32. 真犯人の分析と、長い一日の終わり
本日2話目の投稿です
くそう。私、初対面のオフィーリア様に、動揺した情けない姿しか晒していないな。
ゆったりとした足運びに揺られながら反省というか、恨み言が止まらない。
オフィーリア様への私の第一印象が……。
「副団長が抱えている女性は誰だ……?」
「フェミニストなわりに、女性に無関心な副団長が?」
ざわざわ何か聞こえてきます。
なんならグサグサ視線も感じる気がするが、マントで顔を覆っているので私とはわかるまい。
気にしない気にしない……。無、無よ……。
心臓の音だって、気にしない。できる、できるわよ私。
「あのドレス、フォード博士じゃないか?」
はい――――――! どこかの騎士の方、余計なこと言わないで。
「気にしないで」
マント越しに近距離で囁かれてコクリと頷く。
……心無しかざわめきも収まったようだ。
暫く歩くと扉が開いた音がした。
「降ろすよ」
柔らかなソファに腰が落ち着く。マントを取り払われ、部屋の眩しさに目を細めた。
はあ、暑かった。
「いだだだだ」
急に何事ですか!?
額を人さし指でぐりぐりと押された。
「ちょっと! いきなり何ですか!」
「……君って凶悪だよね」
「心外なんですが!?」
ルシアン様は柳眉を寄せて、やれやれと頭を軽く振ると、隣に腰掛けた。
その反応すら心外である。
「話を聞こう、テオドール」
鋭い声音に、空気がぴん、と張った。
……あのですね、きりっと凛々しい、これぞ頼れる副団長様って感じのオーラですけどね、近いんじゃないですかね?
じりじりとお尻を動かそうとする……、私が満足に動けないの知っての暴挙ですか!? まったく太刀打ちできない。
「襲撃犯は、熱狂的なオフィーリアの信者だった。自分以外にも優しくするのが許せなかった、なんて、全く身勝手な動機だよ」
テオドール様の言葉に、ふるりとオフィーリア様の小柄な身体が震えた。
立派にお勤めを果たす彼女にどんな勘違いだ。腹の底からふつふつと怒りがこみ上げる。
テオドール様が華奢な背を傍目からわかるほど優しく撫でて、少しホッとした。
「……そう。上手く踊らされたかな?」
「だろうな」
その言い様からすると、裏に別の犯人がいると想定しているんだろう。
「短剣には、魔力増幅の薬でも塗られていたのかな?」
はっ、とルシアン様を見る。
あまりにも断定的な問いだ。魔力増幅薬は、入手は割と容易な栄養剤のようなもの。それをわざわざ短剣に塗るって……。
昏い悪意を感じてぞっとした。指先が冷えるのを手を組んで誤魔化す。
ルシアン様はじっとテオドール様を見据えていた。
「よくわかるな。その通りだ。ただ、濃度が異常に濃かったようだ」
「はあ」
肺の空気をすべて吐き出すような大きなため息だ。
ルシアン様は目を瞑り、こめかみを強く押さえている。
まるで犯人もその動機も、心当たりがあるみたい。
「列席者の中に、用途不明の魔石を持っていたものは?」
「今のところいないな」
するとタイミングよくノックがあり、騎士が砕けた破片を持ってきた。
「……くそ」
なんてするどい眼光!
暴走しているときに『クソ野郎が』と地を這うがごとく呟いた声と同じで、つい背がすくむ。
「ここまで割れていると鑑定はほぼ不可能だな。これを証拠にするのは厳しそうだ」
テオドール様はがっくりと気落ちしていた。確かにこの状態での鑑定は血圧が上がりそう。
「そうだね。まったく悪知恵だけはよく働く……」
「目星がついているのか?」
「大方ね。すまない、オフィーリア。この件、狙いは僕だ。怖がらせて悪かった」
「え? どうしてそう言い切れるのかしら」
ルシアン様の頭には全容が見えているのかもしれないが、話し出さないのは確実な証拠はないためかしら。
「あの、私が鑑定してみてもよいでしょうか?」
「いいけど、この有様だよ?」
テオドール様は訝しげだが、構わず欠片の中でも大きいものを選ぶ。
「この三つ、お借りしますね」
目を閉じて、とにかく集中。
魔石が割れると中の術式もばらばらになるので、鑑定難易度が上がる。まあ不可能というほどかというと、そうでもないこともある。
かくいう私は、なんでもかんでも鑑定しすぎて、鑑定はもはやライフワークのようなものだし、魔法陣にはそれなりに自信がある。
――些細な特徴でも掴めれば、判別できるはず。
微弱な魔力を流すと、魔石から構造が反射されてくる。割れた欠片じゃさすがに小さく、情報が少ない。
だけど……、うん、ここはあの図形が使われているわね。
……この微かにこびりついている魔力は使用者のものかしら? どこかで鑑定したことがあるような……? いいえ、一旦陣を解析するのが先よ。
もう一つ、二つ。同じように鑑定する。
こことここの図形と、この古代文字の組み合わせは……。
「――――魔力封じの陣ですね」
しんと静まる。
あ、そうよね、説得力なさすぎるわよね?
羊皮紙を借りて図形を書いた。
「ええと、この図形と古代文字が使われています。それぞれの図形はよくあるものですが、この組み合わせはそうありません。三つの欠片を見たところ、恐らくこのように図形が重なります。これは、魔力封じの陣以外あり得ません」
しーん。
あれあれ?
これは、そもそも私の鑑定能力が疑われている?
「あの、私は確かに魔力最底辺ですが、だからこそ魔石からの反射に敏感と言いますか……。ええと、弟が引くほどには日夜鑑定しまくっていたので、腕は悪くない自負があります。その、俄には信じられないと思いますが……」
自分の能力を客観視するのも、説明するのも難しいな。どんどん言い訳がましくなっている。説得力の欠片もあったもんじゃない。
「君の能力は信じているよ」
「そうそう、感心しちゃっただけ。どんな権威でも匙を投げるような鑑定だよ、コレ」
――なんて寛大でしょう。
「襲撃があったとき、魔法が発動しなかったんだ。それで情けなくも短剣を受けたわけだけど……。あの時、僕たちの周りにだけごく僅かな時間、魔力封じがされたのたのだとわかった。でも魔力の残滓はなく、おそらく魔石が使われたんだと考えた」
なるほど。ルシアン様の考察は的を射ている。
魔石で魔法陣を起動するとき、魔力は魔石から供給されるので、使用者の魔力が介在しない。
――でも、魔石には陣を起動した者の魔力が残る。
「もう一度借りますね」
――やっぱり、この魔力、知っている気がする。
記憶を奥底まで辿る。『魔力の高い者は害悪となんら変わらない』そう言い切った不快な声が蘇った。
そうよ、これはあの時提示された魔法印の魔力とおなじ。
「――メンフィス侯爵?」
六つの目がガッと一斉にこちらを向いた。
な、なに?
肩がびくっと大げさにはねた。
「決まりだ。僕の推察と変わらない」
「……とすると、今更公爵家の家督を狙ったのか?」
「本当にくだらないことにね」
「??」
急に通じ合ってますが、私にはちんぷんかんぷんだ。
「ああ、ごめん。メンフィス侯爵は、僕の父の弟なんだ。彼はアイゼン公爵家の者にしては魔力が少なく、魔力の多い僕を目の敵にしている」
逆恨みもいいところだ。でもだから、あんなに捻くれた思想をもっていたのか。
「そういえば、魔力の高いものが牛耳る社会が気に食わない、的なことを仰っていました」
「会ったの?」
「ええ。研究所を訪れて、養子にならないかと言われました」
ルシアン様の、表情がさっと抜け落ちた。
「……万死に値するね」
「ヒエッ」
そして声からも感情が抜け落ちたように、淡々と話し出す。
「大方、衆人環視の中で僕に魔力暴走を起こさせて、危険人物として地位を剥奪するつもりだったんだろう。聖女を傷つければなお良いとでも思っていたんじゃないかな。今日実行したのは、満月だったからかもね」
満月は魔力を増幅する。
あの時の話しぶりからするとメンフィス侯爵は、きっとルシアン様の魔力が増加していることを知っていたんだろう。
魔力増幅薬は決して毒ではない。けれど、魔力過多な彼の血に直接魔力増幅の薬が触れれば、魔力暴走を引き起こせるなんて、きっと容易に推測できたはずだ。
ふー、と細く長く吐き出される息が、とても弱々しく聞こえた。
大きな掌が額を覆い、その指先が震えている。
「子供の時も、叔父から気づかぬ間に魔力増幅薬を飲まされたことがあるんだ……」
後悔、悲哀、罪悪感……、そんな悲壮な声だと思った。
これはもしかしたらお父上のことに関係するのかもしれない。
力なくソファに投げ出された手をそっと握った。
昏い瞳はつとこちらを見て、目を閉じた。
それでも掌が握り返される。
心が痛い。私には何もできない。
だけど、傍にいますから。
「ともかく、メンフィス侯爵だ。彼に絞って調査しよう」
ルシアン様は顔をあげて力強く言い放つと、私を見て少しおどけた風を装った。
「エマにしか鑑定できないために証拠にはしづらいところが残念でしかたないよ。だけど、君のおかげで捜査が進展する。本当にありがとう」
ルシアン様はテオドール様と目配せする。
「送っていきたいのだけれど、僕たちは捜査に戻るよ。迎えをよこすから二人はここで待っていて。今日はゆっくり休んで」
手が離される瞬間、弱った笑みがよこされる。大丈夫よ、そう答えるようにコクリと頷いた。
心配そうにしながらも、それを断ち切るように二人は颯爽と去って行った。
聖女様と二人きり……?
一体何を話したらよいものかしら。私はコミュニケーション能力が高いわけでもないので、そわそわと座りが悪い。
「エマさん」
やっぱり鈴のように可憐な声だ。
「あの、ありがとう」
「え?」
「ルシアンのこともそうだけど……、守護魔石を作ってくれて本当に心救われたの。あなたがわたくしを『唯一特別』から解放してくれて涙が出るほど嬉しかった」
学術会のとき、そんなふうに思っていてくれていたなんて知らなかった。彼女にとって不遜な研究だと思うのに、新たなものを受け入れる姿勢は、幼馴染三人の共通項のようだ。
「……こちらこそありがとうございます」
ちょっと万感籠りすぎたかも。重いって思われていませんように。
「あの、それと、ボードン伯爵家で私の怪我を治してくださってありがとうございました。お礼が言えておらず申し訳ありませんでした」
ボードン事件のとき、不覚にも意識を失っていて感謝を伝えられていなかったことがきがかりだったので、すっきりした。
「うふふ」
笑い方すらもとっても可憐!
「ルシアンがあまりにも大事に抱えてくるからびっくりしちゃったわ」
そ、そうなの?
知りたいような知りたくないような。
「ルシアンがわたくしの護衛騎士になったことで心配させてしまっていたら心苦しいわ。でも安心して。幼馴染だけれど、彼と結婚したいと思ったことは一度もないの」
オフィーリア様は、どこかテオドール様を彷彿とさせる、茶目っ気たっぷりの瞳でそう言い切った。
そして、困った兄を慈しむように微笑む。
「でも幼馴染だから言わせて。ルシアンとずっと一緒にいてほしいわ」
そう託してくれるなんて、誰が思っただろうか。
「約束します」
本日21時に最終話を投稿します。
よろしくお願いします!




