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異世界損保 ~命の値段を計る男は、冒険者を死なせない~  作者: ゆーぱ


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第十六話 信念の証明 ― 命を止めた言葉 ―

【S.O.M.P.O. ジャン】の朝は早い。


出発前に保険へ加入する――


そんな習慣が、

冒険者たちの間に少しずつ根付き始めていた。


今日も多くのパーティーが窓口を訪れ手続きを終えると、

それぞれの依頼へと旅立っていく。


「そろそろ休憩にしましょう」


クロードの声に、

エリナは控室へ下がると果実水で喉を潤した。


この仕事は、よく喋る。

その分、喉も乾く。


「――ふぅ……」


一息つくと、

先ほどクロードに言われた言葉が頭をよぎる。


「この後紹介したい人がいます」


そう伝えられていた。


(……どんな人がくるんだろう……)


【S.O.M.P.O. ジャン】は忙しくなっていた。

人手不足を感じる場面も増えている。


嬉しさと同時に、

胸の奥にわずかな不安が浮かんだ。


「――お疲れ――」


そこへ、レオンが入ってくる。

今や彼も【S.O.M.P.O. ジャン】の立派な一員だ。


今日の面会にも同席するよう、クロードから頼まれていた。


エリナから果実水をもらい一気に飲み干すと、

ほぼ同時にクロードが現れた。


「――いいタイミングですね。ちょうど、来ましたよ」


そう言ってクロードが中に入ると、

続いて一人の少女が顔を見せた。


「「――子ども……!?」」


エリナとレオンの声が、綺麗に重なった。


ふたりが驚くのも無理はない。


少女――

リーリスは十五歳。


だが小柄な体格と細い手足のせいで、

年齢よりさらに幼く見えた。


院長は善人だったが、孤児院の運営は厳しい。

食事も最低限となり、発育もやや遅れていた。


「彼女の名はリーリス」


クロードはそう言って、少女の背を軽く押した。


「今日から【S.O.M.P.O. ジャン】で働いてもらいます」


クロードに促され頭を下げる。


「……よろしく」


年齢に似合わない、鋭い目。


人を観察するような視線。


ぎこちない挨拶。


第一印象だけでは、

クロードがこの少女を連れてきた理由はわからない。


むしろ、不釣り合いにすら思えた。


それでも――


「わたしはエリナです。よろしくお願いします」


「――レオンだ。よろしくな」


ふたりは笑顔でリーリスを迎え入れた。


今は、まだ理由はわからない。


それでも、

あのクロードが連れてきた人物――


それだけで、

信頼するには十分だった。


二人の反応を見て、

クロードは満足そうに微笑む。


「彼女はまだ読み書きもできませんし、世の中のしきたりにも疎い。ですから――」


そこまで言うと、クロードは扉を開いた。


「教育係をつけることにしました」


扉の向こうから現れたのは――


「「――マールさん!?」」


ふたりが再度同時に叫ぶ。


「これからよろしくね、ふたりとも!」


いつも以上に元気な声と、豪快な笑顔。


「ちなみにリーリスは、しばらくマールさんのところでお預かりいただくことになりました」


クロードは言いながらレオンを見る。


その意味を察知し、

レオンが頷く。


それからクロードは、

リーリスの今後の予定を説明した。


午前は控室で、マールから読み書きと教養を学ぶ。

午後は前半で復習。

後半はレオンと鍛錬。


マールについては、

空き時間に保険の知識を学ぶように伝えられた。


マールは頷くと「よろしくね、エリナちゃん」とにこやかに笑い、

エリナは快諾した。


「それではみなさん、よろしくお願いします」


クロードの挨拶と同時に、

窓口の向こうから冒険者の足音が聞こえてくる。


【S.O.M.P.O. ジャン】の、

新しい一歩が踏み出された瞬間だった。




それから一ヶ月。


リーリスの成長は想像以上だった。


「もうこんなに書いたのかい!?」


マールが驚きの声を上げる。


書かれた文字だけではない。

何度も書き直した跡が、紙いっぱいに残っている。


昨日の復習時間に書いたその文字の量を見て、

目を丸くしていた。


その声を聞きつけ、

クロードも様子を見に来る。


「……そろそろ、受付にいってみますか?」


予想以上の習熟に、クロードはそう提案した。


マールが心配そうにリーリスを見る。


「もちろん、いきなり冒険者の対応をする必要はありません」


マールの心情を読み取り、クロードは説明を続けた。


「まずはエリナの後ろで、会話を聞くだけ。それでも十分勉強になります」


その言葉を聞いた瞬間、

リーリスの目が輝いた。


「いきたい!」


彼女がずっと目標にしていた場所――

窓口。


逃す理由などなかった。


「……あなたも、一緒にいてあげてください」


クロードがマールに声をかける。


リーリスの決意に、

ようやくマールの顔から不安が消えた。


一緒に、成長していけばいい。


「では、いきましょう」


受付では、

エリナとクロードの二人体制で対応が進む。


リーリスとマールは、

エリナの後方で椅子に座って見学していた。


「お待ちの方、どうぞ」


エリナの声が響く。

明るく、よく通る声。


クロードが自分ではなく、

エリナを見本にさせた理由は明白だった。


接客は、エリナの方が上手い。


一組。

二組。

三組。


対応が進んだ頃、レオンがリーリスを迎えに来た。


――その時だった。


「――上位ランクの魔物討伐ですか……」


エリナの言葉に、

リーリスの体がわずかに固まる。


「ああ、最近調子いいんだ!今なら絶対いける!」


答えたのは

Dランクパーティー【ブレイブラッシュ】のリーダー、カイル。

十九歳の若い冒険者だった。


エリナは静かに確認する。


「回復役はいないのですね?」


「ポーション持っていけばいいだろ」


軽い返事。

パーティーの仲間も同調している。


ならば――

後は自己責任。


エリナが撤退基準の説明に入ろうとした、その時――

椅子が音を立てた。


リーリスが立ち上がり、窓口のエリナの隣に立つ。


「あんた達――」


突然の行動にエリナが振り向く。


マールが止めようとするが、

クロードが手で制した。


リーリスはまっすぐカイルを見る。


「あんた達……家族はいないのかい?」


カイルが戸惑う。


「……みんないるけど……」


突然割り込んできた職員に驚きつつカイルがそう答えると


「なら、やめときな」

「あんたらが死ぬのは自業自得だけど……残された家族がどんな思いをするのか、考えたことはあるかい」


「なんでお前に――」


反論しかけたカイルの言葉が、

止まる。


「……なんで、泣いてるんだよ……」


リーリスは瞬きもせず、涙を流していた。


クロードが静かに口を開く。


「この子の父親は冒険者でした」


沈黙。


「上位ランクの魔物討伐に挑み……全滅しました」


空気が、凍った。


リーリスが叫ぶ。


「もっと――」


声が震える。


「もっと……命を大切にしろ――!!」


その言葉は、まっすぐ胸に刺さった。


カイルがうつむく。


「……わかった。今回はやめる」


彼らは静かに帰っていった。


クロードはリーリスの肩を軽く二度叩き、マールに託した。


二人の姿が控室に消えると、

残されたエリナがうつむいたまま口を開いた。


「……クロードさんがあの子を入れた理由が、よくわかりました……」


自分には、

止められなかった。


凄い――と思うのと同時に、

それでも同じことはできないと思った。


その胸中を察したクロードが声をかける。


「勘違いしないでいただきたいのですが、私はあなたに、同じことを望んではいません」


その言葉を、

エリナは静かに聞いている。


「私は保険加入を自己責任だと思っています。誰かに強制されるものではなく、自分で判断するべきものだと」


確かにクロードからはそう教わった。

そして、それが正しいと自分でも思う。


「けれど、リーリスのあの姿勢が間違っているとも思いません」


そこにも同意する――

むしろ、正しいとさえ思う。


「……多様性という言葉があります」

「様々な違いを認め、尊重する概念です」


「私には私の」

「リーリスにはリーリスの」


「そして――」

「あなたにはあなたの信念があっていい」


エリナの顔があがる。


「あなたには私の信念を教えてきましたが、あくまでそれは基本です」

「これからは、あなたの信念のもとに、自由に動いてください」


それは、

エリナがクロードに課された、最大の難問だった。


けれど、

その難問がエリナの心に灯をともす。


もうそこに――

下を向く彼女はいなかった。




――数日後。


【ブレイブラッシュ】が再び窓口に現れた。


「この前泣いてた子……いますか」


カイルの問いかけに、


「……どういったご用件でしょうか?」


エリナが聞くと


「――礼が言いたい」


想像していない答えだったが、

他のメンバー達も同じ思いのようだった。


クロードが頷き、

エリナはリーリスを呼びに行く。


すぐに控室からリーリスが顔を出し、

その後にマールが続いた。


その瞬間――


【ブレイブラッシュ】のメンバー全員が頭を下げた。


「ありがとうございます」


思いもしないカイルの礼に、

困惑するリーリス。


「俺たちが受けようとしていた依頼、Bランクパーティーが受注して大変な思いをしたらしい」


話を聞くと、その魔物は特殊個体だったらしく、

討伐はできたものの一名が重傷。


ほかのメンバーも多数の怪我を負い、

全滅の可能性もあったとのことだった。


「あんたが止めてくれなかったら……俺達なら間違いなく全滅していた」


微かに、震える声。


「あんたは、命の恩人だ」


そう言って再び全員が頭を下げると、

礼の品を置いて新たな冒険へと旅立った。


今度は、

実力に見合った冒険の旅へ――


その姿を、

リーリスは見えなくなるまで見守っていた。


現実感がなく、思考が止まる。


引き戻したのは、クロードだった。


「彼らの言う通り、もしあの時彼らが向かっていたら全滅していたでしょう」


リーリスはクロードを見た。

優しい目だった。


「あなたが、彼らを救ったんです」


その言葉に、

ようやく実感がわいてきた。


自分の言葉で、誰かを救えた。


誇らしさと同時に、

こみ上げる思いがあった。


「……もし五年前にここがあったら」


震える声。


「父さんは死ななかった?」


脳裏に、薄れかけていた父の笑顔が蘇る。


その思いに――


「そうかもしれません」


クロードは誠実に答える。


「……どうして、もっと早くはじめてくれなかったの」


「私の力が、足りなかったからです」


八つ当たりだと、自分でもわかっている。

それでも、言わずにはいられなかった。


そうしないと、

自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。


それがわかっているから、

クロードも受け止める。


「ですが――これからなら救えます」

「力を、貸してください」


立ったまま、

拭うこともしない涙が頬を伝う。


断る理由などなかった。


責任など無いのに、

この人は謝罪してくれた。


そして、

未来など何も見えなかった自分を救い出し、道を示してくれた。


何より――

感謝されたあの言葉が、リーリスを奮い立たせる。


「――まかせて!」


その言葉は、かつて父を止められなかった少女の、

初めて“命を守れた証明”だった。


涙に塗れたその笑顔を、

【S.O.M.P.O. ジャン】の仲間たちは決して忘れない。




帳面の裏表紙に刻まれた名が、少女の涙を受け入れる。


――S.O.M.P.O. ジャン。


剣と魔法の世界に、


後悔を越えて、信念が生まれた日になった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、評価やブックマークをいただけると励みになります。


※コンテスト応募条件達成のため、

6月13日(土)までは下記の通り週2回更新となります。


毎週水曜日 21:00更新

毎週土曜日 20:00更新


※以降は毎週土曜日20:00更新予定です。

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