第十五話 必要な人材 ― 痛みを知る者 ―
【S.O.M.P.O. ジャン】窓口には今日も、
冒険者が列をなして押し寄せている。
開設からまだ一年にも満たないが、
確かな変化を生み出すには十分な時間だった。
「おはようございます」
今日も、窓口ではエリナの明るい声が響いている。
その横にはクロードの姿。
最初の頃こそ後ろで見守っているだけの彼だったが、
いまでは朝と夕方過ぎの繁忙時には、二人体制で捌かないといけないほどの混雑ぶりだ。
怒涛の一時間が終わり、
休憩に入るエリナとクロード。
「――そろそろ、新しい制度を採り入れましょう――」
ふいにクロードが口にした。
「新しい制度――ですか?」
「はい」
エリナの疑問に、その内容を説明していく。
「今までは一つの依頼に対して、毎回保険料を決めていましたが、新しい制度では、そのパーティーの能力で、一月分の保険料を決めます」
「要するに、依頼の危険度ではなく、そのパーティーの信頼度によって保険料を決める制度です」
それはクロードの記憶にある【ノンフリート】と【フリート】の制度を“この世界”に合わせて応用した制度だった。
そうすることで、冒険者は窓口に並ぶ時間を大幅に短縮できるし、
【S.O.M.P.O. ジャン】も混雑する時間を分散することができる。
「……でもそれだと、危険な上のランクに挑戦するパーティーが増えませんか?」
「はい。その通りです。ですから、条件をつけます」
即座に制度の弱点を見抜いたエリナに感心しながら、
クロードは言葉を続ける。
「まず、この制度を利用できるのは、過去三カ月以内に事故を起こしていないパーティーのみ」
「そして、受けられる依頼の【強度】を指定します」
「――【強度】ですか?」
エリナは無意識に身を乗り出していた。
「はい。過去一カ月の間に受けた依頼を、ランクごとに数値化します」
クロードは一拍置き、続ける。
「その合計に、パーティー自身のランクの数値を加えたものが、ひと月に利用できる最大値です」
そこまで説明すると、
クロードは具体例を書きエリナに見せる。
例えばパーティー名【守護者の願い】の場合、
過去一カ月にCランクの依頼を五回。
Dランクの依頼を二回こなしている。
数値化された合計は二十四。
ランクはCなので四を足して、二十八までが利用できる上限となる。
「要するに、前の月よりも少し多い程度の依頼までしか受けられないということです」
「ランクによる数値の幅が大きいため、上のランクに無理に挑戦しても利益になりません」
とはいえ、冒険者にとっては月に一度、
自分のランクと同程度の依頼を無料で受けられるメリットもある。
一か月分を先払いはきついパーティーもあるだろうが、
並ぶ時間の短縮も踏まえれば、十分に魅力的な制度だ。
「保険はその時その時で、常に形を変えていきます」
「覚えることも多く大変だと思いますが、よろしくお願いします」
文字の読み書きもほぼできなかったエリナが、
ここまでくるのにどれほどの努力が必要だったかは想像に難くない。
それでも――
立ち止まるわけにはいかなかった。
頭を下げるクロードに、エリナが小さく笑う。
「いろいろ、教えてくださいね」
「――わかりました」
頼りになりすぎるエリナに苦笑いし、
クロードは細かい説明を続ける。
こうしてすり合わせ作業は進んでいき、
一日が終わるころには簡単な一覧表も作成された。
すぐにでも、新制度の発表は可能。
これで当面の人手不足は凌げる――が、まだ足りない。
帰路につくエリナのとなりにレオンがいることを確認し、
クロードは移動を始める。
向かう先は自宅ではなく、
外壁に近い位置にある小さな教会。
その敷地内に隣接して建つ、
古い木造の建物が目的の場所。
入口でノックをすると、
木の軋む音が響いた。
建物の奥から子供たちのかすかな声が聞こえ、
四十前後の女性が一人、顔を出す。
「遅い時間に申し訳ありません」
クロードが挨拶した相手は、
教会の責任者フレネ。
孤児院の院長でもある。
名乗りをあげ、食料品と衣類を寄付すると、
フレネはそれを近くの少女に手渡した。
受け取った少女は食料品を台所へ、
衣類を他の子供たちに手渡していく。
その間にクロードも中に招き入れられ、
別室で本題に入る。
「――こちらに、リーリスという少女がいるとギルド長より伺い、お願いに参りました」
「……確かにリーリスはこちらにいますが……どういったご用件でしょうか?」
「【S.O.M.P.O. ジャン】で働いていただきたいと思っています」
唐突な依頼に、フレネは一瞬驚きの表情を見せる。
【S.O.M.P.O. ジャン】はここ辺境の街【オーダリー】で話題の店。
そんなところから働き口の話があるとは、
思ってもみなかった。
――だが、すぐにその顔が曇る。
「……お話はありがたいのですが、あの娘は受け入れないと思います」
フレネの言葉に、
「……先ほど荷物を受け取った少女が、リーリスですね」
クロードが言い当てる。
同年代の子供に比べ、
異様に鋭い目をした少女だった。
フレネは返事の代わりに首を縦に振った。
「事情はおおよそ聞いています」
「彼女の父が冒険者だったこと。そして五年前、討伐依頼の事故で亡くなっていることも」
再びフレネは首を縦に振った。
「――あの娘は、冒険者を憎んでいます……」
リーリスが孤児院に来た日のことを、
フレネは今でも忘れない。
まだ十歳だったリーリスはその日、
嫌な予感がして父親を必死に止めた。
だが、父もその仲間達も、
やめてはくれなかった。
上位ランクの魔物を討伐するんだと、
異様な盛り上がりすら見せていたらしい。
その日――
リーリスは孤児となった。
パーティーは全滅。
父は遺体すら見つからず、
魔物に食べられたのだろうと捜索もされなかった。
「――行かないでって、言ったのに!!」
リーリスは泣いていた。
母親は病気で二年前に亡くなっている。
彼女が生きられる場所は、
ここにしかなかった。
「――知っています。だからこそ――彼女が必要です」
完全にあきらめていたフレネの心に、
クロードの声が突き刺さる。
うつむいていた顔をあげ、
クロードの顔をみた。
真剣な、
そして、確信をもった迷いのない顔だった。
「私たちの仕事は、保険を売ることではありません」
「不幸を――減らすことです」
そのための制度であり、
それが【S.O.M.P.O. ジャン】の存在意義だ。
「無謀の痛みを知る彼女ならば、それを止めるための行動ができる」
「彼女は【S.O.M.P.O. ジャン】に絶対に必要な人材です」
クロードの言葉に、
心がゆれた。
「……あの娘は、文字の読み書きも教養もありません……」
「そんなものは、後からどうとでもなります」
エリナが良い例だった。
「しかし、無謀を笑う者はあっても、痛みを知る者、憎める者はそういません」
「その資質こそ【S.O.M.P.O. ジャン】に最も必要なものです」
はっきりと断言され、
フレネの目に涙が浮かぶ。
この人になら、
リーリスを預けられるかもしれない。
自分が五年かけても癒せなかった彼女の傷を、
癒してくれるかもしれない。
そう思えた。
「……リーリスを――よろしくお願いします」
「お任せください」
深々と頭をさげるフレネに、
クロードは優しく、強く誓いをたてた。
――それからすぐに、フレネがリーリスを呼んだ。
椅子に座らせ、クロードと相向かいになる。
傍らにはフレネが立ち、
リーリスの肩に優しく手を置いている。
だが、
リーリスは顔を上げようとしない。
「――話を、聞いていましたね?」
クロードの言葉に、
一瞬リーリスの肩があがる。
フレネも驚いたようにリーリスを見る。
「――ならば、説明は不要ですね」
「【S.O.M.P.O. ジャン】で、働いてもらえませんか?」
なんの装飾もなく尋ねるクロード。
リーリスはうつむいたまま絞り出す。
「……わたしは、冒険者が嫌いだ……」
「知っています。けれど、あなたは勘違いをしています」
クロードの言葉にリーリスの顔があがる。
「あなたが嫌いなのは『無謀』を行う者であって、『冒険者』ではありません」
「……」
確かに、そうだ。
冒険者の中にもいい人がいた。
自分が嫌いなのは、
冒険とか挑戦とかいう言葉を使って、命を軽んじる人間だ。
残される者のことを考えない、
身勝手な人間。
そのことを、
リーリス自身が一番良くわかっていた。
「……わたしがあんたの所に行ったら、冒険者に罵声をあびせるかもしれない」
「――構いません」
本心だった。
「……無茶をしようとする奴らがいたら、追い返すかもしれない」
「――構いません」
クロードは優しく答える。
少女の瞳が赤くなり、涙が滲む。
「わたしは――」
「――それで、構いません」
話しているうちにだんだんと気持ちを高ぶらせる少女の言葉を遮り、
クロードは全てを承知した。
それ以上、リーリスから言葉は出なかった。
代わりに、涙が溢れ出す。
「あなたに足りないものは、私たちが教えます」
「だからあなたは、あなたが大切に考えることを――そのまま伝えれば良い」
「責任は、私が取ります」
頬を伝い落ちた涙が、
いつまでも乾かずに広がっていく。
その背中を、
フレネが優しく撫でる。
ひとしきり泣いて少し落ち着いたころ、
リーリスが口元だけを上げて、精いっぱいの作り笑いで言葉を紡ぎだす。
「――それで……条件は?」
「そうですね。結婚するまでの住居はこちらで用意します」
「女性の管理人と同居になりますが、家賃はいりません」
「勤務は四日働いて一日休み。一年に十日までは、好きな時に休んでいただいて結構です」
「えっ……!?」
冗談でリーリスが聞いた条件に、
フレネが声をあげた。
休みなど、月に四日もあれば良い方。
この計算だと月に六日は休める上に、
年間に十日も別に休みがもらえる計算になる。
しかも同居とはいえ家賃が無料など、
聞いたことがない。
「ほ、本当ですか――?」
あまりの好条件に、思わず聞き返すフレネ。
「はい。ちなみに報酬ですが、二十歳までは月に金貨を年齢と同じ枚数を支給します」
「それ以降は金貨二十枚を最低保証とし、能力によって増額」
「また、年に一度能力に見合った金額を別途支給します」
「――っ!」
口元を両手で抑え喜ぶフレネ。
相場の倍近い金額だった。
相場を知らないリーリスはただただ戸惑うばかりだが、
フレネの喜ぶ顔をみて何かを感じ取ったらしく、つられて少し笑顔になった。
「それでは最後の条件ですが――」
クロードは軽く前置きをおいて、
「最低でも月に一度、この孤児院に顔をだすこと――」
優しく語りかけた。
「――守れますか?」
最後の問いに、
リーリスは笑顔で大きく頷いた。
その後の話し合いで三日後からの勤務と決まり、
クロードは教会を後にした。
その足でエリナとレオンの住む住宅の方向へ歩みを進めると、
クロードは民家の扉を叩いた。
「夜分に申し訳ありません――マールさん」
クロードが訪ねたのは、
彼らの隣の家に住むマールだった。
リーリスが働くことになった場合、
エリナ同様、護衛が必要と考えた。
レオンの隣の家であるマールの所ならば、
少なくとも出退勤時はレオンの目が届く。
だからクロードは、
リーリスの所に行く前にマールを勧誘していた。
人柄については、
エリナの普段の雑談から信頼できる人物だと確信している。
例えリーリスが働かないとなっても雇用することを約束し、
条件もリーリスに告げたものと変わらない。
そして信頼の証として――
秘密にしているレオンのことも明かしてある。
「――よく来たね。どうだった?」
落ち着いた笑顔を見せ、
マールが期待の眼差しを向ける。
「三日後に決まりました。よろしくお願いします」
「――そうかい!」
満面の笑みを浮かべ喜んだ。
マールには子供がいない。
夫の残した資産を食いつぶしていたマールには、
孤児院の子供を引き取ることはできなかった。
だが、縁があってこの上ない仕事が舞い込み、
金銭的な不安はなくなった。
「こちらこそ、よろしく頼むよ!」
頼もしい笑みに頷きで返し、
クロードはようやく帰路につく。
「――これでまた一歩、近づいた――」
天を仰ぎ、空を見つめるクロード。
空には、星が輝いている。
どんなに眩しい星だろうと、
ひとつだけでは暗いまま。
クロードの願いを叶えるためには、
この星空のように輝きを増やさなければならない。
視線を前へもどし、クロードは歩く。
未来へ――
帳面の裏表紙に刻まれた名が、輝く出会いと手を結ぶ。
――S.O.M.P.O. ジャン。
剣と魔法の世界に、
人の思いが逃げることなく――
真正面から、ぶつかり合った一日だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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