27. 襲撃事件と、私なりの大きな一歩
音楽が奏でられ始めた。合わせてダンスを踊る者もいるし、立食式の食事に舌鼓も打つ人もいる。
夜会の雰囲気は独特だ。楽しげでいて、会話の主導権を握ろうと目を光らせていたりする。
(今はそういうのは勘弁)
ともかく食事をしよう。食べたら、このモヤモヤもお腹の中で消化されないかなあ。
振り返ってみる彼は、立ち姿だけで凛々しく、目を引く。夜会用の正装なのか、騎士服の上に肩掛けのマントを留めていて華やかだ。なるほど、これが「社交界の華」。
オフィーリア様とは、距離が近すぎるってこともない。……仕事だから?
それにしても、首が長く、喉仏がでっぱっているな。そういう人の声が低く素敵に響くという通説は正しいらしい。
……じゃない!
私がよくわからないのは、外見ではなく、彼の心!
(そもそも、あんなに呆然として言った『好き』って何だろう)
私と同じく、うっかりってこと? だとしたら、……本心なの?
……私、思考が停滞していた。
告白直後は、無意識に、彼との未来を考えないようにしていたのかもしれない。だって明るい未来を想像できた?
たたでさえ身分差が大きいのに、私はこんな髪で、不美人で、女だてらに研究に没頭する変人だもの。
それじゃあ、プロポーズのとき、あんなに苦しげだったのは?
私は、何かを見落としている……?
(でも、そんなの話してくれなきゃわからないわよ!)
今度、最後に時間もらえないかな。疑問もすっきりすれば、こんなうじうじジメジメした私とさよならできるかも。
はあ。
(本当、研究対象にでもなりそうなほど、彼は不可思議だわ)
今は考えるのはやめよう。
豪華な食事を皿に取り分けている時だった。
「きゃ――――――――!!!」
(――――っ!? な、なに?)
歓談や音楽にざわめく広間を、一刀両断するような、鮮烈な悲鳴だ。
それを皮切りに、別の悲鳴や、息を呑む音。困惑にどよめく声がほうぼう上がる。
――カラン
手にしていた皿とカラトリーが、シミ一つない絨毯に落ちる。
「――――――え」
オフィーリア様を背に庇ったルシアン様の腹に、短剣が突き立っていた。
動揺で緩慢な私の思考とは対照的に、ルシアン様は動じない。
彼は、襲撃犯を引き倒し、腕をねじり上げ、その背に片膝で乗り上げて制圧した。
そして、流れるように襲撃犯を拘束すると、近くにいた騎士を呼びつけて引き渡した。
あっという間の出来事だった。
「……っ」
彼は、僅かばかり顔をしかめるとその場に座り込む。そして、腹部に突き立つ短剣を躊躇いもなく抜いた。
鮮血が彼の白い騎士服を染める。
(な、なんであんな平気そうな顔をしていられるの!?)
ずっと東の国では、心頭滅却すれば火もまた涼し、などと言うらしいが、鍛錬のし過ぎでまさかその域まで達しているなどと言うのだろうか。人間のやる所業ではない。
あまりに非日常な光景に一瞬意識がくらっとした気がしたが、こめかみを抑えて繋ぎ止める。
「ルシアン!!」
すかさず鈴のような声が響いて、オフィーリア様が彼のもとに駆けよった。座り込むルシアン様にぎゅうっと抱きつく。
自分が襲われて、目の前で人が刺されたのだ。
見ていただけの私でも膝が笑っている。ルシアン様には、なんとしても早く彼女を安心させてあげてほしい。
オフィーリア様を皮切りに、騎士や友人と思われる人やご令嬢など数人が、名前を口々に呼んで彼を囲んだ。
彼の人望が幾ばかりかを物語る。
それでも私の足は木の根のように床に張り付いて動かなかった。
オフィーリア様が治癒魔法をかけたことで、聖なる光が彼の腹部を覆う。
私は、はああ、と特大の溜息を吐いた。
(聖女様ってすごいわ)
大きな紫色の瞳、長いまつげ、綺麗な鼻筋に小ぶりなぷっくりとした唇。
プラチナブロンドの柔らかな長い髪には光の輪ができていて、役割も相まって天使みたいだ。
(目が合ったら心臓を射抜かれてしまいそう)
それにしても騎士という仕事は、少しも割に合わない。身を切って人を助けるなどよくできるものだと思うが、それで確かに民は守られている。
危険と直接合間見ない魔石研究者としては、この光景を記憶して糧にすべきだろう。
騒然としたパーティー会場は、駆けつけた騎士団長を中心に何人も出られないように封鎖され沙汰を待っている。
皆一様に混乱し、動揺しているようだった。
怒鳴り声もすすり泣く声も、色々聞こえてくる。無理もない。自分のこんな近くに危機が訪れるなんて考えたこともないだろう。情けないことに、かく言う私もその一人だ。
ルシアン様は、短剣を部下に手渡し、何やら指示を出したようだった。短剣にべっとりとつく赤は直視しないことにする。
彼はしがみつくオフィーリア様の背中を宥めるようにとんとんと叩くと、彼女の身体を支えながら立ち上がった。
治癒の反動で起きる倦怠感はないようだ。体力のある鍛えられた男性や魔力の多い人は症状が軽いというのは本当なのね。以前私は二晩寝込んだのに、不公平なことだ。
(治ってよかった……)
二言三言言葉を交わすと、傍に控えていた騎士に彼女を託した。護衛騎士であるはずがいいのだろうかとは思うが、騎士団の指揮系統うんたらがあるのだろう。
彼は、周囲を囲んでいた人達を散らし、ぐるりとパーティー会場を見渡した。随分と注意深く目線を動かしている。襲撃犯は確保したはずなのに、その眼光は鋭い。
ところで、こういうとき私はまったくやることがない。できることと言えば、混乱をあおらないようにじっとしていることだけだ。
よほど空気と化していたのか、足元に軽い衝撃があった。目線を下げると、五つほどの女の子が額を抑えていた。見えなかったかな、ごめんね。
「おでこ、大丈夫? お父様かお母様は?」
「……わかんない」
この混乱ではぐれてしまったのか。それは気の毒だ。ご両親もこの子もさぞ不安なことだろう。女の子は必死な顔できょろきょろしながら歩き始めようとした。いやいや待って、迷子のときは動かないのが鉄則だ。
「私と一緒にここで待っていましょうか。手を繋いでくれる?」
「うん!」
あ、笑顔になった。
私も役に立つことがある。小さな手の温もりを感じながらちっぽけな優越感を満たしていると、数分もたたずご両親が迎えに来た。
彼らは申し訳なくなるほどペコペコと感謝と謝罪を言って、女の子を抱き上げる。管理魔石を応用して、居場所を把握できるようにするのはどうだろう。迷子や人攫いは減るんじゃないかな。
つい視線がうろうろとルシアン様を探してしまう。……私彼を見つける能力、高すぎるかもしれない。
一人フラフラと手持ち無沙汰に歩いているように見える。あの様子だと、指示出しも終わったようだ。
(……ん? ふらふら?)
あれ? 本当に身体がふらついている。だって、常ならば鍛えられた体幹でしゃんと立っている上半身が僅かに揺れているし、歩幅が一定でないように見える。
そんな状態でテラスへ向かう。誰も気にならないのだろうか。
私は凄く気になる。でもこんな、魔力もなく、こうした非常事態に大して役にも立たない私が行ってなんになる?
テラスに向かうのは騎士の仕事かもしれないし、邪魔をするだけかもしれない。
だって彼は私のこと守るべき些末なものだって思ってる。
あー、やめやめ。
頭を振って後ろ向きな思考を払う。さっき小さな手を握った右手を開いた。私にだってできることがあるはずだ。
自己完結に何の意味もない。
なのに気持ちを伝えて満足して、彼がわからないからって尻込みする。馬鹿じゃないのか。
研究だってなんだって見てるだけじゃ始まらない。
私が今こうしているのは、あの魔石に会った日、一歩踏み出したからだ。
ちょっと様子を見るだけ。お節介って言われてもいいし、邪魔なら謝って速やかに撤退すればいい。
そうよ、二の足を踏む理由なんてどこにもない。
ドレスを翻して、優雅に見えるぎりぎりの速度で歩く。テラスに続く大きな窓を小さく開けた。




