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【完結】魔力最底辺の魔石研究者ですが、余裕あふれる完璧公爵様に実は溺愛されていました ~気づけば私から逆プロポーズ!?~  作者: 藤田さち


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30. 重なる想いと、公爵様の瞳に映る幸福



 すん、と鼻を啜った音がやけに響いた。

 それもそうか、広間の喧騒は遠く、ここはとっても静かだもの。


 身体が硬くて温かくていい匂いのするものに包まれている。

 

 ……ちょっと待って。一旦落ち着こう。

 

 何事も状況を正しく把握することで、活路が見いだせるものだ。これは、駆け出し魔石研究者の経験則である。


(だ、だ、だだだだ)


 抱きしめられてる!!??


 ぜ、絶対そうだ。

 だって今身動ぎしたら、ぎゅうって身体が抑え込まれたもの!


 つ、つまり頬に当たる硬いような弾力のあるような板は、胸板ってことで合ってる?


 合ってるわね。だって、とくんとくんとゆったり響くこれは絶対鼓動だもの! 私のじゃない鼓動!


 じゃあ背にまわるものが腕……。時折宥めるようにトントンと叩かれる。


 そうだ、涙が止まらなくなった私を、その胸にそっと閉じ込めてくれたんだった。

 胸が熱くて理解できてなかった。


「落ち着いた?」


 耳をくすぐる甘い囁き声。

 

「………………」


 たった今とどめを刺されました。

 身体が氷漬けされたみたいにカチンコチンになる。


 ルシアン様は、私の肩を優しく抱いて身体を離す。板のように固まった私はされるがまま、彼と向き合った。


 青い瞳がとろりと蕩けて、じりじりと熱が伝わってきそう。

 ぱかりと小さく口が開いたまま、呆然とその熱を受け止める。

 トク、トクと高鳴る心臓が痛い。


 大きな掌が、そっと私の頬を包んだ。

 そのまま親指が、頬の高いところをするりと撫でる。


 顔がじんじんと熱くて、彼の手の温度がわからない。

 緩やかに弧を描く薄い唇が、やけにゆったりと言葉を紡いだ。


「かわいい」


  

「っわ――――――――!!」 


 身体を思いっきり後ろに引いた。

 悔しいが腰を支えられてなければ、バタンと仰向けに転がったはずだ。


「ばっ! まっ! はっ!」


 言ってやりたいことがあるのに、なんだこの無様な慌てようは。


 ルシアン様は、くすくすとおかしそうに笑った。


「馬鹿ではないし、待たないよ。君が望むところって言ったんだ」


 何故伝わっている……!?

 いたずらっぽい笑みに鼓動が加速した。

 

「それと、……抱きしめただけで破廉恥なんて言わないでほしいな」


 すう、と顔が近づいて、魅力的な青い瞳が細まった。


(ど、どどど、どういうことですか!?) 


 男性に言い寄られた試しのない私の許容範囲をとっくに天元突破している。

 苦しくて、ぎゅっと目を瞑った。


 はあ、とため息が聞こえる。


 胸がきゅっと締まった。私はなにか、やってはいけないことをしたかしら……?

 でもだって、近いのだもの。直視する強心臓はない。


 呆れた顔は見たくない。

 目を開けられずに、その表情から逃げていると、額にこつりと軽い衝撃があった。

 しゃらり、とこれは前髪が混ざる音?

  

「……目は瞑らないで。本当に口付けしたくなるから」


 ギョッとして目が開く。目の前には彼の困った顔。

 

「な、なな、なに言っちゃってるんですか!? 馬鹿ですか!?」


「……ごめん、確かに調子に乗った。口付けはしないよ。でも、もう一度抱きしめさせて」


「て、てて、手が早くないですか!? 慣れてるからって!」 


「慣れていないよ。僕には君だけだって言ったでしょう? 君をこうして抱きしめられるなんて、思ったことがなかったんだ。だから、確かめさせてほしい」


 ひっじょーうにおモテになるルシアン様のこの言葉の真偽の程は分からないが、とても真摯な声音だと思った。

 なら、大切なのはたった一つ。

 

「……あなたがだ、抱きしめるのは、これからずっと、私だけ?」


 さっきまでの威勢はどうした? 負担になりたくないから、これ見よがしに頼りなく聞こえてほしくないのだけど、なかなか上手くできない。


「これまでもそうだよ。……言い訳にしか聞こえないと思うけど、オフィーリアを抱きしめてはいない。魔力暴走の痛みで立っていられなくなった僕を咄嗟に支えて、治癒をかけてくれただけなんだ」


 ルシアン様の告白は、酷い後悔が滲むように切なげだ。


「……今は、痛くない?」


 指先を白皙に添える。

 彼はその手をつつんで、ぐっと頬に押し当てた。


 冷たくない。私の掌とそう変わらない温度。


「うん、痛くないよ。身体がこんなに楽なのはいつぶりだろう」


 すり、と頬ずりしてくる。


 なのに、血がぞっと下がって、指先が冷えていく。


「だ、抱き締めてください」


 彼は私をそっとその腕の中に囲った。

 おずおずと背中に腕をまわして、服をぎゅっと握る。


 今になって身体がぶるぶると震える。歯の根がガチガチと鳴りそうになるのを必死に耐えた。

 私は、この人を、失うところだった。


「この件を知っていたのは王太子殿下とオフィーリアだけなんだ。これでも国防を担う身だからね」


 そんな彼の不調の事実はたくさんの不安を生んだだろう。

 そもそも貴族は秘密主義。弱みを曝け出すことは家門を危険に晒すこと。秘匿するのは当たり前だ。

 

「殿下が僕をオフィーリアの専属護衛に任命したのは、頻繁に治癒をかけても怪しまれないようにするため。彼は僕をいい政治の駒と思ってくれているから、色々便宜をはかってくれてね」


 毒づいてみせるが、殿下への信頼が透けて見える。


「治癒で不調は治せるけど、魔力はどうにもできなかった。だから、ずっと身体が重くて苦しかったのだけれど、今は何事もなかったみたいに身体が軽い」


 これまでいつ会ったってそんな素振り全然なかった。私は何も気づけなかった。


「君の魔石のおかげだ。君は本当にすごいね」


 そんなの結果論だもの。あなたが幼い頃ルードゥスに困っていたと噂で聞いたから、研究し始めただけ。

 幼いあなたを元気づけたかっただけの、私の勝手なエゴだ。


「だから、泣かないで」


 強く抱き締められる。彼のその腕も震えているようだった。 


「な、泣いてない」


 我ながらみっともない声だ。

 顔を胸板にぐりぐりと押し付ける。

 

「うん、そっか。……ねえ、エマ。大丈夫だよ。これからも君が大丈夫にしてくれるんだろう?」


 迷いのない声だと思った。

 私を、真っ直ぐ信じてくれるんだ。


「や、約束します。ぜったいです」


 研究者は確率を現実的に論じるもの。

 だけど、あえて言い切った。


「…………ありがとう」


 彼は大きく息を吸って、深くはいた。

 くたりと身体を預けてくるようで、ますます密着した。


 規則正しい心音に身を委ねると、微睡むように身体が弛緩した。


 彼の服を握りしめていた手は背に沿い、自分からも身体を押し当てる。


「ねえ、ルシアン様」

「うん?」

「だいすきです」

 

「ははっ」


 くすくす体を揺らして笑うから、柔らかい前髪が首筋を擦ってくる。


「ちょ、ちょっとやめ……! くすぐった……っあはは」 


 なんだかたまらなくおかしい。

 二人でひとしきり笑った。暗い影なんて軽く吹き飛ばすみたいに。


「僕も、好きだよ。愛してる」


 身体を震わす私の耳元に、熱い吐息がかかった。

 途端、背中の産毛がぞわりと逆だって、固まる。


 彼は少し身体を離して、私の顔を覗き込むと、それはそれは満足気に笑った。


 額をさらりと撫でて、横髪を耳に掛けられる。

 

「ねえ、エマ。君のご両親にご挨拶に伺いたいな」

「へっ!?」

「僕は幸い家督を継いでいるからどうとでもなるんだけど……、曲がりなりにも公爵だからね。せめて王太子殿下には謁見しないと」

「え、謁見!?」

「負担をかけるけど、結婚式は君の意向を汲むから」


 話がなにやらぽんぽんと進んでいく。

 私、返事してないですよね!?

  

「ル、ルシアン様……?」

「僕のことは敬称不要だよ。ルシとかルークとか愛称でもいい」

「あの」

「愛称で呼ばれるのは子供の頃以来だから、嬉しいな」

「よ、呼ぶなんて言ってな」

「早く一緒に暮らしたいな」


 急展開なんですが!?

 待って待って。色々な懸念を置き去りにしている気しかしない。

 

「えと、身分差」

「そんな慣習を気にしないで」

「私、公爵夫人としてはまだ至らな」

「図書館でデートしたとき色々と本を借りていたよね。勉強してくれて嬉しいよ」

「えっ」


 ばっちりバレている……!

 そしてあれはやっぱりデートだったんだ。うっかり、ほわりと頬が熱くなる。


「でももし、君の負担ならやらなくてもいいのだけれど」

「――っ、お飾りの妻はお断りです!」


 この期に及んでそれとは、分からず屋!

 私は、お荷物でいたくない。


「ごめん、そんなつもりはなかった。好きなことをしていていいよといいたかっただけなんだ」

「あなたと一緒にいるために必要なことは、私ちゃんと頑張りたいです……」


 つい目線が下がった。


「うん、ありがとう。君は頑張りすぎるからね。少しずつ慣れていこう。フォローするから」  


 ずっと胸につかえていたものが、正しく受け止めてもらえて嬉しい。

 あとは、あとはそう。一番大事なこと。


「私の、この髪」

「しぃ」


 人差し指が唇に触れた。


「それこそ、些末なことだ」


 ……そんなはずはない。


 髪に手が差し込まれる。ピンが抜かれて、髪がさらりと解けた。

 手櫛で梳かれる。酷く優しい手付きだ。

 

 彼はくるりと一房、髪を指に巻きつけると、そっと口付けを落とした。 


「とても綺麗だよ」


「――っ」


 心が震える。信じて、絆されたい。

 でも、そんなのなにも解決しないじゃない。


「ふふ、納得してない顔。じゃあ、とっておきの理由ね。――君は今日何を得た?」  


「褒章……?」


「そうだね。それは王からの絶大な信頼の証だ。そして君の研究は、大きな力を『特別』から解放するものでもあるだろう?」


「私、そんなつもりじゃ……」


 ただ、存在を証明したかっただけ。役に立ちたかっただけ。……あなたに、すごいねって言ってもらいたかっただけ。

 

「うん、それでも、あっという間に世界が変わる。君がそうするんだ」


 青い瞳はキラキラと誇らしげに輝いている。

 私は単純なことにその瞳につられて、ぱあっと目の前が明るくなるなった。


「その時、僕と君は一緒にいる。どう? 大丈夫だと思えるでしょう?」


 言葉が胸につかえた。

 その未来はとても、とても、素敵だ。

 

 こみ上げる衝動のまま、逞しい胸に飛び込んだ。


 ――私は、この人を絶対手放さない。

 


ここまで読んでくださってありがとうございます!

明日、朝昼晩と全3話投稿して完結です。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!

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