31. 公爵様、いつになったら離してくれますか?
本日1話目です
抱きしめ合うのって変な感じ。
心臓が高鳴って絶対に普通じゃないのに、ほっと安らぐような心地がする。
なんだか眠た……、いやいやそんな場合じゃ絶対にない。
「……じゃあ今は、中和魔法陣の研究をしていたの?」
私を包む大きな身体が呼吸とともにゆったりと揺れる。彼が話すたびに身体が振動するから、全身で彼の声を聞いているみたい。
おひさまみたいな香りが鼻腔を満たして、微睡みが手招きして……、だから違う。
そう、会話。会話をしないと。せっかく一緒にいるんだもの。
「はい……。古代魔法陣の一つなんですが、それを魔石に転写できるように組み直しています」
今では無用の長物とまで言われているが、考えてみれば当たり前だ。
(中和魔法を求める人って、まだ制御がうまくない子供や、ルシアン様みたいに大きすぎる魔力を持て余している人だものね)
そんな人が繊細な魔力コントロールが必要な中和の魔法を発動するって結構無理がある。そりゃ役立たずって言われるわよね。
だから、魔石に中和をやってもらえばいいのでは? と思ったのが発端で、それはなかなかうまくいっている。
「もともとはルードゥス対策だったので、魔力暴走の負荷には対応しきれなかったみたいですね」
魔石が壊れないように必要な大きさを見積もらないといけないし、そもそも魔法陣をもっと効率化しないといけない。
……なんか頭がぼうっとするな。だめだめ目は瞑らないの。
くすくすと笑う声が近くて、なんだろう、とっても幸せだ。
「こら、くすぐったい」
あら? 私は犬のように頭を擦り付けていたみたいだ。
そういえば飽きず髪の毛を梳かれている。
……犬のようだな?
心無しか、今の言葉も犬宛みたいな……。
「……エマが甘えたがりだったのは、嬉しい誤算だな」
頬がかーっと熱くなる。
「あ、甘えてない……」
あったかくていい匂いの布団に顔を埋めているだけだ。
なのに、誠に心外なことに、ルシアン様のくすくす笑いはとまらない。
「はいはい、そういうことにしてあげる」
ぐぬぬぬ……。
胸板に額をぐりぐりめり込ませることで抗議した。
――コンコン
「――っ!?」
テラスの窓がノックされる音だ。
身体が現実に引き戻されるようにビクリと大げさに反応して、ガバっと身体を離した。
ルシアン様は、はあ、とため息をつくと窓に向かって話しかける。
「まだ僕がいなくとも大丈夫だろう? テオドール」
――ひっくい声ですね……!?
腹の底がぴりぴり揺れるようだ。
いや、それよりも、まるで最初からテオドール様がいるって知ってたみたいな口ぶり。
――え? そういうことなの?
カチャリと音を立てて大きな窓が開き、橙色の髪の毛がひょこりと姿を現した。
「まあ、ルシアン。そんなに邪険にするなよ。異常な魔力増幅を感じて、このテラスに人が来ないように計らった俺に、むしろ感謝してほしいくらいだ」
テオドール様は、きょろきょろと辺りを見渡している。満月の光を頼りに私たちを見つけると、一瞬驚いたように目を見開いたあと、にんまりと笑った。
「おや、おやおや?」
え? え? なになに?
つまり……、どういうこと!?
どこから知ってるの? 何を見て何を聞いたの?
「ねえ、テオどうしたの? そこにルシアンはいるのかしら?」
鈴の音のような軽やかな声が聞こえてきた。
「こっち見てみなよ、オフィーリア。まったく人が心配しているときにいい気なもんだ」
テオドール様の影から、小柄な美貌がきょとりと覗き込んできた。
うっ……つくしいですね!?
月光に照らされて、プラチナブロンドが一層神々しく輝いている。紫色の大きな瞳が、いたずらっぽくきらりと光ると、きゅっと細まった。
……テオドール様とおんなじ表情ですね。
「あらあら、まあまあ。まあまあまあ」
「ち、違います!」
いたたまれなくて勢いよく否定してみたが、果たして何がだろうか……。
私がぐりぐりくっついていたところを見られてた?
それとも、だいすきって言ったところ?
まさか、プロポーズしちゃったところから!?
頭がオーバーヒートして、わけもわからず身体がガクガク震える。
押さえつけられるように、グッと腰を引き寄せられた。
――――ん?
これ! この手ですね!?
そう言えば私が迅速に離れたあとも、ずっと腰に手がありました! これを見たんじゃあ、どうにもならないかもしれない!
「ル、ルシアン様。は、離して」
そこで更に力を込めないでくれませんかね!?
ほら! お二人の顔がさらに真っ平らに……!
「ルークって呼んでよ」
ちっっっがーーーーう!!!
「ば、ばばば、ばか!」
私が魔石だったら、酷使されすぎて割れてますよ!?
伝わります? この切羽詰まった感!
「――ぶへっ」
鼻をしたたかにぶつけた。
大きな掌が頭を包んで、ぐいっと勢いよく引っ張られたのだ。
「ひどい……」
ちょっと涙が混じりそうになったのは気の所為のはずだ。
なにはともあれ胸の間に腕を突っ張る。
……ん、びくともしない。
ふぐふぐ抵抗していると、妙に据わった声がした。
「ちょっとね、減りそうだったからね。暫くこのままでいて。――お願いだから」
「はい」
つい従順にくたりと力を抜いたが、私は断じて犬ではない。
「あっはははは! エマちゃん、ついにルシアンに陥落か」
「どうかな? 僕が負けっぱなしのような気がするけど」
「へえ?」
……もう勝手に話していてください。
私は犬。人語はわからないのです!
「ルシアン、なんだか……悲壮感がなくなったわね」
「悲壮感って何かな?」
「え? だってわたくし、あなたの顔色とかわからないし……。でも、いつになく楽しそうだから。なんだか大丈夫になったのかしらと思って」
「なになに、なんの話?」
「テオには関係ないわ」
オフィーリア様、意外とばっさりいきますね……。
ちらりと見上げた先、テオドール様が心外そうな顔をしている。
ふと、顎を掬われて、ルシアン様のとろりと甘い瞳に迎えられた。
くうううう。その顔は反則すぎる……!
そのまま指の背で、頬のライン撫でられる。
あれ? やっぱり犬扱い……??
……なんて我ながらさすがに現実逃避がすぎる。
触れる指先は、ゆるやかで優しい。
そう、私がバレッタの魔石を後生大事に磨くみたいに。
――――――墓穴!! それは私の宝物だわ!
「オフィーリア、これまで心配かけてごめんね。やっと、希望が見えたんだ」
「……そう、それはよかったわね」
包み込むような声音はさすが聖女様だ。
彼女が話すだけで空気が澄んでいくみたい。
「だいたいルシアンったら、昔から本当にうじうじ暗いのだもの! ちょっとはテオを見習って適当にしたらいいのよ!」
「ちょっと、フィリアちゃん? 他に言いようがあるよね?」
「テオは黙って」
……本当に容赦がない。
くすりと彼の身体が揺れて、吐息が耳を撫でた。
「あれでオフィーリアは、テオドールのことが子供の頃から好きなんだよ」
潜められた声が、耳の上に直接乗せられる。
「――っ」
彼の隊服がぐしゃりと潰れるが、知ったことではない。
「本当に彼女にも迷惑をかけた」
――ごめんなさいごめんなさい、本当に私ったら人でなし! それどころじゃなさすぎて……。
だって、耳! いま絶対吐息以上のものが触れました!!
背をぞわぞわと流れる未知の感覚に涙目だ。
私、今日、本当に息の根を止められるんじゃ……?
「おい、ルシアン。そろそろやめてやれよ」
(そう! そうそう、そうですテオドール様! もっと言って!)
「お前がエマちゃんのことを好きで好きで堪らないのは知ってるから。ほら、エマちゃんガタガタ震えさせてるよ?」
いや追い打ちですか……!?
もう無理、ここから迅速に立ち去りたい。
私にも転移が使えれば……!!
ルシアン様は、私の髪をさらりと名残惜しそうに撫でたあと(待って、名残惜しそうってなに!?)、やっと身体を離した。
ルシアン様は片掛のマントを外し、バサリと私に掛ける。
な、何も見えない……。
「それで? 何か進展はあったのかな?」
「ああ」
「では場所を移そう。どこか空いている控室はある?」
「案内しよう。広間から別室に移された貴族たちは、身体検査が終わり次第帰宅させているから部屋はあるよ」
「ありがとう」
広間の捜査をするために、一度部屋を移したのね。
犯人は捕らえたはずなのに、やはり聖女様襲撃事件となると厳重だ。
なにはともあれ今日がついに終わるらしい。
「エマ、移動するよ。立てる?」
「………………」
あはは。間抜けで本当、笑っちゃう。
「どうぞお仕事に戻ってください。今日は風が気持ちいいですね。少ししたら私も帰りますので」
私の身体検査なんてどうでもいい! 足腰立たないなんて情けない状態がバレる前に、一刻も早く一人になりたい。
というかこの人とこれ以上一緒にいるのは心臓が無理って言ってる!
「……今日は驚かせてしまってごめんね」
「――わっ!」
逞しい腕が回されて、ふわっと抱え上げられる。
高くなった視線と浮いた足が、普通に怖い。
…………普通に恥ずかしい。
「な、ななな!」
「うん、わかったから、暴れないで」
なにがわかったんです!?
手加減。手加減ってどこに落ちてますか!?
マント越しでも感じるなまあたたかーい視線がもはや痛い。
「案内して、テオドール」
「……はいよ。エマちゃん、苦労するな……」
「? エマ、暴れながら抱えられるのと、寝たふりで抱えられるのどっちがいい?」
それは断然、後者ですね!?
無我の境地で力を抜くことだけ考えることにした。
次はお昼に投稿します




