第二十二話 顕現する悪意 - 口封じの矢 ―
辺境の街【オーダリー】――その外れ。
森が途切れたその一角だけ、
不自然なほど静かな草原が広がっていた。
魔物が出ない――
そう言われている場所だ。
「おい、まだか」
そこに、横柄な物言いの男がいた。
「うるせぇな、ここだよ」
その男――
マダガスにぶっきらぼうに答えたのは、バルドゥス。
「てめえがセコい脱税なんかするから、俺までとばっちりでこうして出歩く羽目になったんだろうが」
「……あの保険金の件かよ」
「申告くらい、まともにやりやがれ!」
不機嫌に吐き捨てるバルドゥス。
追徴だけでは再犯が見込まれる場合、
ギルドには強制的に依頼達成を課す権限がある。
今日は、その懲罰の一環だった。
部下五人を引き連れ、
バルドゥスが同行している。
「――で、何をやらせようってんだ?」
悪びれもせず、マダガスが問う。
「これだ」
面倒そうに言うと、
バルドゥスは依頼書を手渡した。
「――なんだ、これは?」
意図がわからず、マダガスが声を上げる。
「見てのとおりだ。この中から四つ葉のものだけ百本採取しろ」
「はぁーっ!?」
目の前に広がる草原を見渡し、
マダガスが叫んだ。
「そんな面倒なことやってられるか!」
「馬鹿が。面倒だから罰になるんだろうが」
相手にもせず、言い放つ。
憤慨したまま、
マダガスは無言で立ち尽くした。
「――おい」
その様子を見たバルドゥスが、
部下に短く命じる。
それだけで意図を理解し、
部下の二人がマダガスの右足に拘束具と鎖を装着した。
同時に、
長く伸びた鎖を木に固定し、錠をかける。
「……何の真似だ、これは?」
不機嫌に問うマダガス。
「逃げられても面倒なんでな。五時間後に迎えに来させる」
「それまでここで採取してろ。依頼放棄は許さねえ」
言い放ち、
部下ともども引き上げる。
「なんだと!? ふざけるな!」
後ろ姿に怒鳴るが、
バルドゥスは振り向きもしない。
「魔物が出たらどうするんだ!」
それでも必死に訴える。
「……うるせえな。ここは魔物なんかほとんど出ねえよ」
面倒そうに答えたあと、
思い出したように腰の剣を握る。
「そんなに心配なら、おまえのところの剣を置いてってやる。あとは勝手にしろ」
そう言うと、
マダガスの足元へ剣を投げつけた。
その瞬間――
マダガスの顔色が、目に見えて変わる。
それを、
バルドゥスは見逃さなかった。
「ま、待て!」
慌てて声を上げるマダガス。
しかし、
バルドゥスはもう振り返らない。
「おい! 待て!」
大きくなるその声も無視して歩く。
「ま……待ってくれ――っ!」
それは、
懇願の声だった。
それでもバルドゥスは振り返らない。
だが、一言だけ返す。
「――なんだ?」
落ち着いたその声に、
「……行かないでくれ。採取はやる」
小さな声が返る。
「俺たちはそんなに暇じゃねえ」
冷たく一言。
「……頼む!」
再度懇願する声に、
「……なぜだ?」
「……」
マダガスは答えられない。
「理由がないなら終わりだ」
再び突き放し、
歩き出す。
それを見た瞬間――
「――魔物が来るんだっ!!」
今日一番の大声で、
マダガスが叫んだ。
一瞬の静寂。
それでもバルドゥスは、
静かに告げる。
「……言っただろう。ここには魔物なんかほとんど来ねえよ」
しかし、
マダガスも引かない。
「いや、来る! ――絶対に来るっ!!」
「……なぜ、言い切れる?」
バルドゥスの問いに、
これ以上は本当に見捨てられると焦ったマダガスが、
観念して口を開く。
「……この剣には、魔物をおびき寄せる細工があると聞いた」
ようやく聞けたその告白に、
バルドゥスの追及は続く。
「聞いた? ……誰にだ?」
「……」
再び口を閉ざす。
「言えねえならここまでだ」
わざと冷静に突き放す。
「わ、わかった。言う! 言うから置いていくな!」
叫ぶマダガス。
ここでようやく、
バルドゥスが振り返った。
「一度しか聞かねえ……誰だ?」
最後のチャンス。
観念し、
すべてを白状しようとするマダガス。
しかし――
「なっ――!?」
その瞬間だった。
――風を裂く、鋭い音。
マダガスの言葉は、
最後まで続かなかった。
首元に、矢が一本。
遅れて――
血が静かに噴き出す。
あまりの光景に一瞬呆然とするが、
バルドゥスはすぐに振り返った。
矢の飛んできた方向には、
森まで百メートル弱ほどの草原が広がっている。
いるのは、
その境目あたりにいる母親と十歳くらいの子供のみ。
「……口封じか……」
すぐに部下三名へ追跡を命じる。
(……追いつきゃしねえだろうな……)
残された草原に風はない。
代わりに、
静寂と重い空気だけが流れていた。
「そうですか……」
ギルドへ戻ったバルドゥスは、
ことの顛末をクロードへ伝えた。
「――単純に考えて、少なくともAランクに近い技量を持った者が手の内にいるということですね……」
無風とはいえ百メートルの距離。
不可能ではないが、
狙ったとすれば相当の腕前。
「資格をはく奪された高ランクの弓使いがいないか、ギルドで調べてください」
「ああ、もう洗わせてる」
「マダガスの商会にも、もう部下を派遣してある」
見えない敵に関する情報がないか。
危険な【誘引花】が他にもないか。
「俺もこれから向かう」
「お願いします」
バルドゥスを見送り、
クロードは思う。
(……あの日の再現だけは――絶対に、許しません)
帳面の裏表紙に刻まれた名が、過去の光景を反射する。
――S.O.M.P.O. ジャン
剣と魔法の世界に、確かな悪意の存在を――
思い知らされた一日だった。
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