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【完結】魔力最底辺の魔石研究者ですが、余裕あふれる完璧公爵様に実は溺愛されていました ~気づけば私から逆プロポーズ!?~  作者: 藤田さち


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28. 魔力暴走ですって!? 私がなんとかするのでその自己犠牲はおしまいです!


 

 テラスは満月で明るいが、彼はいない。おかしいな、このテラスにでたと思ったけど。そのまま身体をテラスに滑り込ませて、数歩前に進む。


「……っう」

 

 すると後ろの方から押し殺したうめき声が聞こえた。

 ぱっと振り返ると大きな窓の脇に、蹲る影がある。


「――ルシアン様!?」


 認識するやいなや弾かれたように向かい、彼の目の前に膝をついた。


 ルシアン様は、片膝を立てて座り込んでいる。腕は膝に置かれ、固く握られた手の甲を額に押し当てていた。

 

 辺りは涼しいのに額には脂汗が浮かび、目はきつく瞑られ、噛み締められた唇には血が滲んでいる。


(え、でもおかしい。……なんで涼しいの?)


 今は残暑で、確かに夜は少しは気温は落ち着くが、間違っても、むき出しの腕を擦りたくなるほどではない。

 だが彼を目の前に、その疑問は塵のごとく散った。


 大きな身体が苦しげに上下し、激しい喘鳴が聞こえる。


 ――明らかに異常だ。

 先ほどオフィーリア様に治癒を受けていたと思ったが、十分ではなかったのだろうか。


「ルシアン様? だ、大丈夫ですか?」


 いや他にもっと気の利いた言い方があっただろう、私。大丈夫じゃないのは一目で分かる。


 ルシアン様は、薄っすらと目を開けた。

 いつもなら穏やかに光る瞳が、輝きを失い朦朧としている。


 その瞳と目が合って、心臓がひやっとした。

 

 何かおかしい。

 その目を覚まさせなければと怖気づく手を伸ばす。


 パチン!


「――っ」

  

 しかしそれは、彼に届くことなくはたき落とされた。

 明らかな拒絶だ。何事も受け入れる彼にしては珍しい。もう私に愛想が尽きた?

 

 心臓に針でも刺さったようだが、腹に力を入れて彼を睨みつける。


「何すっ」

「戻るんだ!」


 私の抗議は、ルシアン様の強い声に遮られた。驚いて一瞬だけ喉が引き攣れたが、いやいや彼は何を言っている?


「……っ、どうして君がここに……」

「明らかに様子がおかしかったからです! 放っておけるわけないじゃないですか!」


 ルシアン様は私の剣幕に肩をピクリと震わせた。けれど、暗い瞳は強く私を見据えてくる。


「いいから、戻るんだ」


 彼の主張は変わらないが、私の意思も変わらない。彼の言葉はこの際聞き流すとした。


「治癒の効きが良くなかったのですか? オフィーリア様を呼んできます」

「呼ばなくていい。……っ、治癒は効いている」

「え?」

 

 彼女の治癒にケチをつけたくないとかですか? それとも弱ったところを見せたくないとか? などと、この非常事態に可愛げのないことを考える私はとんだ俗物だ。

 

 ――やめよう、今考えることではない。


 ピキッ、と乾いた音がした。


(ピキッ? それより、さっきよりも寒いような……)


 大声を上げていたので気付いていなかったが、腕中にぷつぷつ鳥肌が立っている。


「…………くっ」


 彼から、耐えきれなかったようにうめき声が漏れた。

 

「ああ、だから言ったのに! なぜかここ寒いですし戻りましょう」


 病人をこんな寒いところに置いておいていいはずがない。

 

 立ち上がろうとしたら足に何かが引っかかった。

 

 どうしたことかドレスの裾が凍っている。私が言うことを聞かないので、物理で引き留めてきたのだろうか?戻れと言ったり矛盾しかないが、そもそも彼はそんな事をする人だっただろうか。

 

「……ルシアン様、魔法使ってます?」


 多少胡乱げになってしまったのは大目に見てほしい。


「ぅ……っ、うう」


 さっきよりも明らかに酷い顔色だ。目も開けていられないらしい。


「……あのクソ野郎が」

「ヒェッ」


 極低い声でボソリと呟かれたのは、彼の品行方正な口から出たとは思えない言葉だった。


 身体がすくんだのは正常な反応のはずだ。誰が聞いてもきっと蛇に睨まれた蛙のようになると思う。決して私は情けなくはない。


 多分彼も聞かせるつもりはなかったのだと思う。ルシアン様は、はあ、と息をついて、努めて穏やかに言った。


「お願いだから言うことを聞いて。

 ――君は何も見ていない。そう納得して早く広間に戻るんだ」


 だから、私はそんな人でなしでない。確かに私は無能だが、あなたが、そんなに邪険にしなくてもいいではないか。


「っ、でないと君を巻き込む……」


 酷く悲痛に濡れた声だった。握り込む手が小刻みに震えている。

 

 ピキキ、氷の範囲が広がる。膝も凍り始めた。

 ルシアン様が、誰かの足を凍らせるような真似をするだろうか。公平で穏やかな彼が人を傷つけるようなことを?

 

 そして漸く思い至った。

 

 ――魔力の暴走?


 彼らしからぬ言動、意思を持たない氷魔法、酷く苦しげな身体。魔力暴走は初めて見るがそうとしか思えない。


 文献によると、魔力暴走は無数の針で身体を突き刺されるような痛みを伴うとあった。すぐにでも解放されたいはずなのに、彼は力を押し留めようと足掻いている。想像を絶する苦しみのはずだ。

 

 それなのに誰も傷つけまいとこんなところで一人蹲り、あまつさえ私を気遣うなんて馬鹿じゃないの。


「魔力の暴走ですね!? 騎士団長に言って火魔法の方を連れてきます」


 文献通りだと、暴走する魔力を解放して相殺するしかない。

 

「だめだ! 魔力が釣り合わなくて命を保証できない!」

「だからって!」


 声を荒げてしまったが、私がそうしても何の解決にもならない。落ち着け、非常事態こそ冷静に。


 何度この言葉を唱えてきただろう。非常事態には陥りたくないものだが、いい加減所長に菓子折りを持っていかなければいけない。


 オフィーリア様を呼ばなくていいと言ったということは、彼女の治癒では暴走は抑えられないということなんだろう。

 

「それなら、どうするんですか? 他に解決方法がありますか? 納得できなければここから動きません!」


 彼は私が梃子でも動かないと観念したのだろう。あきれたような溜息を一つ吐いた。

 

「…………魔力は血に宿る。血を抜けば多少は収まる。そうしたら後は気合で……」


 誰もが羨望する、この国最高の秀才がなんだかとても脳筋のようなことを?

 

 ――え、ちょっと待って。血を抜くって言った……!?

 

 彼はこの魔力暴走のなか、いつの間にか氷の短剣を作り出している。

 いやだめでしょ。絶対だめでしょ。

 何その自傷思想。

 だめだめだめ。


「君の前ではやりたくない。お願いだから……っ!!

 ぐっ…………!っぁ」


 何か、何かないのか私!!

 

 いいえ、手はなくはない。ずっと研究していた中和術式。ルードゥスのためにと考えていたけれど、魔力暴走でも対処できるはず。

 

 ――だけど!

 私の魔力じゃこの人の暴力的な力はどうにもならない。

 魔石、魔石があれば!


 考えを巡らせて、わずかに俯いた視線が地面に付いた手を捉えた。

 

(……! そうよ、この指輪)

 

 この魔石を書き換えれば。

 石が小さいから長くはもたないけど、時間稼ぎにはなるはずだ。

  

 とすればあとは術式……! あの緻密な術式を今ここで書けるだろうか……? いやこれまでどれだけ考えてきたんだ。術式は頭に染み付いている。羊皮紙さえあれば書ける! 書く!

 

 そうと決まれば広間に戻って羊皮紙を取ってこよう。誰か、誰かは持っているはず。


「ルシアン様! ちょっと、ちょっとだけ耐えてください。私がなんとかしますから!」


 時間との勝負だ。

 うつむいていた頭を、勢いよく上げた。

 その拍子に首元に硬く冷たい感触が転がった。


 ペンダント。

 ルシアン様から頂いたペンダント……っ!

 何で忘れていたのか。慌てるにもほどがある。


 そうよ、これにはすでに術式を書き込んでる。

 あの日、頂いたあの日、この世のすべての幸福がここにあるなんて浮かれきった私!

 ほんとうに、ほんとうによくやったわ……!


 おかげで彼の力になれる。


 私は首の後ろに手を回してペンダントを外した。


「もう、もうだめだ! 離れてっ!!」


 ルシアン様の切羽詰まった声が空気を震わせる。

 もうどうにもならないと彼が短剣を振り被ったその時、空気がキィンと凍った。

 

 ――ダイヤモンドダスト。

 

 剥き出しの頬や腕を極限まで冷やす。

 短剣に構わず、その手を取った。


「なにをしているんだ……っ!?」

 

(つめた! こんなの人の手の温度じゃない)


 驚いたように震える彼の手からわずかに力が抜ける。

 反対に私はギュッと握った。


 ――本当にこの人は人のことばかり。


 私は短剣を抜き去った。それはカランと高い音を立てて床に転がる。これで自分を傷つける暴挙は止められた?


 彼と触れているところからパキパキと凍る。

 痛くて痛くて、さすがに涙目である。でもこの人はもっともっと痛いはずだ。辛いはずだ。 

 

「離すんだ、エマ!」

「だまって!」


 彼の苦痛に比べたら、なんてことはないのだ。


 強張る大きな掌を開いて、ペンダントを落とす。

 彼の瞳のような青い石に指先で触れて術式を起動させた。

 

 人の温度なんてない手を両手で握りこんだ。せめて手だけでも温かさが伝わればいい。

 

 ――あなた一人じゃないって伝わればいい。


「そのまま術式に魔力をゆだねてください。ぜったい、大丈夫だから!」


(お願い、ちゃんと効いて、効いて)


 言葉の強さは内心の裏返しだったかもしれない。それでもいい。私の弱気は今は要らない。


 ぱあっと魔石から光がもれる。

 眩しくてつい目を細めた。


(え、光るのは想定外なのだけど!?)

 

 あまりに強い力を急に中和してるから?

 ああもう、だから実証実験が大事なのに。所長にどやされる。

 

 けれど、刺すような冷気は収まってきているような気がする。握った手が暖まっているような気がする。自信を持て。


 時間にして数秒のような、数十秒のような。

 地面とドレスの裾を凍らせていた氷が、パキンと音を立てて霧散した。


 開いた彼の掌の上、光が魔石に集まるように収まっていく。

 辺りが静まると、役目を終えた魔石は、ぱり、と軽い音を立てて砕けた。


 ルシアン様は、はあはあと肩で息をして、呆然としてる。

 魔力を使っていない私も同じように肩で息をしていて、笑っちゃう。はあ、気が抜けた。


 彼の掌に散らばった魔石の欠片をつつく。


 (ありがとう……)



 澄んだ青い瞳が、私を見つめながら、ぱち、ぱちとゆっくりまたたいてた。

 

 

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