雇えば、【シャドウ】は安全に目的を果たすことができます」
「……胸糞の悪くなる話ばかりだな」
バルドゥスが不機嫌につぶやく。
「それでも、できることはやらなくてはいけません」
クロードの言葉に、
全員が頷く。
「それに、おそらくまだ時間はあります」
「……なぜそう思う?」
クロードの言葉にバルドゥスが問う。
「今回、剣の柄に詰められていたのが花びらそのままだったからです。これは、まだ【シャドウ】が本来の使い方に気づいていないか、効能テストの初期段階だと考えられます」
「なるほど」
全員が納得した顔をする。
「それらを踏まえた上で提案します」
「ギルドには、依頼内容の共有をお願いしたい。荷運びの依頼で、依頼主が同行しない依頼が同時に発生していないかの確認です」
「任せろ」
バルドゥスが頷く。
「ローデン。トーマス」
「あなた達には、通常通り依頼をこなしながら、見慣れない冒険者がいないかを気にしていただきたい」
「特に……弓使いと、レイピアを装備した冒険者です」
「わかった」
二人が頷く。
「レオン。あなたは【S.O.M.P.O. ジャン】の警護の強化です」
「利益を狙う連中なら、【S.O.M.P.O. ジャン】のノウハウを欲しがるかもしれません」
「それに……あなたの噂が広がっているとすれば、邪魔と判断し消しに来るかもしれません」
レオンは無言で頷いた。
「最後に……バルドゥス。依頼を出します」
「依頼だと?」
おうむ返しに聞き返す。
「はい。最悪に備えた依頼です」
そう言うとクロードは、
内容をバルドゥスに告げる。
「……その程度なら専門の奴らじゃなく、新人冒険者でもできるだろうが、それが何の役に立つんだ?」
「条件がそろえばですが……」
一拍。
「そこが――魔物の墓場になります」
クロードの目が光り、
その場にいた歴戦の戦士たちが息をのんだ。
その言葉の意味を、
その場の誰もすぐには理解できなかった。
だが――
「……魔物を集めて……殺す場所か?」
ローデンが気付き、つぶやく。
クロードは静かに頷いた。
帳面の裏表紙に刻まれた名が、迫る陰謀を映し出す。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、見えない敵の輪郭が、
ついに浮かび上がった一日だった。
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