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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第十九話 現代の英雄 - 未知の証明 -

その日のギルドは、

いつになく不穏な空気が流れていた。


幾つもの視線が、一人の男へと突き刺さっている。


「だからなぁ――」


不快な男の声が響く。

声の主は、マダガス。


「その男がそこの女を襲おうとしていたのを、助けようとしただけなんだとよ」


レオンとエリナを指差す。


「おまえなぁ、そんな言い訳が通るとでも思ってるのか?」


呆れたようなバルドゥスの言葉に


「それが真実なんだからしかたがねえ」


うすら笑う――




「申し訳ありませんが、ギルド長に報告をお願いできますか?」


――これは、

レオンが暴漢を倒した後のクロードの言葉。


ルーカスはこれを快諾し、

ギルドへと走った。


すぐに、

バルドゥスが部下十名を引きつれやってくる。


クロードから事情を聴いたバルドゥスは、

レオンが後をつけて入ったあの店に踏み込み、

暴漢と店との繋がりの証拠を入手した。


目撃証言があり、証拠のメモも押収したことを告げ、

バルドゥスはマダガスの右腕の男――ディンケスを連行。


そのディンケスを連れ戻しに来たマダガスがギルドに来て、今に至る。


「だいたい……その男が一人で六人の男を倒しただと?」


あきらかに信じていない口ぶりでレオンを見る。


「出来るわきゃねえだろ!やれるもんならやってみやがれ!!」


マダガスの言葉に、

クロードが反応する。


「構いませんよ」


自信を見せるクロードに、

マダガスの口角が一瞬あがる。


「おもしれぇ……ならやってもらおうじゃねえか」


「いいでしょう」

「三日後の朝、ギルド訓練場でいかがです?」

「こちらは彼一人、あなたは手下から六人」


「……いいぜ」

「もし負けたならディンケスは好きにしな」

「ついでに、俺も頭を下げてやろう――」


「ただし――」


「こちらが勝てば、ディンケスは返してもらう」

「で、お前にはこの街から出て行ってもらう」


「わかりました」


「よし、忘れるなよ」


その言葉を残し去るマダガス。


「……おい、いいのかクロード?」


あきらかに何か策のある顔をしていた。


「構いません」

「彼が負けることなど、考えられません」


レオンを見た。


困ったように頭をかくレオン。


「私たちも帰りましょう」


負けた後のことなど意にも介さず、

ギルドを後にする。


(……まったく……今度は何をやらかす気なのか……)


いつも驚かせるクロードに苦笑いを浮かべ、

同時に、レオンの戦いに胸を躍らせる。


(……見せてみろ、お前の努力の証を……)




――運命の日。


訓練場の真ん中で佇むのは、

フードを被りマントを付けたマスク姿の男――レオン。


六対一の決闘は噂を呼び、

訓練場には溢れんばかりの人だかりができている。


バルドゥスと【S.O.M.P.O. ジャン】の仲間達がいるのは、

少し高い位置にある監視場。


そこから見る景色の中には、

【リターンライン】【守護者の願い】の姿もあった。


「来たぞ!」


誰かの声に、一瞬の静寂。


レオンに遅れること数分。

人波をかき分け入ってくる、マダガスと六人の手下。


槍使いが一人いるのを除けば、

残り全員、取り回しのきく小さな盾とショートソード。


あきらかな、レオン対策。


笑みを浮かべながらバルドゥスの隣まで来ると

何も言わず椅子に座る。


「……稽古用の木剣じゃねえのか」


バルドゥスがひと睨みして言うと


「武器に制限があるとは聞いてねえよ」


悪びれず吐き捨てる。


クロードを見るが、動じた様子はない。


それを見たバルドゥスが、

スタートの合図を送ろうと立ち上がろうとした、その時――


「よぉ、腕試しやってんだろ!俺も混ぜろよ!」


観客の一人が大声をあげた。


瞬間――

訪れる、静寂。


その静寂の中を、男が一人。

木剣を持ってレオンに迫った。


斜めに振り下ろされるその剣を、

レオンが最小の動きでかわす。


「……てめえ」

「決闘じゃなくただの実力の証明だからと細かいルールはつけなかったが……」

「……やってくれたな」


バルドゥスはマダガスを睨むが


「俺は知らねえよ」


嘲笑うように返事を返す。


それでも動じないクロードの様子に怒りをおさめ、

バルドゥスも黙ってレオンを見守る。


バルドゥスの見立ては、

男の技量は冒険者ならばCからBランク。


先日捕らえた六人よりも、

技量はおそらく一・二段上。


それでも――

男の攻撃が当たることはなかった。


一度攻撃をかわした直後から、

レオンは独特のステップを展開している。


不規則な動きで敵を惑わし、

的を狙わせない。


そして不用意なひと振りを逃さず、

振り切ったところで懐に飛び込み――


すれ違いざまに拳を打ちぬく。


――瞬間、


男が硬直し、止まる。


背を向け歩くレオンの背後で、

男の崩れ落ちる音が響く。


数秒――静寂が広がる。


それが――

一気に歓声となった。


「……凄ぇ!」

「いま、なにやったんだ!?」


初めてレオンの戦いを目の当たりにした冒険者たちの、

興奮が止まない。


顔を見合わせては声を上げる者。

声も出せず両手を握りしめる者。


だが――

レオン本人は、いたって冷静だった。


僅かに目線を上げ――

クロードを見る。


呼応するようにクロードは立ち上がり、

人差し指を一本、目の前にあげるとその指で円を描く。




それは――


レオンの戒めを解き放つ合図だった。




確認したレオンは小さく頷き、

六人の男たちの方へ歩み寄る。


その距離――五m。


その時、

バルドゥスが吠えた。


「――いいか!」

「次邪魔した奴は、奴隷落ちだと思え!」

「当然、冒険者資格もはく奪だ!」


訓練場の隅まで響き渡る怒声に、

静寂が広がる。


「それからお前ら!殺しは無しだ!」

「破った場合は同様の処分を覚悟しろ!」


レオンは頷き、

マダガスの手下たちは、槍使いを中心に無言で放射状に広がる。


「お前ら、合図するまでは始めるなよ!」


バルドゥスはそう言うと「誰かその馬鹿をつまみ出せ!」と指示をだす。


合図までの空白の時間に、

しびれを切らした槍使いが口を開いた。


「……お前、本当に一人で勝てると思っているのか?」


それは勝ちを確信した、

嘲笑に近い言葉だった。


だがおそらく――

その分析は正しい。


クロードに教えられたこの格闘技は、

どんな状況でも――


そう、

例え無手であろうとも戦えるようにと、最初に教えられたもの。


万能なわけではない。


いままでは格下の相手だから六対一でも完勝できたが、

こいつらは、違う。


一対一なら負ける気はしないが、

六対一で勝てるほど、甘くもない。


――数分前までの、自分なら。


「ああ、負ける気はしないな」


はっきりと、

断言した。


(……こんなにも落ち着いた気分になれるんだな……“確かな”積み重ねってのは……)


レオンはそんな自分に小さく笑う。


自分がどれほどクロードを信頼しているのか、

思い知らされた。


そして同時に――

バルドゥスから合図が送られる。


「はじめっ――!!」




最初に動いたのは、

槍使いの男。


まず、一歩踏み出す。


槍の射程まで、あと――

一メートル。


そこで、レオンが動く。


しかし、

先ほどのような独特なリズムはなく――仁王立ち。


「……なんで動かないんだ……」


再び起こる、ざわめき。


いままで静かに見ていたエリナが、

ぎゅっと手を握りしめる。


同様に、リーリス・マールが不安そうな顔を見せる。


「大丈夫ですよ」


レオンに視線を向けたまま振り向かず、

クロードが語る。


優しく、絶対的な自信に満ちた眼差し。


その眼差しに、

仲間達の不安が一気に消える。


「大丈夫なわきゃねえだろ!」


そこに交わる、不協和音。


「あいつらの中には元Bランクの冒険者が二人もいるんだ」

「六対一で殴るしか能のねえ奴に、負けるわきゃねえだろ!」


嘲笑う。


「確かにそうですね」

「けれど――」


クロードも笑い返した。


「誰が――殴るしか能がないと?」


クロードのセリフと、

レオンがマントの肩口に手を伸ばすのが同時だった。




「なんだ、あれ……?」


誰かが言った。


「拘束用のロープか?」

「いや、少しおかしくないか」


憶測が飛ぶ。


「おい」


槍使いも口を開く。


「――なんだ?」


答えつつ、手に持ったそれの端を、

地面にだらりと垂らす。


「まさかとは思うが、そんな紐で俺たちと戦うつもりじゃねえだろうな……」


顔から消える笑み。

レオンの行動を、侮辱と捉えた。


「――その……」


静かに言いながら、体をわずかに捻る。

右腕を、斜め後方へ引いた。


誰もが――息を止めた。


(――行け、相棒!――)


武器に魂を乗せ、紡ぎだす。


「まさかだ――よっ!」




――解き放った。


空気を裂く【音速】の一撃を。




視界の中で一瞬――

見えるはずの紐が、消えた。


その代わりに――

槍使いの左側の空気だけが、歪んで見えた。




破裂音と悲鳴は――


後からやってきた。




――パァンッ!!


「ッあ゛ぁっ!!」


息が詰まる。

声にならない空気だけが喉から漏れた。




……誰も――

誰一人として、何が起きたのか理解できなかった。


この世界で、

それを理解できたのは――


たった二人の男だけだった。


あまりの衝撃と痛みに、

槍を離して倒れこむ槍使い。


左腕の上腕部を押さえるが、

そこからはうっすらと血が滲んでいた。


同時に――

再度破裂音が訓練場にこだまする。


今度は、悲鳴は上がらない。


代わりに――

槍が飛んだ。


「……なんだ……何が、起きている……」


あまりに理解不能な光景に、

バルドゥスの声が震える。


槍よりも遠い射程から飛んでくる、

見えない攻撃。


轟く破裂音。


追うことすらできない軌跡。


何一つ、理解できない。


「見てやってください」


立ち尽くすバルドゥスに、

クロードが誇らしげにレオンを見つめて言った。


「彼の、努力の証です」


クロードが言い終えるのと同時に、

レオンが動く。


もはや戦意喪失した槍使いを無視し、近場にいる二人に向かう。


そして、手に持つそれ――

【鞭】を振るった。


一瞬のリズム差のみでほぼ同時に攻撃を加え――


パァン、パァンッ。


ほぼ同時に、

二人の手首が跳ね上がった。


ここでも、

音は後からやってきた。


そして響く、

二つの悲鳴。


「……音よりも早く、当たっているのか……」


つぶやくバルドゥス。


「――彼の持つ武器は先端が非常に速く動くため、人間の目ではその動きを捉えきれません」


「その速さは――音さえも置き去りにします」


クロードは一切視線を動かすことなく答えた。


手に持つ武器を落とさせると、

それをすかさずレオンの【鞭】が払う。


その様子を見た一人が、あきらかに混乱した様子で盾を構え、

正面から強引に突っ込んだ。


レオンは大きく振りかぶると、素早く振り払い、

同時に、それ以上に早く引き戻す。


破裂音は男の後方、

ふくらはぎ辺りで鳴り響いた。


「ガァァァア―――ッツ!」


悲鳴をあげて倒れこむ。

両手で左足のふくらはぎを抑え転がりまわる。


「……後ろからも……攻撃できるのか……」


バルドゥスのつぶやきの間にも、

レオンは進む。


最後の一人の元へ。


もはや、相手は戦意喪失状態。


後ずさりし、剣先を震わせる。


レオンは軽く【鞭】を振るうと、

後ずさりする男の右足を絡めとり転倒させる。


そのまま男の足元まで歩み寄り


「――まだ、やるか?」


レオンの問いに、

男は涙目で首を振った。




「……あんな武器を使うなんざ、聞いてねえぞ」


マダガスの言葉に、クロードが答える。


「武器に制限があるとは聞いてねえ――あなたの言葉です」


「くっ……」


それ以上、言葉はなかった。




――決着はついた。


レオンの、完勝。


だが――


誰も、声を出さなかった。

――出せなかった。


まっすぐクロードの元へ歩くレオンを、

ただ、見ていた。


理解が、追いつかない。


――歓声は、まだ生まれない。


「エリナ」


クロードが声をかける。


「よく、見てあげてください」


クロードの目は、

ここにきてからずっと、レオンを見つめたままだった。


言われて、

エリナはレオンを見つめる。


気配でそれを察し、

クロードが続けた。




「あれが――

あなたの愛した者の姿です」




――威風堂々。


その言葉にふさわしい姿だった。


自然と、

エリナの目に涙が浮かぶ。


「人は、凄いものには歓声をあげます」


「けれど――」

「凄すぎるものには……しばらく無言になります」

「理解が追い付かず、時間がかかるからです」


「彼は――」

「そういう男になりました」


クロードの言葉が進むたび、

エリナの目から涙が溢れた。


そして、

レオンが監視場に辿り着くのと同時に、


――一気に、それは弾けた。


「……う…ぉ…ぉぉ…ぉぉおおおおおお!!」


誰かが、叫び始める。


「――すげぇ……すげえ…すげえすげぇええ――!!」


言葉が、

言葉にならない。


「――まるで、物語の英雄だ!」


年若い冒険者が叫ぶ。


興奮が――

一気に訓練場を駆け巡る。


――驚愕と、称賛の嵐。


その風を背に、

レオンはクロードの前に立ち、拳を上げる。


「――やったぜ……」


「お見事です」


同じく拳を合わせ、クロードが笑う。


そして――振り返る。




「さて……」

「それでは、約束を守っていただきましょうか」




視線の先にいるマダガス。


苦々しい顔でクロードとレオンを見る。


「あなたの右腕のディンケスについては、好きにさせてもらいます」


「それからその頭、下げていただきましょうか」


言うと、クロードはレオンに合図をする。


意図を読み取り、

レオンが【鞭】を振るう。


その破裂音が、

興奮の止まない歓声を瞬時に沈め、静寂が訪れる。


「さあ、こちらへどうぞ」


観客から見える位置に、

【S.O.M.P.O. ジャン】の職員とマダガスの姿。


何がはじまるんだと、観客が色めき立つ。


「てめえ、やってくれるな……」


ショーと化したこの舞台で頭を下げる。

屈辱以外の何物でもなかった。


だが、エリナの肩に手を置く男の姿に、

マダガスは口元に笑みを浮かべ、声をあげる。


「俺も男だ、約束は守ろう」


「確かにお前は強かった。謝罪しよう――」

約束通り、頭を下げる。


意外なその反応に、訝しがる何人か。


そして――

その反応の意味を知る。


「それにしても!」


マダガスが、

急に演技じみた大きな声をあげた。


「その女も大したタマだな!」

「夫が死んで間もないってのに、もう男をたらしこむとはな!」


マダガスの言葉に、訓練場に動揺が走る。

視線の先に、エリナの肩に手を置く、男の姿。


レオンのことを知る冒険者は、少なくなかった。


意趣返しをして満足そうな笑みを浮かべるマダガスに、

クロードが声をかける。


「……それが、あなたのプライドですか?」


「なんのことだ?」

「俺はただ、本当のことを言っただけだぜ」


相変わらずの、憎らし気な話し方。


しかし、クロードは続ける。


「本当のことではありませんよ」

「今からそれを、証明しましょう」


「――はぁ?」


クロードの言葉の意味がわからず聞き返すが、

返事はなかった。


代わりにクロードは、

レオンにもう一つの合図を送る。


少し驚きつつその合図を受け取ると、

レオンは一つの覚悟を決め、エリナと対峙する。


「エリナ」


名を呼ぶ声は――

戦いの中で一度も揺らがなかった男とは思えないほど、静かだった。


ゆっくりと一歩踏み出し、正面に立つ。


「なに?」


返事をするエリナの目の前で――

レオンは、口元のマスクを外した。


驚くエリナの頬に、そっと手を添える。


逃げることも、戸惑うこともできない距離。


けれどエリナは真剣なその瞳に、自然と身を任せた。


「……どうやら、謎のマスクの男はここで終了らしい」


再び驚いた顔を見せた。


「すまなかった……ありがとう」


――そして


優しく――

確かめるように、唇を重ねた。


ほんの一・二秒。


その温もりは――


あの時間違いなく、失ったはずのものだった。


数センチ唇を外し、

レオンはフードを外してくれと願う。


「――本当に……いいの?」


目に涙をうかべて問う。


「ああ」


短く答えるレオンの言葉に、

エリナがレオンのフードを外す。


その光景を見て、

クロードは優しく目を細めた。




完全に顔を出したレオンの姿に、

何人かが気付き始める。


「お、おい……」

「あいつ――レオンじゃないか!?」


「死んだんじゃなかったのか!?」


その声に、マダガスが反応した。


「夫……だと!?」


「ええ。彼女はずっと、愛する夫一筋ですよ」


言って一歩詰め寄る。


「――それでは、彼女を侮辱した分も頭を下げてもらいましょうか」


クロードの言葉に


「――おっ……」


一瞬だけ、言葉が出なかった。

嫌な汗が、体を流れる。


それでも何とか紡ぎだす。


「……そんな約束まではしてねえよ……」


周囲の視線が、刃のように突き刺さる。


マダガスは――

観客の視線から逃げるように背を向けた。


こぼれる、嘲笑・罵声を浴びながら……




帳面の裏表紙に刻まれた名が、称賛の光に輝く。


――S.O.M.P.O. ジャン。


剣と魔法の世界に、


未知の英雄が、この世界に証明された日となった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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※コンテスト応募条件達成のため、

6月13日(土)までは下記の通り週2回更新となります。


毎週水曜日 21:00更新

毎週土曜日 20:00更新


※以降は毎週水曜日21:00更新予定です。

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