第二十一話 制度への挑戦 ― 陰謀の暗躍 ―
ミーナが迷子になった日から、すでに三カ月。
すっかり自信と本当の笑顔を取り戻したマールの元へは、
ソロ冒険者が多く集まる。
――冒険者たちの母。
そんな言葉が、
すでに定着し始めていた。
「おや、武器を新しくしたのかい?」
「そうなんです!」
マールの問いに、
若く元気な冒険者の返事が、気持ちよく響く。
「採取用の短剣から、鋳造とはいえ鉄の長剣かい」
「もらいもので作者不明なら、割引はこんなもんだね」
マールが保険料を提示すると、若い冒険者――
ケイトンが嬉しそうに頷く。
「じゃあ、気を付けて行っておいで!」
「はいっ!」
元気に返事をし、依頼へと赴くケイトン。
リーリスとそう変わらない歳の少年の笑顔が、
マールの心に焼き付けられる。
しかし――
彼がその姿を見せることは――
もう無かった。
冒険者ギルドの執務室は、
異様な雰囲気を漂わせていた。
「……これで三人目か……」
バルドゥスの言葉に、
報告に来た若い職員が息をのむ。
最近続く冒険者の死亡事故に、
バルドゥスの顔は険しい。
ケイトンの死亡事故報告。
ここ二カ月で、
三人の冒険者が死んだ。
【S.O.M.P.O. ジャン】が発足し下降し続けてきた死亡率が、
発足前と同水準まで跳ね上がっていた。
「……こりゃあ悠長にしていられねえな……」
目をつぶり、数秒思案する。
早期解決に必要な手段が、脳裏に浮かんだ。
「――クロードを呼べ」
――二十分後。
両手にいっぱいの帳面を抱えたクロードが、
同じように両手いっぱいに帳面を抱えたマールとともにやってくる。
「死亡事故についてですね」
鋭い目をしたクロードが、
バルドゥスに先行して口を開く。
「そうだ」
短く答え、苦々しい顔を見せる。
「二人なら偶然でも、三人目となると偶然とは思えねえ」
「同感です」
言って持ってきた資料を広げる。
「マールさんありがとうございました」
「もどっていただいて結構です」
クロードの言葉に、
一瞬帰ろうとしたマールが踏みとどまる。
「……あたしにも、協力させてくれないかい」
真剣な顔のマールがいた。
「――わかりました」
「ぜひ、お願いします」
その思いを汲み取り、クロードが頷く。
それから約十五分。
各々が資料を確認し、口を開く。
「まず死亡した三人だが、特に繋がりはねえ」
「パーティーを組んだこともなけりゃ、合同依頼で顔を合わせたことすらねえ」
「……こちらも似たようなものです」
「事故原因も違うし、【真贋の宝玉】でも虚偽判定はなされていません」
クロードは静かに首を振った。
「……くやしいねえ……」
同じく、
これといった手掛かりが得られなかったマールがぼやく。
「三人目の子は……ケイトンは、あたしが担当したんだよ」
マールは、言葉を選ぶように続けた。
「……あの子、とても嬉しそうにしていてねえ」
「嬉しそう?」
クロードの視線がわずかに鋭くなる。
「ずっとボロボロの短剣だったのが……急に立派な長剣を手にしたからさ」
「――本当に、嬉しそうだったよ……」
「あの笑顔がもう、見れないなんてねえ……」
バルドゥスとクロードは黙って聞いた。
マールは思い出し顔を伏せる。
だが、
「――長剣ですか……」
その単語に、クロードの何かが反応した。
湧き上がる、違和感。
そして、ハッと顔を上げる。
「――バルドゥス」
「ケイトンは、長剣が買えるほど報酬を得ていましたか?」
クロードのその言葉に、バルドゥスではなくマールが答える。
「いや……」
「たしか貰ったと言ってたよ」
「……貰った?」
マールの言葉に思案する。
「誰に貰ったか、わかりますか?」
「いや……言ってなかった」
記憶を振り絞り、マールが答える。
「バルドゥス!」
「他の二人の収入がケイトンと同程度か、確認してください!」
「ちょっと待て、すぐ調べる!」
バルドゥスが調べるその間に、
「マールさん!」
「他の二人も武器を新調していないか、それから、何か共通点がないかの確認をお願いします!」
「あいよ!」
マールが真剣な顔で帳面と向き合う。
答えは、すぐに出た。
「クロード……」
「武器の新調、しているよ……」
「全部……鉄の鋳造の長剣だ!」
マールが苦い顔で叫ぶ。
「こっちも出たぞ!ほぼ同じだと思っていい!」
「……そうですか……」
バルドゥスの報告に、
クロードの目が怪しく光る。
「――これは、保険金詐欺ですね」
「それもおそらく、殺人がらみの」
「詐欺……?」
「殺人……?」
バルドゥスがおうむ返しにつぶやく。
「ああ……失礼しました」
怒りに理性を失い、つい出てしまった言葉だった。
「詐欺は、お金を騙し取ること」
「殺人は……人殺しです」
答えるクロードの言葉は、
丁寧だが――冷たかった。
「このタイミングで、鋳造の長剣……」
「マダガスが絡んでいる可能性は高いと思いますよ」
冷たいままの眼差しでクロードが言う。
「……そうだな」
「その件、ギルドで調べよう」
「お願いします」
バルドゥスの言葉に頷き、
クロードは目を閉じた。
それは、
感情の整理に必要な儀式……。
目を開け、クロードはマールを見る。
「マールさん、ありがとうございます」
「……あなたのおかげで、手掛かりをつかむことができました」
心からの感謝。
マールはそれを、
小さく頷き素直に受け取った。
同時に、叫ぶ。
「――頼むよクロード」
「ケイトンたちの仇、取っておくれよ!」
「――必ず」
再び、クロードの瞳が怪しく光った。
―― 一週間後。
【S.O.M.P.O. ジャン】にバルドゥスがやってきた。
「わかったぞ、クロード」
開口一番そう言うと、
クロードに長剣を渡す。
「やはりこいつは、マダガスの所の剣だった」
クロードは黙ってそれを受け取る。
「新米冒険者を客として向かわせてわかったことだが――」
言って説明を続ける。
「こいつは無料なんかじゃねえ。後払い契約だ」
「剣を渡す代わりに、依頼達成報酬の一割を払う」
「それとな――」
「払い終わる前に死なれると丸損だからという理由で、保険加入が義務付けられている」
「受取人は――」
「奴の商会の職員だ」
苦々しい口ぶりのバルドゥス。
「……なるほど」
「きっと職員たちは、何も知らされてはいないのでしょう」
だから宝玉は反応しない。
嘘ではなく、何も知らないのだから。
「……どうする、クロード?」
小さく問う。
「後払い契約や保険の加入義務自体は……罪に問えねえ」
「……ええ、そうでしょうね。」
無表情で肯定する。
そしてその表情のまま、
クロードは手にしたその剣を軽く振るった。
「……やはり……重心がおかしい」
前に引っ張られるような違和感。
持った瞬間にかすかに感じた違和感が、
振ったことでより鮮明になった。
「……柄、か……」
小さくつぶやくと、
今度は目いっぱいの力で床にたたきつけた。
甲高い音の後に、
鈍い音が室内に響く。
それは刃ではない――柄の方だ。
「なにを――!?」
驚くバルドゥス。
しかし、クロードは構わずに再度振り下ろす。
何かが決定的に壊れる音が響き、
緩んだ柄の継ぎ目にナイフを取り出し差し込んだ。
すると“カチャリ“と小さな音をたて、
完全に分離させた。
「……なんだ、それは?」
外れた柄を持ち、微かに震えるクロード。
その目が、
獣よりも冷たく光っている。
柄の中は空洞で、
中には七角形の鮮やかな朱色の花びらが詰め込まれていた。
「……わたしの記憶が確かならば――いや」
一拍。
「これは――【誘引花】です」
クロードは顔も上げず答える。
表情は見えないが、怒りに体が震えていた。
「【誘引花】……だと?」
「……なんだ、それは?」
バルドゥスの問いに
「……初代国王、サイラス・ジャン・ルクセウスの統治していた頃に、スタンピードの原因の一つとなった、魔物を引き寄せる花です」
「な、なんだと!?」
驚くバルドゥスに、クロードは続ける。
「人間にその香りはわかりませんが……」
一拍。
「魔物はこの香りに当てられると――
引き寄せられ、理性を失い、恐怖を忘れます」
「……」
想像以上のヤバい代物に、バルドゥスの体に冷や汗が滲む。
「……当時のスタンピードの後に、徹底的に焼却されたはずですが」
「どこかに……残っていたのでしょう」
クロードの顔に、
なぜか後悔の色が浮かぶ。
「……これはもう、マダガス一人のものとは思えません」
「あなたが知らない情報を、彼ごときが知るはずもありませんから……」
言って、少し上を向く。
「必ず、背後に大きな存在がいるはずです」
断言し
「マダガスに、吐かせましょう」
冷たく言い放った。
「どうやる?」
バルドゥスの問いに、クロードが策を伝える。
「一日も早く決行してください」
「――わかった、任せろ」
帳面の裏表紙に刻まれた名が、陰に沈む。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、その花は――
誰にも知られぬまま、すでに咲き始めていた。
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